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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
199/346

宴の思い出と宴の準備




 その頃、十の御社でもその話題が挙がっていた――。


「『狐面の舞姫』?」

「そうそう! 三年前の『秋の宴』の時さ、当時三十五の神子だった清佳様と一緒に舞を披露してくれた謎の舞姫だよ~!」

「ああ……!」


 紫にそう言われ、蘇芳は思い出す。三年前の『秋の宴』の時に藤紫と並んで見た、舞姫の美しい舞を……。


「三年前のことなのに記憶に残っているなんて、よっぽど素晴らしい舞だったんですね。私も見てみたかったな」


 そう言ったのは、淡い桃色のふわふわした髪にお団子を二つ結った愛らしい女神の睡恋である。


「うんうん! ホントに素敵な舞だったよ! 当時絶世の美女と歌われた清佳様と息ぴったりの演技を見せてくれた謎の舞姫……狐面なんかつけちゃってホント勿体無かったな! 絶対清佳様に負けず劣らずの美女だったに違いない!」


 紫の力説に若干呆れながら、淡い紫色の真っ直ぐな髪の一部分だけ二つに結った可愛らしい女神の紀梗は蘇芳に尋ねる。


「蘇芳さんも覚えていますか? その『狐面の舞姫』様」

「あ、ああ……よく、覚えている……その……思わず見惚れてしまったから……」

「えっ!?」


 紀梗は思わず愕然としてしまう。

 まさか蘇芳がそんな事を言うとは思わず……しかも頬を染めて。


「うんうん! わかるよー! あれは思わず見惚れちゃうよね~! どっちも綺麗だったもんねー!」


 紫の言葉に蘇芳は申し訳なさそうな顔をする。


「実は……清佳殿の舞の方はほとんど見ていなくて正直覚えていないんだ」

「あれ? そうなの?」

「ずっと……その『狐面の舞姫』を見ていたから……」

「へえ~、そうなんだ~」


 蘇芳は思い出していた――あの『狐面の舞姫』を。金と黒の舞踊扇子を片手にひらひらと舞う可憐な姿を。

 全ての動きが繊細で、目を離す事ができなかった。心を奪われた――。


「紅殿以外に、あんなに美しい所作ができる者がいたことに感動して……思わず目が釘付けになってしまった……」

「ぶふっ!!」


 突然響き渡った吹き出し笑いに、全員そちらを向いた。

 見れば、煌めきのある黄金の髪と、金と黒の二色が入り混じる不思議な瞳を持つ男神の要が笑いを堪え切れず震えている。


「……要殿?」

「あ、ああっ、ごっ、ごめっ――ぶふぅっ!!」


 よっぽど何かが可笑しかったようだ。


(俺は何か変な事を言ってしまっただろうか……?)


 すると、水晶が思い出す。


「うみゅ、そういえば、なめちゃんって清佳ねーちゃんに仕えていた神様じゃったのぅ」

「ああっ、そうだよっ……! ぶっ! ぶふふっ……!」

「うみゅ……なめちゃん、大丈夫?」


 要は未だに震えが止まらない。

 蘇芳は、はたと気づく。もしかすると、要は……。


「要さん! もしかして、『狐面の舞姫』が誰だか知っているんですか?」


 その言葉を代弁してくれたのは紫だった。


「もっ、勿論だよ……っ! ぐふっ! ぐふふふふっ!」

「……うみゅ、なめちゃん、ちょっと怖いよ」

「ああすまないすまない」


 紫は人を誑し込むような良い笑顔で言った。


「要さん、是非ともその舞姫を紹介してくれないかな?」

「うみゅ、ゆかりん、お姉ちゃんに蹴り飛ばされても知らないよ」


 相変わらず懲りない男、紫である。

 すると、要は首を横に振った。


「すまないが、それは内緒という約束なんだ……清佳との」

「うみゅ? 約束?」

「ああ、あれは清佳の……きっと最初で最後の悪戯だからね」

「……清佳殿の最初で最後の悪戯?」


 蘇芳にはその意味が全く分からない。


「あの子は今までそんな大胆なことをしたことなかったから……」


 要のその一言に、水晶は思い出す。


「そっか、なめちゃんは清佳ねーちゃん愛用の扇子の付喪神だったね」

「そう、だから小さい頃からあの子の事を知っている。紅ねえの事も。そして、神子の事もね」


 要はそう言って、水晶の頭の上にポンと手を置いた。


「……神子は清佳の事、どこまで知っているんだい?」

「………………」


 その質問に、水晶は思い出していた。

 自分が幼い頃、紅玉の家に突然やってきた清佳が紅玉に縋りついて泣いていた姿を……。


「……うみゅ、あんまりよく知らないけど……複雑な事情を抱えてたみたいだった」

「それだけで十分。あの子の母親は……厳しい人だったから」


 その言葉で蘇芳は思い出す。

 三年前、誘拐事件に巻き込まれた後、還らぬ人となった清佳の事を家族に伝達した際、その事に怒り狂った清佳の母が紅玉にぶつけた激しい憎悪の言葉の数々を――……。


 思わず歯を食い縛っていた。


 そして、要は言った。


「だから、僕から清佳の悪戯の種を明かすわけにはいかない。ごめんよ、紫君」

「うーん……残念だなぁ……お近づきになれるチャンスだと思ったのに……」

「うみゅ、ゆかりんはホントに懲りんのぅ……」


 間違いなく紅玉の回し蹴りの餌食になる事が決定だというのに。


「ところで……何で『狐面の舞姫』の話になったんだっけ?」

「うみゅ、何でだっけ?」


 要と水晶の言葉にカッとなったのは、睡恋と紀梗の二人の可憐な女神達だ。


「もうっ! 今日の宴の余興の話をしていたんでしょう!?」

「何か余興をしてあげたいって話をしていたら、紫さんが余計な事をっ!」

「ああそうだったそうだった~」


 紫の笑顔にイラッとして、睡恋と紀梗はギッと睨みつける。


「もうっ! 今日の主役は清佳様でも『狐面の舞姫』でもないですっ!」

「そうですよねっ!? 蘇芳さん!!」

「う、うむ? そ、そうだな」


 まさか怒りの矛先が自分に向くとは思わず、蘇芳は肩を揺らしてしまった。

 しかし、睡恋と紀梗の苛立ちは収まる気配がない。


「ほらっ! そんな事より早く準備してください!」

「あんな女の事は今すぐ忘れてください! 今すぐにっ!!」

「あ、ああ……」


 蘇芳の背中をぐいぐい強引に押す可愛い女神を見て水晶は呟いた。


「うみゅ……他かぷ地雷過激派……」


 水晶の言葉を理解する者はこの御社には誰もいなかった。




*****




 庭園に行くと、すでに色々と準備が整っており、十の御社の神々達が待ち人を待ってソワソワとしていた。

 蘇芳は懐中時計を取り出す。時刻は間もなく正午――約束の時刻だ。


「そろそろか……」


 そう呟いた時だった。

 目の前に突如現れたのは、重厚感のあるおどろおどろしい扉。

 そして、扉が開く。


 中から現れたのは――。


「あははははっ!! おもろっ!! ホンマおもろっ!! やっぱり轟は轟やなぁっ!!」

「うるせぇっ!!」

「まあまあ、轟……ぶふっ!」

「天海ぃ! てめぇっ!」


 美月、轟、天海の妖怪先祖返り三人組。何故か美月と天海は爆笑しながら、轟は若干顔を赤くして出てきた。


(うみゅ、何があったんだ?)


 水晶がそんな事を思っていると、再び扉から人影が出てくる。


「やあ~いろいろ準備ご苦労様~」

「おっじゃましまーす!」


 幽吾と世流の二人が手を振りながら登場。

 一緒に出てきた右京と左京は紫の方へと近づく。


「紫様、何かお手伝いが必要でしたらお申し付けください」

「あ、じゃあ、こっちを手伝ってもらってもいい?」

「勿論でございます」


 その次に扉から出てきた文は目を剥いた。


「げっ! 何なの? この出迎えの数」

「「「「「文ちゃん~~~~!!」」」」」


 賑やかな十の御社の神々の姿を見て、文はげんなりとする。


「……俺、帰ってもいい?」

「こら、文、失礼だろう。それに君だって祝福したいだろ?」

「……ふん」


 文と一緒に出てきた焔に窘められ、文は渋々十の御社の敷地に足を踏み入れる。


 すると、蘇芳は地獄の門の前へと進み出た。

 そして、人影が三つ現れる。


「マダヨー、ベニちゃん! close your eyesデース!」

「先輩、段差あるから気を付けるっす」

「ふふふっ、はいはい」


 鞠と空に手を引かれ、現れたのは紅玉。その目は閉じた状態だ。

 紅玉の姿を見た蘇芳は胸が高鳴っていく。


(喜んで、くれるだろうか……)


 期待と不安が入り混じる思いを抱えながら、蘇芳は目を閉じた紅玉へと近づいた。

 そして、ニコニコと楽しそうに笑っている空と鞠から、紅玉の手を引き継ぐ。


 蘇芳と紅玉の手が触れ合った瞬間――。


「……あら? 蘇芳様?」

「っ! わかった、のか?」

「ええ。こんなに大きな手は蘇芳様以外にいらっしゃいませんもの」


 紅玉はそう言って、蘇芳の手をキュッと握った。

 すぐに自分だと分かった事が嬉しくて、その小さな手の握る力すら愛おしくて、蘇芳は心臓を更に高鳴らせてしまう。


「そ、そうか……」

「ところで蘇芳様がいるということは、ここは十の御社です?」

「ああ、そうだ。もう少し前へ……あ、目はまだ閉じたままで」

「ふふふっ、はい」


 紅玉の手をゆっくりと引いて、紅玉の足元に気を付けながら、蘇芳は導いていく。

 そうして、少し先まで進んだところで。


「ここで」


 足を止めた。

 手を離そうとすると、紅玉が少し不安げな顔をしたので、蘇芳は紅玉の右手だけを握ったまま、紅玉の右隣りに立つ。


「さあ、紅殿、目を開けて……」


 蘇芳の声に、紅玉はゆっくりと目を開く――。




『パンッ! パンッ! パンッ!』


 瞬間、響いた大きな音に紅玉は驚いてしまうが、目の前に広がる光景にもっと驚いてしまう。


「「「「「紅ちゃん! お誕生日おめでとう!!」」」」」

「まあ……っ!」


 紙吹雪と花びらが舞う中、目の前にいるのは十の御社の前十人達と朔月隊の仲間達。

 皆、笑顔で紅玉を祝福する。


 そう、文月一日は紅玉の誕生日なのである。


 庭園にはご馳走が準備され、華やかに飾りつけられ、宴の準備が整えてあった。

 数日程前から蘇芳が主導となり、密かに宴の準備を進めていたのだ。


 ジワリと紅玉の瞳に涙が浮かぶ。


「まあまあ……どうしましょう……っ! 狡いですわ、皆様……!」


 嬉しくて涙が出てくるとはまさにこの事。

 笑いながら泣いてしまう紅玉を、蘇芳は優しく見つめる。


「……喜んでもらえただろうか?」

「……蘇芳様……」


 期待と不安が入り混じる優しい瞳に、紅玉は自然と笑みがこぼれる。

 その気持ちが何よりも嬉しくて堪らない。


「ありがとうございます……! とっても嬉しいです……っ!」


 満面の笑顔を浮かべた紅玉に、蘇芳も笑う。


「よかった」


 喜んでもらえて、嬉しくて堪らない。


「お姉ちゃん」


 その声に振り返れば、水晶が向日葵の花束を持って立っていた。

 その表情は、いつものやる気の無いぼんやりとした顔とは違い、珍しく照れた表情だった。

 水晶は花束を差し出した。


「お誕生日おめでとう、お姉ちゃん。いつもありがと」

「晶ちゃん……」


 妹の言葉が嬉しくて堪らず、紅玉は花束ごと水晶を抱き締めた。


「ありがとうございます、晶ちゃん」


 紅玉がふわふわと頭を撫でると、水晶もギュッと抱き付き、満面の笑顔を浮かべる。

 それは、今まで見せた水晶の笑顔で一番の笑顔であった。


 蘇芳は、仲良しな姉妹の様子を優しく見守り続けた。





<おまけ:遊戯管理部女性陣からの贈り物>


「「紅ちゃん、お誕生日おめでとう~!」」

「ありがとうございます」


 紅玉誕生日の宴に突如訪問してきたのは遊戯管理部の友人、凪沙と野薔薇だった。

 遊戯管理部代表として世流は宴に参加していたが、他の職員は遊戯管理部の勤務や招待客の人数の関係上、凪沙達には出席を遠慮してもらっていた。勿論、凪沙達は承知の上だ。


「本当はご招待できたら一番良かったのですが……」

「いいのよっ、そんなに気を遣わなくてもっ。私達も仕事があるし、一果ちゃんは身重だし」

「でも、今度は女子会でお祝いしましょうね~」

「はいっ」


 すると、凪沙は綺麗に包装された箱を差し出した。


「これは、遊戯管理部女性陣からの誕生日プレゼントっ」

「まあ! わざわざありがとうございます」


 どうやら二人はわざわざ仕事の合間を縫って、紅玉に贈り物を届けてくれたらしい。

 紅玉は嬉しくなってしまう。


「んふふ、みんなで相談して選んだのよ~。気に入ってくれると嬉しいわ~」

「あの、開けてみてもよろしいですか?」

「んふふ、勿論よ~」


 紅玉はワクワクしながら綺麗に包装紙を剥がしていく。


「流石にこれを世流ちゃんから渡してもらうわけにはいかなかったからねっ」

「そうね~、いくら世流ちゃんと言えどね~」


 二人の言葉に紅玉は一瞬疑問符を浮かべるが、箱を開けた瞬間、その意味がわかってしまった。

 直後、瞬時に箱を閉じた。瞬時である。最早反射的速さだった。

 そして、一気に顔を真っ赤にさせてしまう。


(確かにこれは世流ちゃんから渡してもらうわけにはいかな、いえそもそも何故遊戯管理部女性陣はわたくしにこれを贈ろうと思ったのです!? 使う予定? そんなものございませんわよ!? ああですが、流石センスのいい皆様が選んだだけあって見た目はとても好みですが、使うか使わないかと言われたらそれはまた別問題ですし、普段使う? え? これを!? 普段使い!? いやいや流石にそれは……っ!)


 瞬時にそんな考えて百面相をしている紅玉を見て、凪沙と野薔薇は温かい笑みを浮かべていた。


「……あ、あの……こ、こ、こ、これは……」


 ようやっとそれだけ言うことができた紅玉に、二人は揃って親指を立ててみせる。


「いつか絶対使ってねっ」

「なるべく早く使ってね~」

(いつかも早めも来ない話かと思います!!)


 友人二人の素敵な笑顔に紅玉は曖昧に微笑むしかなかった。




 そして、その贈り物は丁重に紅玉の箪笥の奥へ仕舞われたのだった。




※贈り物の中身について※

凪「うふふっ! それはナイショっ!」

野「ご想像にお・ま・か・せ、するわ」


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