給仕真っ最中
賑やか回です。
ごちゃごちゃしています。
「紅ねえ! こっちお酒追加~~~!」
「はーい!」
「紅ちゃーん! こっちにもお酒よろしく~~~!」
「はいはーい!」
「姉君! 酔い止めの薬はどこにあったっけ? 火蓮が吐くとか言ってて……!」
「先にお手洗いに連れていってくださいませ! お薬はこちらがお持ちしますので!」
「紅ねえ、紅ねえ! 蜜柑の飲み物飲みたいー!」
「ボク、林檎がいいですぅ!」
「はいはい、あとでそちらにお持ちしますので、端の方で待っていてくださいませ?」
これぞまさに目の回る忙しさであろう。大広間の中を駆けずり回りながら、ひっきりなしに頼まれる注文の数々を取りこぼしのないように、紅玉は頭で反芻していく。
(まだら様の所となずな様の所にお酒をお持ちして、ああそう言えば要様が「火蓮様が吐きそう」だと慌てていらっしゃいましたね。あとでお手洗いに寄りつつ酔い止めのお薬をお持ちしなくては。あとは真昼様と雲母様にジュースをお持ちする……)
くるりと向きを変えた時、紅玉の視界の端に団子が積まれたお皿がサッと消えるのが見えた。
「お待ちなさい!!」
とっさに団子のお皿を盗もうとしたその腕を掴み取る。
「栗丸様、また一人でお団子を独占するおつもりですね!?」
「むっ?」
栗丸と呼ばれた明るい栗色の髪を持つ男神が、大量の団子を乗せたお皿を抱え、もうすでに一本の団子を咥えながら、きょとんと紅玉を見つめていた。
そう、彼こそが、蘇芳が茶屋よもぎへ急遽買い出し来ていた原因となった存在だ。栗丸は茶菓子のつまみ食いだけに飽き足らず、ほぼ毎食の準備時にも手癖の悪さを発揮する常習犯であった。彼もまた例に漏れず酷く麗しい顔の持ち主ではあるが、そういった件もあり、紅玉はむしろ見れば見る程腹立たしくなっていく不思議である。
「ひほひひへはんへひへへえほ!」
「食べながら喋らない!」
「ひへっ!!」
紅玉は栗丸の額を指で弾いた。
「お団子は回収させて頂きます」
「ああああっ! 俺の団子ぉおおおおっ!」
「誰が『俺』のですか!? これは御社の皆様で分けて頂く物です!」
栗丸は見た目こそ紅玉と年齢がさほど変わらないように見えるのに(実年齢は三桁だが)、食べ物に関すると中身はまるで子どものようである。まるで聞き分けのない子どもに叱りつけているようで、紅玉は溜め息が漏れる。
団子を安全地帯に置き、先程頼まれたものを持って行こうと、紅玉は立ち上がる――。
「万華さん! こんなところで踊らない! 羽根を散らかさないでください! 深秘さんは手足縛って何しているんですか! はっ!? 石盤なんて置きませんよ!? ちょっと遊楽さん!? 今、酒瓶に何入れました!? 何か入れましたよね!? 待ちなさいこのアホキヅネェッ!!」
くるりと叫び声の方をした方を向けば、紅玉は思わず天を仰ぎたくなった。そこには酷い光景が広がっていたからだ。
万華という孔雀石のような煌めく髪を持つ男神が、その身に孔雀の羽根を纏い広げ、それはそれは楽しそうに踊っている。その舞は、とある異国の熱狂的舞踊祭宛ら。問題はその舞踊祭同様に、身に纏っているのが孔雀の羽根の身のみで裸寸前の危うい格好であること、そして羽根が辺り一面に散らばってしまっているということ。
これだけならまだしも、深秘という象牙色の長い髪に、女性のような麗しい容姿を持つ恐ろしい程の白い肌の男神が、手足をロープで縛って正座をして、その両太腿の上には何故か酷く重そうな厚みのある石盤が……しかも彼の横にはまだ石盤が積まれており、さらに積んで欲しそうに顔を輝かせている。
この時点で頭痛がして倒れそうだというのに、極めつけは遊楽という、白か銀かという絶妙な色合いの髪と真っ白な毛で覆われた耳と尾を持つ男神が、悪い笑顔を浮かべながら、あちらこちらに置いてある酒瓶・料理・誰かの猪口などなどに何やら怪しいものを入れていた。その手に持っている瓶の液体の色は濁った紫色である……中身の正体など考えるだけで寒気がしそうである。
この騒ぎの中心となっている三人組こそ、十の御社が誇る問題児――いや、問題神三人組である。
この三人組と縁がある、ふわふわの鬣のような黄金色の髪を持つ真心という男神が若干――いや、酷く声を荒げながら、三人の奇行を必死に止めようとしている。常日頃、苦労しているのだと感じられ、可哀相に見えてしまう程だ。
紅玉は真心の助けに入ろうとしたが、長身のその人物が手で制して言った。
「ここは、僕が行くよ」
「紫様」
「その代わり悪いんだけど、柳ノ介さんの所にお酒、鳴くんの所にこれ持って行ってもらえる?」
紫が紅玉に託したのは、酒の入った瓶とじゃがいもを揚げた料理であった。
そして、紫は紅玉が返事するよりも先に問題神三人組へ突撃していった。
「こらあああああっ!! そこの三人組ぃいいいいいっ!!」
紅玉は両手がふさがっている為、心の中でそっと手を合わせた。
(……ご武運を)
紅玉はすぐさま切り替えて、次の場所へと向かいながら、頭の中でもう一度整理する。
(まだら様となずな様と柳ノ介様の所にお酒をお持ちして、鳴様の所にフライドポテト、要様がいらっしゃるであろうお手洗いへ酔い止めを、真昼様と雲母様にジュースをお持ちしなくては、ですね)
抜け一つなく完璧な記憶力である。
「紅ねえ! こっちにも酒追加~~~!」
「紅ねえ、こっちにも酒よろしくー!」
「姉君! 火蓮は全部戻したから厠に放置しているよー!」
「はーい! かしこまりましたー!」
しかし、その間にも注文は次々と追加されていく。紅玉は頭の中で次から次へと記憶していった。
「はい、お待たせしましたー!」
酒を配り、
「フライドポテトお待たせしましたー!」
料理を配りながら、酒蔵庫の在庫を思い出していく――恐らく今夜ですっからかんになってしまうであろうと気づく。
「お酒をお持ちしましたー! ジュースもお持ちしましたー!」
注文されていた品を配りながら、頭の中で買う物を一覧にして記憶していく。
(さて、お酒は全て配り終えた、ジュースも渡せた、フライドポテトもお届けすることができた、酔い止めの薬は結果として火蓮様がお手洗いで全て戻してしまったらしいので必要なくなってしまいました。後で買い物リストを作っておくとして、あと頼まれた事は……)
「紅ちゃ~~~ん、お酒~~~!」
「はーい! ただいまー!」
紅玉は急ぎ足で注文の声が上がった方へと向かう。
「お待たせしました、金剛様。お酒、こちらに置いておきますね」
「あんがとさん、紅ちゃん」
ケロリとした顔で金剛は答えてはいるが、その顔はやはり赤く、周囲には飲み干して空になった酒瓶が何本も転がっている。
(この御方、一体これで何本目でしょうか……)
空になった酒瓶を片しながら、紅玉は思う。
「なあなあ、紅ちゃん紅ちゃん」
「はい、何かご用でしょうか?」
次の注文を記憶しようと思っていた紅玉に、金剛はとんでもないことを言ってきた。
「紅ちゃんは、どういった男が好みなのかなぁ?おいたん、参考までに聞いておきたいんだけど。っていうか彼氏一人くらいいた事あるでしょ? おいたんに教えてよぉ~~~」
「……金剛様、下手をすればセクハラにも取れる発言にもなり得るので、お気を付けくださいまし」
「芸能人だとどういうのが好み? イケメン? イケメンがやっぱり好き? ゴリマッチョより細マッチョ? 付き合った事のある男は何人? ねえ何人?」
「ふふふ、酔っ払いの方々はつくづく人の話を聞いてくれませんわねぇ」
そして、この手の話題は答えないと延々と質問攻めになるため逆に面倒であると、紅玉は知っている。
仕方なく、紅玉は口を開いた。
神様達の名前が大量に出てきておりますが、彼らの出番はほとんどない予定なので、いるんだなぁ程度で考えてください。