ツイタチの会~御告げ~
暑さと雨が際立つようになった文月一日――ツイタチの会が「喫茶地獄一丁目一番地」にて開催された。
朔月隊の隊員十二名が久しぶりに大集合となった。
「はいはーい、久しぶりの『ツイタチの会』始めるよ~。みんな、元気~? 僕は新部長に扱き使われまくりで疲労困憊だぜ~、いえ~い。議長は毎度お馴染み朔月隊隊長の幽吾で進めるよ~」
「……なんだよ、そのノリ」
「まあまあ轟君、ここは『いえ~い』と言ってノッテあげるもんが筋ってもんだよ?」
「わけわっかんねぇよ!」
初っ端から喧嘩を始めそうな幽吾と轟に透かさず紅玉が声をかける。
「はいはい、お喋りはそこまでにして、報告をお願いしますわ」
「は~い」
「……チッ」
落ち着いたところで幽吾が聞いた。
「『謎の女』について、何か情報を掴んだ人~?」
「「「「「いませーーん」」」」」
「……ですよね~……」
「謎の女」とは現在朔月隊が総力を上げて追っている存在だ。禁術を作っていた術式研究所の最後の関係者で、禁術の知識を持つ危険人物のことだ。その姿を見た者がいないが、居ると噂されており、そして女性という情報しかない存在自体が謎である。
故に捜査も難航を極めており、物の見事に情報皆無である。
「本当に存在するの? この『謎の女』」
真っ先に不満を漏らしたのは、少し癖のある黒混じりの淡い杏色の髪と新緑と黒の混じった瞳を持つ、男性にしては可愛らしい顔をした人物。茶屋よもぎの店員の文だ。
「まず手掛かりなさ過ぎて、どこから捜査すればいいのか全然わからないんですけど?」
苛々しながら言った文に誰も何も言い返せない。まさしくその通りなのだから。
溜め息ばかりが溢れてくる。
「……とりあえず諦めず謎の女の事は地道に捜査して行こう。存在しているなら必ずどこかに情報があるはずだよ」
幽吾の言葉に朔月隊は黙って頷くしかなかった。
「じゃ、謎の女の事は一旦置いておいて、呪いの紋章の方の報告ね」
幽吾がパチンと指を鳴らせば、どこからともなく鬼神が現われ黒板を引いてやってきた。
その黒板には三枚の写真が貼り付けてあった。
一枚目の写真に写るのは、曇天のような色合いの髪を持つ神経質そうな表情が印象的な眼鏡をかけた男性。神子管理部所属の矢吹といい、禁術を開発していた術式研究所の所長だ。しかし、この矢吹は三年前自殺しており、もうこの世にはいない人物だ。ちなみに彼が術式研究所を作るきっかけとなったのが「謎の女」と言われている。
二枚目の写真に写るのは、真珠の如く艶めく美しい乳白色の長く真っ直ぐな髪と撫子色の瞳を持つ美女だ。その身に呪いを受けながらも邪神から神域を守った聖女と呼ばれる存在の真珠。精鋭の者しかその任に就けないと言われる宮区所属の職員であり、皇族神子である七の神子の補佐役を務めている。
三枚目の写真に写るのは、僅かに漆黒が混じる抹茶色の肩程の髪と、銀杏のような淡い黄色の瞳を持つ女性。生活管理部所属の萌だ。今年の卯月の初め、〈神力持ち〉である雛菊を狙い禁術で操ろうとし、禁術を教えた何者かの呪いによってその身を貫かれてしまった。その何者こそ「謎の女」と思われている。
幽吾は指差し棒(意匠がかなりおどろおどろしいもの)で黒板の写真を示しながら言う。
「結論から言うと、聖女にかけられている呪いと萌にかけられた呪い、そして三年前矢吹にかけられていた呪いは同じ紋章を使われていた。聖女の呪いを除いた、萌と矢吹の呪いの術者は同一人物である可能性が出てきた」
世流が透かさず手を挙げる。
「矢吹の事件は確か、聖女サマが呪いをかけられた事件……『藤の神子乱心事件』より前に起きた事件よね?」
「おっす。俺が矢吹に誘拐された事件……『術式研究所による三十五の神子、二十二の神子の子息誘拐事件』は師走の頭に起きた事件っす」
空の答えを聞いて、世流は顎に指を当て、首を捻る。
「確か『藤の神子乱心事件』は師走二十四日に起きた事件だから……つまり呪いの術者は空君の誘拐事件の時にはすでに呪いを使う事ができていた……?」
「……でも、わかったのはそれだけ。相変わらず術者の断定はできない。多分、恐らく、術式研究所の最後の関係者の可能性がある『謎の女』……だと思われる」
「あ、曖昧すぎるわ……」
幽吾の結論に世流は思わず頭を抱えた。
「なあなあ、幽吾さん、質問なんやけど」
手を挙げたのは、頭に三角の獣の耳と二股に割れた細長い尻尾を持つ猫又の先祖返りの美月だ。低い位置で二つ結びにした紫がかった黒い髪と縦長の瞳孔が特徴的な菖蒲色の瞳、そして豊満な身体の持ち主である。
「三年前に死んだ矢吹の呪いの紋章、どうやって調べたん? もう遺体もあらへんのやろ?」
「おぉ、美月ちゃん。イイ質問だね~…………聞きたい?」
「いや、やっぱええです」
嫌な予感を察知した美月は即刻断る……が。
「なんと! 唯一の目撃者である辰登の記憶を引き摺り出しました~! 頭蓋骨かち割って~!」
「言わんでええのにぃ~~~~!!」
予想以上の残酷な方法に美月は思わず耳を塞ぐ。
その横で、毛先が少し跳ねた肩程の銀朱の髪と燃え盛るような赤と橙の混合色の強そうな瞳を持つ女性の焔が瞳を瞬かせる。
「地獄には開頭手術の技術があるのか……! 興味深い」
「ほむちゃーん! マジレスせんでええからっ!」
神域医務部所属の焔の興味を絶妙に誘ってしまったようだった。
焔的には至極真面目な感想なのだが……残念ながら真面目過ぎる彼女に幽吾の冗談は通じなかったらしい。
他全員が困ったように笑っているのに対し、焔は一人首を傾げていた。それと同時に、耳元と髪の毛と首元を飾る鈍く光る黒曜石のような宝石が揺れた。
「じゃ、最後に神狂いちゃんを尋問して分かった結果を報告していくね」
幽吾の言う「神狂い」とは、先日の神子管理部緊急会議のきっかけとなった神子反逆罪の不祥事を起こした神子管理部職員の那由多の事だ。
「まあ叩けば出てくる出てくる不祥事の数々。あまりにも神狂い過ぎてドン引きだよ」
「……前三十二の神子の事件には?」
そう透かさず聞いたのは文だ。
「……残念だけど、前三十二の神子殺害事件には関わっていないみたいだよ」
「…………そう」
ほっとしたような、憮然としたような、相反する思いを抱えて複雑な表情をしている文を見て、紅玉は少し胸が締め付けられた。
紅玉には、痛いほど文の気持ちが分かるから……。
「でも、『藤の神子乱心事件』には関与していたみたいだよ」
「「「「「!!??」」」」」
「『藤の神子乱心事件』に関与してただぁっ!?」
その一言に全員幽吾に注目した。
それほどまでにその証言はあまりに衝撃的だったからだ。
「その説明をする前に、一度『藤の神子乱心事件』についておさらいをしておこうか」
そう言って幽吾は轟を見る。
「……轟君、冷静になって聞いてね」
轟は僅かに目を見開くが、黙って頷いた。
そして、幽吾は並んで座る双子も見る。
揃いの青みがかった黒髪を持つ、片や瑠璃紺の瞳を持つ右京、片や江戸紫の瞳を持つ左京。スラリとした長い手足を持つ非常に見目麗しい双子の青年だ。
「右京君、左京君もどうか冷静にね」
「幽吾様、あの女に関する事でしたらどうぞお気遣いなく」
「あの女の事などとっくの昔に親だと思っていませんので」
ハッキリと断言する双子に幽吾は少し苦笑いを浮かべてしまった。
しかし、一呼吸を置いて真剣な表情になると、幽吾は語り始める。
「三年前の悲劇……『藤の神子乱心事件』が何故神域史上最悪の事件と呼ばれているのかというと……百人を超える神域管理庁の職員が命を落とし、そのほとんどは死体を邪神に喰い尽くされ、骨の一欠けらさえも残らなかったからだ」
轟は思い出す――同じ班の仲間であり友人達三人の輝くばかりの笑顔を。血塗れになって息絶えた三人の亡骸を。
「何故そんな事になってしまったのか……それは当時の神子の何人かが邪神浄化の使命を拒否し、自分の身を守る為に御社に籠城したからだ。邪神を祓う事ができるのは神子と神のみであるのにもかかわらず」
右京と左京は思い出す――御社の門の向こう側から聞こえる、助けを求める職員達の叫び声と邪神に喰い殺される瞬間の断末魔を。自分達の母親であった神子が犯した愚行を。
「神子の籠城を許可したのは中央本部。事件中に開かれた緊急会議でその結論が出されたらしい。中央本部はとにかく神子を守ることを優先したんだ。神子が死ねば世間からの批判は避けられない……要は己の保身の為に神子の籠城を推奨した訳さ」
聞けば聞く程、自分達の地位の事しか考えていない中央本部に誰もが嫌悪感を露わにした。
「幸いな事、ほとんどの神子が中央本部の指示を無視して邪神浄化の戦いに出てくれたけど、あの当時すでに七人の神子を欠いた状態だった。神子一人欠いた状態でも戦いに支障が出るって分かった上での敢えての籠城指示……中央本部は神域管理庁職員を捨駒にしようとしたのさ」
幽吾もまた話しながら相当頭に来ていたようで、冷静さを取り戻す為に深呼吸をする……そして、言った。
「そして、神狂いこと那由多も多くの神子に籠城をするよう進言したそうだ」
「なんですって……!?」
紅玉が驚くのも無理はない。
神子管理部は神子が使命を円滑に行えるように補佐をするのを役目としている。
その神子管理部が、邪神が溢れかえる神域で、唯一邪神に太刀打ちできる神子に御社への籠城を進言するなど、神子反逆を越えた罪深い行為だ。
「それは……それは、つまり……」
神域が邪神で溢れかえれば、影響を受けるのは現世――延いてはこの大和皇国なのだから。
「最早、那由多の罪は国家反逆と言っても過言ではないさ」
想像を超えた罪の名に、誰もが青褪めてしまう。
「那由多は前十の神子補佐役解任後、艮区の参道町配属になった。そして、その立場を利用して、十四の神子と十六の神子に籠城を進言したらしい。結果、二人の神子は籠城し、十四から十七の御社付近で職員が多数死亡した……一人の魂じゃ償えない程の重い罪だよ」
愕然……とはまさにこのこと。最早紅玉は声も出せない。
そして、いとも簡単にそんな悍しい事をした那由多が恐ろしくて仕方なかった。
「……さて、問題はここからだよ」
「ま、まだこれ以上に問題があるんですか……?」
顔色を悪くしながら思わずそう尋ねたのは、尖った耳と黒い翼が特徴的な天狗の先祖返り。銀色の長い髪と木賊色の切れ長の瞳を持つ見目麗しい男性の天海だ。
冷静そうな見かけの天海だが、その性格は誰よりも優しく繊細である。すでに藤の神子乱心事件の悲劇の内容を聞いて、精神的に限界が近いようだ。隣に座る幼馴染である美月が心配そうに背中を擦っている。
「天海君、悪いけど頑張ってね~」
幽吾は容赦なく話を続ける。
「何故、那由多がそんな国家反逆のような事をしたのか……動機はただ一つ……」
紅玉は思い出す。何故、那由多が「神狂い」と称されているのか。
神と身も心も通わせた恋仲の存在――「神の花嫁」になる為に、天罰と称し多くの人間を陥れてきたからだ。
そして、何故彼女は「神の花嫁」にそこまでして固執したのか。
彼女がその理由をハッキリと言っていたのを思い出す。
「……『御告げ』を受けたから……」
そして、幽吾が次に言った言葉に、誰もが目を剥く事になった。
「……神様からの……」
正体の見えない大き過ぎる存在の影に、紅玉は思わず身震いをした。
<おまけ:絶望の愛美菜>
神様。神様神様神様。私の神様。私の愛する御主人様。
どうか、どうか私の声が聞こえたら今すぐは私を、那由多を、愛美菜を助けに来て。
私の本当の名前は愛美菜です。有田愛美菜です。
あなた様に永久の愛を誓い、あなた様は私への愛の証として宝石を下さった。
肌身離さず持っています。今もこれだけは大事に持っております。
私はあなた様を裏切ってなんていません。信じてください。愛美菜は御主人様だけのものです。
お願いです。神様。御主人様。旦那様。お願いです。助けてください。
痛いの。痛くて堪らないの。ずっと我慢しているの。痛みに耐え続けているの。
あなた様の為に。神様の為に。御主人様の為に。旦那様の為に。
痛い。痛い痛い。痛い痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
私は神様の花嫁。あなた様の花嫁。御主人様の花嫁。旦那様の花嫁。
なのに。なのになのに。なのになのになのになのに。なのになのになのになのになのになのになのになのに。
どうして助けに来てくれないの……?
いつまでこの痛みに耐えればいいの……?
助けてぇ、御主人様ぁ……