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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
175/346

【番外編】帰郷

前半と後半で視点が変わります。

前半は轟(雷音)視点になります。


時期:三章終了後。妖怪組の帰郷の話。




 三年ぶりの故郷。

 二度と帰る事が叶わねぇと思っていた故郷……。

 妖怪の先祖返りに生まれて、いつか家族にもダチにも会えない事は昔から覚悟していた。


 だけど、俺は……俺達は……三百年もの長い契約の鎖から解放されて、帰ってこれたんだ……故郷に。


 広い田んぼと畑、自然溢れた土地、並ぶ山々……。

 ああ……思い出した……ここは、俺の故郷だ……。




 目から涙が溢れていた。







梨花(りか)ぁっ! 梨花ぁっ!!」

「梨花っ!!」


 泣き叫んで走ってくるのは――……。


「お母ちゃん!! お父ちゃん!!」


 泣きながら美月が……梨花が両親の胸に飛び込んだ。

 そうだよな……あいつも辛かったよな……。

 せっかく叶いかけていた夢を無理矢理奪われてよ……。




「ライ!! 雷音(らいおん)!!」

「雷音!!」

「っ!!」


 久しぶりに呼ばれる本名にハッとする。

 本当はあんまりその名前好きじゃないんだけどな……。


 恐る恐る顔を上げてみると、そこには男と俺そっくりな顔の女がいた。




 不安だった……故郷に帰っても、まだ何も思い出せないんじゃないかって……記憶が戻らねぇんじゃないかって。


 でも……ああ……そうだよな……思い、出せるんだなぁ……ちゃんと。


「た、だいま……親父、お袋」


 そう言った瞬間、俺はお袋に抱き締められていた。

 いてぇよ、いてぇって。お袋は相変わらず馬鹿力だな。


 その上から更に抱き締められる。


 あかん。息ができねぇ!

 親父! ちょっ! ギブギブッ!! 相変わらずの馬鹿力――いやホントギブだからっ!!




 危うく故郷で窒息死するとこだったぞ! クソ親父!!




*****




雅紀(まさき)……よくぞ戻った」

「お久しぶりです。おじい様、お父様、お母様」


 相変わらず天海――じゃなかった雅紀の一族は年齢不詳者ばっかだな。

 雅紀のおやっさんとお袋さんはどう見ても俺と同年代にしか見えねぇし、雅紀のじいちゃんなんて俺の親父と同い年くらいにしか見えねぇ。


「雷音と梨花も、よぅ戻った」


 俺と梨花も、雅紀のじいちゃんに頭を下げた。


「三百年に渡る皇族との契約が破棄されたそうだな」

「はい、おじい様。我々が故郷に帰れたのも、我が仲間である朔月隊のおかげでございます」


 ……マジ、アイツらには頭上がんねぇわ。

 土産、奮発してやろっと。


「……おじい様、姉さんの方は?」

「……付いて来なさい」


 雅紀の姉さんって言うと、病弱の……………………誰だっけ?


「ライ」

「!」

「ライも来てくれ」

「俺ぇ?」


 や……いいのかよ?

 と思いつつも、泣きそうな雅紀を放っておく事も出来ねぇからな……一緒に行く事にした。勿論、梨花もだ。


 でっかい雅紀ン家の屋敷を進んで、辿り着いた部屋……。

 多分、雅紀の姉さんの部屋か。


「っ、姉さんっ!」


 雅紀が真っ先に部屋の中へと入っていった。

 俺は…………あんまり女の部屋に入るとか失礼だからな。とりあえず入口で待つ。


「ライ、アンタも行き」

「あ? でも……」

「いいから行きぃっ!」


 梨花に背中を押されて部屋に入る。

 おいおい、いいのかよ。俺が入っても……。


「…………」


 病院に似た……独特な臭いがした。消毒液とか薬品とか、そういった……。


「姉さんっ……! 姉さん……っ!」


 雅紀は泣いていた……ベッドに縋りつくようにして……。


 姉さん……あんまり具合良くねぇのか?


「雅紀君……あまり泣かないで……最期に会えるなんて嬉しいわ」


 その声を聞いた瞬間、頭に電撃が走ったような気がした。


(あ……この声…………俺は、知っている…………)


 震える身体を叱りつけながら、俺はベッドへ近付いていく……。




**********




 そいつは天狗一族の生まれでありながら、その血のせいで病弱に生まれた娘だった。

 多分、その次に生まれた弟に全ての力を奪われたんだろうって皆言っていた。


「けほっ! けほっ! けほっ!」

「こいつ、テングイッカのオジョーサマだぜ!」

「しってる! チカラをオトウトにうばわれたって!」

「だっせぇっ! あははははっ!」

「っ、ちがうっ……けほっ! けほっ! けほっ!」

「うわっ! きったねぇっ! ヨワムシキンがうつるぞぉ~!」

「にっげろぉ~~!」

「いてぇっ!!」


 一応力加減はして叩いてやったからな。感謝しろよ。


「バカなコトいってんじゃねぇよ!」

「あっ! おっ、おめぇ! オニの! いでぇっ!」

「おめぇらのほうがだっせぇだろ!」

「いってぇっ!」

「よわいものイジメするヤツらはおれさまがまとめてぶっとばしてやる!」

「「「うわああああんっ! おかあちゃああああんっ!」」」


 ったく、口ほどにもねぇヤツらだ……。

 こりゃ、後で親父とお袋に怒られるかもな……覚悟しておこう。


「おい、だいじょうぶか?」

「……けほっ、けほっ……!」

「うごけるか?」


 そいつは首を横に振った。


「おっし、わかった。のれよ。おくってやる」

「…………」


 家の場所は知っているから、動けなくなったそいつをおぶって家まで送る事にした。


「ありがと……やさしいのね」

「べつに。うごけねぇやつをほっておけねぇだけだよ」

「…………」


 ホントに辛いのか、そいつは俺の肩に頭も乗せてきた……大丈夫か?


「おい、ぐあいわるいならいそぐぞ。ああでも、あんまりゆらすのもだめか?」

「ううん。こうしていればだいじょうぶ……」

「ならいいけどよ。ほんとにヤバかったらはやくいえよ」

「うん……」


 それにしても、随分歩いて来たんだな、こいつ。家がまだまだ遠い。


「ずいぶんがんばってあるいたな。からだよわいのにやるじゃん」


 ピクリ――一瞬、こいつの身体が揺れた。


「…………がんばれなかったもん」

「あ?」

「ぜんぜんっ、がんばれなかったぁっ! っ、げほっ! げほっ! げほっ!」

「おっ、おい!?」


 慌ててそいつを降ろすと、顔がぐっちゃぐちゃになるまで泣いていて、苦しそうだった。


「どこかいてぇのか? くるしいのか?」

「……っ、いたいのっ……くるっ……しっ……っ!」


 トントンと背中を叩いたり、擦ったりしながら落ち着くのを待つ。

 ああもう……大人を呼んだ方がいいのかな?

 でも、周りを見回しても誰も通る気配もねぇ。


「もっとっ……つよいっ、からだにっ、ならないとっ、いけないのにっ……!」

「……?」


 言葉が途切れ途切れになりながら、必死に話そうとする。


「もっとっ、がんばらっ、ないと……! まさきくんがっ……! ないちゃう……っ!」

「…………」


 おい誰だよ。こいつを弱いだなんていったヤツ……まとめてぶっ飛ばすぞ。

 すげぇ強いヤツじゃねぇか。


 俺はそいつの頭に手を乗せた。

 んで、親父やお袋がよくしてくれるように撫でてやる。


「だいじょうぶだよ。おめぇはじゅうぶんつよい。だからもっとつよくなれる。おれさまがホショーしてやる」

「っ……!」


 そいつが驚いて顔を見上げたから初めて顔見たけど……うわ、すげぇ可愛いな。


「……ほんと?」

「あったりまえだろ! このおれさまがいうんだぜ! ぜったいだ」


 そいつは泣きながらにっこりと笑った。

 うん、そっちの方がぜってぇ可愛い。




 その後はそいつが歩けるようになったから、ゆっくりと歩いて帰る事にした。はぐれねぇように手は繋いでやる。


「ねえ、ライちゃんはしょうらいのゆめはある?」

「ゆめねぇ……おれさまはオニのセンゾガエリだから、ショーライはシンイキカンリチョーってところにいかなきゃなんねぇからな」

「そっか……まさきくんとおんなじだもんね」

「そういや、このあいだ、まさきにあったぞ。センゾガエリのカオアワセだって」

「えへへ、かわいいでしょ~? わたしのおとうと」


 俺様には兄弟がいねぇからな。そういうのはいまいち分からねぇ。


「なあ、おめぇのゆめは?」

「え?」

「あるんだろ?」

「…………うん」


 そいつは立ち止まると、空を見上げながら言った。


「はなよめさんになりたいの……」

「はなよめ?」

「すきなひととケッコンして、すてきなカテイをつくるの」

「ケッコン? カテイ?」

「うんとね……おとうさんとおかあさんみたいになりたいの」

「なるほど……」


 なんとなく想像ができた……と思う。


「でも…………やっぱりわたしにはムリかも」

「なんでだよ。やるまえからあきらめるのか?」

「だって……わたしビョージャクだし、バイキンだし……はなよめさんになれるまでいきていられないかも……」

「…………」


 その言葉を聞いた瞬間、嫌だって思った。

 こいつがいなくなるのが嫌だって思って、それで――……。


「なあ、はなよめはいつからなれるんだ?」

「え? えっと、じゅうろくさい……かな?」

「よしっ! わかった! おめぇがじゅうろくさいになったら、おれさまがおめぇをはなよめにしてやるよ!」

「えっ!? ええっ!?」

「なんでおどろくんだよ……」

「あのっ、あのね……ケッコンはすきなひとどうしでするんだよ……だって、ライちゃん、わたしのこと、すきじゃないでしょ?」

「あ? すきだぞ」

「っ!!」

「おめぇのコンジョー、きにいった! だからすきだ!」

「……っ……」


 あれ? 顔赤いな……大丈夫か?


「わ、わたしも……」

「ん?」

「わたしも、ライちゃんがすきだよ……」

「おう! じゃあ、ケッコンできるな!」

「う、うん……っ」

「じゃ、ヤクソクな」


 小指を差し出したのに、そいつは首を横に振った。


「そこはね、ケッコンしてくださいっていうの。プロポーズするのよ」

「ぷろぽーず?」


 なんだそりゃ。そんな事しねぇといけねぇなんて、めんどくさいな。

 でもま、仕方ねぇか。こいつの夢だからな。


「ホントはユビワがあったほうがいいんだけど……」


 んなのあるか。

 とりあえず、アレで我慢してもらうか。


 道端に生えていた花を一本取った。


「じゃ、いうぞ」

「う、うん……!」


 改まるとちょっと緊張するな……。

 だけど、男は度胸だ!


「おれとケッコンしてください、みさき」

「はいっ!」


 深咲(みさき)は俺が取った花を受け取ってくれた。




**********




「…………み、さき…………」

「…………ライ、ちゃん…………」


 青白い顔をした深咲が……俺の婚約者が……ベッドに横たわっていた。


 ああそうだ……思い出した……。

 あいつらに……和一と雄仁と剣三に俺の婚約者を紹介するって約束して……約束して、それで……果たせなくて……。


 俺は……俺は……俺は……っ!


 大事な人まで忘れてしまっていた……っ!


「深咲っ……! 深咲ぃっ……! ごめっ……! ごめんっ! 俺ぇっ!!」

「知ってるよ……聞いたよ……悲しかったね……辛かったね……でも、ライちゃんは偉いよ……」

「待たせてごめんっ!! 忘れててごめんっ!! 深咲、結婚しよう!! 花嫁にしてやるから!!」


 深咲は青白い顔で嬉しそうに笑う。


「えへへ……嬉しいなぁ……最期に、ライちゃんにプロポーズ、してもらえて……」

「最期とか言うなっ!! 今まで待たせた分、幸せにしてやるからっ!! 今度こそ約束果たすからっ!!」


 ゆっくり目を閉じていく深咲の冷たい手を必死に握り締める。


「お前まで俺を置いていかないでくれよぉっ!!」

「……………………」







*****







 ごめんね、ライちゃん……私、もう限界みたい……。

 夢は叶わなかったけれど……最期にライちゃんに会えたから、もういいの。


 ありがとう、ライちゃん。

 どうか、あなたは幸せになってね。

 大好きよ。




 光に導かれていく――あったかい光――。

 きっとこの先が天国なんだわ。

 どんなところなんだろう。

 またいつかそこでライちゃんや雅紀君に会えるといいな……。













「あの~、もしもしすみません。そこのお嬢さん」

「?」


 まさかこんなところで呼び止められると思わなくて顔を上げたら、光の手前に知らない人が三人立ちはだかっていたの。


「君、もしかしなくても鬼の先祖返りの婚約者さん?」

「あの俺様気質の自信家で実はツンデレで優しい愛おしいおバカさんの婚約者さん?」

「ええ、そうよ」


 この人達はライちゃんの事をよく知っているわ。

 そうなの。ライちゃんはちょっと素直になれないだけで、本当はとっても優しい男の人なのよ。

 分かってくれている人がいてくれてとっても嬉しいわ。


 そう思った時だった。

 三人が突然土下座してきたのは。


「頼むぅっ! ホント頼むから、まだこの先に来ないでぇっ!」

「マジお願いだから、もうちょっと頑張ってぇっ!」

「ホントこれ以上、あいつを泣かせないあげてぇっ!」

「えっ? えっ!?」


 もう驚いちゃって驚いちゃって……!


「もしこっちに来たら一生恨んでやるぅっ!」

「泣き虫毛虫の根性無しって罵ってやるぅっ!」

「これだから最近の若者はぁ~ってバカにしてやるぅ!」


 挙句泣き出しちゃうし……しかもなんか子どもっぽいし。


「うふふっ」


 でも……きっと彼らはライちゃんの為に必死に言ってくれているのよね。

 嬉しいな……誇らしいな……。


 だから、決めたの。


「うん、わかったわ。私、もうちょっと頑張ってみる」


 頑張ってみるわ、生きる事を。

 あなたの花嫁さんになる事を――。


 私はくるりと向きを変える。


 耳を澄ませば、私を呼ぶ大好きな人の声が聞こえる――。

 待っていて。すぐに行くわ。


「幸せにな!」

「身体に気を付けてな!」

「存分に尻に敷けよ!」

「……うん、ありがとう」


 三人に手を振りながら、私は声のする方を目指す。

 真っ直ぐ、真っ直ぐ進む――……。




 だからお願い。目を覚ましたら、私を思いっきり褒めて。

 またプロポーズして。

 ずっと傍にいて。

 もう離さないで。


 それからそれから……。




 あなたの大切なお友達の話を聞かせてね、ライちゃん。





<おまけ:お出迎え>


 昨日、轟達から連絡があった――「今日、神域管理庁に戻る」と。


 その連絡を受けた紅玉は女神の仙花に折り入って相談をしていた。

 仙花の前に並ぶのは衣装に関する資料だ――それも婚礼用の。


「あの……このような事、女神様でいらっしゃる仙花様に御頼みするのは大変畏れ入りますが、流石にわたくしでは生地などはどうしようもできないのでお力添えをと頂きたくて……」

「喜んでっ!!」


 まさかの二つ返事に紅玉は気が抜けてしまう。

 いいのか、女神よ。


「あ、あの……対価とか必要でしたら何なりとおっしゃってください。わたくしでできる事があれば何でもいたしますので」

「じゃあ、とりあえず着る人を今すぐここへ連れて来て頂戴! 完成図を妄想しやすいから!」


 おい、女神。妄想言うな。


「えっと、着られる方は本日神域入りなので、今すぐというのは少々難しいかと……」

「ああ、今日だったのね。轟君達が帰って来る日」

「はい」

「ああっ! 会えるのが楽しみだわっ! どういうのにしようかしらっ!? 花の刺繍たっぷりがいいかしら! それともこの資料に載っている西洋の婚礼衣装を参考にして……!」


 仙花は心ここに在らず、である。資料を見返して妄想を始めてしまっている。


「紅殿、そろそろ時間では?」

「あっ、はい。参ります」


 蘇芳の声に紅玉は慌てて出掛ける。




 向かうは大鳥居広場――。




「紅ちゃ~~ん!」


 大鳥居広場にはすでに世流が来ていた。


「お待たせしました!」

「仙花様にお願いできた?」

「はい。仙花様ったら嬉々として引き受けてくれました」

「想像できるわ」


 すると、紅玉は近くの木の上に烏がいる事に気付く。


「あらあら、幽吾さんったら」

「謹慎中のくせによくやるわよ」


 二人は思わず笑ってしまった。


「本当は大々的にお出迎えしてあげたかったんだけどね~」

「一応、我々朔月隊は秘密部隊ですから、そうはまいりませんからね」


 すると、現世に繋がる橋の上を歩いてくる人影が見えた。

 大鳥居をくぐると、それぞれが神力の色の身体が染まっていく。


 一人は銀色の髪と木賊色の瞳を持つ天狗。

 一人は紫がかった黒い髪と鮮菖蒲色の瞳を持つ猫又。

 一人は脱色した薄茶色の髪と山吹色の瞳を持つ鬼。


 天海、美月、轟の妖怪先祖返り三人組だ


「おかえりなさいませ」

「おかえりっ!」

「「「ただいま~」」」


 そして、紅玉と世流は轟が押している車いすの女性を見る。


 ほんの一部を銀色に染めた漆黒の髪と千歳緑の瞳を持つ少し痩せ細った女性だ。

 決して健康的な肌色とは言えないが、その顔は嬉しそうに微笑んでいる。


「初めまして、轟君の婚約者の諷花です」

「「ようこそ、神域へ」」


 諷花が嬉しそうに笑うのを、轟もまた嬉しそうに見守った。


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