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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
184/346

神子管理部の職員達




 ここは神域の東側――艮区と巽区の狭間にある卯の門広場。その広場の端にある煉瓦造りの大きな建物は神子管理部の事務所――神子管理部の参道町配属職員達の職場であると同時に宮区を除く神子管理部の総本部でもある。


 そして、神子管理部の緊急会議はここで開催されることになっていた。


「十の御社配属神子補佐役の紅玉です」

「同じく空です」


 神子管理部事務所内にある会議室の入り口にてそう名乗ると、対応した受付職員が紅玉の髪を冷たい視線で一瞥して、手元の書類を確認する。


「……確認しました。どうぞ」


 素っ気なくそう言う職員にも軽く会釈だけすると、紅玉と空は会議室の中へと足を踏み入れる。


 中に入った瞬間、全ての視線がこちらに――正確に言えば、紅玉の漆黒の髪に――向いたと空は思った。

 席に着くと、意識を周囲に向けてみる。


「……十の神子の補佐役……」

「……あの……」

「……〈能無し〉の……」


 ひそひそと囁きながらも聞こえてくる言葉の数々と冷ややかな視線に空は思わず眉間に皺を寄せてしまう。


(予想はしていたっすけど……あからさまっすね……)


 しかし、これでも大分穏やかになった方だとも空は思う。紅玉が入職一年目の頃はもっと酷いものだったと記憶している。紅玉は何も悪い事をしていないというのに、直接罵詈雑言を浴びせる者さえもいたのだから。

 この三年で間近に紅玉の働きぶりを見てきた一部の職員は紅玉という人を認めているものの、未だに〈能無し〉――神に見捨てられし者への偏見を持つ者も多い。

 神力を持たない、たったそれだけの理由で。


 空はむぅっと頬を膨らませてしまう。


「あらあら、空さん。かっこいいお顔が台無しですわ」

「……みんな酷いっす。先輩は俺が世界で二番目に尊敬する先輩なのに……」

「あらあら、ふふふっ。そんな些細なこと気にしなくてもよろしいですのに。それにしても空さんの尊敬する方の一人に入れるなんて光栄ですわ。一番目は蒼石様と晴さんですか?」

「そうっす! どっちかなんて選べないっす!」


 キラキラと輝く程嬉しそうな空の笑顔が可愛くて、紅玉は空の頭を優しく撫でた。


「やあ、紅ちゃんに空君」


 そんな軽快な声とともに現れたのは、ほぼ漆黒の髪に毛先だけが青く、青と黒が混じった瞳を持つ、中性的な(だが、胸部の膨らみを見れば明らかに)長身の女性。

 二十二の神子の補佐役であり、紅玉の同期職員であり友人の慧斗(けいと)だ。


「あら、慧ちゃん」

「お疲れ様っす、慧斗さん」

「お疲れ様。紅ちゃん、隣いいかな?」

「ええ、勿論ですわ」


 紅玉の言葉に慧斗は嬉しそうにニコッと笑うと、紅玉の隣の椅子に座った。


「聞いたよ。今回の件にちょっと巻き込まれたんだって? 大丈夫?」

「ええ。巻き込まれたと言っても、こちらには害はありませんでしたから」

「それなら良かったよ。それにしても、緊急会議になるなんて……しかも不祥事を起こしたの当該職員は欠席するわけでしょ? 直接文句も言えないなんて……」

「ええ本当に」


 当該職員――すなわち二十の御社事件発生のきっかけを作った諸悪の根元である神子管理部参道町配属巽区担当副主任だった那由多のことだ。

 今現在、那由多がどこにいるかなどは公にはなっていない。


 しかし、紅玉は那由多が今どこにいるかを把握している。だが、それを慧斗に話すわけにはいかないので、素知らぬふりをしながら話を合わせる。


「まったくその通り。僕も同意見だよ」


 そんな声が響き、振り返ればそこにいたのは、根元だけが濃い藍色のふわふわ髪と優しげな眦の下がった藍色の瞳に片眼鏡をしている男性。

 八の神子補佐役の(はじめ)であった。


「まあ、お疲れ様です。肇様」

「お疲れ様。紅玉さん、空くん、慧斗さん」

「お疲れ様です」

「お疲れ様っす!」


 一通り挨拶を終えると、肇は空の隣に座った。


「しかし、慧斗さん、文句だけだなんて甘いね」

「え? 甘いですか?」

「僕なら、全神子管理部職員の前で磔にして八つ裂きにし、ついでに参道町引き回しにして晒し者にするね」

「えっ! ちょっ! それはさすがにやりすぎ……!」


 流石の慧斗もギョッとしてしまう。


「いやいや慧斗さん、今回の件は不祥事どころか最早犯罪。会議だけで済まそうだなんて甘いね」


 確かに那由多が犯した罪を省みれば、死罪にだって当たる。何故なら那由多のせいで多くの人の命が失われているのだから。

 今回、公にされている那由多の罪は、二十の御社事件に関するものと前十の神子焼死事件に関するものだけだ。


 しかし、紅玉は那由多の全ての罪を知っている。


 思い出すのは、神々崇拝してやまない神狂いこと那由多の罪の告白――。




「十の神子を見捨てたのも私です! 私があの男が御社侵入できるように手引きしました! 護衛役に使いを命じて外出させて、生活管理部に門の前で掃除するように命じて罪を生活管理部に擦り付けました!」


 さらに――。


「神子のくせに、竜神様との間に子どもを儲けるなんてとんでもない! 冒涜にも程があり過ぎるわ! 二十一の神子もそう! 独占欲を強くするあまり神様を独り占めするなど! 許しがたい行為! だから言ってやったのよ! あの愚かな二十一の神子に! 隣の神子があなたの子どもを使って夫を狙っていると! 二十二の神子には二十一の神子が暴走のあまり子どもを手にかけるかもしれないと伝えてやったのよ! 私は天罰を与えたの! 神様に代わり!」




 前二十二の神子の息子である空は、未だ己の母を死に追いやった犯人が那由多である事を知らないままだ。

 肇の言葉に少し緊張した面持ちを見せている空を見ながら紅玉は思う。


 那由多を赦す事などできない。できるわけなどない。気を抜けば、那由多に対する憎しみで心臓が締め付けられる……。


(冷静になりなさい。憎しみに心を支配されてはいけません。蘇芳様の思いを踏み躙るつもりですか? 紅玉)


 そう自分に言い聞かせながら、紅玉は思い出す。

 あの時――那由多が己の罪を吐露した時――怒りと憎しみで目の前が真っ赤になった己を、蘇芳は優しく抱き締め、宥めて、慰めて、頭を撫でてくれた。




「無理をするな。泣いていい。悲しいだろう。悔しいだろう。苦しいだろう。泣いていいんだ。俺が傍にいる……だから我慢しないでくれ」




 大きな身体の逞しさや温もりや香りが蘇り――。


(雑念退散っっっ!!!!)


 紅玉は思わず叫びながら床に頭を打ち付けた――頭の中で。

 現実は、歯を食い縛って拳を握り締めていただけである。


(大事な会議前に何を思い出しているのですっ!? 煩悩退散っ!! 邪心退散っ!!)


 紅玉は必死に邪な考えを振り払おうと、頭を大きく振り乱す――頭の中で。

 現実は、真顔で心臓の鼓動を必死に抑えようと深呼吸をしているだけである。


「――ちなみに手っ取り早い罰は晒し首だと、僕は思うんだけどね」


 そんな肇の言葉に紅玉はギョッとする。

 どうやら紅玉が内心悶え苦しんでいる間も、肇は那由多への不満をぶちまけていたようだ。

 しっかり聞いていたのだろう。空と慧斗の顔色が少々悪くなっていた。


 すると――。


「肇、お前の意見はあまりに極端過ぎる。そんな事、神域管理庁が許すはずないだろう」


 ハキハキとした声で窘めるように言いながら現れたのは、前髪の一部が瑠璃色に染まった髪と、爽やかな青い瞳を持つ爽やかな印象を持つ男性。

 神子管理部参道町配属艮区担当主任の大瑠璃(おおるり)だ。紅玉の上司でもある。


「お疲れ様です。大瑠璃主任」

「よっ、紅玉。しっかり休んでいるか?」


 大瑠璃はさっぱりとした笑顔を見せながら、片手をひょいと上げた。

 そんな大瑠璃を見ながら、肇は肩を竦める。


「大瑠璃、君は甘いね。主任ならばもっと厳しくいかないと」

「勿論、主任として不祥事を起こした者を赦すわけにはいかない。だがしかし、それ以前に未然に防ぐことができなかった俺にも責任がある。もっと己に厳しくせねば!」

「まったく、相変わらず君は熱苦しいね」

「ありがとう!」

「褒めてないよ」


 そんな軽快なやり取りを見て、紅玉は思い出す。そう言えば、この二人は同期であったと。


(そう言えば、蘇芳様もこのお二人と同期……って、またわたくし蘇芳様の事をっ!)


 雑念を払う為、バシバシと顔面を叩く――頭の中で。


「なあ、兄貴、俺もそろそろ挨拶したいんだけど」

「ああ、すまない、陽輝(ようき)


 大瑠璃の後ろからひょっこり現れた少年に紅玉は「あら」と思う。

 耳の辺りだけ竜胆色に染まったほぼ漆黒の髪と、わずかに茶色が混じった漆黒の瞳を持つ若き少年。

 大瑠璃によく似た爽やかな笑顔と日に焼けた健康的な肌が印象的なこの少年は大瑠璃の弟であり、名を陽輝という。


 陽輝の登場に喜びの表情を見せたのは空だ。


「陽輝君!」

「空、お疲れ様! 久しぶりだな!」

「お疲れ様っす! お元気っすか?」

「ああ! そっちはどうだ? 小麦(こむぎ)が会いたがってたぞ。時間があったら鞠も一緒に遊びに来てくれよな!」

「おっす!」


 少年二人の微笑ましいやり取りに場が一気に和む。見守っていた誰もが微笑んでいた。


 この陽輝も神子補佐役であり、今名前だけが出てきた小麦こそ彼が仕えている四十六の神子だ。水晶と同時期に神子に選ばれた少女神子である。

 空より一つ年上の陽輝は昨年入職したばかりの新人なので、空と同じく指導者の神子補佐役がいるのだが――見当たらない……と思っていると。


「ふふっ、若き少年二人の会話……尊いな」


 見ていた方向とは逆から声がしたので慌てて振り返れば、慧斗の隣にいつの間にかその人物はいた。

 肩より短い銀混じりの黒髪と、冷静さを窺える切れ長の深海色の瞳と、起伏の無い細く高い身体を持つ女性だ。

 この女性こそ、陽輝の指導者であり、四十六の神子補佐役の(つばめ)である。


「まあ! 燕さん!」

「驚いた……いつの間に」


 驚く紅玉と慧斗をよそに、燕はニコニコと笑うだけである。


「ふふふ、聞いたよ、君達。先日女子会をしたと」

「え、あ、はい……」

「……まさか呼ばれなかったことに怒っています?」


 燕はそこまで狭量な女性ではなかったとはずだと慧斗が不安に思っていると、燕は首を横に振る。


「ああ、そういう意味じゃないんだ。勿論呼んでもらえたら嬉しいけれど、気の合う仲間と飲むことも大事だろう。それに私が聞きたいのは……」


 すると、燕は慧斗をぐいっと引き寄せて小さな声で、しかしやや興奮気味に言う。


「紅さんと蘇芳は一体どこまで進んだんだい!?」

「えっと……それがまだ全然っぽいですよ」

「ああ……っ! 相変わらずなんてもどかしさだ……! しかし、そんなもどかしさも尊い……!」


 会話が聞き取れず首を傾げている紅玉に、燕は微笑んで親指を立ててみせる。


「応援しているよ!」

「は、はい……頑張ります……?」


 燕の言葉の意味を紅玉は一切理解できなかった。


 すると背後から肩を叩かれたので、振り返ってみると、そこには親しくしている二十七の神子補佐役がいたり、肇と大瑠璃の同期である二十五の神子補佐役もいたり――と、気づけば紅玉の周りには紅玉を認める親しい者達が集まっていた。


 そんな人達に囲まれて微笑んでいる紅玉を見て、空は思わず呟く。


「先輩の言う通り、些細なことだったんすね」

「ん? よくわからないけど……よかったな!」


 言葉の意味は理解できなかったが、嬉しそうに笑う空を見て、陽輝はそう言っていた。





<おまけ:二十七の神子補佐役と二十五の神子補佐役>


 二十七の神子補佐役こと、すももは紅玉より二つ上の女性職員だ。

 緊急会議に参加する為に会議室に入ると、会議室の肌を刺すような空気に思わず緊張する。


(緊急会議だもんね……みんな緊張して当然か)


 二十七の神子こと藍華も心配な顔で己を送ってくれた事を思い出す。

 少々素直になりきれない藍華の不器用な見送りを思い出し、少し緊張が解れた気がした。


「すもも、お疲れ様」

「あっ、若葉先輩」


 声をかけられ振り返れば、そこにいたのは己の二つ上の先輩である若葉だった。二十五の神子補佐役で、同じ巽区の神子管理部という事もあり、いろいろ世話になっている。

 しかも仕事もできる上に美人なのだから憧れないわけがない。


「よかったら一緒に座らない。あまり知らない人の近くは嫌で」

「あ、はい、是非」


 そして、キョロキョロと空席を探していて――そこを見つけた。

 会議室の比較的後ろの方――その前に座っているのは漆黒の髪と瞳を持つ紅玉だ。


(ああ……あの辺は誰も座りたがらないか……)


 すももも神域に就職して大分経つ。〈能無し〉の存在も、何故忌み嫌われているのかも知っている。

 出会った当初でこそ、すもももそれなりに紅玉を警戒したものだが、実際話してみると人柄はいいし、年下だが仕事ができる優秀な人物で、〈能無し〉というだけの理由で距離を置いていた自分を殴りたくなった程だ。


「あそこにしましょう」

「あ、はい」


 そう言って、若葉が指差した先は、まさに紅玉の後ろの席だった。

 若葉もまた、紅玉を〈能無し〉としてではなく、一職員として認めている存在である。しかも若葉は「神力の良し悪しで人を決めつけてはいけない」と断言していた人物だ。


(やっぱり若葉先輩、憧れるな~~)


 若葉のように紅玉を認める存在がもっと増えればいいのにと思いながら、すももは若葉とともに紅玉の後ろへと座る。

 見れば紅玉の隣には二十二の神子補佐役の慧斗と四十六の神子補佐役の燕がいて、話をしているようだった。


「紅さんと蘇芳は一体どこまで進んだんだい!?」

「えっと……それがまだ全然っぽいですよ」

「ああ……っ! 相変わらずなんてもどかしさだ……! しかし、そんなもどかしさも尊い……!」


 小声で話していたせいか、紅玉には聞こえなかったようだが、後ろにいたすももと若葉には聞こえてしまった。


((まだくっついていないのか、あの二人は!))


 そして、二人仲良くそう思う。


「応援しているよ!」

「は、はい……頑張ります……?」


 燕の微笑みと言葉の意味を紅玉は一切理解していない。


((いやもう本当に頑張ってくれよ蘇芳!!))


 そして、二人仲良くここにはいない神域最強戦士に向かって心の中で叫んだのだった。


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