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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
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遊戯管理部の告白




「ふむ……紅玉の中に宿る幼馴染達の神力は、彼女達が自ら差し出し、蘇芳が与えたものだったとなると……そもそも紅玉が凶行に及んだ事実もないことになるな」


 冷静に分析する飛瀧に、桜姫はハッとし、慌てて叫ぶ。


「お、お待ちください、裁判長! 紅玉の罪状は真珠への殺人未遂です! 事実、藤の神子とは裏で繋がっています! そして、それは今も!」


 桜姫は真珠を振り返りながら、高らかに叫ぶ。


「真珠は〈神力持ち〉で立ち居振舞いが完璧な淑女。そして、凶悪な事件の犯人を追い詰め、その被害者達の心を癒し、邪神を祓い、神子管理部の主任を見事務めあげ、宮区の職員に抜擢されたまさしく聖女です! 方や紅玉も淑女とは呼ばれながらも〈能無し〉と忌み嫌われる存在。紅玉は自分と似た真珠に嫉妬をし、幼馴染である藤紫に頼んで呪い殺すことを計画したのです!」

「いい加減にして!!」


 桜姫の声を遮るように怒鳴り声が響いた。

 全員驚いて振り向けば、そこに立っていたのは……。


「いくらお姫様だからって、言って良い事と悪い事があるわ! これ以上、紅ちゃんを侮辱しないでちょうだい!!」


 現世へ行方を眩ませていた世流が柳眉を吊り上げて桜姫を睨み付けていた。

 そして、その後ろには凪沙、野薔薇、亜季乃、一果の遊戯管理部女性職員達の姿があった。


 予想しない面々の登場に誰もが驚き、ざわめく。

 一方で遊戯管理部職員達の登場に動揺を隠せないのは中央本部の面々だ。

 法廷内の戸惑いを余所に、遊戯管理部職員達は証言台へ進み寄る。


「裁判長、私達に証言をさせていただけないでしょうか? 真実について」


 そう進言したのは凪沙だ。

 その真剣な表情と「真実」という言葉に、飛瀧は深く頷く。


「許可します」

「さっ、裁判長! これはあまりにも暴挙! 許可をするなど……!」

「黙れ。裁判長(わたし)が許可をすると言ったのだ。責任も裁判長(わたし)が取る」


 飛瀧の強い言葉に、中央本部はもう何も言えなかった。


「では、遊戯管理部職員に証言していただきましょう。『真実』とやらを」




「……私達はこの三年、真実を隠し続けて遊戯街で働いてきました。それは私達自身を守る為でもあり、紅ちゃんの為でもあった。〈能無し〉と罵られ迫害される紅ちゃんを守る為、この神域に残る条件として、私達は『真実』の封印を強要された」


 凪沙の証言に紅玉は彼女達が何を話すのかを悟った。

 止めなければならない――そう思ったが、すでに野薔薇が語り始めてしまっていた。


「だけど、紅ちゃんがこんな謂れのない罪に問われるのなら、私達はもう『真実』を隠す義務なんてありません! 例えそれが私達の尊厳を害することになっても私達は構わない!」


 強い決意の言葉に、紅玉は言葉が詰まってしまう。

 今、ここで止めてしまえば彼女達の決意を否定してしまうことになってしまうから……。

 思わず唇を噛み締めてしまう。


「私、亜季乃、そしてここにいる凪沙、野薔薇、一果、世流は三年前に起きた現世から誘拐された被害者です。私達は丑村によって誘拐され、神域に連れてこられ……言葉にできない程の屈辱を与えられました……私達は心も体もボロボロにされたのです」


 わずか十七歳の亜季乃の証言はあまりにも衝撃的だった。

 三年前となると亜季乃はまだ十四歳……。

 そんな子どもが言葉にするのも憚れる程の屈辱など……想像するのは容易かった。


「そんな私達を救ったのは聖女である真珠とされていますが、これは全くの出鱈目です! 傷付いた私達の世話を焼き、自ら命を絶とうとした者を必死に止め、悪夢を見る日も寝ずにひたすら寄り添ってくれた恩人は、みんなが〈能無し〉と罵る紅玉です! 聖女真珠なんかじゃない!」


 一果の証言は今までの常識を覆す驚きの証言であった。

 桜姫も、武千代も、驚いて思わず真珠を見てしまう。

 真珠は何を考えているのかわからない顔で遊戯管理部を見つめるだけだ。


「……もう、紅ちゃんを〈能無し〉って罵るのは止めて……! ワタシ達の大事な友達をこれ以上傷つけないで!!」


 世流の叫びに紅玉は涙を流していた。


 実際慰み物にされていたのは世流だけではあったが、誘拐されたという事実は永遠に消えない。

 そして、そこから生み出される心無い憶測や噂に翻弄されるのが目に見えているからだ。


 だが、彼女達は自分の尊厳を捨ててまで紅玉の誇りを守ろうとしてくれている。

 その事実が嬉しくて、そして切なかった。

 できることなら、永久に隠しておきたかったから……。


「おい! 中央本部! どうなってんだ!?」

「ずっと騙していたの!?」


 沸き上がる非難の声に中央本部の面々は思わず舌打ちをしてしまう。

 遊戯管理部が約束を破ったからこんな目に――。


 ガンッ!! ――激しく木槌が振り下ろされた。


「静粛に!!」


 飛瀧の一声で法廷内は一気に静まり返る。


「……さて、誘拐事件(その件)に関しては、後日中央本部から説明頂くとしよう。私も知らなかった事実が明らかになったからな……一言申しておくが、私は嘘が大嫌いな人間だ。よく知っているだろう?」


 飛瀧に睨まれ、中央本部は青褪めて縮み上がるしかなかった。


「さて、つまりは……聖女であるあなたも嘘に荷担していたということになるな、真珠」


 飛瀧に冷たい声で指摘されても尚、真珠は顔色一つ帰る様子はなかった。

 隣に座る武千代や桜姫の方が真っ青だ。


「遊戯管理部職員は元の席へ戻りなさい」


 飛瀧に命じられ、凪沙達は一礼をして立ち去っていく。紅玉にほんの一瞬微笑みを向けながら。

 その背に向かって、紅玉は心の中で何度もありがとうとごめんなさいを呟くことしかできなかった。

 じわりと涙が浮かぶ。


 一方で桜姫は内心焦っていた。

 明らかになった真実についてもそうだが、全く反論する様子を見せない真珠に桜姫は戸惑いが隠せない。


 しかし、このままでは紅玉を有罪にできず、真珠を救う事だって叶わなくなってしまう。

 最早桜姫は必死だった。


「し、しかし、真珠がかつての凶悪犯の丑村を追い詰め、事件解決に貢献したのは事実です!」

「――追い詰めた挙げ句、死なせたのが確かな功績なのかよ? しかも神子まで死なせて」


 辺り一帯に響いた声に、桜姫は身体を震わせた。

 しかし、見渡しても声の主は見当たらない……。


 その時だった――目の前に突如禍々しい気を帯びた扉が現れたのは。

 そして、扉が開かれ中から出てきたのは、鬼と天狗と猫又の先祖返り達――轟と天海と美月の三名だった。

 地獄に堕ち、死亡したと報告されていた。


「貴殿らは……! まさか生きていたのか……!?」

「当たり前だっつぅの! あれは幽吾のヤツが仕掛けた演技だよ。おかげで俺らが死んだって勘違いさせることができたからな」


 その通りだと武千代は思った。

 多くの職員の前で地獄に引き摺り込まれる場面を見せれば、誰もが轟達は死んだと思い込む。

 幽吾の手中に嵌まっていただけだと気付き、武千代は歯噛みした。


「裁判長、こいつに証言をさせて欲しい」


 轟はそう言って鎖に繋がれ目隠しと耳を塞がれている女性を指差した。


「証言の内容は?」

「三年前の前十の神子焼死事件について」

「異議ありです! 本件と関係がありません!」


 しかし、桜姫の指摘に怯む轟ではなかった。


「その事件に関して重大な事実が判明した。今後の判断材料にも関わってくる重大な事だ」

「異議を却下します」


 飛瀧の判断に桜姫は悔しげに唇を噛み締める。


「裁判長、尋問はここにいる天海に行わせてください」

「何か理由が?」

「この女、天海の言うことにしか答えませんので」


 美月の説明に理解できる者は誰もおらず、誰もが首を傾げてしまう。


「……まあ、いいでしょう」

「ありがとうございます……ほら、天海、さっさと準備する!」


 美月に言われるが、天海はオドオドと戸惑っていた。


「い、いや……あの、でも……こんな人前で恥ずかしい……」

「いいからほら!! 変化しやっ!! アンタにしかできひん言うとるやろがっ!!」

「わ、わかった……! わかったから……!」


 天海は溜め息を吐きながら前へ進み出る。


「妖力解放!」


 天海の周りに神力とは異なる力が渦巻く――。


「……裁判長、女がすっげぇ五月蝿くなるから静かにさせろ」

「……はい?」


 轟の言葉を理解したのはその直後、天海の姿が変化してからだ。


 黒い翼が穢れ無き純白へと変わっていく。サラリとなびく銀色の髪に、切れ長の木賊色の瞳。只でさえ、人離れした美しさを持つ天海の姿は、神と言っても過言ではない美しさと神々しさである。


「きゃああああああっ!!」

「なにあのイケメン!!」

「素敵!」

「きゃあっ!きゃあっ!!」


 法廷内に響き渡るは、女性達の悲鳴に近い歓声。

 ガンガンガンガンッ! ――木槌の音が何度も打ち鳴らされる。


「静粛に! 静粛に! せーいーしゅーくーにぃー!!」


 飛瀧の叫びも虚しく、しばらく女性の黄色い声が鳴り止まなかった。


「うっ、うぅ……だ、だから、嫌だったんだ……っ」

「嫌でも働きぃや。これがアンタの役目や」




 やっと静かになったところで、轟が女性の目隠しと耳栓を取り払う。

 現れた女性は紅玉もよく知る人物であった。


「証人……仮名と職業を」

「……………………」


 女性は飛瀧の質問に答えようとしない。

 しかし――。


「名乗りなさい、愛し子よ」

「ああっ! 旦那様……っ!」


 天海の呼び掛けには直ぐ様答えていた。

 あまりもの対応の落差に飛瀧は思わず冷ややかな目で女性を見つめる。


「名前と身分を答えなさい」

「はい! 私は那由多です! あなた様の花嫁です!」


 その女性は「神狂い」こと那由多だった。




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