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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
21/346

紅玉と蘇芳の口論




「わたくしは今度こそ己の務めを果たしたいのです。その為の行動は無茶でも何でもありませんわ」

「それで身体を壊したらどうする!?」

「自己管理はきちんと致しますわ。社会人として当然の義務ですもの」

「俺は紅殿が無茶をしていると判断したら問答無用で止めると常日頃言っているはずだ!」

「ですから無茶なんてしていませんわ」

「徹夜のどこが無茶ではない!?」

「二日くらい寝なくとも問題はありませんわ」

「問題大有りだろう!?」


 止まらぬ言い争いに、周囲はオロオロと見つめる事しかできない。特に雛菊は涙ぐみ、雲母に至っては震えながらポロポロと涙をこぼしている。


(ああ、雛菊様、雲母様、なんてお労しい……ですが、ここで引くわけにはいきません)


 紅玉はさらに言葉を続ける。


「わたくし自身、五日くらい寝なくても大丈夫だと思っておりますわ」

「その過信はいずれ身体を壊すぞ!? 何度も言うが、こちらに振れる仕事は寄越せ!」

「ですから蘇芳様にお願いできるお仕事はお願いしていますわ」

「他にも背負い込んでいる仕事の量が多すぎる! もっと俺を頼れと言っている!」

(ああ、もう、いつものパターンになってきましたわ……)


 もう何度も経験している言い争いの流れの一つに、紅玉は既視感を覚え、溜め息を吐いた。

 そんな紅玉の態度に蘇芳はさらに眦を釣り上げる――それを見て、紅玉もまた睨みを利かせる。


「……睨んで脅しているつもりですか?」

「脅しではないが、貴女が折れないのであれば恐怖を与えるのもまた一つの手かもしれないな。俺の相貌は酷く恐ろしいと自他ともに認めるものだしな」

「蘇芳様、残念でございました」

「何がだ?」

「ハッキリ申し上げます。わたくし、蘇芳様の事これっぽっちも怖いだなんて思えませんもの。むしろ憎らしくて羨ましいと思ってしまうくらいですのよ」


 しばしの間――。


「…………んっ?」


 蘇芳は紅玉の言葉を理解できず、憤怒の形相が一転、目を丸くして小首を傾げてしまった。

 そんな蘇芳の態度に今度は紅玉がムッとなる。


「蘇芳様は狡いですわ。お顔が整っているだけでなく、何故そんなにもお可愛らしい行動ができますの?」

「は? かわいらしい……?」


 紅玉の言葉が予想の範疇を越えていたのだろう。蘇芳は目を瞬かせた。


「蘇芳様は神域警備部内でも非常に優秀な方で、勤務姿勢は真面目で、仕事内容もミス一つなく完璧ですし、周囲にも配慮ができて、お優しくて、非常に尊敬申し上げております。だからこそ、なんて憎たらしくて、なんて狡いお方!」

「え? は?」


 紅玉は蘇芳を見るだけで悔しくなり、ツンとそっぽを向きながら蘇芳に言い放った。


「蘇芳様はまるで仁王か軍神かのような容姿と恐れられることが多いですけれど、わたくしにとっては勇ましく端整なお顔立ちにしか見えなくて好ましいと思っていますわ。たまに見せるお可愛らしい行動も相まって、怖いと思えだなんて言われても無理なお話です。これを狡いと言わずして何と申しましょう」

「いや、あの」


 紅玉なりに努めて冷静に言葉を選んでいたつもりだったが、一度口走ると人間つい熱くなってしまうもので、思った事を口には出さずにいられなくなってしまっていた。


「貴方様のその端整なお顔に睨まれた所でわたくしは羨ましくて憎らしいとしか思えませんわ。人格も素晴らしくて、優秀なお人で、挙句可愛らしい一面も持ち合わせているなんて、ああもう本当に悔し――」

「紅ちゃん紅ちゃん紅ちゃんっ!! その辺で止めてあげてっ!!」


 唐突に話に割って入った紫に紅玉は驚いてしまう。そして、よくよく紫を見てみると、先程まで青ざめていた顔が一転、少々赤く、酷く慌てている。紅玉は首を傾げた。


(……あら?)


 紅玉は、ふと、気づく。蘇芳が異様に静かである。

 蘇芳が気になり、視線をゆっくりと正面にいる蘇芳へと向けた瞬間、紅玉は思わず目を見張った。


 先程までの憤怒の形相は鳴りをひそめ、顔だけでなく首まで真っ赤に染め、掌で口元を隠して目を丸くして、蘇芳はその場に立ち尽くしていた。

 今やその場にいる全員が蘇芳を見ており、全員が全員酷く驚いていた。只ならぬ様子の蘇芳に紅玉も驚きを隠せない。


(わ、わたくし、言い過ぎてしまいました……!?)


 思えば言い争いに火が付いてしまい、最後の方は冷静さを失って、自分自身も訳の分からない事を言い募っていたような気がする。その中で蘇芳を酷く貶してしまう言葉を無意識に口にしたのかもしれないと思った瞬間、紅玉は全身が冷えていくのを感じた。

 そして、考えるよりも先に蘇芳に駆け寄っていた。


「も、申し訳ありません蘇芳様! わたくし、蘇芳様を貶したつもりは……!」

「ま、待ってくれ紅殿っ、これは、その……っ!」

「貴方様がわたくしを心配して、言ってくださっているってことは重々わかっております! 少し過保護で困ってしまうとは思っていますが、煩わしいとは思っておりません! 本当に本当ですのよ……!」

「べっ、にどの、あのだな……!」

「感謝はしていても、決して蘇芳様が嫌というわけではなくて! いえ、嫌なんかではありません! 尊敬し、とても信頼しております! 可愛いと言ってしまうのも決して悪い意味で言っているのではなく――」

「――っ、わかったわかったわかったから! もう怒ってもいないし、傷付いてもいない! だから、落ち着けっ!!」


 蘇芳に強い力で両肩を掴まれて、正面から目を見てハッキリとそう告げられて、紅玉は少し驚いてしまうものの、ほっと安心し息を吐く。


「申し訳ありません。冷静さを失って貴方様に酷い事を」

「いっ、いや、俺こそ怒鳴ったりして」

「いえっ、いえ、そんな…………ふふふっ」

「…………紅殿?」


 突然笑い出した紅玉を訝しげに見る。すると、紅玉は困ったように微笑みながら言った。


「わたくし、蘇芳様の事はちっとも怖くありませんけれど、貴方様に嫌われてしまったら、嫌だなぁ、怖いなぁと思ってしまって……なんか矛盾していますわね」

「っ!!??」


 蘇芳の心臓に衝撃が走る――。

 紅玉の一挙一動、そして紡がれる言葉が、何よりも大きな破壊力となって蘇芳に襲いかかっていた。

 蘇芳は額に手を当てると、ギュッと目を瞑った。


「頼むっ! 紅殿っ! 頼むから少し黙ってていてくれないかっ!?」

「え? えっ?」

「頼むからっ……!」


 開いた蘇芳の金色の瞳があまりに必死に頼み込むものだから、紅玉は黙って頷くしかなかった。しかし、目元を赤く染め、必死な様子の蘇芳を見て、紅玉は、つい思ってしまう。


「ふふふっ」

「……なんだ?」

「いえ、やっぱり貴方様はお可愛らしいなぁと」

「――――ぐっ!」


 蘇芳は再び顔を真っ赤に染め、目元を掌で多い、歯をギリリと食い縛ると、俯いてしまった。紅玉は蘇芳をまた怒らせてしまうと反省しつつも、やっぱり蘇芳が可愛らしいとしか思えなくて、ころころと笑ってしまうのだった。




 そんな二人を見守っていた外野は、各々表情を浮かべていた。

 雛菊は呆気に取られポカンとしており、金剛は生温かい目をしてニヤニヤしており、空と鞠と雲母は微笑ましく見守り、紫は乾いた笑いを浮かべていた。ちなみに終始、店員として全く関わらず、ただその場にいた文は、何を考えているのかわからない無表情である。


「えっと、あたし達は一体どうすれば……」

「あ、放っておいていいよ、雛菊ちゃん。あんな喧嘩、日常茶飯事の光景だから」

「なんですとっ!?」


 紫の言葉に驚く雛菊に、雲母と鞠と空がそれぞれ口を開く。


「蘇芳さんのぉ、紅ねえの過保護はぁ、今に始まった事じゃないんですぅ」

「Yeah、ベニちゃん、Alwaysムチャするデース」

「で、先輩と蘇芳さんはいつもそれで喧嘩してるっす。でも、ほとんど先輩が蘇芳さんを言い包めて勝っちゃってますっすけど、今日も実質先輩の勝ちっすね。」


 物腰柔らかく、常時落ち着いている紅玉がまるで捨てられた子犬のように蘇芳に駆け寄り、それに一見すると恐ろしい相貌の蘇芳がまるで恋する少年のように顔を真っ赤に染めた一連の流れを見ていただけに、空の言う事には納得だった。


「スオーさん、ベニちゃんにアマイデース」

「紅ねえもぉ、蘇芳さんをすごく頼りにしていますしぃ、結局は物凄く仲良しさんなんですよねぇ」

「痴話喧嘩……いや、夫婦喧嘩……うん、バカップルのイチャイチャだよね。見ているこっちの身にもなって欲しいよ……早く爆発しろ」

(紫さん、それ只のやっかみ……)

「でも、結局は、蘇芳さんは先輩が心配、先輩は蘇芳さんに心配をかけさせたくない――互いが互いを想い合っているからこそ起きる喧嘩っす。何の心配もいらねぇっすよ」


 雛菊はもう一度紅玉と蘇芳を見た。


 蘇芳はやっと冷静さを取り戻したようで、顔を赤くしながらも厳しい顔で紅玉に何か言っていた。紅玉は少し難しい顔をして、大人しく頷いている。


 紅玉と蘇芳――二人を近くで見てきて、雛菊は純粋にこう思った。


(なんか素敵)


 たった数日しか紅玉と蘇芳の事を見ていないが、その数日で二人の仲の良さや信頼関係の強さを感じる事ができていた。


(――――でも)


 ふと浮かぶ疑問――誰がどう見ても、互いが互いを想い合っているにも関わらず、それでも恋仲の関係にはなっていないという二人。


(…………何でだろ?)


 すると、パンッ!と手が叩かれる音が響き、雛菊はハッとする。


「はい、神子、時間だよ。そろそろ切り上げて」


 見ればひたすら店の入り口で佇んでいた片眼鏡の男性が金剛を見ながらそう言い放った。


「おーおー、わりぃわりぃ。さて、とっとと用事終わらせて帰らねぇとな。おーい、蘇芳に紅ちゃん、いつまでもイチャついていないで、お前さん達もそろそろ帰らねぇとまずいだろ?」

「にっ、兄さん、何を言うか……っ!?」


 金剛の言葉に動揺する蘇芳だったが、紅玉は冷静に時計を確認するとハッとする。


「あらまあっ! いけません! 本格的に夕食の支度に間に合わなくなってしまいます! 雛菊様、雲母様、急がせて申し訳ありませんが、参りましょう。紫様、さっさとなさい」

「扱いが雲泥の差で酷い!」


 そう言いつつも紫はすぐに買い物袋を手にする。紅玉もまた大量の買い物を持とうとする。すると、紅玉の手を蘇芳の大きな手が遮った。


「紅殿、これは自分が」

「いえいえ、これくらい一人で運べます。蘇芳様は金剛様達とゆっくりいらしてください」

「これは、俺が運ぶ、よいな?」


 蘇芳が射抜くように目を細くするので、紅玉は困ったように微笑むも、最後はゆっくり手を引いた。


「では、お願いします」

「承知した」


 紅玉の言葉に蘇芳は柔らかく微笑んだ。その笑みに恐ろしさなど微塵もなかった。

 そんな様子を見てしまった雛菊は、何故か照れがうつってしまう。


「ではわたくし達は先に御社へ戻っておりますので。金剛様、お待ちしておりますわ」

「おう、またな」

「空さん、鞠ちゃん、研修頑張ってくださいね」

「Yeah!」

「ちゃんと金剛さんを十の御社まで無事にお連れするっす!」

「文君、騒いでしまってすみません。お団子、ご馳走様でした。また来ますね」

「………………」

(ああもうぶん殴りたい、この店員……!)


 雛菊は少しモヤモヤとしたものを抱えながら、紅玉と紫の後を追って、店を出た。


「すっかり長居をしすぎてしまいました。すみませんが、駆け足で帰りますよ」


 気づけば陽が落ちかけており、夕食の支度をしなければ、夕食に間に合わなくなってしまう時間帯である。

 しかし、それだけが急いで帰る理由ではないようで、紅玉と紫が溜め息をついていた。


「金剛様がいらっしゃいますから、これは覚悟しなくてはいけないようですわね……」

「そうだねぇ……」

(金剛さんが来ると何か問題でもあるのかしら?)


 雛菊が疑問に想いながら、雲母を見ると、雲母は楽しそうにニコニコとしている。紅玉達とは真逆の反応である。


「何はともあれ急ぎましょう」

「そうだね」

「は、はい!」


 紅玉は紫の持っていた荷物の一部を受け取ると、パタパタと慌ただしく駆けだした。その後を紫、雛菊、雲母も追う。


 もう間もなく、夜がやってくる――。




「口論」と書いて「イチャイチャ」と読む

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