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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
200/346

一斤染の石

いつもより少々短めです。




 ここは、神域乾区遊戯街。艶やかで華やかな店が立ち並ぶ、神域唯一の遊戯の街。

 神子も神も職員も、この街で一時の夢を視る――。


 間もなく日が沈む夕方頃、遊戯街の夜間営業が始まる。

 色鮮やかな着物や服を身に纏った遊戯管理部の見目麗しい職員達があちらこちらで開店準備を始めているところだ。


 まだ人がまばらな時間帯に、遊戯街の中を歩いていく一人の影。

 やがて影はその店の前で立ち止まる――遊戯管理部一番の稼ぎ頭「夢幻ノ夜」に。


 「夢幻ノ夜」の店先には開店前にもかかわらず、すでに多くの客が並んでいた。


「紳士淑女の皆々様、大変お待たせ致しました」

「我が『夢幻ノ夜』の頂点に君臨する世流様のおなりでございます」


 見目麗しい右京と左京の双子が高らかに宣言すると、店の中から世流が登場する。

 本日の世流の装いは花魁だ。燃えるような赤と橙の美しい刺繍が施された豪華な着物を身に纏い、一斤染の長い髪は艶っぽく流している。

 思わず性別を疑ってしまう、本日も麗しい世流の姿に客達の歓声が沸き上がった。


「こんばんは~、お客様ぁ。今宵もワタシと遊んでくださいね」


 世流がパチリと片目を瞑れば、男女問わず悲鳴のような歓声が上がる。


「さあさあ皆々様、『夢幻ノ夜』開店でございます」

「どうぞ押し合わず順番に。今宵もたっぷり夢の一時をお楽しみください」


 待っていた客達が一気に店の中に入り、すでに「夢幻ノ夜」は満員御礼状態だ。

 しかし、その中にあの影はいなかった……。




 開店直後の忙しさを乗り切り、世流は一旦休憩へと入っていた。

 そんな世流に、右京と左京は透かさず飲み物などを渡す。


「悪いわねぇ、うっちゃん、さっちゃん。最近は二十の神子ちゃんの教育係のお仕事もあって忙しいだろうに」


 世流の言う二十の神子は水無月上旬に神を邪神へと変貌させた挙句、邪神浄化を拒否したという不祥事を起こした神子である。

 結果、彼女は那由多の手により故意にきちんとした教育を受けられなかったという事で情状の酌量の余地があり、再び神子に戻れたのだが、再度教育のし直しがあった。

 そこで手を上げたのが右京と左京だったというわけなのだが――。


「世流様、どうぞお気になさらないでください。本来、こちらが僕らの本職でございます。教育係は趣味に近いですから」

「要はダメ神子にダメ出しをして、メンタルをゴリゴリ削って打ち拉がれる様を見て、楽しんでおりますので」

「……オネエチャン、ちょっとあなた達の育て方間違えちゃったかしら?」

「「冗談です」」


 ――には聞こえない綺麗な微笑みである。


「さあさあ、世流様。少しお休みになったらまたよろしくお願いしますね」

「こちらに本日のお客様からのプレゼントを置いておきますね。今宵もがっぽり稼ぎましょう」

「はあい」


 右京と左京が休憩室から出ていくと、世流は贈り物の入った箱を見る。


「……あら?」


 箱の片隅に色のついた不思議な石があり、世流は思わずそれを手に取る。


「あら……この色、一斤染かしら?」


 一斤染は世流固有の色である。


「天然石、かしら……?」


 石を光に翳して覗きこんだ瞬間、頭の中に流れ込んできた――。






 痛い! 苦しい! やめて! もうやめてっ! 死んでしまう!!


 そう願ったところで止めてくれるはずも無く、ひたすら苦痛が与えられ続けていく。


 悲鳴をあげ過ぎて喉が痛い。

 身体中を乱暴に扱われ、どこもかしこも痛くて堪らない。

 涙や唾液や鼻汁などのありとあらゆる体液が身体を汚していく。

 両腕は縛られ、身体は一糸も纏わぬ酷い姿で、精神的にも追い詰められていく。


 だけど、終わりのないこの苦痛に必死に耐え続ける。耐え続けるしかなかった。

 耐え続けなければ、次に犠牲になるのは――……!


 背後から伸びた誰かの手が己の顎を掴んだ――。






「いやああああああああああああああああっ!!」


 世流は叫んで石を床に抛った。

 石は床の上で跳ね返り、やがて床の上に転がる。


「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」


 気付けば世流の全身は粟立ち、冷や汗でびっしょり。鏡を見れば、顔は酷く真っ青だった。


「…………い、まのって…………」


 瞬間、扉が叩かれ、世流はビクリと肩を震わす。


「世流様? いかがされました?」

「だっ、大丈夫……! ちょっと物を落として驚いちゃっただけだから!」

「そうですか。何かありましたらお呼びくださいね」


 そう言うと、扉の前から双子達の気配が消え、世流はほっと息を吐く。


 そして、床の上に転がる一斤染の石に視線を向ける。

 間違いなく己の色の石だ。

 つまり、この石は――。


「……ワタシの、石……?」


 明確に言えば、世流の神力が宿った石だ。

 そして、頭の中に流れ込んできた映像。


 この二つを組み合わせた時、世流の頭にある答えが浮かび上がっていた。


「これは……ワタシの記憶……?」


 世流は石を見つめながら、ただ震える事しかできなかった。




 時間が経つにつれ、どんどん人で賑わっていく遊戯街を、一人の影が後にした……。





<おまけ:双子による遊戯街ご案内アナウンス~表~>


右「いらっしゃいませ。遊戯街へようこそ」

左「初めてのご利用でいらっしゃいますね。ご案内します」


右「ゆっくりとお酒を嗜まれたい方には『夢幻ノ夜』がお勧めでございます。西洋文化の調度と装飾が施された店内はゆったりとした雰囲気で、お仕事に疲労したあなた様の心を癒してくれる事でしょう」

左「また『夢幻ノ夜』店主である世流様は、遊戯管理部頂点に立つ程の美しさ。是非ともその美しさを間近にご覧になってはいかがでしょうか? ちなみに僕らも『夢幻ノ夜』に勤めております」

右・左「「僕らにも是非会いに来てくださいませ」」


右「女性のお客様にお勧めのお店は『泡沫ノ恋』でございます。人魚姫コンセプトの統一した店内の調度や装飾やメニューは、間違いなく女性の心を鷲掴みにしてくれる大変可愛らしいものとなっております」

左「勿論、男性のお客様にもお楽しみ頂けるように、遊戯管理部が誇る愛らしさ満点の女性店員がたくさん勤務しております。あ、御触りは厳禁となっておりますので、どうぞ目でお楽しみくださいませ」


右「男性のお客様に断然お勧めでございますのは『赤薔薇ノ華』です。美味しいお料理、美味しいお酒は勿論、このお店の魅力は艶やかな女性店員達でしょう。華やかな女性店員達の美しさを目の保養にしながら是非お食事を楽しんで行ってください」

左「店内の装飾も至るところに薔薇が咲き誇っており、大変華やかでございます。薔薇がお好きな女性のお客様にも楽しんで頂きますよう、女性店員達が心を込めておもてなし致します」


右「日中のみの営業となっておりますが、『喫茶店無花果ノ樹』や『大和喫茶ねこじゃらし』といった個性溢れるお店もございます」

左「是非是非遊戯街へお越しの際は、立ち寄ってくださいませ」


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