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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
302/346

紅玉の秘密




「紅玉の中に宿る五つの神力は間違いなく紅玉の幼馴染である五人の神子殿のもので間違いない。だがそれは奪ったものではなく、五人の神子殿が紅玉を救う為に自ら差し出したものだ。五人の神力は藤紫殿の手によって集められていた。そして、藤の神子乱心事件が起きる直前の夜に藤紫殿が紅玉にその神力を届けに来たんだ」


 法廷がざわめく。

 それはあまりにも衝撃的事実だったからだ。

 藤の神子乱心事件が起きる前夜と言えば、神域総出で指名手配となった藤紫の捜索を行っていた。


 しかし、その藤紫が紅玉の元を訪れていたと言うのだから驚くのも無理はない。

 しかも、神力を紅玉に届けに――。


「つまり藤紫は神力を奪う為に蜜柑を殺し、その結果、藤の神子乱心事件へと発展してしまったのです!」


 蘇芳が証言している最中だというのに、思わず口を挟んだ桜姫を飛瀧が睨み付ける。


「静粛に! 今証言しているのは蘇芳ですよ、姫」

「ですが、今の蘇芳の証言は藤紫と紅玉が今も繋がっているという紛れもない証拠! 見過ごすわけにはいきません!」

「……紅玉の傍には自分がおりました。藤紫殿は紅玉に何かを依頼するなど一切していない。もし仮に藤紫殿が神力と引き換えに何かを依頼していたとして、それは不可能だと断言できる。何故ならその時紅玉は……死の淵にいたのだから」

「え……死の、淵……?」


 穏やかではない証言に桜姫だけでなく、法廷内全体が凍り付く。


 それは三年前のあの日を知る者なら誰もが覚えていることだ。

 蜜柑が殺害され、容疑者藤紫が逃亡し、桜姫の演説が行われた直後、〈能無し〉の紅玉が意識を失って倒れたというのは有名な話だったから。


「で、ですが、その程度で死の淵に立たされるだなんて……」


 「その程度」――桜姫の言い方に蘇芳は思わず眉間に皺を寄せるが……話を続ける。


「紅玉は……普通の人間とは違うから……皆、知っているだろう。紅玉には神力がないと」


 それは、最早神域での常識と言っても過言ではないだろう。

 紅玉は神域史上例を見ない神力を持たない〈能無し〉。

 故に〈神から見捨てらし存在〉として忌み嫌われているのだから……。


「だが、紅玉の中に神力がないのは生まれつきではない……残酷にも奪われたんだ」

「……奪われた?」


 思わず反応し、そう言葉を零したのは一の神子である月城だった。


「……皆、一度よくよく考えて欲しい。自分の中から神力が失くなるとは一体どういう状態のことを指すのか」


 それは新人職員に起きやすい。

 神力という力を持ち、神術を操れるようになった者達がきちんと訓練を受けないまま、神術を使い過ぎて、神力の枯渇で昏倒してしまうのだ。

 なので、毎年新入職員には耳にたこが出来る程説明をしている。


 訓練を受けないままで神術を使うな。

 気づけば神力が枯渇してしまい、命を危険に晒してしまう、と……。


 その常識を思い出した瞬間、誰もが「神力を持たない」ということの本当の意味に気づき始める。

 そして、蘇芳は表情を暗くしたままはっきりと告げた。


「紅玉は……紅の身体は……死んでいるんだ……幼馴染達の神力によってなんとか生かされている状態なんだ」


 それは今までの中で一番衝撃的な証言であった。


 紅玉の身体は死んでいる……。

 神力で生かされている……。


 法廷内が一気にざわめいた。


「そっ、そんな出鱈目があるものですか! 神力で人の命を生かせるなど、聞いたことがありません!」


 桜姫は動揺し声を荒らげる。

 しかし、蘇芳はゆったりと首を振った。


「俺も初め聞いた時は信じられなかった……その場で思い付き、その場で創り上げ、その場で術式を組んで編んだ突貫工事のような術が人の命を支えるなど……だが、彼女達はやってみせたのだ。それは最早奇跡と言えよう。皇族神子にも匹敵する強力な神力を持つ海、術式の創造に天賦の才を持っていた葉月、術式を美しく書き上げる技量を持っていた清佳、また書き上げた術式を崩すことなく組み合わせる繊細さを持っていた蜜柑、そして大胆な作と機転で紅を救う手立てを考えた藤紫……彼女達誰一人が欠けても、紅玉を救うことはできなかっただろう」

「…………ん?」


 今の蘇芳の証言に矛盾があると真っ先に気付いたのは、燕だった。


「……あの、蘇芳さん、質問よろしいですか?」

「はい」

「今の蘇芳さんの証言ですと、まるで紅玉さんを救う神術を幼馴染五人で創り上げて使用したようですが、紅玉さんが神力を与えられた日――つまり藤の神子乱心事件の前夜の時にはすでに海様と葉月様と清佳様と蜜柑様はすでにこの世にいなかったはずですよね?」


 まさしく燕の言う通りだ。

 蘇芳の証言には矛盾がある。


「第一に紅玉さんが初めて神域に足を踏み入れた三年前にはすでに彼女は神力がないと判定されています。時期が合わないかと……」

「……失礼。説明不足だった……五人の神子殿が紅玉に神力を与えたのは、彼女達が神子になる前……すなわち現世での出来事なんだ」


 衝撃的な証言が続き、法廷内もより一層ざわつく。


「み、神子になる前!?」

「現世でって……!?」

「そんなこと可能なの?」

「いや、現世で神術が使えるなんて聞いたことがない」


 その通りだ。

 現世で神力を操ることなど不可能。

 神域という特別な地であるからこそ発揮できる力である。


 蘇芳も頷きつつ言う。


「確かに現世で神力を用いて神術を使用することは不可能だ……だが、十一年前のとある日だけ現世で神術を使用できた場所があったんだ」

「十一年前……?」


 十一年前――その限定的な言葉にすぐ反応を見せたのは、やはり一の神子である月城だった。


「……なるほど。神力測定検査か」


 月城の言葉に検査を知る者達はハッとなった。


 神力測定検査――神子候補を探し出す為、十一年前に試験的に行われた検査の事である。


「神力を測る為には神術を必要とする。だから、一時的に空間系の神術を応用し、現世の限定された場所で神域と同じ環境下を作り出し、そこで検査を実施した。故に検査が行われた特定の場所では神術を使用することが可能だろう」


 月城の説明に誰もが納得する。


「奇しくも紅玉と五人の神子殿は検査対象者であり、神術使用可能範囲内にいた。そして、紅玉は検査の行われた日に神力を奪われてしまったんだ」

「出鱈目です!」


 真っ先に桜姫が声を張り上げた。


「紅玉が神力を奪われた証拠がどこにあるのですか!? そもそも誰が紅玉の神力を奪ったのですか!?」

「…………物的証拠は、ありません。自分は藤紫殿から聞いた話を証言しているだけです」

「証拠がないのでしたら、紅玉はただ神力を持たない〈能無し〉だったというだけです。そして、幼馴染達の神力を奪ったのです!」

「異議あり! 紅玉が神力を奪ったという明確な証拠もありませんよ」

「……異議を認めます」


 燕の反論に桜姫は押し黙るしかなかった。


「……話を続ける。運良く紅玉に神力を与えることに成功したが、与えた神力にも限界があった。そして、その限界を迎えたのが藤の神子乱心事件の前夜だった。度重なる幼馴染達との突然の別れ、さらに蜜柑殿を目の前で失った事実、そして容疑者とされてしまった藤紫殿……ただ〈能無し〉というだけで激しく責められ、追い詰められ、心を壊し……結果、紅玉は死の淵に立たされることになってしまったんだ」


 ギロリと蘇芳に睨まれ、桜姫は一瞬怯んでしまう。

 まるで貴様のせいだと責められているようで……。


「……何をしても紅玉の容態は改善することはなかった。医務部も首を傾げ、神ですら原因を解明することができなかった……衰弱していく紅玉の傍で、自分は祈ることしかできなかった……」


 今でも鮮明に思い出せる……。

 紅玉の冷たい手を握り、必死に生きてくれと情けなく懇願した時のことを。

 紅玉の命の灯火が儚く消えてしまいそうで、恐怖したあの夜のことを……。


「……その時に現れたのは、藤紫殿だった。藤紫殿は紅玉を救う為に集めた五人分の神力を持ってきてくれたんだ。そして、紅玉に神力を与えた」

「異議ありです!」


 桜姫の声が高らかに響く。


「それは不可能です! 先程、あなたが証言したではありませんか! 五人の神子の奇跡的な力が合わさったことで神術を完成することができたと。藤紫一人でできるはずがありません!」

「……神力を集めたのは確かに藤紫殿だ。だが、その時神術を完成させたのは藤紫殿じゃない」


 蘇芳は真っ直ぐ桜姫を睨み付けるときっぱりと言った。


「自分だ」




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