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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
173/346

諦めの手紙




 神域管理庁現世管理棟の中にある面会室の一つの扉を叩き中に入れば、蘇芳の予想通りの人物達がいた。

 それは一組の夫妻だ。そして、蘇芳もよく知る人物達の両親でもある。

 紅玉の顔を見た瞬間、二人とも破顔し、座っていた長椅子から立ち上がった。


「紅さん!」


 特に夫らしき男性のさっぱりとした笑顔は同じ笑顔を持つあの人物に良く似ており、やはり親子だなぁと蘇芳は思う。


「お久しぶりね~! 紅さん! 元気にしていた?」

「ご無沙汰しております、葉鳥さん。お二人ともお元気そうで何よりです」

「元気も元気よ! あ、これ、うちで作ったチーズとかチーズのお菓子なの。よかったら皆さんで食べて」

「まあ、ありがとうございます、いつもいつも」


 差し出された土産は紅玉だけでは抱えきれない程の量で、直ぐ様蘇芳は手を貸した。


「今回の事も突然にも関わらずご協力頂きありがとうございました。結局その話はなくなってしまったので、ご足労だけおかけしてしまってすみません……」

「いいのよ~! 紅さんにはうちの子達兄弟揃ってお世話になっているんですもの。これくらいの恩返しはしなくちゃ! それについでにうちの息子達にも会いに来れたわけだし」

「そう言って頂けますと……」


 そう言えば、葉鳥夫妻の次男に関する事件も紅玉が解決に一役買っていたことを蘇芳は思い出していた。


「紅さん、これ……」


 葉鳥夫が差し出したもの――それは手紙だった。


「心配していたよ……志村さん」

「っ!!」

「本当は会いたいとは言っていたけれど……それはまだ難しいだろうからって……」

「そう、ですね……ありがとうございます」


 紅玉がしっかりとそれを受け取ると、扉が叩かれる音が響く。


「失礼します」


 その声とともに現れたのは大瑠璃と、空や鞠に年代の近い少年だった。

 その少年は顔立ちが大瑠璃によく似ており、明らかに大瑠璃の血縁者である事は一目瞭然である。大瑠璃より日に焼けた肌が印象的な少年だ。


 葉鳥夫妻を見た瞬間、少年の顔が弾けるように笑顔になる。


「父さん! 母さん!」

「大輝!」

「おー、大輝! また大きくなったな!」

「へへっ、最近足がミシミシいってて、すっげぇ痛いからまた伸びるかも!」


 葉鳥夫妻が大輝少年の頭を撫でていると、大瑠璃もまたニカッと――葉鳥夫に良く似た――さっぱりとした笑顔で言った。

「父さん、母さん、久しぶり!」

「久しぶりだな!」

「元気そうで何よりだわ!」


 和気藹々とした親子水入らず雰囲気に、邪魔をしてはいけないと思い、紅玉は頭を下げる。


「それではわたくし達はこれで失礼します」

「あら残念ね。もう少しお話ししたかったけど……」

「紅さん。また。身体には気を付けて」


 葉鳥夫妻に続き、大瑠璃と大輝少年も紅玉に言う。


「また今度会議でな、紅玉」

「紅さん、またうちにも遊びに来てください! 小麦も待っているからさ!」

「はい。では失礼します」


 そうして紅玉と蘇芳と――実はずっと一緒にいた幽吾も退室をした。




「そいじゃあ、僕も帰るね~。そろそろ大人しく謹慎していないとうちのお兄ちゃんがうるさいし~」

「はい。幽吾さん、ありがとうございました」

「じゃ、またね」


 そう言った瞬間、幽吾は溶けるように闇になって消えた。


「…………」


 紅玉は己の手にある手紙をじっと見つめた。


「……ここで読むか?」


 蘇芳がそう尋ねてくれたので紅玉は小さく頷く。

 蘇芳はふわりと微笑んで紅玉の頭を撫でると、部屋の手配に受付に向かってくれた。


 御社に帰ってから読んでもよかったのだが、差出人を察すると心乱されない自信がない。

 紅玉は周囲が思っている以上に己が泣き虫であると自覚している。だけど、それ以上に自分は十の御社では「皆のお姉さん」だと自負しているのだ。


(あまり晶ちゃん達に恥ずかしいところを見せたくはありませんから……)


 そう思いながら蘇芳の背中を見つめた。

 紅玉の思いを全て察し、行動してくれる蘇芳に胸がきゅっと締め付けられるのを自覚する。


(ああもう……本当に、狡い……)




*****




 蘇芳が面会室の空き部屋を手配してくれたので、その部屋で手紙を読むことにした。

 その空き部屋も先程入った面会室と同じ長椅子が設置されており、紅玉と蘇芳は並んでそこに座った。


 そして、藤の花が描かれた封筒を開け、中の便箋を取り出して読んでいく――。

 ある程度読み終えたところでほっと息を吐いた


「…………なんと?」

「おじ様もおば様も元気にやっていると……葉鳥さんの牧場で働きながら、平穏無事に暮らしているそうです」

「そうか……それなら、よかった」


 心配そうな表情で見つめていた蘇芳もほっと表情を和らげたので、紅玉も微笑む。


 しかし、次の便箋を読み始めた瞬間、紅玉の顔色が変わった。


「…………紅殿?」


 蘇芳の声に反応することなく、紅玉は手紙を読む。

 瞳が揺れ動く度にどんどん顔色が悪くなっていき、仕舞には身体まで震えだしていた。


 紅玉の異変に、蘇芳は申し訳なさを感じつつも紅玉の手の中にある手紙を覗き込んだ。




「紅ちゃん、あなたがいかに頑張っているか聞きました。

 あの子の為に本当にありがとう。


 でも、もういいの。


 あれから三年……あの子は決して戻ってこないって思っています。

 現世ではあの子の悪評は広まっていないこと、私達家族が何事もなく平和に暮らせていること……それがせめてもの救い。

 もうこれだけで十分です。


 長年頑張ってきた紅ちゃんには本当に申し訳ないと思っているけれど、あなたはまだ若くて未来がある。

 あなたは大変優秀な子です。

 どうか、あの子に捕らわれず、あなたのために生きて。

 私達の今の願いはそれだけです。


 紅ちゃん、今まで本当にありがとう。

 ごめんなさい……」




 それは諦めの手紙だった。


「だめ、です……」


 震えた声に蘇芳はハッとする。


「諦めてはだめですっ……だめです……っ! 諦めたらその瞬間……とっ、灯ちゃんが罪を犯したと認めることになってしまいますっ……!」


 紅玉はぼろぼろ泣き出してしまう。


「灯ちゃんは悪くない……悪くない……! 灯ちゃんは犯人じゃない……犯人じゃないのにっ!」

「紅殿!」




 息が苦しい。視界が歪んでいく。目の前が真っ赤に染まっていく――。


 首から真っ赤な鮮血を舞散らし、倒れていく女性。柔らかい色合いの茶色の髪を靡かせ、蜜柑色の瞳を見開いたまま、どさりと畳の上に崩れるように倒れた。女性の首から溢れるように血が流れ出て、あっという間に畳の上に血溜りを作っていく。


 倒れた彼女の傍らに立つ人物がゆっくりと振り返った。


 儚げで可愛らしい顔と藤紫色の長い髪に返り血をたっぷり浴びて、猫のように大きな青紫の瞳から涙が零れ落ちていた。




「灯ちゃんは果穂ちゃんを殺してなんていないっ!! どうして皆信じてくれないの!? わたくしがっ! わたくしが〈能無し〉のせいでっ!!」

「紅殿っ!!」


 その叫びを聞いた瞬間、紅玉の身体は少し熱い体温に包まれていた。


「貴女のせいなんかじゃない。大丈夫だ、大丈夫。だから、落ち着け。ほら、深呼吸をしろ。そうだ、落ち着け。落ち着くんだ」


 蘇芳に抱き締められて、頭を撫でられて、背中も優しく叩かれて――紅玉は徐々に落ち着きを取り戻していく。


「紅殿、俺は灯殿を信じている。あの人は決して罪など犯してなどいない。何よりも、あの人を信じている貴女を信じている。だから、大丈夫だ」


 蘇芳の優しい声と言葉に、じわりと涙がまた溢れてくる。


「貴女が諦めない限り、俺も諦めない」


 ほろほろと涙を溢しながら、紅玉は何度も頷いた。

 蘇芳の身体のぬくもりに安心してしまう。


 すると、蘇芳は紅玉を腕から解放すると、ひょいっと軽く紅玉の身体を持ち上げる。

 紅玉は驚く間もなく、あっという間に体勢を変えられ、気付けば紅玉は長椅子に仰向けに寝かされていた。蘇芳の太腿の上に頭を乗せた状態で。


 紅玉が目を白黒させていると、蘇芳は紅玉の頬に残る涙を拭いながら言った。


「貴女の今の仕事はたっぷり休むことだ。疲れが溜まっているから感情的にもなりやすいんだ」


 大きな手が紅玉の頭や髪や頬を優しく撫でていく。


「一時間でいい。少し寝ろ。大丈夫だ。ずっと傍にいる。一時間経ったら起こすから」


 その言葉一つ一つがそれも嬉しくて、優しさの詰まった声と己を撫でる大きな手が心地良くて――胸は高まる一方なのに、何故か眠気がやってくる。


「すおうさま……」

「ん? なんだ?」


 いつもと違う色の目が優しく自分を見つめてくれる。

 自分と同じ漆黒――それが何だかくすぐったくて嬉しくなってしまう。


「ありがとう、ございます……いつも、いつも……」


 短めの髪もいつもと違う――漆黒。

 神域では忌み嫌われる色ではあるのに、蘇芳が纏えば美しい色に思えてしまう。


(いつまでも……蘇芳様のお姿を見ていたいのに……)


 その思いに反して瞼は重たくなっていく――。


(……眠い……)


 そうして紅玉は夢の世界へと旅立っていった。




 すぅすぅと眠りについた紅玉の頭と頬を撫でながら、愛おしくて堪らないと言わんばかりに見つめるその瞳は仁王の名はどこへ行ったのかと思う程というほど甘く蕩けていた。


 しかし、紅玉から視線を外し、机の上に置かれた手紙を睨み付けた瞬間、仁王の二つ名が蘇る。


(【透視】!)


 瞳に力を集中させ、手紙を見れば――ぼんやりと激しく迷った気持ちが入り混じる誰かの思いの残渣が見えた。


(あんな手紙、灯殿のご両親が書かれるはずがない! 筆跡は灯殿のご両親のものだとしても、あの手紙は誰かの意図があって書かされたに違いない!)


 蘇芳は瞳を凝らすが――それ以上のものは見えてこず、挙句力があっという間に霧散してしまった。


(……やはり無理か……)


 ここは神域管理庁内とはいえ、あくまで現世だ。

 神域を一足でも出れば、身に宿る神力は鳴りをひそめ、神術はおろか異能など発動できるはずがない。それでも僅かでも発動できたこと自体正直すごいと言えよう。


 しかし、蘇芳は納得できず、思わず歯軋りをした。


(誰だ!? 一体誰の仕業だ!?)


 紅玉の心を激しく乱した名前も姿も知らない誰かに、蘇芳は激しく憤るしかできなかった。




**********




 踵の高い真っ赤な靴を履いた女性が公衆電話に手をかけた。

 カチ、カチ、カチ――と軽快に番号を押せば、受話器から通信音が鳴り響く。

 傍らには何泊するのだろうかという程、車輪付きの大きな鞄。他にも荷物が多数だ。


「もしもし、こんにちは。先日お邪魔させていただきました財木です。ちゃんと手紙は書いて頂けました?」

『あ、はい……言われた通りに……本当に、これが、あの子の為になるんですよね?』

「ええ、ええ、当然です。彼女は大変優秀な人材ですし。人としても間違いなく素敵な女性です。あんな狭い世界に閉じ込めておくのは大変もったいない。そう思いませんか?」

『そう……ですね……あの子は小さい頃から、とてもよくできたお嬢さんでしたから』

「お分かりいただけてありがたいです。流石は彼女の幼馴染のご両親様。そのお礼と言ってはなんですが、お嬢さんの事は私にお任せください。決して悪いようには致しませんので」

『……は、い……』

「そんなご心配なさらないでください。あなた方のとった行動は間違いなく彼女の為にも、お嬢さんの為にも、この国の為にもなります。どうかあとはお任せください、志村さん」


 そうして女性は通信を終えた。


 その女性の後ろを葉鳥夫妻と大瑠璃と大輝少年が通った。


「じゃあな、父さん、母さん」

「またな! 父さん! 母さん!」

「二人とも元気でね!」

「身体には気をつけるんだぞ」


 親子の別れの挨拶を横目に、女性は神域管理庁現世管理棟の中を進んでいく。そうして辿り着いたのは受付だ。


「すみません。中央本部の人事課課長と面会の約束をしているのですが……」


 受付の職員にそう声をかけながら、女性はにっこりと微笑んだ。




こちらの話で三章が終了となります。

おまけ話を投稿後、四章をすぐに開始したいと思います。


引き続きよろしくお願いします!

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