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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
195/346

神狂いに御告げをした者

※注意※

一部拷問シーンがあり、残虐表現となっています。

苦手な方は閲覧ご注意ください。




 水無月の上旬に開催された就任式で、那由多の罪が暴かれた時、那由多はこんな事を言っていた。


「わっ、私は神子に……私は神子になれと御告げが……っ!」


 そして、その後行われた尋問でもこんなことを口走っていた。


「私は神子補佐役ではなく、神の花嫁候補です! そう御告げを受けたのです!」




 まさか、那由多に御告げをした存在が神だなんて誰が想像できただろうか……。




「神様が、御告げと称し、那由多を操作していた……? 『藤の神子乱心事件』のあの悲劇に神が関与している……!?」


 紅玉の言葉に、幽吾は一切否定しない。


「ご存知の通り、那由多は神を病的に崇高し、神の花嫁になりたがっていた神狂い。そんな彼女があんな愚かな行動を起こす原動力は神以外ない。そして、それを彼女自身が自信満々に証言している。自分にそうしなさいという、神からの『御告げ』があったと」


 幽吾はそう言いながら、この地獄で行なわれた那由多の尋問の一部始終を思い出す――。







 約二十日にも及ぶ尋問(拷問)に、那由多は「御告げ」に関する情報は一切何も話そうとせず耐え続けた。

 一体彼女のどこにそんな精神力があるのかと、幽吾は驚かされてしまう。

 どんなに肉体的苦痛を与えても、どんなに精神的苦痛を与えても、那由は決して口を割らなかった。


 針山でできた椅子に座らされ、逃れられないように鎖で縛りつけられ、延々と痛みを与えら続け、全身血塗れの状態の那由多を見下ろしながら幽吾は言った。


「……君の忍耐はあっぱれだよ……二十何年、この地獄門の管理者を務めているけれど、君のような人は初めてだ。褒めてあげるよ」


 その一言が那由多の中の何かを刺激したらしい。

 那由多は光の宿らない瞳を僅かに見開くと、ニヤリと笑った。


「あたり、前です……こんな、の……痛みなど、ない……痛みなど……神の、花嫁たる私に、は……ない……そう、私は、神様の花嫁……花嫁さんなんだもん……ふふふっ、うふふふふっ、うふふふふふふっ」


 しかし、二十日という長い時間をかけた苦痛に、痛みに耐えられはしても、那由多の精神は確実に崩壊していたようだった。


「君、神の花嫁とか言っているけれど、神罰を受けている時点で神の花嫁なんかになれるわけ――」

「私は神様の花嫁よ!! そう『御告げ』を受けたんだもの!! 神様にぃっ!!」


 血を吐きながら、物凄い剣幕で捲し立てた那由多に幽吾は驚愕してしまった。


「今、何て言った?」

「私はぁっ!! 神様の花嫁になるっ!! そう『御告げ』を私の御主人様から授かったのよぉっ!!」


 途端、那由多は恍惚とした笑みを浮かべた。


「あれは、忘れもしない三年前の文月八日の事、神様が私の前に降臨してくださったのです。私が日頃から正しい行いをしてきた心清い人間であると、神様は見抜いてくれたのです。あんな粗暴で女の品位の欠片もない下品な神子ではなく、私の方が神子にふさわしい――否! 神の花嫁に相応しいと!! 私を!! この私を!! 見初めてくれたのです!! この心清く正しい優秀な私をっ!!!! あはっ! あははははっ!! きゃははははははっ!!!!」


 狂ったように笑う那由多の姿に、幽吾は何も思わない。


「そりゃそうよ!! 何であんな下品な女が神子に選ばれなきゃならないのよっ!!?? 何かの間違い!! 絶対間違いなんだからぁっ!! 逐一細かい事まで報告をした甲斐があったわ!! だからっ! だからぁっ! 私は神様の花嫁に選ばれたのよぉっ!! 『御告げ』を受けたのよぉっ!!!!」


 幽吾は、ただ那由多を侮蔑するように見つめた。


「そしてぇっ! 私は更に『御告げ』を受けた……! 愚かな神子達を愚かであることを証明する為にぃっ! 私はぁっ! 神様直々に命を受けたのですっ!! あの神域史上最悪の事件で愚かな神子はっ! 愚かにもっ! 私の言う事を聞いてっ! 愚かにもっ! 御社へ籠城したのですっ!! 私は愚かな神子が愚かであると見事証明してみせたのですっ!!」


 語られた衝撃的な発言に幽吾は黙ったまま驚いてしまう。

 それはとんでもない罪の自白であったから。


 那由多は虚ろな瞳で幽吾にニタリと笑いかける。


「わかる? 私は神様の花嫁なの……神様直々に『御告げ』を受けられた特別な存在なのぉっ!! こんなことをして許されると思っているのぉっ!? 愚民!!」

「……それで?」

「いつか貴様に私の御主人様からの天罰が下るぅっ!! 神様の花嫁に手を出した貴様をっ!! 私の旦那様は絶対に赦しはしないだろう!! きゃははははっ!! きゃははははははっ!!!!」







 幽吾から那由多の自白を聞いた朔月隊は信じられない表情で幽吾を見つめる。


「本当に……犯人は神様なの……?」


 世流がようやっとそう尋ねれば、幽吾は真剣な表情で言い切った。


「那由多は嘘をついているようには見えなかった」

「そう……なのね……」


 幽吾がそうはっきり言ってしまえば、疑う余地などなかった。


「でも……もし那由多のバックにその神がいると仮定した場合、萌の場合も辻褄が合ってくるんだ」


 幽吾はそう言って、萌の写真を指した。

 幽吾の言っている事がピンと来ず、朔月隊は頭に疑問符を浮かべながら萌の事件を振り返る。


「確か、萌は『謎の女』の協力を得て、禁術を使って雛ちゃんを操ろうとしたっすよね? わざわざ親睦会まで開いて」

「Yeah! ヒナちゃんのEarにキンジュツのタネ、ウえマシタ!」

「僕のナイスピッチングによるナイスアシストのおかげで術は不完全だったけどね~」

「体を張って止めたのは俺様だぞ!?」

「ああっ! そっか!」


 そこまで思い出して声を上げたのは世流だった。


「世流ちゃん、いかがなさいました?」

「ほら、あの夜! 萌が遊戯街の規約違反で遊戯街の地下牢に閉じ込められていたあの夜! 萌は地下牢に閉じ込められていたにもかかわらず、雛菊ちゃんを操る為に地下牢から逃げ出していたでしょ!? でも、どうやって地下牢から逃げ出したのかが分からなかったじゃない!」

「そう言えば……!」


 そんな事があったと紅玉も思い出した。

 直後、萌が身体を貫かれる事態に陥ったので、すっかり忘れてしまっていたが。


「でも、萌のバックにも『謎の女』じゃなくて、『神様』がいると仮定すると話が通るのよ!」

「あ……!」


 神は人の予想を超える力を持つ。

 遊戯管理部職員に気付かれず地下牢から逃げ出すなど造作もないだろう。


 その話を聞いて、天海がハッとする。


「あっ! そうか……っ!」

「どうしたん? 天海」

「それなら、萌を刺したあの黒いヤツも、神が作った呪いじゃないのか? だから、探知も出来なかった」

「なるほど、辻褄は合うかもしれんなぁ……」


 ますます神の存在の可能性が色濃くなっていく。

 だけど、それと同時に広がるは不安……。


「犯人は、神様……? 『謎の女』が、神様……? 神様が、禁術を、呪いを……?」

「……正直、信じられないな」

「ですが、彼らは一度執着すると酷く根深いです」

「もしかすれば、何か執着するものができたのかもしれません」

「もし本当に事件に神が関与してくるなら……太刀打ちなんてできやしないかもね……」

「そんなぁ……」

「ど、どうすれば……」


 不安がどんどん広がっていく中で、轟は頭を乱暴に掻きむしって幽吾を見た。


「おい、幽吾。おめぇはどう思う? 神にまで捜査の手を回すべきだと思うか?」

「……神様を疑う……一理あるのかもしれない……」


 そう肯定する一方で、幽吾はこうも言った。


「しかし、それは神域管理庁に勤める僕らにとって最早、神への反逆とも言える行為だ」


 大和皇国に生まれ生きる者にとって、神とは国を守り繁栄へ導く崇めるべき尊い存在である。

 その神を疑うなどあり得ないことであり、ましてや反逆など……最早神罰が下ってもおかしくないだろう。


「君達には、あるかい? 神に逆らい、楯突く勇気が」

「………………」

「………………」

「………………」


 重い、重い空気が流れる。沈黙が酷く不安を煽った。

 だけど、誰も何も言えない。言う勇気が無かった。


 しかし――。


「…………確かに、中にはその強過ぎる執着心に駆られて恐ろしい行動をしてしまった神もおります」


 紅玉が沈黙を破り、朔月隊は紅玉を振り返った。


「……ですが、そんな悍しい神には必ず天罰が下っております。神様達は罪を犯すと言う事がどれほど恐ろしい事かきっと誰よりもわかっているはずです。それに、もしも犯人が神だったとしても……きっと神様達はわたくし達に力を貸してくれます」


 紅玉の目に浮かぶのは、笑顔で手を振る十の御社に住まう三十六名の神々の姿――。


「少し甘い考えだと思います。ですが、わたくしはそれでも神様達を信じますわ」

「………………」

「………………」

「………………」


 紅玉の言葉に、誰も何も言えなかった。そんなのただ綺麗事であると誰もが思う。

 だけど、重たい空気はすっかり晴れ渡り、誰もが笑みを浮かべていた。


 幽吾もにっこりと笑った。


「とりあえず一旦この話はおしまいにしよう。僕はいろんな神様達に会って、意見を聞いてみるよ。もし皆も神様から話を聞けそうだったら、是非意見を聞いてもらえるかな?」

「「「「「仰せのままに」」」」」


 幽吾の言葉に全員頷いた。


「一旦矢吹に話を戻そう」

「矢吹、ですか?」


 首を傾げて尋ねてくる紅玉に幽吾は頷く。


「知らない人は知っておくべきだと思って。矢吹が関与した誘拐事件……『術式研究所による三十五の神子、二十二の神子の子息誘拐事件』について」

「あ……!」


 そう言われて思い出す。その事件の事を詳しく覚えているのは、紅玉と幽吾と轟と空だけだ。知らない隊員の方が多いのだ。


「それに、もしかしたら話している内に矢吹と関係がある『謎の女』が浮かび上がってくるかもしれない」


 幽吾の言葉に紅玉は頷き、空色の髪を持つ己の可愛い弟を見た。


「……空さん、よろしいですか? あの時の事をお話しても」

「勿論っすよ!」


 空が力強く頷いた事で決まった。


「じゃあ、話そうか。矢吹が犯した誘拐事件について……あの日の事を」


 時は三年前の師走の頭まで遡る――……。





<おまけ:その頃、十の御社の神々は>


「くしゅんっ!」

「はっくしょんっ!!」

「くちゅんっ!」

「えくしゅっ!!」

「ぶしゅんっ!!」

「ぶぅぇくしょぉんっ!!!!」


 何故か十の御社の神々全員が一斉にくしゃみをしたので、蘇芳と紫と水晶は目を剥いてしまった。


「だ、大丈夫ですか? 皆々様」

「随分盛大なくしゃみだったね……」

「うみゅ……神様も風邪とかひくの?」


 風邪などひかないはずなのに……と思いながら、十の御社の神々は揃って全員首を傾げてしまった。


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