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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
306/346

罪深き元神子の正しき記憶




「私は焔……そして、殺人という大罪を犯した、罪深き元十九の神子です」


 法廷内に動揺が走る。


 元十九の神子――それはあまりにも有名な人物であったからだ。

 異能を暴走させ御社と神子を焼き殺した重罪人。

 歴史から葬られた神子として……。


「裁判長、私も三年前の前十の神子焼死事件に関わっています。是非証言をさせて頂きたい」

「ふむ、そう言えばそうだったな。いいだろう、証言を許可する」


 飛瀧があっさり許可を下すものだから桜姫は絶句してしまった。

 思わず紅玉を睨み付けてしまう程に。


 轟達が後ろへ下がり、焔が証言台へ立つ。


「……私は、あの焼死事件の前日に、とある人物を保護しました。誘拐事件の被害者です。一目見て私はその人がどんなに酷い目に遭っていたか分かりました。私は誘拐事件の犯人であり、非道極まりない男、丑村の行いを決して赦せず、怒り狂い、神力を暴走させ……丑村を……そして、前十の神子であった海さんを……『火焔』の異能で殺してしまいました」


 法廷内がシンと静まり返る。

 当時の事件を知る者も知らない者も、焔の重たい罪の告白に言葉を失ってしまう……。


「私が丑村と海さんを焼き殺してしまったのは紛れもない事実です……ですが、私は事件の直前、丑村に記憶を消されて記憶が曖昧な部分があります」

「丑村に記憶を……? 確か、彼の異能は……」

「【記憶操作】と呼ばれる異能で人の記憶を消したり、奪ったりする事ができるものです」


 飛瀧の疑問に、燕が即座に答える。


「……なるほど……つまり事件当時、丑村に記憶を消されたということか?」

「はい。そのせいで、私は十の御社で意識を取り戻すまでの記憶を失くし、混乱し、それも相まって異能を暴走させてしまいました」


 あの時、冷静に状況を把握できていたとしたら、異能を暴走させる事もなかったかもしれない……と、何度後悔したかわからない。


「私は、思い出す必要などないと思っていました。事件が起きる前の記憶など取り戻したところで私の罪が消えるわけでもないですから…………」


 しかし、焔は伏せていた顔を上げて、裁判長を見た。


「ですが、もしそこに隠されている真実があるかもしれない……そう思ったら、私は失われた記憶を取り戻すべきだと思いました」

「……つまり、今のあなたは……」

「全ての記憶を取り戻しています」


 焔の言葉を聞いた飛瀧は即刻動く。


「証言を始める前に『焼死事件』の報告書を確認しておきましょう。誰か、禁書室から報告書を持ってきてください」


 その命令に職員が動こうとしたその時だった。


「ご指定の資料ならこちらに用意していますよ」


 カツリカツリと靴の踵を響かせて現れたのは、真っ白な髪の前髪の一房だけが深い緑で、黒に近い深い緑の瞳を持つ高年の女性だ。


「これはこれは。手間が省けて助かります。神子管理部部長、津雲様」

「紅玉の裁判と聞いて、彼女の幼馴染が関係する事件の資料はすでに禁書室から持ってきております」

「流石は知の一族」


 あまりもの手際の良さに飛瀧は感心しながら、受け取った「焼死事件」に関する報告書に早速目を通す。


「では、代表として私が報告書の概要を抜粋して読み上げましょう」




 太昌十四年葉月十一日、現世連続行方不明事件の容疑者であった丑村に接触を試みようとしたところ、容疑者が十九の神子の焔と接触していた。その際、容疑者が焔に異能を使用し逃走したので、焔を救出しながら即座に容疑者を追跡する。

 容疑者の逃走先は十の御社。十の御社の生活管理部の史美が鍵の施錠忘れにより、容疑者の侵入を許してしまう。

 御社内まで容疑者を追い詰めたところで、焔が意識を取り戻す。その時にすでに記憶が曖昧な状況であった。容疑者の異能により記憶を消去されてしまったようだ。

 容疑者は己の罪を自白する。現世から自分好みの女性を誘拐したこと、その女性達を欲処理の為の玩具であること、その為に女性達の記憶を操作していたこと。容疑者の自白に焔が激怒し、異能が暴走。容疑者を火焔で焼き殺してしまう。火焔は神力を帯びた強力なもので、当職員も他職員も介入が困難であった。容疑者が絶命し、倒れた場所が運悪く御社の屋敷で、火焔が一気に屋敷に燃え広がる。

 十の神子の海の指示で屋敷内にいた神々が避難をするが、逃げ遅れた神がいた。海はこちらが制止する前にすでに走り出しており、神を庇って火焔を纏った瓦礫の下敷きとなる。その後、神々の手により救出されるも、海は全身火傷が酷く、間もなく息を引き取った。




「……以上が報告書に書かれている内容です。では、焔、証言を始めてください」


 焔は大きく頷くと、はっきりとした声で証言する。


「私は焼死事件の前日、坤区まで出掛けていた時に誘拐事件の被害者を見つけ、応急処置を行いました。そして、その時に予想外の人物と会いました。それが、当時神子管理部主任の真珠さんでした」


 この時点で、法廷内がざわつき始める。


「彼女は治療と御社まで運ぶことを手伝ってくれました。そして、御社で彼女は保護した人が誘拐事件の被害者であることやその犯人の目星もついていることも教えてくれました。私は神子として凶悪な犯人を放っておくことができず、私も犯人確保を手伝わせて欲しいと進言しました真珠さんに進言したのです。真珠さんは快諾してくれて、ともに当時娯楽街だった乾区へ向かいました」


 法廷内のざわつきは止まる事が無い。むしろ一層に増してゆく。


「そして、そこで初めて丑村と対峙しました。丑村は私達に誘拐事件の事を問い詰められ酷く狼狽していました。私は彼に大人しく捕まるよう命じようとした時、私の意識は急に混濁してしまいました……そして、次に気づいた時には十の御社にいたのです」


 焔の証言はあまりに報告書と異なるもので誰もが絶句してしまう。


「少し、違う……!?」

「いや、大分違うぞ……!」

「真珠様が同行を許可したって……」

「事実が捏造されている……!?」


 法廷内だけでなく、武千代も、桜姫も戸惑いを隠せない。

 むしろ、当事者である真珠が一番冷静に見えた。


 飛瀧は焔に問う。


「意識が急に混濁した原因は?」

「……わかりません。ですが確実に丑村ではないことは確かです。彼は追い詰められてただ狼狽えていただけでしたから」

「……つまり?」

「私の意識を奪ったのは真珠以外に考えられません」


 飛瀧は「ふむ」と思いながら、再度報告書に目を通す。


「……ん? この報告書を作成したのは那由多のようだな」

「すぐに那由多に確認させます」


 即座に天海が動く。

 那由多を立たせると再度目隠しと耳栓を外してやる。


「愛し子よ。我が問いに答えよ」

「はい! 旦那様!」

「前十の神子焼死事件の報告書を書いたのは那由多、お前だな」

「はい。私の名で提出せよとのお告げだったのでその通りに」

「お告げ……? では報告書を書いた本当の人物は誰だ?」

「真珠様です」


 法廷内が再び戸惑いの渦が吹き荒れる。

 武千代も桜姫も思わず真珠を見てしまう程に。


 ちなみに報告書の作成者の件は紅玉も薄々気付いていたことだった。

 何故ならその事に気づいて、那由多に確認するよう天海達に頼んだのは紅玉なのだから。


(あの報告書は十の御社にいたはずの那由多が知るはずないことまで書かれていましたから……)


 十の御社に侵入する前の丑村や焔の行動が事細かに。


(まさか真珠様が書いたものだった挙げ句、全て嘘だったとは思いませんでしたが……)


 何よりも当時神子だった焔に危害を加えていたことが一番衝撃的だった。

 それは神子反逆罪であるし、さらには焔の異能の暴走を誘発した可能性がある。

 そして、その被害者は他でもない紅玉の大切な幼馴染の海だ。

 思わず握る手に力が入ってしまう。


「聖女真珠……焔の証言に何か言うことは?」


 飛瀧に問われ、真珠は美しく微笑む。


「殺人という罪を犯し精神的に脆くなり、私に罪を擦り付けることで自分を守ろうとしているのでしょう。どんなことを言われても私は全て赦します」


 それまでは真珠のその姿に慈悲深いと感動する者が圧倒的に多かっただろう。

 だが今は真珠を疑念の目で見つめる者が増えつつあった。

 そして、武千代も、立て続けに訴えられる真珠の罪に戸惑いが隠せなくなっていた。


 焔は真珠を睨み付ける。


「ああそうだ。私は人を殺した罪深い女だ。この生涯だけでなく死後も罪を償う為、地獄に堕ちる覚悟でいる。だからこそ、あなたの罪をどんな手を使ってでも暴いてみせる! それが、私の罪滅ぼしだ!」


 真珠はそんな焔を憐れんだ目で見つめるだけだ。

 まるで、なんて可哀想に……と言いたげに。


 その時だった。


「裁判長、ワタシにもう一度証言させて欲しいの」


 傍聴人席にいた世流が手を上げて立ち上がったのは。


「ワタシも丑村に奪われた記憶を取り戻して思い出したことがあるの……まさに、焔に保護される日の事を」

「ほう、あなたが保護された被害者だったのか」


 世流の話に飛瀧は興味を持った。


「よろしい。証言を許可します」

「裁判長!!」


 桜姫は我慢の限界だった。


「先程から弁護側に関大過ぎではありませんか!? 不公平です!!」

「……あらゆる視点からの材料を手にし、判決を下すために重要なことです。第一に私の信条は厳格であること。どちらか一方に寛大にした記憶はありません。勿論、桜姫、あなた様にも」


 飛瀧に冷たく睨まれてしまっては、桜姫は何も言えなかった。

 身を以って知ってしまっているから……飛瀧がどこまでも不正を決して赦さない厳しい人間であることを。


 桜姫が大人しく引き下がったのを見て、飛瀧は世流に証言台へ立つよう促す。


「それでは証言なさい。焔に保護された日の事を」

「……ワタシは……当時の娯楽街で、誘拐犯の男共の性欲処理のために毎日毎日玩具のように嬲られ続けて、最早日にちも曖昧で地獄のような日々をなんとか生きていた。そんなある日、閉じ込められていた部屋の隣から声が聞こえてきたの。女性同士が言い争うような声だったわ。しばらくすると声は止んだんだけど、突然部屋の壁に穴が空いたの」

「あっ、穴!?」


 思わず驚きの声を上げたのは桜姫だ。

 はしたなく声を上げてしまったことに桜姫はハッとなり、すぐに口を噤む。

 世流は気にする事無く、証言を続けた。


「見れば穴の向こう側に綺麗な青い髪の女性が立っていて、ワタシを見て驚いて『失礼しましたー!』って脱兎のごとく去っていってしまったわ。閉じ込められていた部屋に逃げ道ができたワタシが無意識にとったのはその場から逃げて助けを呼ぶこと。そうして必死に娯楽街から抜け出して、ワタシは焔に保護された……」

「なるほど……あなたが娯楽街から抜け出せたのは壁に穴を空けたその女性のお陰だったということだな」

「そう。そして、ワタシは今までその女性のことをすっかり忘れていたんだけど、正しく記憶を取り戻した今、その女性が誰かであるかを思い出すことができたの」

「……まさか……!」


 壁に穴を空けることができる程の豪腕を持つ綺麗な青い髪の女性と聞いて、紅玉が思い浮かんだのは一人しかいなかった。


「彼女は間違いなく前十の神子の海さんよ」


 法廷内がざわめく。

 紅玉も驚きが隠せない。


「何で前十の神子が娯楽街に?」

「もしかして前十の神子も誘拐犯の目星をつけていたとか?」

「でも、世流が聞いたのは女性同士の言い争う声だって……」


 法廷内全員が世流の発言を待つ……。


「……そう。ワタシが聞いたのは女性同士の争う声……前十の神子の海さんともう一人……」


 世流はその人物に視線を向けた。


「……『真珠』と呼ばれる女性の」


 法廷内全員が驚き、一斉に真珠に視線を向けた。

 真珠はひたすら真っ直ぐに世流を見つめ返すだけだ。


「前十の神子と言い争っていたのは真珠だと?」

「ええ、そうよ」

「異議あり! 憶測でものを言わないでください! あなたは真珠の姿を見たわけではないのでしょう!?」


 桜姫の反論に世流は溜め息を吐いて頷くしかなかった。


「……そうね。ワタシが聞いたのは海さんの『真珠』と呼んだ声だけ。姿を見たのも海さんだけよ」

「ならば……!」

「でもね、逆に言えばその人が『真珠でない』ってことも証明できないの」

「……えっ?」


 戸惑う桜姫に向かって世流が付き出したのは予め用意していた勤務管理表だ――三年前の葉月の――丁度、海の事件が起きたその月の。

 そして、三年前の世流が保護された日……その日の真珠は……。


「その日、真珠は休暇を取っていた。だから、どこにいたかなんて誰にも分からないし、娯楽街にいなかった証明もできない」

「っ!!」


 世流の反論に桜姫は言葉に詰まってしまった。

 代わりに武千代が前へ出る。


「異議あり! これはこじつけです! 真珠が娯楽街にいたという証拠にもなり得ません!」

「異議を認めます」


 飛瀧に言われて、世流は引き下がった。


「可能性が示せれば、ワタシはそれでいい」

「……たとえ冤罪を産み出すとしてもですか?」

「……紅ちゃんをあらぬ罪に問おうとしているのはそっちでしょう?」


 ギロリと睨み合う世流と武千代。

 カンッ! ――と木槌の音が鳴り響き、二人は飛瀧に視線を向けた。


「双方、止めていただこうか」


 飛瀧に注意され、世流と武千代は静かに頭を下げた。


「……ワタシからは以上です」


 それを最後に世流が証言台から降りる。


「真珠、今の証言で何か言うことは?」

「裁判長、彼は一度身も心も破壊された憐れな人なのです。どうか今の嘘の証言を赦していただけないでしょうか?」

「では、今の証言は嘘だと?」

「はい。全く心当たりがありません」


 はっきりと真珠はそう言った。




「あはははは。流石は聖女様。これごときでは動じないか」





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