それぞれの秘密
雛菊は大広間の隅の方――大層賑やかな場所とは大分離れている場所で、水晶と空と鞠と一緒に食事をしていた。
「――それで、金剛さん、書類全部引っ繰り返しちゃって、肇さんめちゃくちゃ怒っちゃったんっすよ~~~」
「Yeah! ハジメさん、Very very angry! コワかったデース!」
「『フフフフ!』って笑いながら、眼鏡をキラッて光らせて怒ってたっす!」
「うみゅ、眼鏡キャラは鬼畜が定番よね。期待を裏切らないキャラ設定嫌いじゃないわ」
空と鞠が八の御社での研修の話を楽しそうに話しながら、水晶はもぐもぐと唐揚げを食べながら静かに聞いている。
ここまでは至って普通の光景だと、雛菊は思った――だが。
「空、ほれ、あーーーん」
「あーーーん」
「………………」
雛菊は目の前で繰り広げられる光景が正直信じられない思いで見ていた。
蒼き海の色を持つ水の竜神の蒼石が胡坐をかいたその上に空を乗せ、先程から自らの手で空に食事を食べさせているのだ。空もそれが当たり前のように口を開き、蒼石から与えられる食事を頬張っている。勿論、水晶も鞠も周囲にいる他の神も、誰も何も言わない。
「うまいか? 空」
「うんっ!」
「良く噛むのだぞ」
「うんっ!」
もぐもぐと一生懸命咀嚼をする空の頭を蒼石は撫でた――実に微笑ましい光景……ではあるのだが、雛菊は内心大混乱だ。
(えっと、空って今年で十六歳、で合っていたわよね? オーケー、オーケー、ちょっと落ち着こう! 「あーん」って何!? 「あーーーん」って! ていうか周り誰もツッコまないってどういう事!? あたし!? あたしがおかしいのか!? よっしわかった今日から常識書き換え――られるかっ!! ああでもこれが神域の常識かもしれないし、変にツッコんで非常識だと思われるのは――だが意味不明!! なんで「あーーーん」してても誰もツッコまないのよぉおおおおおっっっ!!)
雛菊は内心叫びながら、頭を抱え、前後に振り乱しながら何かを必死に堪えている――そんな雛菊の奇行を、丁度その場にやってきた紅玉は困ったように見つめていた。
「……雛菊様、説明不足で混乱させてしまって申し訳ありません」
「ハッ!! 紅玉さん! お疲れ様です! いえ、これはですね! 新しい肩コリ解消体操でして!!」
少々無理のある言い訳である。
紅玉は構わず言葉を続けた。
「空さんは、竜神である蒼石様の息子さんなのですよ」
「……へっ?」
紅玉の言葉に雛菊はポカンとする。
「む、息子?」
「はい。蒼石様は、それはそれは空さんを大変溺愛していらっしゃって、十の御社では最早当たり前の光景なのですよ」
そう言いながら紅玉が見つめる先で、蒼石が空の口の端に付いていた食べかすを拭っていた――あれが、十の御社では「当たり前の光景」という……。
「了解しました、五秒で慣れてみせます」
「貴女様のそのお察しの良さは最早能力です、雛菊様」
郷に入っては郷に従え――だ。
「それにしても、空は神様のお子さんだったんですね」
神子と神は、その関係性が非常に近しい為、恋仲となり結ばれる事も少なくはないと、就職説明会で習っていた。そして、子を成す事も稀にあると――しかし。
「……大変申し上げにくいのですが、空さんと蒼石様は血の繋がりはないのです」
「え? それってどういう……」
「えっと…………」
「あ、先輩、俺から説明するっすよ!」
紅玉が困った顔をしている事に気付いた空がそう声をかけた。そして、空は雛菊の方を向いた。
「俺のお母さんが神子だったんっすけど、お母さんが神子に選ばれた時点で、お母さんのお腹の中には俺がいたっす。で、俺は神域で生まれて、お母さんと竜神様達に育ててもらったっす。だから、俺にとって竜神様は親も同然っす」
「そうだったの……!」
語られる事実に雛菊は驚くしかなかった。母親が神子で、神域生まれの神域育ちなど、つい先日まで現世で生きてきた雛菊にとって、聞いた事もない話だ。
しかし、蒼石から続けて語られた内容に、雛菊は愕然とする。
「空は、実の父が不明で、神子……すなわち実の母は数年前に亡くなってしまってな。我と血の繋がりはないのだが、生まれた時より空の世話してきた身として、父を名乗っているのだ」
「申し訳ございませんっっっ!!!!」
「うわわわわっ!? 雛ちゃん!」
ゴンッ!と大きな音が響くほど、雛菊は畳に額を打ち付け土下座をした。空が慌てて止めようとするも、雛菊は頭が上げられない。
(バッカじゃないの! あたし! 人のお家の事情も良く知らないくせにずけずけと失礼な事言ったり思ったり、何様のつもりよっ!! そりゃ紅玉さんも説明しにくいわけよ! 挙句ご本人直々に悲しい事を思い出させるような説明までさせるなんて最低!! ホント最低!!)
額を畳に擦りつけながら、己の浅はかさで視界が涙で滲む――泣く資格など、自分にはないと思いつつも、溢れる物が止められない。
「雛ちゃん、雛ちゃん! 気にしないでくださいっす!」
「よくないっ!! ごめんねぇえええっ!!」
「もういいよっす。泣かないでくださいっす~~~」
「ごめぇえええええんっ!!」
土下座しながら号泣する雛菊に、空だけでなく鞠も困ったようにあわあわしている。
終始微笑ましげに見守っていた紅玉だったが、困り果てている弟分と妹分と、懺悔の念で押し潰されそうな後輩が可哀相だったので、さりげなく間に割って入る。
「では、こうしましょう。雛菊様も雛菊様が秘密にされている事を打ち明けてみては?」
「……へ?」
雛菊は涙で濡れた顔を上げ、間抜けな声を出した。
「あっ! それいいっすね! 雛ちゃんの秘密一つ教えてほしいっす!」
「Yeah! そしたらマリもSecretオシえちゃいマース!」
「そ、そんなことでいいの……?」
「はいっす!」
澄み渡る程の空の笑顔に雛菊は瞳を瞬かせた。その間、紅玉は手拭いで雛菊の涙を拭ってやった。
そして、雛菊はゆっくりと語り出す。
「じ、実はうち……めちゃくちゃ貧乏で……」
「うんうん」
「そもそもの原因がうちの両親が知り合いの借金の保証人になったことが始まりで……」
「Oh……コレ、Dramaでヨクみるテンカイデース……」
「元々貧乏だったのが、さらに貧乏の火の車……いやもう大炎上というか……」
「え、炎上っすか……」
「食べる物がない日もざらで、そういう時は道に生えている草を食べて空腹凌いだわ」
「「「「「………………」」」」」
雛菊の一言に、空や鞠だけでなく、紅玉や水晶や周囲の神々も黙ってしまう。
すると、全員一斉に雛菊に料理を差し出した。
「雛ちゃん、随分と苦労したっすね……! これ食べてくださいっす……!」
「Sorry、ヒナちゃん……マリ、Grassタベタことないのでワカリマセン。Butオイシクナイデース! いっぱいタベマショウ!」
「うみゅ……タッパーいる? テイクアウト自由だよ」
「雛菊様さえよろしければ、ご家族に配送の手配を致しましょう。ご住所はどちらです?」
「いりません! 大丈夫です! さすがに今は草なんて食べてないですから安心してください!」
まさかの対応の数々に雛菊は全力で断った。神々からも心配されるとは思わず、たじたじである。そして、丁重に断ったにもかかわらず、雛菊の目の前には料理の山が積まれていった。
「じゃあ、ツギはマリのSecretハナしちゃいマース!」
鞠がそう堂々と宣言するのを、雛菊は積まれた料理を頬張りながら聞いた。
「ナント! マリはオジョーサマデース!」
「あ、やっぱり?」
「What’s!?」
「だって、鞠ってすごく美人だし、庶民じゃないなぁとは感じていたから」
「Oh no……Surpriseシッパイデース……」
鞠はあからさまに落ち込んだ。