朔月隊集結
新キャラいっぱい登場します。
※R2.7.3 部隊の名称を「朔組」から「朔月隊」に変更しました
紅玉は朝から御社の事を蘇芳と紫に託し、御社から出かけていた。
まだ朝早い時間帯で、神域参道町に人が少ない――と思いきや、意外とこの時間帯が一番人の移動が多い。いわゆる通勤時間なのだ。神域管理庁の職員が己の職場を目指して、移動している最中だ。参道町の道を多くの人が歩き、乗合馬車にも人が多く乗っている。
紅玉もまた十の御社がある艮区から乾区に向かう乗合馬車に乗っていた。
馬車は一定の速度で走り、一本の川を越え、艮区から乾区へ入る。そして、その乾区で、最も色艶やかな町並みが見えてきたところで、紅玉は馬車を降りた。
そう、ここは、遊戯街だ。神子や神が使命から解放され、気兼ねなく楽しむ事ができる唯一の場所。一夜の夢を見せる遊戯場だ――。
そして、紅玉は遊戯街に並ぶ多くの店の中から、迷わずその店に入っていく――西洋文化が取り入れられた扉に「休業中」の看板がぶら下げられた「夢幻ノ夜」という店に。
扉に掛けられた鐘がカランと鳴る。
中に入ると、そこは西洋文化の室内装飾が施された飲食店であった。洒落た卓や椅子が多く並ぶ中で、壁の棚に置かれているのは大量の酒瓶だ。
そして、その棚の前にある長い台に置かれた椅子に人が座っていた。その人物は紅玉の姿を見ると、パッと顔を明るくさせ、紅玉の元へと駆け寄っていく。
毛先が黒に染まった一斤染の髪を持つ見目麗しき人物――世流だ。
「べーにちゃんっ! おっはよ!」
「おはようございます、世流ちゃん。本日も麗しくていらっしゃいますわ」
「もうっ! 紅ちゃんったら、お世辞上手なんだからぁんっ!」
世流は紅玉の頬に己のを嬉しそうに擦りつける。
世流は男性である――にもかかわらず、不快な肌触りはない。
(この方の性別を疑いそうですわ)
そう思ってしまう程、羨ましくて堪らなかった。
そして、もう一人、先客がいた。それは昨日も会った幽吾だった。
「おはよー、紅ちゃん」
長い台に置かれた椅子に座りながら、幽吾は紅玉にひらひらと手を振る。
「おはようございます、幽吾さん。連絡伝達、ありがとうございました」
「いやいや、いいんだよ。でも、そろそろ神域用携帯電話、欲しいよねぇ……」
昨日あれから連絡伝達の為に飛び回っていたのか、幽吾は首をボキボキ鳴らしながら言った。
「相変わらずアホの轟君が見つからなくて捕まらなくて――」
「おいっ!! 幽吾ぉっ!!」
幽吾の言葉に怒鳴り声を上げる人物がいた。紅玉がそちらを振り返ると、たった今店に入って来たその人物が鬼の形相で幽吾を睨んでいた。
その人物こそ、幽吾の話に出てきた轟である。やや痛んだ脱色した薄茶色の髪の毛の前髪の二房だけがまるで雷が落ちたように鮮烈な山吹色に染まっている。瞳も同じ色だ。釣り上がった瞳に短い眉に剥き出しの犬歯。そして、何より彼の特徴は、その頭に生える三本の角だ。轟は鬼の妖怪の先祖返りなのである。
「やあ、轟君、おはよー。昨日はごめんね」
「誰がアホだ!? んでもって誰がそんな軽い謝罪で許すかぁああああああっ!! この俺様をワンコロの下敷きにしやがってっ!!」
「まあ、幽吾さん、轟さんを捕まえる為に地獄の番犬をわざわざ召喚したのですか?」
「たかがそんな事の為に番犬ちゃん呼び出しちゃダメじゃな~い! めっ!」
「うらあああっ!! 紅に世流!! てめぇら喧嘩売ってんのかごるああああああっ!!」
恐るべき鬼の妖怪の先祖返りではあるはずなのに、扱いは非常に雑なものだった。若干憐れである。
すると、轟の目の前に湯呑みが差し出される。
「轟様、こちらを飲んで落ち着いてくださいませ」
「おお、わりぃな、左京」
「……右京です」
右京と名乗ったその青年。髪の色は青みがかった黒、瞳は瑠璃紺だ。なかなかの長身で、轟や幽吾よりも圧倒的に身長が高い。そして、何より非常に見目麗しく、将来有望な青年である。そして、この青年は一卵性双生児の兄――すなわち弟がいるのだ。
「左京は僕ですね、轟様。お菓子もどうぞ」
「はあ~、双子らは気が利くな!」
轟に菓子を差し出した人物こそが左京だ。こちらも非常に麗しい容姿の持ち主である。髪はやはり青みがかった黒だが、瞳の色が江戸紫と、それだけが違っていた。
そして、右京と左京、この二人が並べば、左右相対の美しい佇まいに、一糸乱れぬ同じ動作、瓜二つの美しい相貌――まるで創り出された人形の如く麗しき双子の兄弟だ。
「しかし、相変わらずおめぇらの見分け方わっかんねぇな」
「「それは轟様が観察力不足の阿呆だからでございます」」
「おいっ!! 双子ぉっ!! 喧嘩売ってんのかぁああああああっ!!??」
あまりに瓜二つなので、轟は未だに右京と左京の見分け方が分からず、見間違えることなどしょっちゅうであった。
瞳の色を見れば一目瞭然であるはずなのだが、それに気付かぬ轟はやはり阿呆なのかもしれない。
「こらっ! 轟っ!」
「ぃでっ!?」
大声を上げていた轟の後頭部に衝撃が走り、目の前に星が飛ぶ。勢いよく後ろを振り返れば、そこには少女が立っていた。
低い位置で二つ結びにした紫がかった黒い髪に、鮮やかな菖蒲色の瞳。大きめの瞳を縁取る長い睫毛がくるんとしており、愛らしい印象を持ちつつ、年齢不相応の艶めかしい身体も持つ、不思議な雰囲気の美少女である。そして、彼女の不思議さを最も表す象徴は、猫の様な縦長の瞳孔、頭にある三角の獣の耳、先が二股に割れた細く長い尻尾だ。そう、この少女もまた轟と同じく猫又という妖怪の先祖返りであった。
「ってぇなっ! 美月! なにしやがんだっ!?」
「ナニ朝っぱらから怒鳴り散らしとんねんっ! 毎度毎度! ええかげんせいやっ!」
美月と呼ばれたその少女、大和皇国の西地方で良く使われる音韻で轟に食って掛かった。明らかに美月の方が年下に見えるが、この二人は同じ先祖返りの仲間であり、同郷の幼馴染でもある。このようなやり取りは最早当たり前で、あの自信家の轟もすでにたじたじだ。
「しょうがねぇだろ、朝飯食い損ねるくらい朝早かったんだからよぉ。寝不足と空腹でイラついてんだよ」
「それは言い訳やっ! 飯食って、はよ寝て、はよ起きれば、ええ話やないの!」
「うるせぇっ! 俺様は俺様の好きな時間に起きたいんだよ!」
「こンの、アホンだらぁっ!!」
「ふごぉっ!!」
美月の右拳が轟の左頬に入り、轟は後方へ吹き飛んで、背中から倒れ込む。
ちなみにそこにはすでに卓や椅子などがなく、轟がこうなることを予測していた右京と左京がさりげなく撤去していた。そして、轟が吹き飛んだ後、いそいそと戻している手際の良さだ。
そして、美月はくるりと紅玉達の方を向くと、申し訳なさげに眉を下げて言った。
「ごめんなぁ、ウチのアホが毎度毎度」
「いえいえ、そこが轟さんの愛おしき阿呆さだと思っておりますので」
「うんうん、こうでなくっちゃ轟君じゃないわよねぇ~」
「轟君がいないと面白味なくなるし、むしろもっとやれってね」
「おめぇらああああああっ!!!!」
あれだけ美月に派手に殴られたにもかかわらず、轟はもう起き上がり怒鳴っていた。
「煩い、【黙れ】」
「んぐっ!? んんーーーーーーーっ!!」
低くやや怒りの孕んだ声が聞こえたと思ったら、轟の口が閉じられ、開かなくなってしまう。
紅玉達が声をした方を振り返ると、杏色と黒の髪を持つ男性、文が不機嫌そうな表情を浮かべながら立っていた。
そして、その隣にも人がいた。女性である。
肩より少し短めの髪の色は銀朱、瞳の色も赤と橙の混合色で、まるで燃え盛る炎のような色合いの女性だ。少し釣り上がった意思の強そうな瞳と眉が彼女の印象を強く見せているが、その髪の毛先の癖があちこちに跳ねているのはご愛敬であろう。耳元と髪の毛と首元を飾る黒曜石のような宝石が鈍く光っている。
女性は呆れたように轟を見ながら、文の肩を叩く。
「文、やめてやれ。あれでは話し合いにならない」
「…………ちっ」
女性が文に声をかけると、文は舌打ちをしつつ、言葉を紡ぐ。
「【解除】」
「ぶはあああっ……! い、息できなくて死ぬかと思った……!」
「呼吸なら鼻から出来るだろう、轟」
女性は呆れた目で轟を見て言った。
「文様、焔様、おはようございます、お茶です」
「お茶菓子です」
ささっと右京と左京が文と焔と呼んだ女性に茶と菓子を差し出した。茶と菓子を受け取りながら、焔は言った。
「ありがとう、右京君、左京君。私達で最後だったか?」
「いいえ、焔様。あと天海様がいらしておりません」
「しかし、天海様は、昨晩は夜勤だとお伺いしております。こちらに来るのが遅れることかと存じます」
すると、丁度そこへ人が入ってくる。
それは一瞬神かと思う程の人離れした美しさを持つ男性であった。銀色の長い髪を後ろで一つに括り、切れ長の瞳の色は木賊色。そして、その耳は先が尖っており、背中からは黒い翼を生やしていた。この者も轟と美月と同じ、天狗の先祖返りであり、同郷の幼馴染である。
「天海、やっと来たぁっ!」
美月が天海というその男性に駆け寄った。
「お疲れさん! 夜勤大変やったん?」
「……いや、特になく早めにあがれたんだ……が」
小さな低い声でそう呟く天海の言葉尻がさらにどんどん小さくなっていくのと同時に、顔がどんどん赤くなっていく。
「しっ、知らない……女の人に囲まれて……っ!」
「「「「「ああ」」」」」
それだけ聞いて、全員察した。
この天海、容姿が大変美しく、また多く語らない無口な性格も相まって、小さい頃から女子や女性陣の心を虜にする事が多かった。だが、無口なのは、元々恥ずかしがり屋な性格だったせいである。そんな恥ずかしがり屋の多感な少年が、日々たくさんの女子や女性に囲まれてしまったことにより、何が起こったのかというと――恥ずかしがり屋な性格が輪をかけて悪化し、目立つことを極度に嫌う引っ込み思案な男性になってしまったのだ。
「大変だったな、天海。元気出せよ。ほら、俺様の菓子やるからさ」
「アンタそれ、アンタの食べかけやないの」
同じ先祖返り仲間の同郷の幼馴染の二人が天海をひたすら慰めている。天海は恥ずかしさと緊張から解放されたせいか、若干瞳が潤んでいた。
「はいはーい、天海くんも集まった事だし、久しぶりに『朔月隊』全員集合だね」
幽吾が全員を見て、ニヤリと笑う。
そんな幽吾を全員が振り返る。
「じゃあ、始めようか。『ツイタチの会』を」
「「「「「仰せのままに」」」」」
そして、久しぶりに秘密の会合――「ツイタチの会」が始まる――。
美月の方言は違和感ある方もいるかもしれません。ニュアンスで受け取って頂けますと助かります。