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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
33/346

そして、動く




 萌が去っても尚、蘇芳の殺気は収まる事を知らず、不穏な赤黒い空気を身体に纏わせている。


(ひぃいいいいいいっ!! 怖い!! 蘇芳さん、怖すぎるっ!!)


 これまでにも蘇芳が怖いと思う事は何度かあったが、今回は、それの比ではない。命の危険すら感じさせる恐怖である。

 雛菊は先程の萌のように、全身を震え上がらせ、顔を真っ青にし、手も足も動かせない。手から何か落とした事にも気付かない程、雛菊は目の前の蘇芳にただ怯えるだけだった。


 しかし、そんな蘇芳に近づく勇気ある存在がいた。


 その人物は高い位置にある蘇芳の頬を両手で触ると、少々乱暴に己の方へと顔を向かせた。


「蘇芳様」


 少し怒ったような紅玉の漆黒の瞳と蘇芳の金色の瞳がかち合い、蘇芳は驚きに目を見開いた。赤黒い殺気が霧散していく――。


「御座りください」


 紅玉がハッキリとそう言うと、蘇芳はゆっくりとその場に正座した。紅玉もまた蘇芳の正面へ膝立ちをし、真っ直ぐと蘇芳の瞳を見つめながら、まるで年下の兄弟を労わるかのように、ゆるゆると頬を撫でた。


「……落ち着かれましたか?」

「…………すまん」

「貴方様が、わたくしの為に怒ってくださっているのだと分かっております……ですが、これ以上、貴方様自身に悪評が立つような行動はお控えくださいまし」

「……善処する」


 スッと視線を逸らした蘇芳に、紅玉は再び蘇芳の頬に両手を添え、無理矢理顔の向きを変え、視線を合わせさせる。


「よいですね!?」

「…………ぜん、しょ……す、る」


 とても、先程まで殺気を撒き散らしていた人物とは思えない程、その返答は非常に歯切れが悪く、情けないものだった。

 紅玉は困ったように微笑んで、蘇芳を見る事しかできなかった。




 蘇芳の殺気が無くなった事で、雛菊もやっと息をする事ができ、身体から緊張が解け、その場に倒れ込みそうになってしまう。

 すると、そんな雛菊の傍に雲母が駆け寄ってきて、そっと支えた。


「雛菊さぁん、大丈夫ですかぁ?」

「う、うん、ありがと、きららくん……」


 そんな雛菊を紅玉は心配そうに見つめた。


「雛菊様、申し訳ありません。不快な思いをさせてしまって……」

「い、いえ……」


 雛菊にとっては、聞くに堪えない発言を繰り返す萌よりも、殺気を撒き散らした蘇芳の方が、精神的影響の原因ではあったが――言えるわけない。

 そして、その蘇芳の怒りを買う事になった原因――萌が紅玉に向かって言い放った〈能無し〉という言葉……。


(〈能無し〉……って、なんだろう?)


 雛菊は目の前の紅玉を見た。どう見ても〈能無し〉なんていう屈辱的な肩書が似合わない程、紅玉は非常に優秀な神子の補佐役だと、雛菊は確信していた。

 十の御社のありとあらゆる事に手が回り、神子の世話も完璧にこなし、挙句暴走する神々を制圧できる程、紅玉には力があり、またそれを許されるからこそ、神々からの信頼も厚いのだと分かる。

 だが、あの女――萌は、ハッキリと紅玉を〈能無し〉だと言って罵っていた。ただの悪口には思えなかった。何より紅玉自身が己を〈能無し〉だと認めているのだ。

 本当は〈能無し〉について知るべき何だろうとは思った。だがしかし、今さっきの状況を見てしまえば、そう易々と〈能無し〉の事について聞くのは、非常に勇気が必要だ。


(うん、無理だわっ!)


 蘇芳の殺気を間近に当てられてしまっては、そんな勇気、雛菊にあるはずもなかった。


「雛菊様はお部屋でお休みになっていてくださいませ。雲母様、雛菊様をお願いできますか?」

「はぁい、紅ねえ」


 雲母はほわぁと微笑んで返事をすると、雛菊に傍に落ちていたそれを紅玉に手渡し、雛菊の手を引いて、応接室から出て行った。


 雛菊の気配が遠くなったところで、口を開いたのは紅玉だった。


「生活管理部の親睦会ですか。しかも、新入職者は強制参加とは……強行すぎますわ」


 ふぅと溜め息を吐く紅玉に水晶は言う。


「どーすんの? お姉ちゃん」

「……ご心配なく。わたくし達を舐めてもらっては困ります」


 紅玉はそう言いつつ、応接室の窓を開ける――瞬間、中に入って来たのは、一羽の烏。烏は黒い羽根を撒き散らし、人の形を作っていく。


 神子の傍に控えていた神々や蘇芳が咄嗟に警戒を取る。


「あははっ、みんな、僕だよ。僕」


 トンと床に足を付けた鉛色の髪の青年はにっこりと微笑んだ。


「やあ」

「幽吾殿……!」


 蘇芳がそう呼べば、神々も警戒を解いた。突如現れた幽吾に、蘇芳は眉を顰めた。


「このような神術を使った勝手な来訪は困る。ここは御社。神子の住居である。きちんと手続きを取って、門から入ってください」

「やれやれ、蘇芳さんは相変わらず真面目だなぁ。ご心配なく、今日はちゃんと門で手続きを取って入っているから」

「『今日は』って……」


 聞き捨てならない言葉を聞き、問い詰めようとした蘇芳を紅玉が遮った。


「幽吾さん、招集をかけたいと思います。日にちは明日で」

「うんうん、ちょっと急だけど、あっちが動いたんじゃ、こっちも作戦会議立てないとだよね。四日後とはいえ、準備は早い方に超した事はない。みんなに伝えておくよ」

「よろしくお願いします」


 そして、幽吾は再び烏になる。


「あ、安心して。ちゃんと門から出て帰るから。じゃあねぇ」


 そう言うと、幽吾は窓から飛び去っていった。


 蘇芳は二人のやり取りをしばし見守っていたが、「招集」と聞いて、眉を顰めた。


「紅殿……」


 蘇芳をはじめ、十の御社の関係者はみな、紅玉と幽吾がどんな「関係性」か、を知っている。そして、突き詰めれば、それは紅玉がますます忙殺の日々を送ることを示していた。

 それを容易く許す蘇芳であるはずがなく、紅玉を窘めるように睨む。

 蘇芳の視線に気付いた紅玉は、思わず溜め息を吐いてしまう。


「……お許しください、蘇芳様。最早己の身を考えられない状況になってしまいました」

「ダメだ。己を犠牲にしてまで、雛菊殿を守るなど――」

「……ご安心ください。約束通り、無茶は致しませんわ。本来であれば褒められた事ではありませんけれど、しばらくの間、御社のお仕事を蘇芳様と紫様に託します。それでどうか譲歩して頂けませんか?」

「――っ!」

「お願いします」


 紅玉の漆黒の瞳はどこまでも真剣だ。蘇芳はこの瞳に非常に弱かった。

 蘇芳は悔しげに歯を食い縛りつつ、やや怒ったように言い放つ。


「――決定事項について必ず報告をしろ。あと、無茶はするなっ……絶対にだ!」

「はい、ありがとうございます」


 紅玉は、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。

 譲歩したのは蘇芳の方だというのに――遣る瀬無い気持ちを溜め息に変えつつも、蘇芳はついその微笑みに見惚れてしまうのだった。




**********




 紅玉と蘇芳が退室すると、水晶は残された客人用の菓子と茶に手を伸ばして、もぐもぐと食べ始めた。


「うみゅ、ほへはほいひい」

「神子、食べながら喋らない。行儀が悪いよ」


 そう注意したのは、煌めきのある黄金の髪と金と黒が入り混じる瞳を持つ男神の(かなめ)だ。


「うみゅ……なめちゃんは、おかんか」

「要さんは礼儀作法に煩いですからね」


 冷静にそう言うのは、まるで少年のような見た目をしている男神の(かたる)。髪と瞳は赤味がかった茶色で、やや大きめな眼鏡をしており、指で持ち上げ直している。手には分厚い本を持っていた。


「……ところで、いろはたん」

「はい?」

「さっきの女、間違いないの?」

「ええ、もう、間違いないわ~~~」


 ほわほわとおっとりとした口調で答えたのは、紅葉のような色鮮やかな髪と瞳を持つ女神のいろはだ。


「彼女……萌は、元二十七の御社配属の生活管理部よ~~~。あの日もしっかりその現場にいて、あの事件について証言をした一人よ~~~」

「……そう」


 水晶はそう答えながら、もう一つ菓子に手を伸ばし、鈍色の髪の鋼を向いて言った。


「がねさん、あの女の周囲を探れる?」

「……御意」


 鋼はそう一言だけ言うと、応接室を出て行った。

 水晶はそれを見送ると、持っていた菓子を頬張った。もぐもぐと咀嚼しながら、水晶は窓から見える青空を睨みつけた。


(お姉ちゃんを侮辱した罪は隕石よりも重いんだからね)


 そう心の中で、水晶は毒突いていた。




一章の折り返し地点です……!


ほのぼのターン続いておりましたが、ようやっと事件へと動き出します(遅)


後半戦もよろしくお願いします!

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