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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
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幽吾の嘘




「あはははは。流石は聖女様。これごときでは動じないか」




 地より響く飄々とした声が聞こえた瞬間、三度現れた地獄の門。

 開かれた扉から出てきたのは、鉛色の髪と未だに開かれない瞳を持つ男性――その者を見た瞬間、宮区警備部は驚きを隠せなかった。

 何故ならその者は目の前で地獄の使者に握り潰されていたはずだったから……。


「こんにちは、飛瀧さん。いや、今は裁判長かな」

「……やはり生きていたか……幽吾」

「そんな分かりきった事は置いておいて、僕も証人を連れてきましたよ~」


 幽吾の背後――開いたままの地獄の門から鬼神がゆうらりと出てくる。

 持っている鎖の先には拘束具に繋がれた罪人の姿。

 その顔は真っ黒な外套に覆われており、誰かは不明だ。


 その光景の異様さに誰もが不気味さを覚えゾッとした。


「今こそ全て話しましょう。『朔月隊(我々)』が何を追っていたのかを」

「……いいでしょう」


 そうして今度は幽吾が証言台に立つ。

 幽吾は法廷内を見渡すとニヤリと笑った。


「法廷にいらっしゃる神子様神様職員諸君、ご機嫌よう。僕は四大華族が一つ、影の一族の末息子、幽吾と申します。そして、朔の如く闇に隠れて存在する秘密部隊――『朔月隊』の隊長でございます」


 大袈裟に両手を広げ高らかに名乗った後、恭しく膝を折って頭を下げる――まるで舞台俳優さながらの挨拶に法廷内がポカンとしてしまう。


「今まで闇に隠れてこっそりと仕事させて頂いておりましたが、この度皆様にご報告せねばならないことがあり、こうして表舞台へと立つことを御許し頂きたく――」

「御託はいいからさっさと証言しなさい」

「相変わらずノリが悪いなぁ~……飛瀧兄さんは」


 飛瀧がギロリと睨み付けるが、当の幽吾はヘラヘラと笑うばかりだ。


「さてと、冗談はこのくらいにしておいて、大人しく証言しますよ」


 唐突に幽吾は真剣な表情となった。


「始まりは卯月一日にこの神域に〈神力持ち〉が現れたところから。数年ぶりの〈神力持ち〉……四年前に起きた『鎌鼬事件』の二の舞にならないように、僕ら『朔月隊』は〈神力持ち〉を守る任務に当たった。その任務の中で〈神力持ち〉を狙うある職員と戦闘になった。その職員とは、生活管理部参道町配属巽区担当の萌」


 萌――それは四月に殉職したと報告された職員だ。


「萌は一般の普通の職員であるにも関わらず、禁術を使え、挙げ句皇族や四大華族の間でしか伝わっていないはずの特別な秘術まで使用できた。禁術と秘術を教えた人物が誰か、萌に自白してもらおうとしたけれど、萌には口封じの為の呪いの禁術がかけられていて、誰であるか語る前に始末されてしまった」


 雛菊は自分が狙われていた裏でそんな恐ろしい事が起きていたとは思わず、驚きを隠せない。


「当然『朔月隊(僕ら)』はその程度で諦めるわけない。禁術と秘術を知る『謎の人物』を追うことになった」


 月城は幽吾の証言を淡々と聞く。

 かつて朔月隊に『謎の人物』を追うよう命じたのは、他でもない月城自身だからだ。


「禁術を創っていた『神術研究所』を調べ直している内に、研究所と関係があった神域警備部職員の辰登を捕らえることができた。この職員は三年前の捜査ではその関係性を見抜くことができず、取り逃がしていたことが後に判明した。そして、辰登の口からもう一人の関係者……『神術研究所』の創設者である矢吹が『神術研究所』を創ったきっかけとされる『謎の女』の存在が判明した」


 紅玉の脳裏に辰登の手で酷く暴行され張り付けにされた蘇芳の姿が過り、思わず唇を噛み締めてしまう。

 辰登が身勝手に暴走したお陰で「神域研究所」の関係者であったことや「謎の女」の存在を突き止めることができたが、蘇芳に暴行したことは永遠に赦せないことだ。


「そして、かつて矢吹と近しい関係にあった中央本部職員の鷹臣からも矢吹が好意を寄せていた『女性』がいたと証言を取れた」


 蘇芳の脳裏に鷹臣に暴行されそうになり着物を酷く乱され涙をこぼし震えていた紅玉の姿が過る。

 いくら重要な情報を持っていた人物だったとしても、未だに鷹臣に対する残忍な感情が心を支配しそうになる。

 その感情を抑えるように、蘇芳は紅玉の手を握り締めた。少し震えている紅玉の小さな手を……。


「斯くして『朔月隊(僕ら)』は、この『謎の女』こそ萌に禁術と秘術を教え、口封じの為に萌を呪った人物だと予測し、捜査を続けた。だが、辰登は『謎の女』の存在を察していただけで見たことも会ったこともなく、鷹臣に至っては黙秘した。過去の事件の資料や報告書を見返したけれど、『謎の女』らしい存在は結局分からなかった」

「その『謎の女』の正体、私には分かりますわ!」


 幽吾の証言を遮って声を張り上げたのは桜姫だった。


「その『謎の女』こそ藤の神子こと藤紫です! やはり彼女は生きており、未だこの神域で悪事を働いているのです!」


 桜姫の推理には説得力があり、法廷内がざわめく。


「そして、その藤の神子と未だに密かに繋がり協力関係にあるのが紅玉なのです!」

「…………姫様、大変畏れ入りますが、最後まで人の証言を聞いて頂けますか?」


 底冷えするような幽吾の声に桜姫は怯んでしまう。


「……確かに、『朔月隊(僕ら)』の捜査で『謎の女』の正体を突き止めることはできなかった。だけど、『朔月隊(僕ら)』は重要な事実を知る証人を用意することができました」


 ジャラリ――無骨な鎖の音が響く。

 鬼神に鎖を引っ張られ、外套を纏った罪人が証言台へ立つ。


「さて裁判長、ここで一つお詫びがございます。私、幽吾は嘘を吐いておりました」

「……嘘だと?」


 嘘が嫌いな飛瀧は思わず眉をひそめて睨み付けるが、幽吾は怯むことなく不適に微笑む。


「はい。虚偽の報告をしてでも守る必要性がありましたので」


 幽吾はそう言って、罪人の外套を一気に剥ぎ取った。


 白髪の多い乱れて潤いの無い髪に、光の宿らない濁った瞳、皺だらけの顔に曲がった背中。

 老婆が憮然とした面持ちで正面を睨み付けていた。


 罪人がまさか老婆とは思わず誰もが戸惑う。

 紅玉もまた戸惑っていた。それは全く見知らぬ老婆だったから……。


(誰……?)


 しかし、どことなく既視感があるのだ……どこかで会ったことがあるような……見覚えがあるような……。


 はたと気付く。

 髪と瞳に僅かに混じるその色は抹茶色だ。


「……まさか……!」


 紅玉は目を見開いて老婆を見つめた。




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