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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
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箝口令と紅玉の願い




 那由多への尋問の翌日、「喫茶地獄一丁目一番地」にてツイタチの会が開催された。鬼神から提供された茶を飲みながら、幽吾が那由多からの尋問の結果を報告していく。


「――というわけで、神子反逆罪が確定。しかもその動機が低レベルな自分勝手よるもの。私の愛する神様との距離が近い! 神様への冒涜だ! 神様の花嫁に相応しくない! などね。ま、要するにとんでもない神様狂いちゃんってこと~。まだ全部吐いてもらっていないから丁重に地獄の尋問部屋に監禁中で~す」

「はいはーい! 幽吾く~ん! 今度ワタシにも尋問させて~!」

「うんうん、世流君にお願いしたら、確実に廃人になって帰ってきそうだからダメ~」

「ったりめぇだろうが! メンタルボッコボコのベッコベコの廃人どころか五体満足でも帰さねぇぞごるあっ!」

(幽吾ナイス判断。世流こえぇ)


 轟は内心そう思いつつも、那由多のしたことは絶対に許されないことだと思った。

 特に前十の神子である海の事件は焔も関わっているのだから。


 案の定、焔の顔色が悪い。


「……焔、大丈夫?」

「……すまん、文……問題ない」


 文は心配に思いつつ、もう一人の心配な存在である紅玉を見る。こちらもやはり顔色が悪い。

 幼馴染である前十の神子に加え、仲が良かったという前二十二の神子の事件も那由多が原因だと聞けば、精神的に落ち込んでしまうのも無理はないだろうと思う。


 一方で紅玉の隣にいる空を見れば、いつもと変わりない様子であった。

 今も幽吾からの報告に挙がっていない事を見れば、恐らく母である前二十二の神子の事件の真実をまだ告げていないのだろう。


(家族の死の真相なんて聞いたら、そいつを殺したくなるかもしれないよね……)


 文はそんな事を思いながら、紅玉と空と鞠のやり取りを見つめる。


「先輩、大丈夫っすか?」

「ベニちゃん、ツラいならキューケーシマショー?」

「大丈夫ですよ」


 空と鞠の前では気丈に振る舞う紅玉だが、昨日の紅玉の落ち込みは酷かったと幽吾は記憶している。


(まだ完全に元気……ってわけじゃなさそうだけど、整理はできたみたいだね。蘇芳さんのお陰かな)


 那由多の尋問を一旦終えて蘇芳と合流した時、泣き疲れて眠ってしまった紅玉を優しい表情で抱えていた蘇芳を思い出す。


(いや、あれは優しいというより甘かった。蜂蜜たっぷりかけたパンケーキのような甘やかしっぷりだった。いつもの酸味強めの柑橘類はどこ行ったのさ?)


 そんな事を思いながら、幽吾は報告を続ける。


「まあ当然ながら那由多は謎の女でもなかったし、術式研究所との関係性も全くなかった。神子管理部だからもしかして矢吹のこと何か知っていないか聞いてみたけど……あの神様狂い、ホントに神様にしか興味ないんだね~。誰それって言われたよ」

「ばーか」


 文がここにいない那由多に向けて存分に毒を吐く横で、世流も呆れたように頭を振る。


「まったく……なんて女なのかしら……後でうっちゃんとさっちゃんにも報告しておくわ」

「うんうん、よろしく~。あの神様狂いに比べて、双子君達はエライね~。神子管理部以上に神子管理部として働いているもんね」

「当然! うちのうっちゃんとさっちゃんはオールマイティーにできるすんばらしい子達よ!」


 本日、右京と左京はツイタチの会を欠席していた。なんと大瑠璃とともに百合の神子教育に当たっているというのだ。

 これを聞いた紅玉は驚きつつも、誰よりも神子という存在の重大さ尊さを知っているあの二人なら、率先して百合の教育に進み出たのだろうとも思う。


「神子管理部として……何やら申し訳なく……」

「いやいや、紅ちゃんは悪くないわよ」

「いえ、今回の件の原因はそもそもが神子管理部の不祥事。神子管理部でありながら神子反逆をするなんてあるまじき事態……というわけで神子管理部職員は後日緊急の会議と指導を行うことになりました」


 空が透かさず手を挙げる。


「俺もっすか?先輩」

「勿論です」

「その件は僕も聞いているよ~。今回の件で二十の神子補佐役だけでなく、最高責任者の神子管理部の部長も解任。新しい部長が就任するんだってさ~」


 冬麻の件は薄々予測がついていたが、神子管理部の部長解任の話は初耳だった。


「この間、神域警備部の部長も解任したばかりだというのに……」

「なんやバタバタしとるなぁ~」


 天海と美月の言葉に頷きながら、幽吾はさらに驚くべき話を始める。


「あと今回の神子反逆事件、七の神子――つまり皇族神子も関与していたってことで箝口令がしかれることになった」

「……用は口止めじゃん」


 文の少し毒のある意見にまあまあと宥めつつ幽吾は言葉を続ける。


「今回の件に関わった人間を問われて、朔月隊のことをあまり知られるわけにもいかないから……就任式の会場にいた紅ちゃん、美月ちゃん、右京君、左京君、あとついでに世流君の名前を挙げておいたよ~。ちなみに僕と蘇芳さんは四大華族だからナシだってさ~。残念……」

「……って、ワタシ、ほとんど何もしていないわよ」


 むしろほとんど会場にいなかったはずである。したことと言えば夏希の送り迎えというところか。


「まあまあ。中央本部が口止め料払ってくれるらしいから貰っておきなよ~」

「やったぁっ! 何を買おうかしら~っ!」


 見事な掌返しである。


「ケッ! 金で口止めなんざきたねぇ真似しやがって」

「あら、轟君。お金は大事よ」

「そのポーズやめろ!」


 指で金の形を作る世流に噛み付く轟を無視して幽吾は話を続ける。


「勿論、お金じゃなくてもいいんだよ~。ちなみに右京君と左京君が要求したのは、二十の神子の指導係の権利だよ」


 幽吾の言葉に文は驚きを隠せない。


「そんなのを交換条件にしたの? もったいない」

「御社配属でもないのに神子に関わること自体難しいからな。二人が二十の神子の教育に関わりたいと願い出たんだからそれでいいじゃないか」

「それはそうだけど……」


 焔の話に理解はしつつも、納得はできない。あんな出来損ないの神子に関わるなんて、文は願い下げである。


「とまあそういうわけで、三人とも口止め料何がいいか考えておいてね。勿論お金もアリだよ」

「うふふ、なににしようかしらんっ」

「ウチも何にしよかな~?」


 ワクワクとしている世流と美月を余所に紅玉は思案する。


「交換条件………」


 ハッとあることが思い立ち、思わず天海を見た。

 目が合った天海は思わず首を傾げる。

 そんな天海を見て、紅玉は思い出す――。




 先日の休日、十の御社に招いた天海が見せた涙の理由を……。




 紅玉は天海ににっこりと微笑みかけた。

 紅玉に微笑まれた意図がわからず、天海は赤くなって俯いてしまう。




 そんな天海を見ながら、紅玉は決意していた――。




*****




 神域の中心部にある宮区――神域で最も神聖なる地と呼ばれる場所だ。

 宮区の入り口は大鳥居広場から一直線の位置にある大手門ただ一つ。

 中に入ることを許されるのは、皇族神子と皇族神子に仕える宮区職員など極一部の許された者達だけである。


 箝口令の話が挙がったツイタチの会の翌日――その地へ今回特例として足を踏み入れることになった紅玉と世流と美月は、大鳥居広場で案内役の幽吾とともに宮区専用の馬車に乗り込んだ。そして馬車はゆっくりと走り出し、荘厳で巨大な大手門がゆっくり、ゆっくりと開かれ――馬車は何事もなく大手門を通った。


「ここが宮区……」


 ぽそりと呟きながら、紅玉は窓の外を見た。

 その地に宿る強く美しい神力の波動が、神力が空っぽと言われる紅玉の全身にも伝わってくる。だけど、それはとても心地良いものだった。


 やがて目的地に到着し、馬車は停まる。

 紅玉達が馬車から降りるとそこには、大和皇国の文化と西洋の文化の美の結集の建築物が目の前に佇んでいた。

 その美しさに感動の声を上げそうになるが、入り口で佇む冷たい表情の宮区職員達の顔を見た瞬間、緊張感が勝ってしまった。


「……どうぞこちらに」


 その中の代表者――七の神子補佐役の真珠に導かれ、紅玉達は建物の中へと足を踏み入れる。


 真珠の先導で豪華絢爛な調度品が置かれている赤絨毯の敷かれる廊下を進んでいく。

 好奇心旺盛な美月が勿論、世流も思わずキョロキョロと周囲を見回しながら足を進める。一方の紅玉は緊張した面持ち、幽吾は相変わらず読めない笑みを浮かべていた。


 やがて真珠は大きな扉の部屋の前で立ち止まり、二回扉を叩いた。


「失礼します」


 真珠が扉を開け、紅玉達に中に入るように促す。

 中に入ると、そこはまるで議会のような非常に広い空間で、そしてそこには錚々たる面々がいた。


 議長席のような立派な席の一番上段に座るのは皇族神子七名。皇太子である一の神子を中心に横一列に並んで座っていた。

 下段に座る中年をやや過ぎた男性十名は神域管理庁を牛耳る中央本部だ。

 中段には紅玉も見知った顔――八の神子の金剛がいた。その隣を見れば、幽吾の兄である十八の神子の獄士も座っている。他二名は顔を見れば二十八の神子、三十八の神子だと分かった。


 あの就任式の時もそうだったが、何故金剛達がいるのか考えて――紅玉はある事が思い浮かぶ。


(もしかして、全員四大華族……?)


 四大華族――大和皇国が築かれた頃より初代皇帝に忠誠を誓っていた四人の臣下達の直系一族。盾の一族、影の一族、知の一族、法の一族と呼ばれる由緒正しき家柄だ。


(金剛様は盾の一族ですし、幽吾さんのお兄様である獄士様も同じ影の一族でしょうし……そうなると、二十八の神子様と三十八の神子様も四大華族……?)


 そうすれば辻褄が合う。そして、就任式や今この場にいることも説明がつく。


 そんな事を考えながら、紅玉は金剛に視線を向ける。


(皇族神子様といい、四大華族の皆様といい……皆様揃いも揃って見目麗しゅうございます)


 まさにそれである。

 上段に座る皇族神子七名が麗しくまるで宝石のような煌びやかな見目である事は言わずもがな、中段に座る(恐らく)四大華族の神子四名も揃いに揃って非常に整った容姿の持ち主であった。(ただし下段の中央本部は除く)


 金剛もまた年齢の味わいを感じさせる男性であり、髭も赤銅色の髪も綺麗に整えてあり、女性の心を鷲掴みするような真剣な顔で真っ直ぐ前を見つめているが――その実態はただの酒好きなオジサンであることを紅玉は知っている。


 先日の園遊会での金剛のベロベロ酔っ払った姿を思い出してしまう。


 そんなことを考えたせいか、笑いを堪える方に必死になってしまい、過度の緊張があっという間に取れていくのを紅玉は感じる。


「……此度の件、貴殿らにも迷惑をかけたな」


 そう一の神子が話を切り出したので、紅玉達は恭しく頭を垂れた。


「さて、此度の事件、箝口令がしかれたことはわかっているな?」


 そう言ったのは一の神子ではなく、中央本部の一人だった。


「お前達にはこの箝口令に従ってもらう。勿論タダとは言わない。お前達の希望を叶えてやろう。感謝しろ」


 こちらが頼みを聞いている方だというのに随分な上から目線の頼み方である。

 世流は思わず顔を顰めてしまった。


「さあ申せ。希望は何だ? 金か? 名誉か?」


 中央本部の問いかけに真っ先に答えたのは紅玉だった。


「では畏れながら、わたくしから」

「ふん、面の皮が厚い〈能無し〉め……〈能無し〉にも恵みを与える我々の懐の深さをありがたく思え」


 世流と美月が噛み付きそうになるのを紅玉が目で制止した。


「……その前に一つ、失礼します」


 紅玉は幽吾に視線を向けると、幽吾はにっこりと微笑んで地獄の門を召喚した。

 その大きな扉が開かれると――。


「やろぉっ! てめぇっ! 幽吾! 俺様達を拉致とはイイ度胸していやがるなっ!?」

「や、やっと出られた……!」

「轟!? 天海!? なんでここに!?」


 美月は思わず驚いてしまうが、世流はわかっていたようでニコニコと微笑んでいた。


「おい、幽吾。部外者を招くとは一体どういうつもりだ?」

「まあまあ獄士兄さん。最後まで話を聞いてあげてよ」


 噛み付いてくる獄士を制止しながら、幽吾は紅玉に視線を向けて、話を促した。


「わたくしの願いはただ一つ……皇族神子様と妖怪の先祖返りの三人が結んでいる契約術の破棄でございます」


 その言葉に中央本部も四大華族も皇族神子も、妖怪先祖返りの三人も驚きを隠せなかった。





<おまけ:喧嘩宣言>


 「喫茶地獄一丁目一番地」でのツイタチの会終了直後、紅玉は幽吾と世流を呼び出して二人にこっそり相談をしていた。


「わたくし、今回のこの交換条件の権利を用いて、中央本部と皇族神子様に喧嘩を売ろうと思います」

「おやおや」

「紅ちゃん大胆!」


 しかし、すぐに世流は不安になる。


「でも、そんな危険なことをしたら紅ちゃんの立場が……」

「ですから、世流ちゃんにお手伝いいただきたいのです。世流ちゃんは神域管理庁の弱みですから。友達を利用する真似をして心苦しいのですが……」

「うふふ、紅ちゃんに利用されるのは大歓迎よ」


 なるほど、と幽吾は思う。

 世流に逆らおうとする者はこの神域に存在しない。それほどにまで世流は神域管理庁にとっては都合の悪い存在なのだ。

 現に幽吾自身も世流のその立場を利用したばかりである。


「それで、紅ちゃんは一体全体どんな無理難題を要求するんだい?」

「……皇族様と妖怪の先祖返りの間で交わされた契約の破棄です」


 その言葉に幽吾は目を剥いてしまった。


「……紅ちゃん、知っていたの?」

「わたくしは……たまたま皇族神子様が真名を介して行う契約術を使うことを知っていただけですわ。後はわたくしの推理です」

「……ふぅん」


 紅玉の言葉に幽吾は思わずニヤニヤと笑ってしまう。


「契約破棄ができなくとも、妖怪の先祖返りである三人を里帰りできるようお願いしたいのです。轟さん、美月ちゃん……天海さんの為にも」


 相変わらず紅玉は人の為に無謀なまでに行動を起こす女性である――と幽吾は思う。その為に皇族神子に喧嘩を売るというのだから恐れ入る。


「紅ちゃんは本当に優しいわ」

「買い被りすぎですわ、世流ちゃん。延いてはこれはわたくしのためでもありますのよ」

「紅ちゃん自身のため?」

「友達が一生神域に閉じ込められたまま不自由な生活を送るなんて、わたくし嫌ですもの」

「……まったく、君には敵わないよ」


 幽吾は諸手を挙げるしかなかった。




 そうして紅玉と幽吾と世流は中央本部と皇族神子に喧嘩を売ることにしたのだ。


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