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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
198/346

狐面の女




 術式研究所による三十五の神子、二十二の神子の子息誘拐事件の始まりを聞いた朔月隊は、全員首を捻っていた。

 そんな隊員達に幽吾は尋ねる。


「今の話で何か気付いた事がある人?」


 しかし、全員首を横に振ったり、諸手を上げたりするだけだった。


「うーーん……目線が変われば何か出てくるかなぁって思ったんだけど……」


 文が溜め息を吐きながら言う。


「矢吹が坤区の神子管理部職員ってことはすでに分かっている情報だし、これといって目ぼしい情報はなかったんじゃない?」

「私は……実善さんが昔、神子管理部だっていう事は知らなかった」


 そう言ったのは焔だ。

 焔は一度十の御社で二十二の神子護衛役の実善に会った事がある。


「てっきりずっと神域警備部だと……」

「……実善さんは、藤の神子乱心事件の後、神域警備部に異動志願しましたの」


 答えたのは実善の同期である紅玉だ。


「あの事件のせいで神域警備部は一番犠牲者が多くて、職員の手が足りなかったですから……」

「ふぅん、自ら一番危険な部署に飛び込むなんて物好きだね」


 文の言葉に、紅玉は曖昧に微笑みながら、ほんの一瞬右端を見た。

 そんな紅玉に文は気付き、紅玉の視線の先を確認して気付く。


(……ああ、そういうこと……)


 そこにいたのは、未だ腕を組んで何か思い出そうと必死になっている轟の姿だった。


「ですが、言われて思い出しました。そう言えば、実善さんは矢吹と同じ担当区でしたわ」


 紅玉の言葉に全員ハッとなる。

 幽吾も嬉しそうに微笑んだ。


「実善君が何か矢吹に関する情報を持っているかもしれないね。今度聞いてみようか」

「幽吾さん!」


 そう言って元気良く手を挙げたのは空だ。隣の鞠も手を挙げて主張している。


「そのお仕事、俺達に任せてもらえないっすか?」

「デスデース!」

「えっ、いいの?」

「実善さんは仲良くさせてもらっている先輩さんっす。お話を聞くくらいなら俺達でもできるっす」

「Yeah! ユーゴさん、Very busyデース! マリたちにオッマカセデース!」


 最年少二人組の気遣いに幽吾は思わず感動してしまった。


「うん、じゃあこの件は二人に任せるね」

「「仰せのままに!」」


 空と鞠の明るい返事に誰もが微笑ましく見つめる。

 また視界が全く見えないところから、僅かに何かが見えた気がして、雰囲気が一気に好転していく。


「他にも何か気付いた事ある人いる?」

「ハイ! マリ、キになるコトありマース!」

「何だ!?」


 そして、鞠は紅玉と空を見ると言った。


「ドーして、ベニちゃんはソラのキョーイクカカリになったデースか?」

「…………そんなことかよ」

「先輩と初めて会ったのは『秋の宴』の準備中の頃だったんすけど、その時お母さんも一緒だったんす。で、その時にお母さんが先輩をとても気に入ってその場で教育係に指名したんすよ」


 空の言葉に紅玉も頷く。


「わたくしも突然頼まれて驚きましたが……今思えば、何としてでも矢吹から空さんを守る為に、教育係の椅子は埋まっていることを示したかったのだと思います」

「でもでも、お母さんは先輩のこと一目で気に入っていたっすよ!」

「ふふふっ、ありがとうございます」


 ふと、轟も当時の事を思い出す。


「三年前のあの頃っていや……そういや俺らの班も『秋の宴』準備組だったな」

「ええ。新入職員は一年目の秋頃から宴の準備に関わっていきますから。わたくしだけでなくて鈴太郎さんや実善さんと慧ちゃんも準備係でしたわ」

「そういやそうだったな」


 宴準備当初は接点があまり無く、部署も違うので、そこまで仲良くした記憶はないが、秋の宴が終わってから接点が生まれ、仲良くなったのだと、懐かしい記憶が蘇り、轟は思わず頬を綻ばせる。


「宴と言えば、今日から『夏の宴』の準備開始時期だったね~。ちなみに僕は準備組回避したよ~」


 非常に嬉しそうに語るのは現在進行形で絶賛多忙の幽吾だ。

 何故なら宴の準備は忙しい上に手間がかかり手抜きを一切許さないという、神域管理庁職員不人気仕事の上位に来る仕事なのである。


「遊戯管理部は野薔薇ちゃんと凪沙ちゃんが担当だから、ワタシも無事回避よん」

「僕らは春にやったばかりですから」

「しばらく回避できますね」


 遊戯管理部の世流、右京、左京がニコニコしながら報告する。


「ウチも回避や!」

「俺も……今回は……」

「医務部の仕事は基本的に宴とかあまり関係ないからな。むしろ逆に皆、準備組になりたがる程で」


 美月、天海、焔も準備組ではないようだ。


「部署によって準備組になりたい人となりたくない人がいるって面白いっすね!」

「ベニちゃん! マリたちはウタゲジュンビ、イツからデキマスカー?」

「恐らく次か、その次には確実に準備組になりますわね。その時はわたくしと蘇芳様も準備組になりますから、一緒に頑張りましょうね」

「先輩! いろいろ教えてくださいっすね!」

「マリもー!」

「ふふふっ、はいはい」


 十の御社三人組の微笑ましい会話が終わったところで気付く。


「ってことは、今回の宴は全員準備組回避なのかな?」


 幽吾がそう言った瞬間だった。


「いいよね~回避できた人達は~。何でわざわざいちいち年に四回も宴会開かないといけないわけ~? 準備するこっちの身にもなって欲しいよね~? お偉いさんの考えている事は良く分からないんですけど~」

「「「「「………………」」」」」


 残念ながら、文は準備組だったらしい。


「まあまあ、『夏の宴』は毎年演目が決まっているじゃん。比較的準備が楽だよ~」

「残念だけど、俺は神域商業部なので、観覧席に食事や飲み物を配る方なんだよね。真夏の炎天下で働かなければならない大変な役目だよ」

「「「「「…………」」」」」


 全員、ちょっと文に同情してしまった。


「と、ところで、『夏の宴』の演目が決まっているというのは一体どういう意味だ? そんな決まりでもあったか?」

「……そっか、焔は去年の『夏の宴』の後に出所したんだもんね」


 焔が参加した「夏の宴」は三年前が最後だ。知らないのも無理はない。


「丁度ちょうどさっき話にも出てきた新人時代の紅ちゃん達が準備組だった三年前の『秋の宴』が関係してくるんだよ」

「どういう意味だ?」


 焔の疑問に答えるのは、当時の準備組の紅玉と轟だ。


「実は……当初予定していた演目が急遽できなくなってしまったのです。現世からいらっしゃる予定だった舞踊家さん達が交通機関の乱れのせいで来られなくなってしまって……」

「宴っていうのは、堅っ苦しい伝統の踊りみたいなのをやらなくちゃなんなくてよ。その踊りを代わりにやってくれるヤツは急遽見繕えたんだけどよ、それだけだと間がもたねぇってなって……」

「そこで、灯ちゃんがアドバイスしてくれたんです。人は誰しも競うものを見るのが好きだから、新人同士の武闘対決を余興にしてはどうかと」

「なるほど」

「ですが、その武闘対決が予想以上に大好評でして、それで毎年『夏の宴』に武闘大会が開催されることになったのです」


 経緯の説明が終わると幽吾が頷く。


「うんうん、毎年毎年、おんなじ踊りを見せ続けられたら、流石に飽きるよね~。結果オーライだったんじゃない? 武闘大会の方が毎年盛り上がっているし~」

「俺もよく覚えているっすよ! あの時の先輩、とってもカッコよかったっす!」


 すると、轟が空を睨みつける。


「俺様もいただろうがっ!」

「勿論! 轟さんもかっこよかったっすよ!」

「そうだろそうだろ!」


 誇らしげに胸を張っていた轟だが、ハッとする。


「ああああああああああああっ!!!!」


 突然叫び出すものだから、全員目を剥いてしまう。


「と、轟、どうした?」

「なんなん!? 急におっきな声出して!」


 轟は己の幼馴染二人を無視して、紅玉を見る。


「おい紅ぃっ!」

「は、はい」

「あの女! あの女が『謎の女』じゃねぇのか!?」

「あ、あの女……?」

「おめぇの幼馴染の! 誘拐された神子でやたらキラキラした顔の女!」

「……清佳ちゃんのことですか?」

「そうだ!」


 先程まで話の主軸にいた前三十五の神子の清佳の名前を忘れ、まさかの表現で言い表す。流石はおつむが残念な轟である。

 紅玉は若干呆れながら言う。


「清佳ちゃんはむしろ被害者ですよ。それに『謎の女』は矢吹が清佳ちゃんより前に想いを寄せていたと思われる女性です。矢吹が最後まで執着していたのは清佳ちゃんですから辻褄が……」

「ちげぇよ! そのキラキラ女じゃねぇよ!」

「……はい?」

「あの『秋の宴』の時、キラキラ女と一緒に踊っていた『狐面の女』だよっ!!」

「っ!!」


 その言葉に紅玉は息を呑んでしまった。


「……『狐面の女』?」


 首を傾げた世流に轟は頷く。


「おう。予定されていた舞踊家達が来られなくなって、急遽、三十五の神子が踊りをやってくれることになってよ」

「……清佳ちゃんは、幼い頃から舞踊を習っていて、舞踊界では将来を期待されていた舞姫でしたので」

「そうだったの!?」


 紅玉の付け加えの説明に世流は驚く。

 前三十五の神子の清佳は未だに美人として名高い。その上、舞までできるとなれば、その姿は最早女神だったであろう。


「是非見てみたかったわ~!」

「俺、よく覚えているっす! 清佳さんはお母さんの友達っすから。清佳さんも狐面の人も、すっごく二人とも綺麗な踊りでしたっす!」


 空の脳裏に、美しい着物を身に纏った二人の姿が思い出される。

 舞踊傘を手に優雅に舞う清佳と舞踊扇子を手に繊細に舞う狐面を付けた女性が。


「俺は武闘対決の準備の為に和一達や鈴太郎達を呼びに走っていたから、あの『狐面の女』の正体は知らねぇ。だけど、思い出した。確かあの『秋の宴』の準備組に矢吹もいたんだよ!」


 矢吹の名が出て、誰もがハッとする。


「矢吹もあの『秋の宴』の準備組だったんだ」

「おう! で、きっとあの『狐面の女』は矢吹が連れてきた女だ! つまり矢吹が好きだったって言う『謎の女』に違いねぇっ!」


 おつむが残念だと定評のある轟の台詞に、幼馴染の美月と天海は驚きを隠せない。


「と、轟にしては珍しくまともな推理や……! 辻褄も合う……!」

「今、目の前にいるのは本当に轟か?」


 轟は再び紅玉を見る。


「紅! おめぇは神子の準備を手伝う為に舞台裏にいただろ!? おめぇならあの『狐面の女』が誰だか――」

「――違います」

「え?」

「あの『狐面の女』は『謎の女』ではありません」


 きっぱりと、はっきりと、紅玉は断言した。

 真っ向から否定され、轟は思わずムッとなる。


「なんでそんなハッキリと言えるんだよ」

「確かに宴の準備組に矢吹もいました。ですが、あの『狐面の女』を推薦したのは清佳ちゃんですわ」

「でも、矢吹の関係者の可能性だってあるだろ!?」

「いえ。絶対断言できます。あれは『謎の女』ではありません」


 轟はついカッとなり叫ぶ。


「だったら! 断言できるっていう理由述べろよっ!」

「………………」

「おいっ! 紅っ!」

「ちょっと! 轟君!」


 しかし、どんなに怒鳴られても、紅玉は沈黙を守り続ける。


「……先輩?」

「ベニちゃん……?」


 空と鞠の不安げな声に、紅玉は大きく息を吐いた。


「……………………」


 そして、紅玉は――……。





<おまけ:千花の涙>


「あなたはあの女みたいになっちゃダメよ!」


 それが千花の母の口癖だった。


 幼少期の頃から姉と一緒に舞踊を習っていた千花は、あっという間に才能を開花させ、将来待望の舞姫と呼ばれていた。

 千花は踊ることが大好きだ。美しく舞えば誰もが誉めてくれる。母も、舞踊の先生も、有名な舞姫も、舞踊流派の家元も。

 周囲から期待されていることもとても誇らしくて、千花はめきめきと舞踊の技術を磨いた。


 だけど、その反面、姉の表情はどんどん暗くなっていった。


 昔は仲が良かったのに、母が千花を褒めれば褒める程、姉はどんどん遠ざかっていく。

 そして、気づいた時には、姉は自分の前から姿を消してしまった。


 中学生の時の事だ。

 やや派手な服を身に纏った姉が母に怒鳴り付けた。


「アタシの事なんて自分の娘だとも思っていないくせに! アタシはアンタの操り人形じゃないんだよ!!」


 今まで聞いたことがない姉の乱暴な言葉に千花は震え上がってしまった。


 それ以来だ。母があの口癖を口にするようになったのは。

 そして、千花に過度の期待を寄せるようになったのは。




「もっと! もっと上手にならなくてはダメ! 誰よりも!」


「あなたは私の自慢の娘よ。世界一美しい私の千花。だから、お母さんを見捨てないでね」


「ダメよ! あんな子に負けては! あなたが世界一美しくなくてはいけないの! だから、あの子に勝たなくてはダメよ!」


「進学? あなたには関係のない話よ。あなたは舞踊界で生きなくては。その才能と美しさをもっと世に知らしめなくちゃ」


「どうしてなの千花! どうしてお母さんの言うことが聞けないの!? あんな子に負けてはダメだって言ったじゃない! 常にあなたが中心にいなくてはいけないの! あなたはあんな凡庸な子と違って、特別なんだから!」




 毎日毎日毎日毎日、そんな事を言われ続けて、頭の中がぐちゃぐちゃになり、壊れてしまいそうだった。


 気づけば愛用の舞踊傘と扇子を鞄に詰め込んで、彼女の元へと走っていた。

 いつだって、自分を守ってくれた強くて優しい紅子の元に。




「……千花ちゃん?」


 紅子は突然の千花の訪問に驚きを隠せなかったが、いつもならば髪を綺麗に整えている千花が髪を振り乱し、美しい顔を涙でぐちゃぐちゃに濡らした姿を見た瞬間、何も言わずに手を引いた。


「よかったらあがっていってくださいな。お茶を淹れますわ」


 ふわりと優しく微笑んだ紅子に千花は縋りついて泣いた。

 泣いて、泣いて、泣いて、泣いた。

 そうでもしなければ己が壊れてしまいそうだったから。

 大好きな舞踊を嫌いになってしまいそうだったから。


 そんな千花の頭を紅子は優しく撫で続けた。


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