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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
182/346

神子管理部新部長

四章開始です。

5日置きの更新予定です。

よろしくお願いします。





 ここは神域の北側――大鳥居広場にある神域管理庁中央本部。神域内の総監督を行なっている神域管理庁の上層部が集う伏魔殿だ。


 その中央本部に久しぶりの出勤となったのは、鉛色の髪を持ち、その色を知る者がいない常に閉じられた瞳を持つ幽吾(ゆうご)だ。


 六月の上旬に起きた神子管理部職員による神子反逆に関する証拠を突き付ける為に、その職員の悪事を暴く唯一の存在を現世から神域へ招集した件で、十日ほどの謹慎処分を受けていたが、本日晴れて謹慎が解除され自由の身となった。

 解放感から意気揚々と中央本部の廊下を進んでいく幽吾だったが、進んだ先で待ち構えていたその人物の顔を見て、顔を引き攣らせる事になってしまった。


 幽吾を睨み付け立っていたのは、常闇のような黒から朝焼けに変わるような薄紫の髪と底の見えない湖のような暗い青の瞳を持つ十八の神子こと獄士(ごくし)――幽吾の実兄である。


 幽吾は溜め息を吐きたくなる気持ちを何とか堪えてヘラリと笑う。

 一方の獄士は眉間の皺を深くした。


「あれあれ~? どうしたんですか? 十八の神子様。こんなところで」

「お前の謹慎があけたから様子を見に来た。ついでに釘を刺しに来た」


 その釘刺しの方が主な目的だろう――という言葉を飲み込む。


「謹慎が解かれたからといって浮かれるんじゃないぞ幽吾。お前は影の一族だが次期当主である俺のただの駒。余計なことをするなよ」

「はいはい、大人しくしますよ~~」


 半ば呆れながら適当に返事をすると、獄士は更に眉の皺を深くするが、結局そのまま何も言わずに立ち去ってしまった。

 不機嫌な背中を見送っていると、己に近づいてくる人影が見えた。



 根元は漆黒、毛先に向かって銀、白銀、白と変わりゆく美しい色合い髪と、紫と青とが混じり合う色合いと銀の光を宿した不思議な瞳を持つ美男だ。


「よく言うな。大人しくしますだなんて嘘」

「わあ~、鷹臣(たかおみ)先輩! お久しぶり~」


 幽吾がニコニコ微笑みながら手を振れば、鷹臣は溜め息を吐いていた。


「何が久しぶりだよ。謹慎中も勝手に外出していたくせによく言うぜ」

「うん~? 鷹臣先輩が言っていること、よくわかんな~い」


 幽吾が「あはは」と笑い飛ばせば、鷹臣は再び溜め息を吐いた。


「……早くしろ。もうすでに議会室には人が集まっているんだ。早く行かないとどやされるぞ」

「はいはーい……で、今日は何かあるんでしたっけ?」

「今日から新しい職員が入ったからそれの顔見せだ」


 そう言えばそうだったと思いながら、幽吾は鷹臣とともに議会室を目指した。




 たどり着いた議会室に入ると、そこいたのは中央本部の重鎮達と人事課の課長、そして一人の女性だ。


(あ……!)


 女性を見た瞬間、幽吾は驚いてしまった。


「鷹臣、幽吾、早く位置につけ」

「「はい」」


 己の上司である人事課課長に言われて、速やかに議会室の中に入る。

 そして課長の後ろに立つと、改めて女性を見た。


 項にかかる程の短めの明るい茶髪に、意志の強そうな躑躅色(つつじいろ)の大きなつり上がった瞳。身に纏うのは着物や袴ではなく、上下が一体となった現世の女性達の流行の服だ。鮮やかな赤が目を引き、揃いの帽子も被っている。また首や耳元には美しく煌めく飾りをつけており、なかなか洒落た感性の持ち主のようだ。何よりも思うのはなかなかな美女である事だろう。顔は勿論、女性らしい華奢な身体の線が絶妙に美しいものだ。


 同じく女性を観察していたのだろう――鷹臣が小声で言ってきた。


「へえ、なかなかな美人だな」

「……中身、きっついですけどね」

「あ?」


 幽吾に返された一言に聞き返そうとした鷹臣だったが、課長の声でそれは遮られた。


「え~、この度、急遽配属となったあざみさんです。まずは彼女から挨拶を」


 課長の紹介にあざみと呼ばれた女性は頭を下げて言った。


「あざみと申します。外務省からの出向でこの度神域管理庁へ参りました。しばらくの間、神子管理部部長代理を務めさせていただきます。よろしくお願いします」

「外務からの出向?」

「神子管理部部長代理?」


 中央本部の重鎮達が一気にざわめく。


「君、君、神域管理庁を舐めているのかね?」

「そもそも外部の人間……しかも女なんかに神域管理庁の仕事が務まると思っているのかね?」

「もしかして神々の閨の相手ができると思って来たのかね?」

「誰だい? こんな人事をしたのは?」


 中央本部の重鎮達の屑のような思考概念と嘲笑に、鷹臣は溜め息を吐き、小声で言った。


「ま、そうなるわな。昨日までは現世の人間、しかも女……中央本部のおっさんどもが許すはずないな……よくまあこんな人事したな、課長」

「……先輩、黙っておいた方が身の為ですよ」

「は?」


 幽吾がそう言った直後だった。


「……人事課長、今、私に対して差別発言及びセクハラ発言をした職員は即刻懲戒免職にしてください」

「はあ?!」

「何の権限があって言っているのかね、君は!?」


 あざみの発言に、重鎮達は怒り心頭だ。

 しかし、あざみは怯まない。


「あなた方こそ私を女というだけで判断されては困ります。私はとある方の命で神域管理庁の粛正の為にここに参った所存。まあぶっちゃけアタシとしてもこんな狭い世界でアンタらみたいなゲスのゲスのおっさんどもを相手したくなかったけど、命令ですからお許しください」


 突如態度を急変させ、不敵な笑みで嘲笑うあざみを重鎮達は睨みつけた。


「きっ、君! さっきから聞いておれば一体何を失礼な!? 侮辱だぞ!?」

「そもそも粛正!? 命令!? 一体誰の差し金だ!?」

「黙りなさいよ、おっさん」


 瞬間、睨み付けたあざみの躑躅色の瞳が妖しく光り出す。


「アンタは……ああ、神域に勤めながら賄賂とかその他諸々のきったない金を受け取ったり、自分に不都合なことがあったらその情報握り潰したり、その他諸々悪どいことやってんじゃない」

「んな!? な、何を!?」


 あざみの指摘に重鎮の一人があからさまに青くなって慌てだす。


「そこのおっさんは夜な夜な震域抜け出して、夜の街で女の子と豪遊ですか。そのお金はどこから出ているものかしら?」

「な、な、な!?」


 指摘されたもう一人の重鎮も言葉が出なくなる程焦り出す。


「で、出鱈目を言うな!」

「一体そんな証拠がどこに!?」

「証拠ねぇ……」


 あざみがパチンと指を鳴らせば、瞬間現れたのは朱に近い橙色のふわりと揺らめく人形のようなモノ――式だ。

 それが式だと分かった瞬間、誰もが目を剥いてしまう。

 そして更にその式がバサバサと何かを床へ落とした。

 数多くの写真。そのどれにも中央本部の重鎮達が写っている。


 あるものは札束を受け取っている決定的瞬間のもの。

 あるものは美しい女性を連れて夜の街へ出掛けている決定的瞬間のもの。

 その他、挙げればキリがない。


 中央本部の重鎮達は声を失ってしまう。


「はい、文句ある? 一応それなりにアンタ達のことは調べさせてもらっているのよねー。そもそも八大準華族って時点で全く信用してないしー」

「おっ、お前は、いいいっ一体っ、何者だ!?」


 あざみがニヤリと笑うの見ながら、幽吾は思う。


(あ~あ、敵に回しちゃいけない人物に喧嘩売っちゃった~。っていうか式が使える時点でもうどこの関係者かわかるのに……バカなおっさん達)


 式を使えるのは、皇族、四大華族、八大準華族の関係者だけである――。


「申し遅れました。私、知の一族現当主の孫娘でございます。以後お見知りおきを」

「よっ、四大華族……!?」

「知の一族の孫娘……!」


 中央本部の重鎮達がみるみる青ざめていく様を見つめながら、あざみは楽しそうに不敵に微笑んだ。


「ご存知とは思いますが、二十八の神子は知の一族の末弟であり、私の可愛い弟。弟には先程皆々様が私に対して言った言葉、一字一句漏らすことがないよう報告しておきますね。何せこの人事は弟と、皇太子殿下が率先して行ったものなので。勿論、殿下にも包み隠さず報告させていただきますので」


 二十八の神子に皇太子――止めと言わんばかりのあざみの言葉の数々に重鎮達はすっかり震え上がってしまっていた。

 そして、重鎮達は皆次々とあざみの前で跪きだす。


「おっ、お許しください! あざみ様……! 先程の発言は撤回いたします……!」

「誠に申し訳ございません……! ですから、どうか殿下にだけは……!」


 醜く汗をかきながら震えた声を出す重鎮達の情けない姿をあざみは冷めた目で見下ろした。


「ただ跪いて両手を合わせれば済むと思っているの? 汚い事がだーいすきなおっさん共なら正しい謝罪の仕方くらい知っているでしょ? 地面に顔を擦り付けて許しを乞いなさいよ」


 重鎮達を手玉に取るあざみの姿を見て、鷹臣は顔を顰めた。


「うっわ……えげつね……」

「自業自得でしょ……フォローの仕様がないね」


 小声で話す幽吾達の目の前で、ついに重鎮達は床の上に這い蹲うように頭を下げだした。


「お、お許しを……!」

「どうか……! どうか……!」


 しかし、あざみは楽しそうにニヤニヤと笑うだけだ。


「うーん……どうしよっかなー……弟には何かあればすぐに報告しろと言われているんですよねー。殿下にも。あっ! あと二十八の神子こと法の一族の兄様にも!」


 二十八の神子の名が出た瞬間、重鎮達は顔を上げて更に凍りついてしまった。


「ご存知かと思いますが、私なんかよりも法の一族の兄様の方が容赦ないですからねー。何せ法の一族……法を犯した者へ断罪は惨いですよー」


 あざみの言葉に最早声を出せる者は誰もいなかった。

 そんな重鎮達ににっこりと微笑みかけながら、あざみは楽しそうに告げる。


「じゃ、アタシ専用の神獣ちゃんを呼びますねー」

「あざみ様っ!! どうかどうかそれだけは!!」

「何でも! 何でも言うことを聞きますからぁっ!!」


 その瞬間、あざみはニヤリとほくそ笑んだ。


「言質はとったわよ?」

「は、はい……!」

「今回の失言には目を瞑ってあげる、この不祥事の証拠も隠しておいてあげる、そのかわり――」


 あざみは己の胸に手を当てるとハッキリと言い放つ。


「中央本部の権限は私が持ちます」

「……は?」

「な、何おかしな事を……?」


 納得できていない様子の重鎮達にあざみは目を見開いて思わず驚いてしまう。


「はあ? おかしな事を言っているのはそっちよ。これが公になれば懲戒免職は免れないわよ。それどころか今後日の当たるところで生活できるかもわからないわね~。己の保身をしたいのなら中央本部の権限を私に譲りなさい。これが絶対条件」

「し、しかし、あざみ様……!」

「悪いのはそこにいる者達だけで、我々には関係のない話……!」


 抗議の声をあげた一部納得できていない数名をあざみは冷たく睨み付ける。


「関係なくても全く知らなかったわけではないでしょ? 見て見ぬふりも十分重罪。それともなに? アンタ達は目の前の人が殺されているというのにその犯人を黙ってしまうわけ?」

「い、いやしかし……!」

「何でも言うことを聞くといったのはそっちよ。それともなに? 嘘だったの? アタシは真実を報告するのは大歓迎よ! 二十八の神子に――殿下に――法の兄様に――」


 楽しそうに嘲笑うあざみの指先にはいつの間にか伝令役の小鳥が止まっており、重鎮達は一気に青褪めた。


「滅相もございません! あざみ様!」

「中央本部は本日からあなた様のものです!」

「なにとぞ……! なにとぞ……!」


 土下座をして懇願する重鎮達の頭を見下ろしながらあざみはニヤリと笑う。


「最初からそう言ってくれたらよかったのよ。これからアタシの言うことを聞いて、ちゃ~んと働いてね。お・じ・さ・ま・た・ち」

「……っ……ぎょ、御意」


 たった数分で中央本部が乗っ取られる様を幽吾と鷹臣はただ見つめるだけだった。


(あ~あ、見事に策にハマっちゃった)


 淡々とそんな事を思いながら、幽吾はあざみを見た。


(流石だね……将来の知の一族の当主の、お嬢ちゃま)


 幽吾の視線に気づいたあざみはそちらを向き、ニヤリと微笑んだ。




 その笑顔は美しくも得も言えぬ不気味さを孕んだものだった――。





補足:あざみの服装イメージはモダンガールです


<おまけ:中央本部乗っ取り直後>


あざみ「人事課課長」

課「は、はい」

あざみ「今見て聞いた事は、見なかった、聞かなかった、という事で」

課「か、かしこまりました」

幽(しっかり口止めした……)

あざみ「あ、あと」

課「はい」

あざみ「そこの糸目とイケメン、しばらく私に貸して」

課「……はい?」

幽・鷹「「え?」」

あざみ「あなた達二人はしばらく、私の側近となって働いてもらいます」

鷹「は、はあ……」

幽(うっわやっべぇっ! これめっちゃ扱き使われるぞ~~!)

あざみ「そんなわけでよろしく~!」


 近い未来の想像をして幽吾は身震いをした。


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