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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
176/346

【番外編】男会~地獄一丁目一番地にて~

※ほんのり品がありません




 妖怪が先祖返り三人組が帰省から帰ってきて数日後、幽吾の謹慎が無事解かれた。

 そこで、妖怪の先祖返り組の契約破棄と幽吾の謹慎解放を祝って男会をしようと幽吾から突如連絡があり、蘇芳と紫は参加することにした。


 夕方頃、二人を迎えに現れたのは幽吾ではなく鬼神で、挙げ句開催場所が「地獄一丁目一番地」だった事に、蘇芳は思わず頭を抱え、紫は少し顔を引き攣らせてしまった。

 しかし、参加者である幽吾、轟、世流、文と合流し、酒を片手に持てば、飲み会独特の高揚感が漂い始める。

 そして、幽吾が酒を片手に立ち上がった。


「そんなわけで、謹慎解放おめでとう~僕! ついでに轟君契約破棄おめでとう~ってことで!」

「俺様はおまけかよ!?」

「「「かんぱ~い!」」」

「人の話を聞けよ!」


 轟の叫びも虚しく全員酒を飲み始めてしまっていた。

 轟もぶすっとしながらも、酒を一口飲む。


 そして、真っ先に世流が話題を切り出した。


「いやぁ、幽吾君、よく耐えたわー! えらかったわねぇ!」

「ホントホント、僕えっら~い。謹慎決めたギトギト親父どもを皆殺しにせず黙って受け入れた僕ほんとにえっら~い」


 解放感からか思わず不穏な本音が飛び出していた。


「しかし、本当にお疲れ様でした」

「ま、お疲れ様」

「お疲れ様、幽吾くん」

「ありがとう~」


 蘇芳、文、紫から労りの言葉が述べられていく中、轟は未だに落ちつきなく視線を彷徨わせている。


「お、おい! 幽吾!」

「ん? な~に~?」

「こ……今回の事は……その……あ、り……ぅ」

「え~? 聞こえな~い」

「だあああもうありがとうっつってんだよ!! 幽吾も世流も!!」


 顔を真っ赤にさせ叫ぶ轟に幽吾と世流はニヤニヤと笑ってしまう。


「ふふん、もっと誉めてくれてもいいんだよ~?」

「お礼楽しみにしているわね~」

「調子に乗んな!」


 ぎゃあぎゃあ騒いでいる三人を尻目に溜め息を吐いた文が口を挟む。


「それで、幽吾。今回の飲み会の目的は何?」

「いやだなぁ。僕はただみんなと親睦を深めようと思って」

「ふーん……」


 疑わしい目で文は幽吾を見つめるが、今回は本当に裏の意図などない飲み会であると蘇芳は察していた。何故なら未だに朔月隊の存在を知らない紫が一緒だからだ。

 その紫はというと、酒を飲んでヘラヘラと笑っている。


「そうだよー! 文ちゃーん! いい機会だからみんなで親睦深めようよー! みんなはいつも外で会っているイメージだけどさー、僕はいっつも御社に引きこもっているんだもーん! もっとみんなと仲良くしたーい!」

「文ちゃん呼ぶな」

「おい……紫のやつ、すでにできあがってんぞ……」

「だーいじょーぶだって! とっどろっきくーん!」

(この方、そう言えばあまり酒に強くなかったな……)


 そんな事を思いながら、蘇芳は酒に口を付ける。


「そんなわけで、女の子の体の好きな部位を教えてもらいましょーか!」


 紫の爆弾発言に蘇芳は思わず酒を吹き出し、轟はギョッとしてしまう。


「はっ!? てっ、てめっ、何言って!」

「ちなみに僕はおっぱい大好きでーす!」

「紫ぃいいい!! てめっ、バカなこと言ってんじゃねぇよ!」

「ええー、女の子のおっぱい嫌いな男はいないでしょー。僕は常に揉みしだきたいと思ってるよ!」

「ぎゃああああやめろおおお!!」

「いいね~、これぞ男会って感じで~」

「……バッカじゃないの?」


 真っ赤になる轟や蘇芳の一方で、幽吾は非常に楽しそうにしている。文は物凄く冷たい視線で紫を睨んでいたが。


「もう、轟君ったらうるさいわよ。おっぱいくらいで」

「世流っ! てめぇまで何を!?」

「あら、男にはない女の子のあの体の柔らかさは一度味わったら堪らないわよ~。ふっかふかだし、いい匂いだし、包んでもよし、包まれてもよし」

「……つ、包む……? 何を?」

「ナニをよ」


 世流の言葉を一切理解できないのは轟だけらしい。

 言葉の意味だけを理解している蘇芳は更に真っ赤になって俯いてしまっている。

 紫はあらゆる意味を分かっているのか激しく頷いていた。


「すおーくんは絶対おっぱい派だよね?!」

「はあっ!?」

「だって、紅ちゃんのおっぱいおっきくてふっかふかなんでしょー!?」

「しっ、知らん! 触ったことなどない!」


 矛先が己に向くとは思わず動揺し、つい正直にそんなことを口走る蘇芳だが――。


「あら、触ったことはないことはないでしょ。しょっちゅう紅ちゃんをぎゅうぎゅう抱き締めているくせに」


 世流にまで追い詰められギョッとしてしまう。


「いやいや! そんなことは……!」

「いや、よく抱っこしているじゃん。現にこの間も紅さんお姫様抱っこして帰ってきたじゃん」

「あ、文殿……! み、ていたのか……?」


 まさかの人物から襲撃を受け、蘇芳は驚きを隠せない。


「まあ、紅さん、昔から人を抱き締める癖があったけどね。俺の姉とか幼馴染達といつもベタベタじゃれあっていたし」

「そっか、文は紅ちゃんとは幼馴染だっけね」

「まあ一応ね」

「あら、女の子同士ならいいじゃない。かっわいいー! でも、そうね。思えば紅ちゃん、意外と無防備っていうか、親しい人に対して距離感が近すぎるところあるわよねか。だから私もよく紅ちゃんに抱きついちゃうけど」

「俺様はある程度距離感あるぞ」

「僕も流石に抱き締められたことはないかな」

「僕なんて……いつも冷たい視線に晒されているんですけど……」


 言われてみればその通りだと蘇芳は思った。

 確かに世流は紅玉によく抱きついており、紅玉もそれを許しているところはある……そう思うと、腹の底から嫌な感覚が沸々と沸き上がってくるのを感じる――……。


 そんな蘇芳を見て世流がビクリと肩を揺らすものだから、文は溜め息を吐きながら言った。


「まあ紅さんは嫁入り前の女性が~とかうるさそうな人だから、異性に対してはある程度弁えているよ。世流さんに限っては異性というより女友達感覚に近いだろうけど」

「……女友達……?」

「そうそう。コレ見て男だって意識する?」


 文に言われ、蘇芳は世流を見る。

 元より美しい容姿の世流だが、本日はより粧し込んで参戦していた。女性物と思うような派手な着物に桃色や紫を基調とした化粧。一見すれば男ではなく女性である。


「そう、か……女友達、か」


 言われてみれば紅玉も世流を友達だと公言しているし、文の言う通り紅玉の中では世流は女友達感覚なのだろう。

 そう思うと、腹の底から沸き上がる沸々とした嫌な感覚はすっかり消え去っていた。


「文君……! ありがとうっ、助かった……!」

「……今後は身の振り方弁えなよ」


 小声で世流と文がそんな会話をしていた。


 一方で蘇芳はある事を思い返し――突如顔を赤く染める。


(おっ、俺、随分と紅殿を抱き締めているような……! というか、抱き締められたこともあるな……!? つまり俺も女友達感覚に思われて――)

「言っておくけど、蘇芳さんの場合、話が別だからね~」


 蘇芳の意見に反論するように幽吾がそうきっぱりと言い切る。

 驚く蘇芳を余所に、世流も幽吾の意見に同意するように激しく頷いていた。


「そうそう! 紅ちゃんにとって蘇芳さんはと~ってもだぁいじな男の人だもの! 特別特別!」

「蘇芳君だけ狡い! 差別はんたーい!」

「女癖の悪い人は黙りなよ」

「文ちゃんヒドイ!」

「文ちゃん呼ぶな」


 次々と並べられていく言葉に蘇芳は動揺する。


「と、特別……?」

「そうでしょ」

「でしょ」

「……流石の俺様でもこれはわかるぞ」


 あの轟にまでそう言われてしまえば反論の余地などない。


 しかしながら蘇芳だってわかっていた。紅玉が自分をとても大切に想ってくれていると。

だが、紅玉は誰にだって優しい人だから。自分だけが特別ではない。化け物である自分が特別になんかなれるはずがない――そう思い込んで蓋をしていた。


 自覚すれば、化け物である己の抑えきれない感情が爆発しそうだったから。


(だが……少し自惚れても、いいのだろうか……?)


 化け物の自分に微笑んで、両手を広げて包み込んでくれる紅玉の姿を思い出せば、幸せな感情が満ち溢れ、顔が否応なしに熱くなっていく。


「でっ、でっでっでっ! どこまで行ったの!? ちゅーした? ちゅうー!」

「紫殿! 少し飲み過ぎだぞ!?」


 紫のやや低俗な発言に一気に現実に引き戻される。


「えっと、手を繋いでデートしたでしょ。ぎゅーって抱き締めたでしょ」

「この間はでこ合わせもしていたよ」

「はあっ!? まじかよ!?」

「お姫様抱っこも済ませているでしょ? 実はもう付き合っているんじゃないの?」

「い、いや、付き合っていない……」


 瞬間、沈黙と冷気が流れた。


「わあ~、あり得な~い」

「しんっじられないっ!」

「意味不明」

「てめぇらいい加減付きあっちまえ!!」

「いやあのそれはその……ダメだ」

「なんでだよ!?」


 瞬間、思い出すのは――何度心を打ち砕かれそうになっても、歯を食い縛って耐え続け、真相を掴もうと奮闘する紅玉の健気な姿だ。

 あの小さな背にはたくさんの重たい使命を背負っていて、いつ潰されてもおかしくない。

蘇芳はただ紅玉を支えたいだけなのだ。


「……余計なことで、あまり紅殿の心を乱したくない」

「余計なことって……」


 思わず呆れてしまう轟をまあまあと幽吾が諌める。


「きっと蘇芳さんは蘇芳さんなりの考えがあるんでしょ~。あまり急かさないでそっと見守ろう~」

「……ったく、めんどくせぇ……」

「すまない」

「でも、紅ちゃんを泣かしたらただじゃおかないですからねっ!」

「ああ、わかっている」


 キッパリとそう言った蘇芳を見て、轟と世流は思わず苦笑した。

 そこまで大切にしている存在なのにどうして付き合っていないのか――頭が痛くなるような思いだった。


「えーっ! つまんないつまんなーい!」

「紫さん、五月蝿い――【寝ろ】」


 文の「言霊」の異能は効果覿面で、紫は一瞬にして眠りに落ち、卓上に突っ伏した。


「ちなみに蘇芳さん、あんたの存在、紅さんの弟にまで筒抜けで、あいつからしょっちゅう問い合わせという名の手紙の山が届くので早く何とかしてよね」

「な、何故紅殿の弟殿……?」


 予想外の登場人物に蘇芳は目を白黒させてしまう。


「こないだの紅さんの帰省時に、紅さんと神社詣りしたんだってさ。で、その時に紅さん、絵馬を書いたらしいんだよね」

「ああ……」


 辰登に真名を知られる原因となった絵馬だろうとわかったが、全員その事に関しては敢えて口を噤んだ。


「紅さん、絵馬にこんなこと書いていたんだってさ――『先輩に幸福が訪れますように』って」

「っ!?」


 蘇芳は目を見開き、幽吾と世流はニマニマ笑い、轟は呆れた表情をした。


「先輩って、どう考えても蘇芳さんだよね~」

「どう考えてもそうでしょ~」

「つーか蘇芳以外に誰がいんだよ」


 蘇芳はじわじわ顔が赤くなっていくのを自覚すると同時に、堪らなく紅玉に会って抱き締めたいと思ってしまった。


「うふふっ、早く紅ちゃんに自分の想いをちゃんと伝えて幸せにしてちょーだいねっ!」

「う、うむ……」


 すると、文が「ああそうだ」と言って、本らしきものを取り出した。


「蘇芳さんにお土産です」

「ん?」

「俺、この間の帰省時に、姉のアルバムを持ってきたんだよね。当然、紅さんの小さい頃の写真もあります」

「っ!!」

「見たい~? 見たいでしょ~?」


 文が珍しく笑いながら言った――その笑顔は意地の悪いものだが。


「み……見たいです」


 しかし、掌の上で踊らされようとも、その欲望に勝てるはずもなかった。


 文から土産を受け取ると、蘇芳はそれを開く。

 幽吾と世流と轟も横から覗き込んだ。


 そこには幼い少女達六人が写っていた。


「きゃああああっ可愛い! 可愛いかっわいいーー! なんて破滅的可愛さなのーー!? みんな食べちゃいたいくらい可愛いーー!!」


 興奮気味に叫ぶ世流だが、蘇芳も内心高鳴る胸が止められなかった。

 一目でどの少女が紅玉かわかったので、ついその少女ばかりを目で追ってしまう。


(ああもうこの頃から姿勢が綺麗なんだな……髪の毛がまだ短くて……身体も小さくて……か、可愛い……!)


 幼い紅玉の姿に思わず頬を染めて見惚れてしまう。


 ふと、轟はある事に気づく。


「ホントだ……紅のやつ、幼馴染との距離ちっけぇな」

「うん。普段からめちゃくちゃベタベタしていたよ。恥ずかしがりもせずに」

「女の子同士だからいいじゃなーい! あ、特にこの子と仲良しだったのかしら、紅ちゃん」


 世流はそう言って、幼い紅玉に抱きついている幼い子どもを指差した。漆黒の髪を二つに結った可愛らしい子であった。


「この子が文君のお姉さん?」

「違うよ。これは…………灯さん」


 少し迷いながら文がそう言うと、世流だけでなく、幽吾と轟もハッとした。


「…………そう、この子があの…………」


 真名、灯――仮名は藤紫――この神域ではその名を知らぬ者はいない程、悪名高い神子である。


 少ししんみりとした空気が漂ってしまったので、世流は慌てて話題を変えた。


「それにしても、紅ちゃんの幼馴染ちゃん達、みーんな可愛い子ばっかりね!」

「顔はさておいて……ありささ……海さんは品性の欠片もなかったけどね」


 神子時代の海を知っている幽吾は「あはははは」と笑うしかなかった。呆れた感じの乾いた笑いを。


 すると、蘇芳を見た轟がギョッとして言った。


「お、おい、蘇芳、何写真睨み付けているんだよ」

「……え?」

「おめぇ、すんげぇ顔しているぞ」


 そう指摘され、蘇芳は目を剥いて慌てふためいてしまう。


「えっ、あっ、いや、す、すまん、無意識、だった……」

「……あのな、おめぇ、それって……」

「やっきもちーっ!」

「のわっ!?」


 ヘラヘラと笑って叫びだしたのは突如復活した紫(酔っぱらい)だった。


「すおーくん、やっきもっちだー! やきもっちん!」

「紫殿!やはり飲みすぎでは!?」

「――五月蝿い、【寝ていろ】」


 瞬間、紫は再び卓上に突っ伏して眠りについた。


「はあ……だけど、蘇芳……紫の言う通りだぞ。ガキ同士の、しかも女のじゃれあいにやきもち焼くなんて、アホか」

「す、すまん……」

「まあまあ、これだけ仲良しさんなんだもの。ちょっとくらいやきもち焼いちゃっても仕方ないわよー! ねえ?」

「う……うむ」


 恥ずかしそうに俯く蘇芳を見ながら、幽吾は盾の一族に関するある特徴を思い出していた。




 盾の一族は真面目一辺倒。故に一途――。




「……血が出ちゃったかな?」


 幽吾がボソリと呟いた言葉は誰にも気づかれることなく、地獄の闇に消えていった。





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