兄弟の内密の申し送り
※セク◯ラ発言があります
「わたくし、芸能関連はあまり詳しくなくて、名指しで好みの人を選ぶことができません。見目の麗しさは人それぞれだと思っておりますので、明確にお答えすることはできません。身体つきに関しては堕落を象徴するようなお身体でなければよろしいかと。怠惰な人はハッキリ言って気が合わないと思いますし。何度も言うようですが、生まれてこの方二十五年、お慕いした方もいなければ付き合った方もいません」
紅玉はやるべき仕事がある。恋愛云々など現を抜かしている暇などないのだ。
「え~~~~~~紅ちゃんくらいのイイ女、彼ぴっぴの一人や二人はずうぇったいいたでしょぉ~~~~~~」
「いません。いた事もございません」
「紅ちゃんの嘘吐きぃ~~~!」
金剛は大分悪酔いしてきているらしく、言動がかなり怪しくなってきている。
(金剛様の絡み上戸が出てきてしまっていますわね……困りました)
こうなれば解放してもらうのに、酷く時間がかかるのだ。いっそ問題神三人組のように大暴れしてくれたら黙らせるのも楽なのに――と、紅玉は思った。
「紅ちゃんは、真面目な人は好きぃ?」
「はい、勿論。真面目な方は好感が持てます」
「んじゃあ、身長の高い人はぁ?」
「はあ、まあ」
「じゃあ紅ちゃんは『おっきい』方が好きなんだねっ!」
「……は?」
「まあ紅ちゃんもおっきいよね! おっぱ――」
「この馬鹿兄貴っ!!」
「あでっ!!」
憤怒の形相の蘇芳が金剛に鉄槌を下す。どこからか飛んできたのか、若干息が上がっている。
「いってぇな、蘇芳! せっかくお兄ちゃんが代わりにいろいろ聞いてやろうと思ったのにぃ~~~」
「ふざけるな! 紅殿の耳が腐る! 黙れ!」
(……金剛様がいつかセクハラで訴えられないか、願うばかりですわ)
決して口にはしないが、紅玉もそれなりに大人なのだ。金剛が何を言わんとしていたかは理解している。止めてくれた蘇芳に感謝しかない。
「というか兄貴、飲み過ぎだ! いい加減帰れ!」
「ええええっ!! 弟が冷たい~~~!! お兄ちゃん、こんなに弟を思って、いろいろ世話焼いているのにぃ!」
「いらん!! 気色が悪い!!」
金剛の言動で蘇芳が大変苦労していると頭では分かっているものの、兄弟同士でしか見せない素の蘇芳を見ていたら、紅玉は自然ところころと笑ってしまう。
「ふふふっ」
「……紅殿?」
「あ、いえ、すみません。蘇芳様の素顔を久々に拝見しましたら、お可愛らしいなと思いまして」
「……………………」
紅玉の言葉に唐突に顔を真っ赤に染めてしまう蘇芳に、紅玉はキョトンと首を傾げた。
「あら? 蘇芳様、宴会の熱気に中てられてしまったのは? お顔が赤いですわ」
「い、いやなんでもないんだ、気にしないでくれ、ほんと」
そのやり取りを見守っていた金剛は呆れたように紅玉に言う。
「……紅ちゃん、性質悪い。ほんと性質悪い、それ」
「……はい?」
それなりの大人の紅玉でも、何故貶されたのか、わからないようである――そう、残念ながら、この手に関しては性質が悪いのだ、彼女は。
「紅ちゃん、ちょっとおいたんは弟と大事な話があるから、コレを晶ちゃんの所に届けてやってくれ」
そう言って金剛が差し出したのは、神子に関する重要書類であった。紅玉は思わず金剛を睨むように見てしまう。
「宴会の途中でこんな大事な書類を渡さないでくださいまし。以前から何度も申し上げていると思いますが、こういった非常に大事な書類は――」
「あーあー、もう説教はいいからいいから! 早く渡してきてちょ!」
「………………」
水晶といい、金剛といい、紅玉と近しい神子は中身がかなりちゃらんぽらんである――よいのだろうか、いやよくない。
「…………失礼します」
納得いかない点は多々あるが、後日改めて指摘しようと、紅玉は誓った。
そして、紅玉は大広間の隅で大人しく料理を食べているであろう水晶の元へと向かった。
紅玉の後ろ姿を見送った蘇芳の肩を金剛がニヤニヤしながら叩く。
「紅ちゃんも罪作りだねぇ、大丈夫か、蘇芳?」
「大丈夫なわけはないが……日常であの程度の破壊力は経験している。問題ない」
「それは問題大有りじゃねぇの?」
金剛の目が、からかいの目から憐みの目へ変わっており、蘇芳は少し腹立たしくなった。
「まったく……紅殿は俺の何を以って『可愛い』などと評されるのか、少したりとも理解できない。理解に苦しむ」
「人の見た目はそれぞれ~って紅ちゃん自分で言ってたし、紅ちゃんにとって蘇芳の見た目は可愛く見えるんじゃねぇの?」
「だから、それが理解できないと言っている」
蘇芳は額に手を当てながら、溜め息を吐く。必死に顔の熱を冷まそうとするが、その都度紅玉の微笑みと言葉が蘇ってくるものだから、熱が一向に引かない。
決まって思い出されるのは、紅玉と初めて会った三年前の春の日の事だ。
特別美人というわけではない、極普通の女性ではあるものの、姿勢と所作と言葉遣いが大変美しく、柔らかな声で微笑みながら挨拶をしてくれた紅玉に、蘇芳は感心し、思わず見惚れ――そして、衝撃を受けたのだった――仁王だの軍神だの、恐ろしい物に例えられる強烈な容姿の蘇芳に対して、微笑みを返してくれる人間など、生まれてから一度も現れた事などなかったからである――。
風に揺れる漆黒の髪やその香りまで鮮明に蘇ってきてしまい、冷静さを取り戻すどころか逆に熱が顔に込み上げてくる。
(冷静に、冷静になれ! 神域警備部の名が廃るぞ!)
何度も深呼吸を繰り返しながら、蘇芳は酔っぱらって最早神子としての威厳の欠片もなければあられもない自分の兄の馬鹿な姿を思い出す。
「………………ふーーーーーー………………」
「あー……落ち着いたか? 蘇芳」
「ああ……すまない」
金剛はグイッと酒を煽ると、隣にあった蘇芳の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。
「やめろっ、兄貴! 俺は子どもではないぞ!?」
「お兄ちゃんにとって蘇芳はいつまで経っても可愛い弟だっての」
ニヤニヤしながらそう言う金剛に、蘇芳は思わずムッとなる。
この金剛、普段は飄々としていて、だらしがないように見えるが、非常に優れた人間で、頭の回転も速ければ、神力の強さも皇族神子を覗けば、間違いなく現神子で最上位だ。蘇芳もそれなりに優秀な人間ではあるが、兄である金剛に一度たりとも勝てた例がないのだ。
「で、蘇芳、お兄ちゃんに話って何だ?」
「……ああ」
そう、金剛の十の御社訪問の本来の目的はこの為だ。手紙での万が一の情報漏れを避ける為、蘇芳がわざわざ呼び出しをしたのだから。
「……単刀直入に言う。彼女の異能は開花しきっていない」
「……というと?」
「彼女は神域に来てまだ間もない。異能もまだ咲き始めの蕾の段階と言える」
「……最初っから結構厄介な異能だと思ったが?」
「……恐らく今まで以上に扱いにくい異能になる可能性がある。何せ、人の心に直接干渉してくる異能だからな……それがどういったものかまでは、まだ視えないが」
極めて小さい声で、周囲の声に紛れさせながら、兄弟は会話する――その目に金糸雀色の娘を映しながら――。
「……どうすんだ? 蘇芳」
「……〈神力持ち〉として、俺が彼女の神力操作の指導者となっている。この研修期間中までに、必ず彼女に異能を扱いこなしてもらうつもりでいる」
「……頼むぜ、蘇芳……昨今でも大分強力な〈神力持ち〉ちゃんだよ、あれは。挙句、異能があんなんじゃな……邪な連中の格好の餌食だぜ、ありゃ」
最悪な未来を必ず回避しなくてはならない――蘇芳は静かに頷いた。
「すおうくんっ!! すおうくーーーんっっっ!!??」
突如響き渡る己を呼ぶ声に、蘇芳は目を見開き、振り返った。
「たったっ、たすけてぇえええええっっっ!!??」
「さあっ! 紫さん! せっかく魅惑的な身体を持っているのですからもっとそれを魅せてっ! そして、ボクと一緒に舞い踊りましょうねぇ~~~!」
「その美しい身体、締め上げてもいい? いいよねっ!? よねっ!? 痛くしないからっ!! ねえっ!!??」
「これは笑えるなぁっ! おおい! ゆかりんの裸拝めるぞ~~~! 見たい奴は寄ってこーーーい!」
「アホ孔雀に変態蛇に馬鹿狐ぇっ!! 貴様らいい加減にしろぉおおおおっ!!」
「すおおおおくううううううんんんんんっ!!!!」
蘇芳は思わず額に手を当て、天を仰いだ。
「何故こうなった!!??」
蘇芳はそう叫びながら、紫の元へと走った。その背後で金剛が爆笑しだしていたが、指摘する間もない。一刻も早く問題神三人組から紫を救い出さなければ、紫の身包みは剥がされ、あられもない姿のまま麻縄で縛りあげられる未来しか想像ができないからだ。
「おやめくだされ!! 万華殿、深秘殿、遊楽殿!! 真心殿は落ち着いてくだされ!! ああ、すまん、誰か!? 誰か!? 止めるの手伝ってくだされ!? ええいっ!!! 笑うなあああっ!!」
酒は人間も神も等しく狂わせると、蘇芳は改めて思い知った。
問題神三人組の奇行を見て、楽しむ神がほぼで、誰も助けに入ろうとはせず、ひたすら弄ばれ続ける蘇芳と紫を眺めて笑っていた。
酔っ払い神々に囲まれた憐れな人間二人は、ただひたすらに悪ふざけの過ぎた神々達に遊ばれ続けるのであった。