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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
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【番外編】十の神子補佐役の鍛練

本日から七日連続で番外編投稿します。

よろしくお願いします。



時期:三章開始直後くらい 皐月末




 神子補佐役は朝から忙しい。


 朝は朝食の支度、昼までは神子の仕事の補佐、及び己の書類仕事、昼食の支度、午後に入っても神子の補佐の仕事は終わることなく続き、夕方になれば夕食の支度もしなければならない。

 勿論、神子護衛役や生活管理部にも手伝ってもらいながら、各御社工夫して一日の業務はこなしているようだ。

 そんな神子補佐役にはある程度の戦闘能力も要求される為、日々身体を鍛える必要もある。しかし、日々の業務量が多くて、身体を鍛える時間を確保するのが難しいのが現状だ。


 十の御社の神子補佐役の紅玉はそれでもなんとか日々の鍛練を怠らないように何とか時間を捻出していた――。




 水晶を寝かしつけ、今日の業務も全て終え、調査したものをある程度まとめ終えたところで、ふぅと息を吐いた。

 すっかり夜が更けてしまっているが、時刻は十一時丁度といったところ。紅玉にとってはまだ早いと感じる時間だ。


(今日は思ったより早く鍛練できそう)


 この仕事終わりの夜の時間が紅玉の唯一捻出できる時間帯である。後は入浴を済ませて、寝るだけだから。

 仕事終わりで多少疲れていても、少し身体を動かし、入浴すればさっぱりできるし、ぐっすり眠れるので、紅玉はこの時間に鍛練に励むのが通例となっていた。


 そして、向かう先は祈りの舞台――。


 淡く白縹の光を放つそこであれば、夜であっても暗くない。

 まあ本来であれば、神子の祈りに使用する場所なので、神子でない自分が使うのは気が引けるが――。


(ここなら安心できますから……)


 白縹の神力の光が――妹の水晶の神力の光は清廉で見ているだけで穏やかな気分にさせられるので、紅玉は祈りの舞台が好きだった。


 そんなふんわりとした気分でいたせいだろうか。今日は己をしっかり鍛える鍛練ではなくて――。


(踊りたくなってしまいました……)


 学生時代に習っていた舞を久々にやりたくなり、紅玉は手を、足を、身体を動かし始める。

 本当は曲があった方がやりやすいのだが、今はそんなものないから、静寂の中でゆったりと舞う。


 かつて舞が得意だった幼馴染と二人で踊った演目を。

 この神域で一度だけ二人で踊った事のあるあの演目を。


 今日は一人で踊る――。


「…………」


 自ら傷を抉ってしまい、頽れた。同時に出てくるのは溜め息。


(いけませんわ……たかがこんなことで落ち込むだなんて……)


 未だに克服できない幼馴染達との別れは、時々ふとした瞬間にこうして傷口がパックリと開く。

 それでも、一時期に比べたら大分落ち込む事も減ったと紅玉は思う。


 目に入るのは己の右小指に宿る小さな紋章――。


 胸がふわりと温かくなっていくのを感じる。


(ああもうっ! 情緒不安定すぎますっ! わたくしぃっ!)


 ペチペチペチと両頬を両手で叩きながら冷静さを取り戻そうと必死である。

 最終的にははしたないと思いつつも祈りの舞台に寝そべり、穏やかな気を放つ舞台に頬を寄せて火照りを冷まし始める始末だ。

 トクトクトクと、己の心臓の鼓動が早鐘を打っているのが分かる。


(蘇芳様……)


 紅玉の心を占める人の名を心で呼びながら、無意識に右小指の紋章を左の指で優しく撫で擦ってしまう。


(わたくし……貴方の事が……)


 この気持ちを口にできたらどんなに良かった事か――何度もそう思ってしまう。


(蘇芳様の事が……好き……)


 しかし、これは決して言ってはいけない想いだ――紅玉は何度も己に言い聞かせる。


(ああ、でも……せめて……せめて心の中で想う事だけはどうか赦して……灯ちゃん)


 祈るように瞳を閉じた。







「紅殿っ!!」


 突然抱き起こされ紅玉は目を剥いた。

 そこには切羽詰まったような表情をした蘇芳がいた。


「すお……」

「紅殿、どこか具合が悪いのか!? 外を見たら貴女が倒れているから驚いたぞ!? 苦しいところは!? 熱は!?」

「ああ、あ、あ、あの……!」


 やや青い顔をしてぺたぺたと頬や頭に触れてくる蘇芳に紅玉は戸惑ってしまう。


(貴方を想い過ぎて熱を冷ましていましたなんて言えないっ……!)


 その冷ました熱も蘇芳に触れられる度にまた熱くなっていく。


「だっ、大丈夫ですっ! あの、その、えっと……た、鍛練をしようとしたら、久々に踊りたくなってしまって、それで、清佳(さやか)ちゃんの事を思い出してしまって、その……」

「……清佳殿」


 嘘は吐いていない。嘘は吐いていない――と紅玉は言い訳をする。


「……そうだったのか」


 ふわりと抱き寄せられ、頭を撫でられる。


「――っ!?」

「大丈夫だ。清佳殿は……きっとあちらの世界で、幸せに暮らしている」

「そっ、そうですね……っ!」


 正直、蘇芳の言葉をきちんと理解していないが、優しい声と大きな身体のぬくもりと大きな掌が頭を撫でる優しい感触はしっかり感じ取る。


(ああもうっ! なんて扱い方なさるの!? こんなの……こんなの……狡いっ)


 そう思いながら、蘇芳に縋ってしまう己はもっと卑怯なのだろうとも思う。


(いつか……いつかちゃんと……この手を離さなくては……だけど、今だけはどうか……)


 そう思っていると、ふわりと身体浮いたような感覚に陥る――いや、浮いていた。


「へっ?」


 気付いた時には紅玉は蘇芳に抱きかかえられていた。そして、蘇芳はそのままスタスタと屋敷の方へ歩き出す。


「ええっ!? ちょっ、ちょっ、蘇芳様っ!?」

「鍛練はここまでだ。落ち込んだ時は寝るのが一番だ」


 すると、蘇芳は屋敷の前まで来ると、足を踏み切って跳躍する。そして、一気に二階まで高く跳び上がると、開け放たれた窓から部屋の中に入り、見事着地をした。

 その部屋は蘇芳の部屋だった。


 この男、この部屋から紅玉が祈りの舞台で倒れているのを見て、部屋の窓から飛び降りて駆け付けたようだ。

 流石、神域最強戦士である。


 蘇芳は部屋から廊下に出ると、ようやっとそこで紅玉を降ろした。丁度蘇芳の向かいの部屋は紅玉の部屋だからだ。


「風呂はもう済ませたのか?」

「い、いえ、まだです……」

「ならば早く入って早く休む事。いいな?」


 目と目を合わせて真剣な表情でそう言われてしまえば、紅玉は頷く事しかできなかった。


「おやすみ、紅殿」


 ふわりと微笑んでもう一度優しく頭を撫でると、蘇芳は己の部屋へと戻っていった。


 紅玉はふらりと己の部屋に入り、寝台の上にうつ伏せで倒れ込むと――手足をバタバタと暴れさせた。


(ああああああもうもうもうもうっ!! なんであんな事をサラリとやってのけてしまうのですかっ!? く~~や~~し~~い~~っ!!)


 鍛練できるどころか逆に甘やかされてしまって終了してしまった。


(明日こそっ! 明日こそは鍛練するのですっ! いつか蘇芳様をぎゃふんと言わせる事ができるくらい強くなってやるのですっ!!)


 そして、疲労と照れと羞恥で、紅玉の思考回路は明々後日の方向へと吹き飛んでしまったのだった。




紅玉も日々鍛練を怠っていないのですよ~っていう話を書くつもりが……仕上がりがこんな風になっておりました(笑)

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