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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
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神狂いは語る




「はい! 私は那由多です! あなた様の花嫁です!」


 その女性は「神狂い」こと那由多だった。

 三年前、海や空の母を死へ陥れた極悪人……。


 掌に爪が食い込む程握り締める紅玉の手を蘇芳はそっと触れ、指を解いてやった。


「……私の質問には正しく答えなさい。お前はかつてどこで働いていた?」

「はいっ! 神様の花嫁になる為、十の御社で花嫁修行をし、その後は巽区の参道街で花嫁修行をしておりました!」


 天海は顔が引き攣らないように堪えるので必死だった。

 それ程までに那由多の神への心酔っぷりは狂っているのだから。


「これよりお前に質問をする。嘘偽りなく答えると誓うか?」

「勿論です、旦那様! 那由多はあなた様の愛の為に真実を答えます!」


 ちなみに天海の台詞は、那由多の後方に立つ美月が紙に書き起こしたものを読み上げている。

 端から見たら滑稽な上に、天海の台詞が若干棒読みではあるが、那由多は全く気付かず、食い入るように天海を見つめるばかりだ。


「では問う。お前にお告げをした神について詳しく証言せよ」

「はい。私の前に降臨なさったのは黒髪が麗しい男神様でした。透き通る程の白い肌、煌めく銀色の瞳、背筋が凍る程美しいお方でございました」


 それは、かつて那由多がどんなに拷問をかけても口を割らなかった、お告げをした神についての証言であった。

 幽吾が呆れる程苦労していたというのに、今はペラペラとよく喋っており、紅玉は驚いてしまう。


「その男神はお前に何を告げた?」

「はい。御主人様はいろいろなことを教えてくださいました。十の神子の海は神子に相応しくない品性の持ち主であること。いつか神を裏切る反逆者となり、この神域をめちゃくちゃにする暴力者だと。そして、神子になるべきは私、那由多であると」

「男神はお前に何か命じたか?」

「はい。御主人様は神子に相応しくない者達へ裁きを下す為、私に様々なことを御命令されました。神子の行動の監視や報告、籠城の指示や神子教育の放棄等々、御主人様に言われるがまま全てをやりました。全ては愛する御主人様の為に」


 恍惚とした笑みを浮かべながら、己のした事を正当化しようとする那由多の姿は最早狂気であり、心の優しい天海は吐き気を覚えてしまう程だ。

 それは天海だけでなく、桜姫もまた。真っ青な顔で那由多を見つめることしかできずにいる。


「それなのに……それなのに……御主人様は…………」


 ほろり……那由多の瞳から涙が零れ落ちた。


「……お前はその男神に捨てられたのだな」

「ですが、そのおかげであなた様にお会いすることができました! 那由多はあなた様のために粉骨砕身お仕えいたしますっ!」


 立ち直りの早い事だ。

 天海は顔を引き攣らせてしまう。


「……一分間、目を閉じ、耳を塞ぎなさい」

「はいっ、旦那様! 仰せのままに!」


 那由多が目を閉じ、耳を塞いだ事を確認すると、天海は一気に身体の力を抜いた。


「ちょっ、ちょっと……休ませてくれ……!」


 美月から差し出された水分を受け取ると、天海は一気に飲み干し一息つく。

 その天海に代わり、轟が前へ出る。


「これから那由多に十の御社で起きた神子焼死事件に関する証言をしてもらう。しっかり聞けよ」


 天海は「よしっ」と小さく気合いを入れると、顔を引き締めた。

 やがて一分経ったのか、那由多が目を開き、耳を塞ぐのを止める。


「旦那様、あなた様の言う通りに致しました」

「ではお前が前十の神子焼死事件に起きた日の事を詳しく教えてもらおう」

「……正直に答えれば、今度こそ花嫁さんにしてもらえますか?」

「……正直に答えれば考えてやろう」

「はいっ、那由多は正直に全てお答え致します!」


 那由多の狂気にも近い微笑みに、誰もがゾッとする。


「十の御社に侵入してきたのは誰だ?」

「誘拐犯の丑村です」

「報告書によれば他にもいたな」

「はい、当時十九の神子だった焔。そして、当時神子管理部の主任であった真珠様です」


 那由多の証言に、桜姫と武千代は驚いて真珠を振り返っていた。

 一方で真珠は無表情で那由多を見つめるだけだ。


「丑村が侵入し、何が起きた?」

「丑村は真珠様に問い詰められ、唐突に自分の罪を告白し出しました。その事に焔が怒り狂い、丑村を焼き殺してしまいました。海は止めましたが、火の手はあまりにも早く、御社と海まで焼いてしまったのです」

「その時、お前はどこにいたんだ?」

「私は後に起こる事を予言されて知っておりましたので、巻き込まれないよう一人隠れて行方を見守っておりました」


 当時神子補佐役であった那由多が神子を守らず、一人難を逃れて隠れていた事はあまりにも問題だ。


 しかし――。


「では、真珠は何をしていた?」

「真珠様はただ見ていました」

「見ていた?」

「はい、見ていただけです。何もせずに」


 まさか真珠もただ見ていただけだと、誰が思っただろうか――。


「異議あり! 聖女真珠に限ってそのようなことあり得ません!!」


 当然ながら武千代が反論する――が。


「……今の証言、真名に誓って言えるか?」

「はい、旦那様。真名に誓って那由多は嘘を申しておりません。全て真実です」


 那由多がここまで断言するとなると反論の余地などありはしなかった。


「真珠は止めもせず、ただ立って見ているだけでした。丑村も、海も、御社も、全て燃えゆく様を、にっこりと微笑んで」


 そして、最後の一言はあまりにも衝撃的だった。

 人が焼け死んでいく様子を微笑んで見守っていただけなど……残酷そのものだ。


「あの日見た事は黙っていなさい。私も関与が疑われるからと黒髪の神様に言われ、その通りにしました」

「……命令だ。耳を塞ぎ、目を閉じろ」

「はいっ、旦那様」


 天海に言われるがまま、那由多は目を閉じ、耳を塞いだ。

 それを確認すると、轟が飛瀧の方を向いて話し出す。


「この女が誰かしらの命令を受けて何かしていた事まではわかっていたんだが、それ以上は今まで全然口を割らなかったんだ」

「……今は素直に話しているように見えるが、一体どうやったんだ?」


 それは飛瀧だけではなく、紅玉も疑問に思っていた事だ。

 幽吾の拷問にも決して屈しなかった、あの那由多だ。

 それなのに今は天海に対して軽快に全てを話してしまっている……。


 すると、美月と轟がニヤリと笑った。


「火には水を。水には土を。そして、神狂いには神様や」

「この女の行動基準は全部神だ。それまでも忠誠を誓っているっつぅ神の言い付けを守って絶対に口を割ろうとしなかった」

「なら、その神様を越える神様を! ――とは思ったんやけど、その為に神様に協力してもらうんは忍びなくてな」


 ふむふむ、誰もが頷く。


「そこで白羽の矢が立ったのは、我らが妖怪先祖返り代表の天海ってことだ!」

「見よ! この天狗一族の本気を発揮した美しい姿を! これを見たら誰もが思うやろ! 神様! 天使様! 天海様!」

「やめてくれっ!!」


 幼馴染二人組の叫びに天海は羞恥を堪えきれず、真っ赤な顔を両手で覆い隠してしまった。




「うみゅ……つまり見た目がイケメンなら、神様でも、妖怪でも何でもいいってことじゃん。神狂いじゃなくてただのメンクイじゃん」


 水晶の小さな呟きに周囲の人間や神は同意するように深く頷いていた。




「ふむ、なるほど。その調子でその女から証言を聞き出したわけだな」

「はい……そうです……」


 涙目という情けない表情ではあるが、天海の容姿を見れば、その涙すら神が生み出した至高の宝石に見えてしまう不思議な魅力があった。

 神狂いの那由多もまた天海を神だと思い込み、心酔しているのだろう。

 そんな那由多の証言は、実に説得力があると思える。


「那由多はそう証言しているが、反論はあるか? 真珠よ」


 飛瀧に聞かれ、真珠はニコリと微笑む。


「所詮は神狂いの妄言です。信用に値しませんわ」


 真珠の言う事は尤もだろう。

 しかし――。


「本当にあれが妄想?」

「あんなにはっきりと断言していたし……」

「バカ。真珠様に限ってそんな……」

「そうだよ。真珠様は聖女なんだぞ」

「でも…………」


 一度生まれた疑心は波紋のように広がり始めていた。

 だが、真珠は動揺した様子もなく、堂々と前を見据える。


 そんな真珠の様子に、眉を顰めながら轟が言った。


「だったら、神子の証言ならどうだ?」


 その瞬間、再び地獄の門が法廷内に現れ、扉が開く。

 中から現れたのは、轟達と同様に地獄へ堕ち死んだとされていた人物だった。


「私は焔……そして、殺人という大罪を犯した、罪深き元十九の神子です」




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