十の神子焼死事件の真相
※注意※
残酷、出血表現あります
苦手な方はご注意ください
全ては御告げ通りに行動した。
神子護衛役の男には使いを頼んで御社から出させた。生活管理部の女には門の前を掃除させている。
誰も御社の門の結界が解除されている事に気付いていない。
そして、その時は訪れる――。
「バァン!!」と大きな音を立てて御社の門が開かれ、侵入者が入ってくる。
その人物は醜く太って顔を歪ませた男。那由多もその男を知っていた。娯楽管理部部長の丑村という男だ。
丑村に向かって、尻尾のように長い三つ編みを編んだ紺碧の髪と透き通るような青い瞳を持つ十の神子の海が叫ぶ。
「ちょっとアンタ! ここを十の御社とわかっての侵入だとしたらタダじゃおかないわよ!」
海は愛用の太刀を抜くと、丑村に突き付けた。
しかし、丑村は「ヒヒヒヒッ」と笑うだけだ――気持ち悪く。
「丑村! 待ちなさい!」
そう叫んで颯爽と現れたのは、神子管理部の女性だった。そして、彼女が肩を貸しているのは、なんと十九の神子である焔だ。
十九の神子はたった今意識を取り戻したようで、オロオロとうろたえていた。
「十九の神子様に対する狼藉だけでなく、十の御社への不法侵入! あなたを赦すわけにはいきません! 身柄を拘束します!」
なるほど――丑村は十九の神子に危害を加えて追われている身なのだと那由多は理解した。そして、その逃亡先がたまたまこの十の御社だったのだろう。
飛んで火に入る夏の虫とはまさにこの事。
神子に神様、挙句神子管理部職員に囲まれてしまえば丑村に逃げる余地などない。
しかし、丑村はそれでも怯む事無く「ヒヒヒヒッ」と気持ち悪く笑い続ける。
「ワタシは娯楽管理部部長だぞぉっ!? ワタシに盾つく物に対し、当然の報いを下したまでだ!!」
「神子様に危害を加える者は、例え部長でも許されるわけありません!」
「ヒヒッ、ヒヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ! ワタ、ワタシはユルッ、許される! そう許されるのだ! ヒヒヒヒヒャッ!」
狂ったような丑村の笑い声を聞いているだけで那由多は気分が悪くなっていく。それはこの場にいる全員がそうだったのだろう。誰もが眉を顰めて丑村を見ていた。
「許されるんだぁっ! ソウ! そうだ! 今ココにいる全員の記憶を消せば、私の罪なんてなかった事にできるっ!! そうだ!」
「記憶を消す」などという不穏な言葉に真っ先に反応したのは十九の神子だった。
「まさか! 私の記憶が曖昧なのは、あなたのせいか!? 丑村!?」
「ヒヒッ、その通り! ワタシの異能は『記憶操作』! ヒヒヒヒッ!」
なるほど――焔がうろたえているのは記憶を操作されて状況を把握できていないからだと那由多は理解した。
「答えろ! 何のために私の記憶を消したんだ!?」
「ヒヒッ、ヒヒヒッ! オ、オマエは余計なモノを拾った! ワタシのオモチャだ!! あれはワタシの玩具なんだあああっ!!」
那由多をはじめ海はその言葉の意味が理解できなかったが、焔は何のことか気付いたようだった。
「まさか、あの人は……っ!?」
「ソウだ! お前が拾ったアレは! 玩具だ! ワタシを慰めるための玩具! こんな狭い世界に閉じ込められて、朝から晩まで神子や神の世話なんぞ何故ワタシがやらねばならぬ!? ワタシこそが敬われるべき存在だというのに! それなのに神域警備部と神子管理部が調査を始めるわ、玩具が逃げ出すわ! 何故ワタシがこんな惨めな目に遭わなければならん!?」
流石の那由多もここまで聞けば何の話か理解できた。
実は現世で美しい女性や少女が疾走する謎の事件が多発していた。消えた女性達の行方を追っている内に、辿り着いたのが神域管理庁だった。
現世の警察は神域内に行方不明になった女性達がいるのではないかと睨み、協力捜査を神域管理庁に依頼していた。
その事実は内密で神域警備部と神子管理部に申し送られて、密かに捜査も行なわれていたのだが――。
まさか目の前にいるこの男がその事件の犯人だったとは。挙句、動機が酷く下劣で、那由多は気持ち悪くなってしまう。
ふと焼け付くような熱気を肌で感じ、那由多はゾッとして振り返った。
見れば十九の神子が怒りに震え、全身に神力の熱を纏わせていた。
「現世から浚ってきた美しい娘達をワタシの好き勝手して何が悪い!? 何せ娘達は記憶を消されて全て忘れているのだからな! アレはワタシの玩具だああああっ!!」
「貴様あああああっ!!!!!」
焔が吼えた瞬間、焔の神力は火焔に姿を変え、丑村を襲った。
気づいた時にはもう遅く、丑村の身体は火焔に巻かれた。
「ぎゃああああああっ!!!! あづいぃぃいいあづいぃぃいいいいっ!!!! だじげでええええええっ!!!! ぐぎゃああああああああっ!!!!」
火達磨になった丑村が大絶叫しながらのた打ち回る。どうにかしたくても誰も手が出せなかった。それほど火焔の勢いは凄まじく、あまりの熱さに近寄ることすら阻まれる。
助けを求めた丑村があちらこちらへ走りまわるが、神々は火焔を恐れて距離を取る事しかできず、那由多も神子管理部の女性も火焔から逃げてそれを見ている事しかできない。
一方で十九の神子は燃え盛る火焔を抑えようとせず、丑村に苦痛を与えていく。
たかがこれだけの苦痛では済まさない。
被害者たちの苦しみ悲しみ痛みはこんなものではない。
もっともっと苦しめて痛めつけて絶望を味合わせてから死なせてやらねばならない。
その一心で神力を込めようとした。
「止めろ待て! これ以上はダメだ! 止めろ!」
十九の神子の腕を掴んだのは海だった。海の行動に十九の神子はカッとなる。
「何故止めるんですか!? あの男は断罪されるべきだ!」
「だとしても! アンタを人殺しにさせるわけにはいかない! 止めろ!!」
「――っ!!」
海の叫びに十九の神子は正気を取り戻した。
そして、己が怒りに任せて人殺しをしようとしていたことに愕然としてしまう。
十九の神子がその場に座り込むと、火焔の勢いが止まり始めた。
「早く!! 消火しろ!!」
海が素早く指示するが、丑村は耳を劈くような断末魔を上げて倒れた。あろうことか御社の屋敷の縁側で。
神力を纏った暴走している火焔は屋敷に燃え移り一気に飲み込んでしまっていた。最早誰も火焔を止めることができない。
「全員退避!!!!」
海が叫ぶより先に那由多は真っ先に逃げていた。
屋敷の中からも次々と神々が飛び出してくる。
しかし、暴走した火焔の勢いは止まらない。屋敷をどんどん飲み込んでいき、屋敷は崩れ落ちていく。
「早く!! 急いで!!」
海は火焔に飲みこまれる屋敷を見つめながら、逃げ遅れている者がいないか確認していた。座り込んでいた十九の神子を引っ張り上げて、自身も避難しようとする。
しかし、視界の端に逃げ遅れた小さな神を引っ掴んで屋敷の外へ放り投げている己の相棒である男神に向かって、火焔を纏った瓦礫が落ちてくるのが見えた。
「鋼鉄丸っっっ!!!!!」
騒ぎを聞き付けて駆け付けた紅玉と蘇芳が十の御社の入った時にはすでに、辺り一面火の海だった。
屋敷は完全に火焔に飲み込まれ、轟々と燃え盛っている。
生活管理部の女性が震えながら立っており、続いて神域管理部の女性職員と神子補佐役が立ち竦んでおり、呆然と火焔を見つめる十九の神子は力なく座り込んでいた。
そして、その瞬間を目撃してしまった。
紺碧の髪を持つ勇ましき己の幼馴染が火焔に飲み込まれた屋敷へ突入していく姿を――。
目の前で起きた一瞬の出来事に紅玉は息を呑むしかなかった。
「主っ! おい主っ!!」
己の相棒である鋼鉄丸を庇い、海は燃え盛った瓦礫の下敷きになった。火事場の馬鹿力で救出するも、火焔は海の全身を焼き、血塗れだった。口からも血を何度も吐き出しており、内臓が損傷しているのも明らかだ。
海の変わり果てた姿に神々が悲痛な叫びを上げる。誰かが医務部を呼べと叫ぶ。青褪めて全員が駆け寄ってくる。
「主! しっかりしろ! 主!!」
「……はっ……あ……かっ……ゴホッ!!!」
声にならない。声にできない。海の口からは真っ赤な血が溢れて零れるばかりだ。
「……こぅっ……てっまる……っ!」
「喋るな!! 今、医者呼んでるから!!」
美形だが、目付きが鋭く冷たく、冷酷な印象の己の相棒が酷く焦っている姿を海は冷静に見つめる。
そして、海は鋼鉄丸の襟を掴んで耳に唇を寄せた。
「……べっ……けて……っ……あた……じ……」
「え? なんだ? おい――」
次の瞬間、ゴボッと嫌な音が聞こえ、血の臭いが立ち込める。
パタリと海の腕が力無く地面に落ちるのが見えた。慌てて見れば、海が大量の血を吐いて絶命していた。
己の腕にも身体にも海の血が滴る程、溢れている。
「主……?」
周囲にいた神々が次々と繋がりを失い神界へと還っていく。
「主……?」
みな、涙を零し、何かを叫んでいる。
でも、何も聞こえない。
「おい! 海ぃっ!!」
血の気のない顔。半開きのまま光を映さない虚ろな瞳。口から大量に溢れる血。焼け爛れて皮膚が捲れ上がり血塗れの身体。強い神力の証である紺碧の髪も青い瞳も漆黒に戻っていく。
それが、女でありながら強く勇ましいと称される海の最期の姿だった。
「うわああああああああああああっ!!!!」
瞬間、真っ黒い邪力が辺り一帯を吹き荒んだ。その勢いで屋敷を飲み込んでいた火焔も全て消し飛ばしてしまう程、強大で凶悪な邪力だ。
海の亡骸を抱え、佇むのは悲しみと憎しみと邪力に侵蝕されつつある鋼鉄丸の姿。このままでは鋼鉄丸が邪神と成り果ててしまうだろう。
その事に那由多をはじめ誰もが青褪めた――その時だった。
「お待ちください! 鋼鉄丸様!」
那由多達の前に割って入ったのは、神力を全く持たない〈能無し〉の紅玉と神域最強戦士の蘇芳だった。
「鋼鉄丸様! 目を覚ましてくださいませ!」
紅玉は力の限り叫び、鋼鉄丸に訴えかけるが、鋼鉄丸の力の暴走は止まらない。全身から邪力を吹き出し、憎悪を露わにした顔で紅玉を睨みつける。
「煩い! 黙れぇっ!」
邪力を撒き散らし、鋼鉄丸が刀を振り降ろす――!
瞬間、響き渡る金属音。見れば、鋼鉄丸の刀を蘇芳が籠手で受け止めていた。
「蘇芳様!!」
「目を覚まされよ! 刀の神! 憎しみに心を囚われてはならぬ!」
「煩いぃぃっ!!!」
邪力をますます暴走させ、鋼鉄丸が力任せに蘇芳を圧倒する。強靭な身体を持つ蘇芳ですら顔を顰め必死だ。
しかし、その隙に紅玉が背後に回っていた事に、鋼鉄丸は気付くのが一瞬遅れた。
そして紅玉を睨みつけようとした瞬間、「パンッ!」という乾いた音が響き渡った。
鋼鉄丸は驚きに目を見開く。蘇芳もまた目の前の人物の行動に驚いていた。
なんと紅玉が邪力を纏った鋼鉄丸の頬を素手で叩いたのだ。
「目を覚ましなさい!! 鋼鉄丸! 海ちゃんが命をかけて何を守ったのかお分かりにならないのですかっ!?」
紅玉の一喝に、鋼鉄丸は目を見開き、恐る恐る己の左腕に抱える海の亡骸を見た。
「……ある……じ……」
急激に邪力が鎮まっていく。邪力に侵蝕されつつあった身体も色を取り戻していき、やがて邪気が完全に消え、辺りは静かになった。
鋼鉄丸は糸の切れた人形のようにその場に座り込む。腕の中の海の顔を呆然と見つめる。じわりと視界が歪んだ。
紅玉は鋼鉄丸の傍へしゃがみ、彼の腕の中にいる海の頬を撫でた。
「海ちゃんは最期まで海ちゃんでしたね……」
紅玉は虚ろになった海の瞳を手で覆って閉じさせた。
「……貴女は、本当にかっこ良い人です」
その瞬間、鋼鉄丸は慟哭した。
その叫びは神域参道町まで響き渡り、その慟哭を聞いた者の心を酷く締め付けたという――。
*****
とんでもない自白をした那由多を幽吾は見下ろした。
「前十の神子焼死事件の原因の一つとされているのは、当時の十の御社生活管理部による門の施錠忘れだったはずだけど……今の話を聞けば、門の施錠を外したのは君で、しかもそれは故意のものだったという事?」
「はい、そうです!」
心臓がドクリと嫌な音を立てる――。
「つまり君は前十の神子を殺そうとしたことかい?」
「いいえっ! 神の花嫁となる者が殺人などという恐ろしい罪に手は染めません! 私はあくまで天罰を――」
「君は馬鹿なのかい? どっちもどっちだよ」
「ひっ……!」
ドク、ドク、ドク――心臓の鼓動が速くなる。
「君は前十の神子のピンチの時も真っ先に逃げて自分の身を守った。そういうこと?」
「そ、そうです……だって危なかったから」
「君、何のための神子補佐役だよ?」
「私は神子補佐役ではなく、神の花嫁候補です! そう御告げを受けたのです!」
息が苦しい――呼吸が浅くなっていく。
「そう言えば、就任式の時も『御告げ』がどうの言っていたよね? それは何?」
「いっ、言えません! 約束ですからっ!」
「言えよ」
「嫌っ! だって神様の花嫁になれなくなっちゃう!」
心臓が嫌な音を立てる。
息が苦しい。
涙が止まらない。
怒りで目の前がグラグラする。
身体が熱い。
悲しい。
悔しい。
憎い。
赦せない――!
「――紅殿」
優しい声が響いた瞬間、正面からふわりと身体が優しいぬくもりに包まれる。
「落ち着け、落ち着くんだ。紅殿……ゆっくり深呼吸をしろ……うん、そうだ。良い子だ」
宥めるように背中をトントンと叩かれ、大きく息を吸って吐く。言われた通りにそうすれば、優しく頭を撫でられる。その感触が心地良くて心臓と呼吸が少しずつ穏やかになっていく。
「す、おっ……さまぁ……!」
「大丈夫だ、紅殿。俺はここにいる」
ぎゅうっとさらに抱き寄せられ、蘇芳のぬくもりと香りに紅玉は思わず縋ってしまう。
ほろほろと零れ落ちる涙が蘇芳の肩口を濡らすが、蘇芳は全く気にしない。
しばらくの間、蘇芳は紅玉の頭を撫でていたが、紅玉を抱え上げ、幽吾を見た。
「幽吾殿、後は任せたい。紅殿をこんな女の近くに居させたくない」
そして蘇芳は幽吾の返事を聞く前にさっさと部屋から出ていってしまった。
「……あれで付き合っていないって言うんだから驚きだよね」
思わずボソリと呟いた幽吾の言葉に、蒼石は苦笑いをしてしまう。
「さ~てと」
幽吾は指をパチンと鳴らす。その瞬間、鬼包丁や鎖や拷問器具を持った鬼神達が次々と召喚された。
恐ろしい容姿の鬼神に囲まれ、那由多は顔を青くさせて震え上がるばかりだ。
「じゃあ、洗いざらい吐いてもらいますよ。君の罪や『御告げ』についてもぜ~んぶ。これ以上だぁ~いすきな神様に嫌われたくないでしょ?」
「いっ、いやぁっ……か、かみさま……っ!」
「我も存分に協力しよう、幽吾」
「お~心強いよ~竜神様」
蒼石からの申し出にありがたく思いつつ、幽吾は改めて那由多と向かい合う。
「逃げられると思うなよ、神狂い女」
幽吾は心底楽しそうににっこりと笑って言った。
*****
暗闇に紅玉の啜り泣きが響く。時々苦しそうにしゃっくりを上げている。
その度、蘇芳は紅玉の背中を叩いたり、頭を撫でたりして宥めた。
やがて見えてきたのは「喫茶地獄一丁目一番地」――。
いつもの鬼神は不在だが、長椅子と卓が置いてあり、そして卓の上に茶が二人分用意されていた。
蘇芳は迷わず長椅子に腰掛け、紅玉を己の膝の上に乗せる。
「すおっさまっ……おろしてっ……」
「構わない。貴女が泣き止むまでこうしている」
蘇芳は紅玉の背中をポンポンと叩きながら、抱き寄せる。
「だっ、だいじょぶっ……なきやみますっ、もうなくのやめますからっ」
「紅殿」
蘇芳は両手で紅玉の頬を触ると目を合わせる。
その顔は悲惨だった。涙で顔はぐちゃぐちゃで、目は真っ赤。眉は思いっきり下がって、苦しげに顰められ――見ているとこちらが辛くなる程だ。
蘇芳は紅玉を抱き締め、頭を撫でる。
「……無理をするな。泣いていい。悲しいだろう。悔しいだろう。苦しいだろう。泣いていいんだ」
「うっ……っ……ぁ、ぅ……っ!」
蘇芳の声に大粒の涙が零れ落ちる。
「俺が傍にいる……だから我慢しないでくれ」
「うわああああああっ!!」
紅玉は蘇芳に縋りついて叫ぶように泣いた。
「うみちゃっ! ありさちゃぁぁああああっ! わたくしぃっ、いっつも、いっつもぉっ! どぉしてぇ! どぉしてぇぇええええっ!? うわぁぁああああああっ!!」
悔しさを、悲しさを、苦しさを、憎しみを――全て吐き出すように泣いて、泣いて、泣いて、泣き叫んだ。
蘇芳はただ泣き叫ぶことしかできない紅玉を強く抱き締めて、少しでもその悲しみが癒えるように紅玉の傍にいて、頭を撫で続ける。
紅玉が泣き疲れて眠ってしまっても、蘇芳は決して傍から離れようとしなかった。
<おまけ:海と紅玉>
ある日、海の元を訪ねると、海が激しく落ち込んでいた。
そうして話を聞けば、どうやら海は葉月と喧嘩をしたらしい。そして――。
「あたし……また葉月に物凄く酷い事を言った気がする……」
「……あらぁ……また、です?」
「うん、また」
海の言葉に紅玉は困ったように笑ってしまう。
「言った気がするってことは、また何を言ったか覚えていないのですか?」
「……うっす」
海は昔からそうだったと紅玉は思う。
考えなしの猪突猛進。口よりも先に手が出て、口も考えなしに真っ直ぐ過ぎる言葉を人にぶつけて、場合によっては相手を泣かせ、挙句言った本人は何を言ったか忘れるという。
「鳥頭の自分が嫌で仕方ないわ……頭の良い葉月が羨ましい……」
何やら似たような話を聞いたことがあるなぁと紅玉は思う――しかもその葉月から。
思わずクスリと笑ってしまう。
「海ちゃんには海ちゃんの良い所、葉月ちゃんには葉月ちゃんの良い所があります。海ちゃんが自分には持っていないものを葉月ちゃんが持っていて羨ましいと思っているのと同様に、葉月ちゃんもまた海ちゃんの事を羨ましく思っているはずです。でないと、仲良く喧嘩なんてできないでしょう?」
「仲良く喧嘩ぁ?」
「はい。いつも仲良さそうに喧嘩なさっていますよ。羨ましいくらいに」
「ふふふっ」と紅玉は楽しそうに笑う。
「海ちゃんはご自身の猪突猛進的な性格が嫌いだとおっしゃいましたけど、わたくしは海ちゃんのその行動力に救われました。男子に意地悪をされて泣いていたわたくしを考えるよりも先に行動して、わたくしを庇うように男子に立ち向かってくださった海ちゃんはとってもかっこ良かったです。わたくしの初恋といっても過言ではありませんのよ」
「え……すごいカミングアウト」
「あくまで女性としての憧れという意味ですわ」
「あーはいはい。分かっていますよ」
紅玉にとっての本当の初恋相手が誰かだなんて、海だって知っている。それ程にまで見ていて面映ゆいのだ。紅玉とあの身体の大きな先輩の関係性は。
「だから、海ちゃんはそのままでいいのです。考えなしで思うまま突撃してくださいませ」
「ええっ、なにそれ」
海も思わず笑ってしまう程に助言になっていない。
だが、海にとっては何よりも嬉しい言葉だった。
「そのままでいい、か……」
「ええ。よく考えて行動するだなんて海ちゃんらしくありませんわ」
「あっ! 言ったなコンニャロー!」
「あらあらふふふっ!」
楽しそうに笑う紅玉を見て、海も笑う。
「うん、わかった。もっかい、葉月とちゃんと話すよ」
「はい。是非そうしてくださいな」
「……紅」
「はい?」
「ありがと。やっぱりアンタはあたしの最高のライバルだわ」
「はいっ!」
それが海と紅玉の最後の会話となってしまった。




