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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
183/346

いつも通りの朝と変化の兆し

本日のみ2回更新です。

一話前未読の方はご注意ください。




 今日も今日とて、十の御社の台所は朝から稼働中だ。


 天に広がる空と同じ色をした鮮やかな髪と、青と蒼が混じる美しい色合いの瞳を持つ少年の(そら)が白飯を配膳し――。

 編み込みまとめた星屑のように煌めく金の髪と、緑と淡い青を混ぜた美しい色合いの花緑青の長い金のまつ毛で縁取られた大きな瞳を持つ少女の(まり)が味噌汁を配膳し――。

 前髪の一部が紫色の染まるサラサラの髪と、艶やかな色合いで染まる紫水晶の如く煌めく切れ長の瞳を持つ魅惑的な美男の(ゆかり)がおかずを配膳していく――。


 食堂内に一気に美味しそうな良い香りが立ち込める。


 十の御社の神々も箸やら杯やら飲み物やらを配膳しながら食事の始まる時を待っていると、ふと時計を見た紫が呟いた。


「おっと、そろそろかな」


 そんな声を聞いた誰もが上を見上げた瞬間だった。




「晶ちゃあああああああああんっ!!!!」




 女性の怒鳴り声が響き渡り、食堂にいた誰もが笑い出す。


「今日も御社は平和っす!」

「デースデース!」


 空と鞠はそんなことを言いながら、怒鳴り声の主である己の先輩の凛々しい姿を思い浮かべていた。




 一方その頃、十の神子の寝室では今日も今日とて格闘が繰り広げられていた。


「もうっ! 貴女って子はっ! 毎朝毎朝怒鳴られないと起きられないのですか!?」


 そう怒鳴り声をあげるのは、十の神子の補佐役である紅玉(こうぎょく)だ。

 癖一つない真っ直ぐな漆黒の髪を高い位置で括ったいつもの髪型。いつも切り揃えられている前髪も尻尾のような髪も少し伸びてきているようだが、綺麗に整えられてはある。漆黒の丸い瞳に、左目の端に泣き黒子。

 本日の装いは青緑と白の縦縞模様の着物に淡い鼠色の袴。髪に括る飾り紐は水色だ。


 そして、その紅玉が怒鳴り声を上げながら叩き起こしている十の神子こと水晶(すいしょう)は、未だに眠たそうに布団をぎゅうと抱き締めていた。

 寝台の上に散らばる白縹(しろはなだ)の髪はふわりと波打ち、清廉な神力が輝き幻想的で美しい。未だ閉じられている瞳は髪と同じ色の長いまつ毛で縁取られ、肌は白く透き通り、頬はほんのり桃色で、布団を抱き締める手足は華奢だ。眠るその姿ですら酷く美しい少女である。


 しかして、この水晶――……。


「うみゅ……まだねむい……ねていたい……」

「また夜遅くに起きてゲームして遊んでいたのでしょう!? まったく毎晩寝かしつけても意味がありませんわ!」

「だってだってぇ……お兄ちゃんが晶ちゃんのために作ってくれたゲームなんだもん……いっぱい遊びたいんだもん」

「そうですね。てっちゃんが貴女のために作ったゲームですから仕方ない……なんて事になると思ったら大間違いですっ!」

「うみゅ、ノリツッコミ……お姉ちゃんやりおるな」

「話を逸らさない!!」


 幼少期から虚弱体質で、外で遊ぶ事を制限されることの多かったこの水晶は、機械弄りが得意だった兄が作ったカラクリ遊戯で遊ぶ事が唯一の楽しみだった。まあそれが癖になり過ぎて、睡眠時間を削る程遊んでしまうのは些か――否、かなり頂けないが。


「ほらっ! 起きなさいっ!!」


 そう叫んでありったけの力で紅玉は水晶から布団を奪い取った。


「うみゅー! おふとぅーん!」

「はいっ! 着替えをするっ! しゃんとして! はい、バンザイ!」

「うみゅっ、うみゅ~~~」


 水晶がぐずるのも無視して、紅玉は水晶から寝間着を剥ぎ、テキパキと身支度を整えていく。

 その手腕、流石としか言いようがない。


「今日はわたくしと空さんが不在になるからちゃんと起きてくださいと言っていたでしょう!?」

「うみゅ? お姉ちゃんと空、どこ行くの?」

「……先日起きた神子管理部職員による神子反逆罪に関する緊急会議です」


 その説明を聞いて、「ああ」と水晶は思う。


 約三週間前に起きた二十の御社での邪神発生事件。御社専属職員二名は神子を置いて真っ先に逃げ出し、二十の神子は邪神の浄化の義務を拒否したという、二十の御社全体での不祥事だ。

 しかし、その不祥事のそもそもの元凶となったのは神子と職員の教育担当であった神子管理部職員による故意の教育怠慢であった。

 挙句その神子管理部職員は他にも神子反逆に当たる罪をいくつも重ねており、神子管理部の前代未聞の不祥事となったのだ。


 故に神子管理部全職員は緊急の会議を開くことになっていた。


「今日だったの?」

「ええ。昨日も言ったでしょう」


 呆れながらも、ふわふわと揺れる水晶の髪を梳いていき、着替えが完了する。

 櫛を置きながら、紅玉は話す。


「ですので、今日は蘇芳様と鞠ちゃんが傍についてくれますので、貴女は心配しないでくださいな」


 どちらかと言えば、水晶に少々甘い己の先輩である蘇芳の方が紅玉は心配であった。水晶の我儘に振り回されてしまうのではないかと。


「……お姉ちゃん、いじめられない?」

「!」


 突如水晶がそんな事を言い出すものだから紅玉は思わず驚いてしまう。

 不安げな瞳で見つめる水晶を見て、ぱちくりと目を瞬かせてしまうが、紅玉は不安を払拭するようににっこりと笑う。


「大丈夫ですわ、わたくしは一人ではありませんもの」


 そうして紅玉は水晶の手を引いて部屋を出た。




 食堂へたどり着くと、食堂内にいた全員がこちらを向いたので、紅玉は頭を下げた。


「お待たせしました」

「おはよう~~」

「やっと起きたか、神子」

「おはようっす、晶ちゃん」

「Good Morning!」

「おはよう」

「おはよう」


 水晶を待っていた十の御社の住人達が次々水晶に声をかけていく。

 声をかけてくる皆々を見回して、水晶はふと気づいた。


「……あれ? すーさんは?」


 水晶のその一言に紅玉の心臓がドキリと跳ねた。


 空と鞠は互いに顔を見合わせ「あっ」と声を上げる。


「そう言えば遅いっすね」

「まだGardenでtrainingデースか?」

「そうだろうね。紅ちゃん、蘇芳くんを呼んできてもらってもいいかな?」

「はい。行って参りますわ。どうぞ先に朝食を召し上がっていてくださいまし」


 紅玉は努めて落ち着いた声で紫にそう言うと、食堂を出ていった――少し駆け足で。少し頬を赤く染めながら。


 紅玉の些細な変化に気付いた十の御社の住人達はニヤニヤと笑いながら、朝食を始める事にしたのだった。




 少し急ぎ足で玄関広間までやってきた紅玉は一度立ち止まると、その場で深呼吸をした。


(落ち着きなさい……落ち着くのです、紅玉。ただ蘇芳様を呼びに行くだけのことに何故気持ちがはしゃいでいるのです。想いを封印なさい。封印するのです。わたくしと蘇芳様は先輩と後輩。先輩と後輩なのです。それ以上の関係性は絶対あってはならないのです……よしっ!)


 しかし、一歩踏み出そうと思った瞬間、呼び起されたのは蘇芳との思い出だった。


 不安で胸が押し潰されそうになった時、頭を優しく撫でてくれる掌の大きさとか。

 トロンとして真っ赤に顔を染め、潤んだ瞳で己を見つめてくる艶めかしい姿とか。

 悲しみと怒りと憎しみで心が支配されそうになった時、優しくも力強く抱き締めて全て受け止めてくれた身体の大きさとか温もりとか。


 いつもの穏やかな笑みとは違う、不敵でありながら妖しい笑みを浮かべ、「男は獣」だと注意した時の――……。


「~~~~っ!!」


 そこまで思い出して、紅玉は崩れ落ちるようにして悶えてしまった。玄関広間に置いてある伝令用の小鳥達の住処の鳥籠に思わず縋りつく。


(ああもうっ! 余計な事を思い出さなくてよろしい! 平常心! 平常心なのですっ!!)


 一人悶えている紅玉の姿を見て、ひよりを筆頭とする伝令用の小鳥達は揃って首を傾げていた。


「よしっ!」


 そして、ようやっと立ち上がり、紅玉は蘇芳を呼びに庭園へ向かおうと、扉に手をかけようとした時だった――扉が勝手に開いたのは。


「え?」

「おっと」


 扉の向こうから現れたのは、今まさに呼びに行こうとしていた蘇芳(すおう)だった。


 鮮やかな蘇芳色の短い髪に、キリリと勇ましい金色の瞳。眉も凛々しく太く、精悍ながら整った顔立ち。そして、神域最強と謳われる筋骨隆々の逞しい身体。その姿はまさに仁王か軍神か。


「すまなかった、紅殿、ぶつかってはいないか?」

「あ、は、はい、大丈夫です……っ」


 完全なる不意打に紅玉は心臓の鼓動がまた速くなってしまう。

 鍛練直後のせいか全身汗だくだが、その姿すら紅玉は魅力を感じてしまい、己を律するので必死だ。


(直視できません……っ!)


 恋心を拗らせてしまった紅玉には目の毒のようだ。

 そんな事に必死な紅玉の心境に気付く様子も無く、蘇芳は言う。


「それならよかった……今日は手伝ってやれなくてすまなかったな」

「え?」

「水晶殿を起こすのを」

「いえ、大丈夫です」

「庭園にまで響き渡っていたぞ、貴女の声」


 その一言に紅玉は硬直してしまった。


「う、うそ……!」

「ちなみにいつもの事だからな。今さら驚いても遅いぞ」

「う、うぅ……っ!」



 まさか己の怒鳴り声が御社中に響き渡っているとは今まで思っておらず、一体どれほど恥を晒してきたのかと思うと、今度は別の意味で顔が赤く、心臓の鼓動が速くなってしまう。

 一方の蘇芳は楽しそうに「はははっ」と笑っていた。


「今日も十の御社は平和だなぁと思った」


 ニコニコと楽しそうに笑う蘇芳が憎たらしくて、紅玉は思わず蘇芳を睨みつけた。


「もうっ! あまりからかわないでくださいましっ!」

「っ!?」


 その瞬間、蘇芳の心臓が跳ねた。

 顔を赤らめて、潤んだ瞳で、しかも上目遣いで睨まれてしまっては、流石の神域最強も為す術無しだ。


 相手が想い人である紅玉ならば尚更――。


 蘇芳は慌てて赤くなる顔を隠そうと手で顔を覆った。

 蘇芳が突然顔を逸らすものだから、紅玉は思わず首を傾げてしまう。


「蘇芳様? どうかなさいましたの?」


 小首を傾げて上目遣いで見つめてくるその姿すら愛おしく思ってしまうのだから、この蘇芳もなかなか恋心を拗らせて苦悩しているのだ。


「……はあ……貴女は無自覚なんだろうが……」

「……はい?」


 そして、紅玉はなかなか鈍い。性質が悪いと言っても過言ではない程に鈍い。


「いや、何でもない。それより早く食堂へ向かおう。貴女も腹が減っただろう?」

「あ、はい。申し訳ないとは思ったのですが、他の皆様には先に食べて頂いておりますわ」

「いや、いいんだ。遅くなった俺が悪いのだから」


 そうして食堂へ足を向けようとした時だ。


「……あ! 蘇芳様」

「ん?」


 足を止めた蘇芳の目を、今度こそしっかりと見つめて紅玉は言った。


「おはようございます。挨拶をちゃんとしておきたかったので」


 ふわりと微笑んだ紅玉の顔を見て、蘇芳はまた一つ鼓動を高鳴らせてしまう。愛おしさが増していくのを感じながら、蘇芳もまた微笑んだ。


「おはよう、紅殿」


 そうして二人互いに顔を見つめ合って、笑い出す。少しくすぐったそうに。


 そんな些細な時間が愛おしくて。笑い会える事が尊くて――。


(わたくしは、蘇芳様が好き……)

(俺は、紅殿が好きだ……)


 拗らせ合いながらも、想う心は互いに同じものだった――。




※ほんのり背後注意※


<おまけ:蘇芳が遅くなった理由>


 最近、蘇芳はよく夢を見る。

 決まって夢に出てくるのは紅玉だった。


 夢の中まできびきびと動き回って働いている姿だとか、水晶や神々を叱りつけている姿だとか、こちらを見てふわふわと笑う姿とか。


 そこまでならば、まだよかった。


 いつもはきっちりと着こなしているはずの着物合わせが両肩まで見える程開かれ、晒しを巻いておらずたわわな胸の谷間を見せつけて、漆黒の髪も結われておらず下ろされて、その上少し乱れていて、袴は何故か緩められていて着物と袴の間から太腿が見え隠れしているというあられもない姿。そんな姿で紅玉は寝台の上に横たわっている。

 挙句、その表情はというと眉は下がっていて、頬は真っ赤。瞳は涙で潤んでいて切なげにこちらを見つめながら、苦しげに喘いでいる。艶めく唇と舌が赤く艶めかしい。


「蘇芳様っ……! 蘇芳、様ぁっ!」


 紅玉はこちらに両手を伸ばした。


「お願い……っ、助けてぇ……っ!」


 止めと言わんばかりの蕩けるような甘える声に、蘇芳は思わず紅玉に手を――。




 そして、決まって蘇芳はそこで目を覚ますのだ。




「――――っ!!??」


 飛び起きた蘇芳が真っ先に向かうのは己の部屋にある個人用の浴室。そこで冷水を浴びて、頭と身体を冷やす。




 それから日課の鍛錬に出るわけなのだが……。


(修行不足!! 鍛錬不足!! 修練不足!! 朝から何てものを!! この愚か者ぉぉおおおおっ!!!!)


 鍛練時間がいつもの倍をかけ、己を厳しく律し、普段は扱いにくく使用しないという大剣を振り回すようになったという。


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