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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
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神子管理部緊急会議

明日の0時にも更新があります。




 やがて和やかな雰囲気は終わりを告げる。会議室に中央本部人事課の職員達が入ってきたからだ。

 会議室内は一気に静かになる。


 入ってきた職員の中に見知った顔がいて、紅玉と空は思わずハッとする。


(幽吾さんっす……!)

(良かったです。お元気そうで)


 無事に謹慎が解かれたようで、変わりない姿にほっと一安心する。


「神子管理部職員、全員着席。緊急会議を始める」


 幽吾が書類の仕分けをする横で、同じ人事課職員の鷹臣がそう声掛けをした。

 そして、会議室にもう一人入ってくる。


 項にかかる程の短めの明るい茶髪に、意志の強そうな躑躅色の大きなつり上がった瞳。身に纏うのは上下が一体となった現世の女性達の流行の鮮やかな赤い服だ。首や耳元には美しく煌めく飾りをつけた非常に洒落た女性だ。そして、かなりの美女である。


「えっ?」


 紅玉は思わずそんな声を発してしまう程、驚いていた。

 その声に反応した空や慧斗がこちらを見てくるが、慌てて取り繕いながら始まる会議に備える。

 やがてすぐに会議室内は静まり返り、壇上に鷹臣が立った。


「中央本部人事課の鷹臣です。この度神子管理部職員による神子反逆行為についての報告と注意喚起及び対応策などの話し合いに加え、新しい神子管理部部長の就任発表の為、緊急ではありますが会議を開催することにしました。それでは、まずは新しい部長から挨拶を」


 鷹臣の紹介を受けて、今度は例の美女が壇上に立った。


「この度、神子管理部部長に就任しましたあざみと申します。外務省からの出向でこの度神域管理庁へ参りました。よろしくお願いします」


 控えめながらも拍手が沸き起こる。


「それでは、今後の対応策について、あざみ部長から話がある」


 鷹臣の指示に職員達は再びあざみを見る。

 あざみは一呼吸を置くと、つり上がった大きな瞳でしっかり前を見据えた。


「神子管理部の職員の皆様、この度の不祥事について伺いました。神子を支える立場であるはずの神子管理部職員があろうことか、神子を陥れ自らが神子に成り上がろうとするだなんて言語道断」


 説得力のある非常に強い声と言葉である。


「しかし、中にはそのような野心を持って就職をしたという話もあると聞きます。神子に成り上がりたいだの、神の花嫁花婿になりたいだの……」


 残念ながらその手の話は過去に何度もある話だ。今回のように事件化した話だって少なくない。


「……というわけで、期間を設けて、部長である私自らが神子管理部職員全員と面談をしたいと思います」


 その一言に会議室内がざわめきだす。


「勿論、皆さんには拒否権はございません。これは神子管理部職員全員を対象とします。本日の会議に不参加の宮区職員であろうと例外ではありません。全神子管理部職員が対象です」


 まさか、宮区の職員まで面談の対象とは思わず、誰もが驚いてしまう。


「これは神子管理部の皆さんの仕事ぶりやその信念を確認する為の重要な事です。もし皆さんの中に神子管理部資格不適合者がいれば…………容赦なく切り落とします」


 射抜くような大きな瞳と力強い声と言葉に、反論者など現れるわけも無い。そんな勇気、出せる者がいたら見てみたいものだ。


「これは国を守り繁栄に導いてくださる神子様を守り、神様を守り、果ては皆さんを守ることに通じるのです。ご了承願います」


 その微笑みすらも恐ろしさがあって、誰も声を発する事ができなかった。


「それではこれから書類を配ります」


 あざみのその声に、幽吾が動いた。幽吾の手元にあった書類が一斉に飛び、各御社の神子管理部の手元に配布されていく。勿論、紅玉の手元にもその書類は届いた。


「面談の日時や場所は、各御社、配属場所で異なるので、配布された書類をきちんと確認するように」


 鷹臣の説明を聞きながら、慧斗がこっそり話しかけてくる。


「なんか……ちゃんとした人だけど……ちょっと厳しい人だね」

「僕はそれくらいやって然るべきだと思うね」


 肇はあざみの提案が気に入ったのか大きく頷いていた。


 そんな二人の会話をぼんやりと聞きながら、紅玉はあざみから目を離せないでいた。


「……先輩、どうしたっすか?」

「あ、いえ、何でもありませんわ。さ、面談の日時を確認しましょう」


 空にそう取り繕いながら、紅玉は書類を確認する為、手元の方に視線を向けた。




 そんな紅玉をあざみはこっそりと見て、そして唇を弓なりにさせて微笑んでいた。




 その後も神子反逆を未然に防ぐ為の具体的な対策や起きた時の対処法や報告経路などなどの確認をし、正午を大分過ぎたところで会議は終了となった。




*****




 会議終了後、あざみは幽吾と鷹臣を連れて、神子管理部事務所内にある部長室へと戻った。

 少し休憩をしたら、また動かねばならない。今の内に休もうと思い、淹れたての紅茶に手を伸ばす。


「……部長、よろしいですか?」


 そう尋ねてきたのは、面談の予定表を持っている鷹臣だ。


「何かしら?」

「本当にこの日程で行くんですか? 移動時間を含めると無理な気がするんですが……」


 予定表には、朝から夕方にかけて面談がぎっしりと詰め込まれ、それが四日間続いている。挙句、面談の順番は御社の番号順ではなく順序不同である事。艮区の御社の面談の次に坤区の御社の面談があるなどざらだ。

 鷹臣の言う通り、時間内に面談を済ませたい場合、移動が不可能である。


 しかし、あざみは紅茶を飲みながら、さらっと告げる。


「何言っているの。移動時間なんて無駄なこと計算に入れてないわよ」

「え?」

「ここは神域よ? 転移術使わないでどうするの?」

「しかし、転移術は使用に許可が……」

「そんなの、とっくに申請してあるに決まっているでしょ」


 そう言ってあざみは、一の神子こと皇太子の捺印付きの札を堂々と見せつけた。


「……いつの間に……」

「根回しはや……」


 思わずそう呟いた鷹臣と幽吾に向かって、あざみは得意げに笑った。


 紅茶の入った杯を置くと、用意しておいた書状を取り出し、鷹臣に差し出した。


「鷹臣、これを宮区の神子管理部まで届けて。宮区はセキュリティの関係で神獣連絡網が禁止されているから直接渡してきて。それから昼食休憩に入っていいわ」

「……はい」


 ただでさえ昼食の時間が遅くなっているというのに、書状を届けてからだと何時に昼食にありつけるだろうか――そんな事を考えてしまう。


「……文句があるなら直接言いなさいね~? 受けて立つわよ?」

「い、いえ! 喜んで行ってきます!」


 思わずビシリと敬礼をして、鷹臣はそそくさと逃げるように部長室を出ていった。


 部長室に残されたのはあざみと幽吾だ。


「……ね~え、本郷」

「僕は幽吾。神域では真名で呼ぶの止めてくれない? お嬢ちゃま」

「ちょっと! その呼び方止めてって昔っから言っているでしょ!?」


 あざみは知の一族。

 幽吾は影の一族。

 ともに皇族に忠誠を誓う四大華族の生まれ。

 同じ四大華族同士、幼少期の頃から家族ぐるみの付き合いがあり、互いを知り合っているのだ。


「……まあ、いいわ……あなた、あの鷹臣のことどう思っているの?」

「…………はい?」


 あざみの言葉の意味が分からず幽吾は首を傾げた。


 その質問はいろんな意味に捉えられるからだ。

 例えば、鷹臣の人格に関してどう思っているのかとか。容姿についてどう思うのかとか。仕事の能力はどうなのかとか。恋愛の対象として見ているのか……は、流石に無いと思いたい。


 そんな事を考えて答えにあぐねてしまったからだろうか、あざみが呆れたように幽吾を見た。


「ふぅん……その程度なのね」

「…………何の話?」


 知の一族は人一倍賢い。賢いが故に言葉に含ませた意味がわかりにくく、刺々しいところがあった。

 思わず眉を顰めてしまった幽吾に対し、あざみは立ち上がって幽吾の前までやってくると、その大きな躑躅色の瞳で鋭く幽吾を睨みつけた。


「あなたって昔っからそうよね。大して他者に興味を持たない。自分の将来とか未来とか一切の野心を持たずに常にドライ。事なかれ主義でお父様やお兄様の言いなり」


 流石に貶されているという事は分かった。


「……何が言いたいの?」

「あなたみたいな適当に生きている人間は、気付かない内に大きな間違いを犯して、大切なもの全て失うことになるわよってこと。どうなっても私、し~らない」


 あざみは子どもの時と同じように、あかんべをすると、部長室の入口へと向かって歩き出す。


「お先休憩入りま~す」


 そう一言告げて、あざみは部長室を出ていった。

 残ったのはただ一人。一人ポツンと佇んでいた。


「…………大きな間違いを犯して、大切なものを失う、か…………」


 一人ボソリと呟くと、幽吾は「フッ」と自嘲した。


「言われなくても、とっくに失ったよ……大切なもの全てね」




 思い出すのは、未だに後悔するだけの己の選択――。

 瞼の裏に焼け付いて離れないあの光景――。

 冷たくなって横たわる漆黒の髪の女性――。

 その女性に縋って泣き崩れる巨体の男性――。


 そして、地獄――。


 火に飲まれた世界――。

 たくさんの断末魔――。

 血塗れの大量の死体――。

 そして、巨大で恐ろしい邪神――。


 それはまさに世界の終焉――。




 幽吾は深呼吸をして拳を握り締める。

 そして、己の顔が写り込む窓へと近づいていく。


「今度は絶対に、失うもんか……っ」


 窓に写り込む己を見て、改めて決意する。


「アイツを絶対に地獄に堕してやる……っ!」


 幽吾は誓う。




 窓に映る己の開かれた瞳を見つめながら。

 焼けて朽ちた桜の如き色をした瞳を見つめながら――。





<おまけ:神子管理部長の面談のお知らせ>


 二十の御社事件に関与した神子管理部の神子反逆の不祥事を受けて、神子管理部部長との面談を実施する事となりました。これは全神子管理部職員が対象です。

 面談の日時や場所については各自異なります。下記に書かれた日時と場所をしっかり確認し、時間の厳守よろしくお願いします。


面談者

十の御社配属 神子補佐役 紅玉

十の御社配属 神子補佐役 空


日時

水無月の二十八日

十四時五十分から十五時二十分


場所

十の御社


 尚、神子管理部部長と側近職員二名が転移神術にて来訪する事、御社配属者は神子に事前通達よろしくお願いします。


神子管理部部長 あざみ













 上記の面談時刻の十分前には出迎えの準備をしてください。


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