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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
28/346

男湯にて

本日二回目の投稿です。

閲覧時ご注意ください。




「あーーーしみるーーーきもちいいーーーーーー」

「そうですなぁ……」


 熱い湯船に浸かりながらしみじみと紫と蘇芳が呟く――じわりじわり今日の疲れが抜けていくようで心地良い。


 本日の宴会も非常に多忙を極めた。悪酔いすることで有名な金剛の世話だけでなく、あの問題神三人組が予想以上に大暴れしてくれたせいで、蘇芳も紫も本日はいつも以上に疲労困憊になっていた。




 紫が問題神三人組の魔の手にかかりそうになっていた所を駆け付けた蘇芳だったが、深秘と遊楽の二人を止めるだけでも必死で、万華にまでには手が回らなかった。

 そのせいで、紫が万華に半裸くらいまで脱がされてしまい、あわや――という所を空と鞠が助けに入った。

 そこまではよかったのだが、隙をつかれ逃げ出した遊楽が万華に加勢をし、鞠が放り出されてしまい、それに気を取られた蘇芳がうっかり背後に迫っていた悪酔いした金剛の襲撃に気付かず、深秘の拘束まで解いてしまった事で形勢逆転。空が深秘に圧し掛かられ彼の毒牙にかかりそうになってしまった――。

 が、空の一大事に気付いた空の父である蒼石が逆鱗に触れた竜の如く激怒し、突撃して深秘を弾き飛ばした為、空は事なきを得た。しかし、今度は蒼石が暴走寸前になってしまい、別の意味で混乱を極めた。

 蘇芳と空と鞠の三人がかりで蒼石の暴走を必死に止め、加勢して来た肇が悪酔いした金剛を絞め技で止めていた為、問題神三人組の暴走を止める者がおらず、紫は万事休すだった。

 しかし、そこへ駆けつけた紅玉がそれはそれは凍てつくような怒りを秘めた微笑みを湛えながら、万華、深秘、遊楽を千切っては投げ千切っては投げの華麗なる一人勝ちをし、その場を鎮めることに成功した。

 そんな大騒動を終えたのが丁度九時頃。すると、水晶が「寝る準備する」と言って立ち上がり、大立ち回りを終えたにもかかわらず紅玉はいつものように水晶の寝る支度の手伝いに付いていこうとする。これには誰もが目を剥いた。

 そして、最後に紅玉はくるりと振り返り、凍てつくような微笑みを浮かべながら――、


「よいですか? これから神子様がお休みになります。皆様はなるべくお静かに、大人しく、暴れず、お酒を嗜まれるよう、重々にお願い申し上げますね」


 という脅しをかけて、出て行った。

 最早誰もそれ以上宴会を楽しもうという気は起きず、結局宴会はそのままお開きになったのであった。




 そんな宴会の出来事を思い出しながら、ぼそりと呟く。


「……今日は特別疲れたねぇ」

「……そうですな」


 二人揃って溜め息を吐いた。


 紫が「あの三人組はそろそろ対策を考えない」とか「あの時の紅ちゃん、怖かった」とか話しかけてくる横で、蘇芳は「ですな」とか「はあ」とか適当に一言で相槌を打ちながら、一人考え込んでいた。


(神子警備部とあろう者が、制圧する対象者二名を取り逃がすとは何たる失態。背後に迫っていた兄貴にも気づけない上に、蒼石殿も俺一人で止められないとは、鍛練不足もいいところだ。明日からは再度鍛え直さねばならない)


 蘇芳は至極真面目な男であった。

 その間も紫は「蘇芳くん、相変わらずすんごい筋肉」「腹筋バッキバキ!」「腕回りまた太くなったんじゃない?」など、どうでもいい事を話しかけていたが、蘇芳の返事は「はあ」「まあ」と、相変わらず実に適当であった。


 それよりも蘇芳には気になっていた事があった。


 それは宴会を終えた後、紫と雛菊とで後片付けをしていた時の事だ。水晶を寝かしつけに行っていた紅玉を見て、気付いた――。


(紅殿……様子がおかしかったな)


 もうすでに二日ほど徹夜しているという紅玉だが、給仕をしていた時は非常に活発そうに見えたが、戻ってきた彼女の顔はどことなく弱々しく見えた。

 それに気付いているのは恐らく蘇芳だけであり、恐らく紅玉本人ですら気づいていないと蘇芳は思っていた。


(やはり……今日という今日は睡眠をとってもらわねば)


 蘇芳は無意識に眉を顰めて睨んだ為、紫は思わず驚き、肩を揺らす。


「ひっ! す、蘇芳くん!? 僕なんか失礼な事言ったかな!?」

「ああ、すまん。何でもない……自分は用を思い出した故、先に上がらせてもらう」

「あっ、僕も上がる」


 蘇芳が湯船を出るのを見て、紫もまた湯からあがる。紫が蘇芳の身体を見ながら「蘇芳くんってホント大きいよね」とか、また何かぺらぺらと喋っていたが、最早蘇芳の耳に紫の声は届いておらず、蘇芳は一人ひたすら考え込んでいた。


(どうやって紅殿に寝てもらうよう説得しようか……彼女は見た目によらず頑固で意地っ張りだからな)


 身体や髪の毛を大判の手拭いで拭いながら、思案する。


(普通に説得する……いやダメだな。話術は紅殿が上だ)


 浴衣を着ながら想像できたのは――蘇芳が紅玉に言葉巧みに言い包められる未来だけだ。


(脅しをかける……ダメだ! これでは自爆する!)


 茶屋での出来事と紅玉の言葉と声が蘇り、蘇芳は一人悶えてしまう。顔の火照りを冷まそうと、浴室に常備してある水分を勢いよく呷った。


「ねえねえ蘇芳くん」

「ん?」

「紅ちゃんを押し倒してみたら?」

「んぐっ!? げほっごほっ!!??」


 紫の一言に蘇芳は盛大に噎せてしまう。水を吹き出さなかったのは最早奇跡であった。


「なっ、何を言い出すのか紫殿!?」

「やっと人の話聞いてくれた! 蘇芳くんまで僕の事を無視するなんて酷いじゃないか!」

「うっ……」


 紫の話に上の空で返事をしていた自覚があるだけに、蘇芳は何も言い返せなくなってしまう。


「まあ、『紅ちゃん押し倒したら~』は本気の助言だけど」

「はっ!? 何を!?」


 せっかく冷めつつあった顔の火照りが再び蘇る。


「だって見ててすっごいイライラする! 蘇芳くんも紅ちゃんもお互いの事好きなのに全然進展しない! まあそもそも紅ちゃんが、自分の気持ちと蘇芳くんの気持ちに気付いていないとんでもないお鈍さんだからっていうのが原因なんだけどさ!」

「紅殿を愚弄しないでもらえるか」


 蘇芳が紫をギロリと睨みつけた為、紫はひっと悲鳴を上げた。


「ちょっと! 怖い顔しないでよ……!」

「悪かったな、怖い顔で」

「蘇芳くんはさ、紅ちゃんに自分の気持ち気づいてもらう為にも、ガンガンいこうぜ!」

「いきませんからな」

「えーーーつまんないのーーー」

(この方、いつの間に酒を飲んだんだ?)


 というより、紫はこういう話になると、やたら饒舌になる。「どこの女子高生かしらぁ、ふふふっ!」と紅玉がやや――いやかなり――怒りの孕んだ笑顔で紫を称していたのを、蘇芳は思い出した。


「もう二人ともイイ大人なんだし、既成事実作っちゃいなよ!」

「紫殿、自分も怒るときには怒る。発言には気をつけろ」


 これは女子高生という可愛いものではない。最早ただの下賤だ。

 蘇芳が更に紫を睨みつけると、紫は飛び上がり、慌てて自分の荷物を持つと、逃げるように浴室の入り口へと向かった。


「も、もう! 蘇芳くんは真面目すぎるんだから! 紅ちゃんは本当にお鈍さんだからさ、ちょっと強引にいかないと気づかないと思うんだよね。だから、寝込みを襲っちゃえば――」

「発言には気をつけろと申し上げたはずだが?」


 ゆらりと蘇芳の目に殺気が宿る。


「はいどうも失礼しましたっ! おやすみなさいーーーーーーっ!」


 紫は脱兎の如く、その場から立ち去った。残された蘇芳はふぅっと溜め息を吐き、肩の力を抜いた。そして、少し考える。


「……強引に、か」


 そう呟きながら、蘇芳はもう一口水分を含んだ。




蘇芳、動きます

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