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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
166/346

受け継がれる思い




 夏希の手紙に那由多は絶句するしかなかった。顔面蒼白で立っていることもままならないようで足元がふらふらである。


「……おい、今の話は本当なのか? 次期二十の神子、那由多」


 那由多を睨みつけて怒りのこもった声でそう尋ねたのは皇族神子の一人――三の神子である。曙色の髪と夜闇のような紺色の瞳を持つ皇子だ。流石は皇族神子――容姿が大変整っているせいで、怒った顔は恐ろしさすら感じる。

 三の神子の声に那由多はたじろいでしまう。


「わっ、わたしはっ……ちがいます……っ! 私はただ御告げを……っ!」

「言い訳は無用です。次期二十の神子……いえ、那由多」


 那由多の言葉を遮ったのは真珠だった。

 真珠は三の神子の前で跪くと言う。


「畏れながら、殿下……彼女には神子反逆罪の疑惑があり、こちらで秘密裏に調査をしていたところなのです」


 真珠の言葉に那由多は驚きが隠せない。


「ふぅ~~~~ん……それにしても報告が遅い」

「申し訳ありません。きちんと証拠を揃えてから報告しようと思っていたので」

「あっそ。ならいいけど……神子就任決まってからの方が面倒だった事を忘れていないだろうな?」

「……勿論でございます」


 三の神子は真珠を睨むように見つめる。


「おいおい気をつけてくれよ、聖女サマ。俺達は遊びで神子やっているんじゃねぇんだ。きちんと仕事してくれなきゃ困る。肝に銘じておけ」

「……申し訳ございません」


 三の神子の厳しい指摘に真珠は頭を下げるしかなかった。


「しっ、真珠様……!」


 那由多が頼りない声を発しながら、ふらふらと真珠へ近付く。


「わっ、私は神子に……私は神子になれと御告げが……っ!」

「黙りなさいっ!!」


 真珠の怒声に那由多はビクリと肩を揺らし、ついには尻餅を着いてしまう。


「神子反逆を行う下等な人間が神子になるなど言語道断! おって沙汰を待ちなさい! 警備部、彼女を捕らえなさい!」


 真珠の声で神域警備部が動き出す。あっという間に真珠を捕らえてしまう。


「あ、ああっ! 私、私はあっ! 神子にっ! 神子にならなくてはいけないのぉぉおおおおっ!!」


 泣き叫びながら那由多は神域警備部に引き摺られて行ってしまった。


 その様子を桜姫は呆然と見つめていたが――。


「……桜」

「っ!?」


 名を呼ばれ振り返れば、そこに立っていたのは一の神子である皇太子だった。

 桜姫は慌てて、頭を下げた。


「おっ、お兄様……っ、これは……っ!」

「桜、そなたはきちんとあの者の素性を調べてから推挙したのか?」

「そ、れは……ですが、彼女は仕事はきちんとしていたと有名で――」

「――だが、その裏では職務怠慢もしていた。それを見抜けなかったのはそなたに落ち度がある」

「でっ……ですが、お兄様、私は……」

「言い訳はそこまでだ、七の神子。そなたにはあの者を推挙した責任を取らねばならない」

「……っ!!」


 一の神子の強く厳しい声と金色に輝く瞳に射抜かれて、桜姫に反論の余地などありはしなかった。

 思わず涙目になりながら桜姫は深々と皇太子に頭を下げた。


「……っ……申し訳、ありません」


 辛うじてその言葉だけ言う事ができた。


「……それと、桜……元二十の神子から取り上げた『神力の宝石』を渡しなさい」

「おっ、お兄様、それは……真珠を助ける為に使おうと……っ!」

「……桜、渡しなさい」


 有無を言わせない一の神子の神力の圧に、桜姫は従う他なかった。


「…………はい」


 そう答えると、桜姫は泣きそうな顔で真珠を見る。

 真珠は小さく溜め息を吐くと、胡桃色の輝く宝石を一の神子に渡した。


 それをしっかり受け取った一の神子は桜姫を見てはっきりと言った。


「下がって、黙っていなさい」


 一の神子に命じられるがまま、桜姫は呆然とした表情でふらふらと後退さる。ふらついた桜姫の身体を真珠が慌てて支えながら寄り添った。


 七の神子を黙らせたところで――問題はこれからだと、一の神子は溜め息を吐きながら頭を悩ませる。


「……さて、どうしたものか……」

「幸い……運が良かったのは、今回の就任式が規模の小さいものだったという点か」


 三の神子の言葉に同意しながら一の神子は辺りを見渡す。

 今回の就任式の参加者は皇族神子を除けば、中央本部の職員数名と、八の神子、十八の神子、二十八の神子、三十八の神子、そしてその神子に仕える職員達だけである。


 これは不幸中の幸いと言えよう。何故ならば、ここにいる参加者全員が四大華族もしくは八大準華族の関係者なのだから。口止めは容易い。


 すると、十八の神子が前へ進み出た。


「皇太子殿下――畏れながら発言を御許しください」

「構わない」


 一の神子の許可がもらえたところで、十八の神子は祈りの舞台の方を振り返って叫んだ。


「お前が関係している事は分かっている! 出て来い! 幽吾!!」


 名を呼ばれて、幽吾は祈りの舞台の影からひょっこりと現れた。

 頭の上に鳥の神獣を乗せた愉快な姿で。


「は~い、呼ばれて登場、幽吾で~す」

「おどけてはぐらかすな。お前が退職した職員を神域に招き入れたのだろう? あと、先程の演出についても。人事課の職員の権利を利用して」

「え~、いやだなぁ、まるで僕が諸悪の根源みたいな言い方は止めて欲しいな~……獄士兄さん」


 幽吾はそう言って十八の神子――己の兄を見た。にっこりと心内の読めない笑顔で。


 そんな兄弟の対峙を後ろから見ている紅玉は知っていた。十八の神子こと獄士が幽吾の実の兄である事を――幽吾本人に直接聞いた事があったから。

 そして、兄弟間の仲があまり良くない事も――。


 幽吾と獄士――兄弟のピリピリとした緊張感漂う対立に紅玉はハラハラとしながら見つめる。


「先程の演奏者達はどうした?」

「神様達にはご自身のお力でお帰り頂いております~。人間の出演者二名に関してもすでに立ち去ってもらっております~。一名だけここにいますが」

「他にも部外者がいるな……」

「彼らは協力者です~。責任は僕にありますのでどうか責めないでください」

「挙句に人事課の権利を利用し、退職した職員を招くなど……それがどういう事か分かっているのか?」

「背に腹はかえられなかったんです~。でもそのおかげで、七の神子様が推薦してしまった根っから腐った人間を神子にせずに済んだし、後始末もできて一石二鳥です」

「七の神子を侮辱するのか?」

「とんでもな~い。姫様はまだ若く拙い。その分、我々大人がフォローしてあげなければ~という意味ですよ、兄さん」

「………………」


 幽吾はニコニコ笑う。獄士は幽吾を睨む。

 無言の押し問答が続く。

 獄士に至っては、常闇のような黒から朝焼けに変わるような薄紫の髪と底の見えない湖のような暗い青の瞳から強い神力の圧を放っているが、幽吾は全く動じない。


 やがて獄士は溜め息を吐き、神力の圧を緩めた。


「どちらにせよ、職権乱用だ。追って沙汰を待て」

「は~い。あ、そうそう。那由多の取り調べ、僕に引き受けさせてください」

「……なにゆえに?」

「彼女は過去にも神子反逆罪の容疑がかけられています。そっちに関しても再度追及する必要がありますので~」

「…………ふん、好きにしろ」


 獄士は幽吾に背を向けると離れていった。


 自分の方にまで伝わってくる緊張感からようやっと解放され、紅玉はほっと息を吐く。そんな紅玉の背を心配そうに蘇芳が撫でる。


「紅ちゃん、大丈夫?」

「あ、えっと、すみません……」


 話には聞いていたものの、よっぽど兄弟間の仲は良くないようだと紅玉は思った。


「気にしないで、兄さんのアレはいつもの事だよ」


 幽吾は気にした様子も無くサラッと告げるも、紅玉は気になってしまう。

 蘇芳といい、幽吾といい、四大華族というものは少々厄介な事情を抱えているようだ。


「それにしても……」


 幽吾はそう言うと、夏希を見た。


「演説お疲れ様。よっぽど不満が溜まりに溜まっていたんだね」

「……最初、何て言ってやろうかと悩んでしまって……言いたい事もたくさんあったので、まとめる為に文字にしていたらいつの間にかあんな感じに……」


 夏希は少し恥ずかしそうに苦笑いをしながら、手紙をくしゃりと握り潰した。


「それと……あんな堂々と晴々とした顔で立っている那由多の姿を見ていた、なんか忘れかけていたありとあらゆる思いが爆発してしまいました……あんたなんて地の底まで落ちてしまえばいい……って思いながら」


 しかし、思いをぶちまけたにもかかわらず、夏希の表情は晴れない。己の憎しみの深さに愕然としているのか――自嘲的な表情であった。


 すると――。


「ええやん。そう思っても。そう思われて当然の事をしてきたんやで、あの女」

「!」


 夏希が顔を上げれば、仁王立ちした美月が堂々とそう言い切っていた。


「自分の為に、自分だけがええ思いをする為に、人を騙したり、傷つけたり、蹴落としたりしてきたんやで! あれくらいの罰受けて当然やし、まだまだ足りひんで!」

「そ……そうですか?」

「そうや! 神子反逆罪とか神子に対する罪ばっか責められているけどな、あの女の一番の罪はパワハラや! パワハラ! 仕事ちゃーんとせぇへんくせに、責任は部下に取らせる最低な上司の典型的パターンや! そんな自己中な女は曝されて罵詈雑言浴びせられたらええっ!!」


 美月の包み隠さない真っ直ぐ過ぎる発言に流石の夏希もあんぐりとしてしまう。紅玉も思わず苦笑いである。


「美月ちゃん、もうちょっと口を慎みましょうね」

「ウチは言いたいことはハッキリ言う主義なん! 溜めとったらエライことになるって思い知ったしな。あっ、別に変な意味やないで! ウチの場合、歌うのを我慢していたことが悪かったんや。ウチやっぱり歌うことが好きや。やからウチは歌うの我慢せずに歌い続ける。いつだってどこだってウチは歌えるってことがわかったからな!」

「はい……!」


 今までで一番すっきりとした表情の美月の笑顔を見て、紅玉も安心して微笑んだ。


 美月は夏希と向き合った。


「やから、夏希さんも、遠慮せんで言いたいこと言い切って。そんで嫌な事はぜーんぶキレイさっぱり忘れて、これからも頑張ってな!」

「……はいっ!」


 夏希は美月の手を握って涙を流した。


「ありがとう……っ……本当にありがとう……! 私の事を忘れないでくれて……私の思いを受け継いでくれて……本当にありがとう……美月さん!」

「どういたしましてっ!」


 美月の目の端にも涙が浮かんでいた。


 すると、幽吾が夏希に声をかける。


「それじゃあ、君はそろそろ現世へ帰ろうか」

「はい」

「……夏希さん、元気でな」

「美月さんも……どうかお元気で」


 そうして幽吾に連れられ、夏希は去っていった。


 夏希の背に手を振りながら、美月は紅玉に言う。


「……紅ちゃんのおかげやよ」

「……はい?」

「紅ちゃんがね……腐っていたウチにめげずに一生懸命寄り添ってくれた姿見て、ウチも紅ちゃんみたいに誰かに寄り添える優しい人になりたいなぁ思って……やから、ウチ、夏希さんに声をかける事ができたし、手紙も捨てずに取っておいたんやで。やから、事件解決できたんは紅ちゃんのおかげやで!」


 美月の弾けるような笑顔に紅玉は目を見開いてしまう。

「おおきになっ! 紅ちゃん!」


 その言葉に泣きたくなる程嬉しくなる。

 あの時自分が美月にしてきた事が今に活きているのならば、なんて誇らしい事だろう。


「どういたしまして」


 紅玉は思わず瞳を潤ませて微笑んだ。




 そんな紅玉を蘇芳が優しく見つめていた。







 その蘇芳を、涙で濡れた苺色の瞳が睨みつけていた。




*****




 美月達と別れた夏希の行く先にいたのは――右京と左京に連れられた百合だった。


「ぁ……っ……」

「…………」


 無言で百合を真っ直ぐ見つめる夏希に向かって、百合は頭を下げた。


「ごめんなさい! 心の底から反省しています。あなたに多大な迷惑と心に傷を負わせてしまったことは、決して償いきれない私の罪です! ごめんなさい!」

「……あなたは、これからどうするんですか? 百合様」

「……え?」


 夏希の言葉に百合は顔を上げた。


「結局就任予定だった那由多は不祥事により就任は撤回されるでしょう。しかし二十の神子は不在のまま。神子不在が続けばまた神域では邪神が溢れかえるという悲劇が起き、それが現世に影響しかねません。あなたの現世にいる大切な人も犠牲になるかもしれない」


 元神子管理部職員だった夏希にとっては常識のことだったが、きちんと教育を受けていない百合にとっては驚きの事実だった。


「あなたはどうしますか? このまま神子不在の件に目を瞑って、優しく甘やかしてくれる両親の元で厳しくも静かな生活を望みますか? それとも、かつての行いを罵られ、怠惰だと烙印を押されてでも、また神にちやほやされ甘えた生活が送れる神子の道を選びますか?」

「…………」


 那由多の問いの答えに関して、百合はとっくに心を決めていた。

 きっと自分がここに連れてこられたのはそれが理由だろうと思う。己の覚悟を見せる時なのだと――今度こそ。


「私は、どちらも選びません」


 百合ははっきりとした声で言い続ける。


「かつての罪を罵られ、馬鹿にされようとも、私は神子の道を選びます。でも今度は自分を決して甘やかさない。現世を守るため神子の役目を果たしてみせます」

「……いばらの道ですよ?」

「覚悟はできています。私は今度こそ立派な神子になります!」


 百合の真っ直ぐで純粋な瞳を見て――夏希は頷く。


「あなたの覚悟、現世から見守らせていただきます」

「ありがとうございます!」


 百合は深々と頭を下げた。


「どうかその覚悟忘れないでくださいね」


 夏希はそう言うと、幽吾とともに頭を下げている百合の横を通り過ぎていった――。


 しばらく頭を下げていた百合だったが、人の気配を感じ、顔を上げる。


「元二十の神子、百合よ」


 百合の目の前に現れたのはなんと一の神子だった。

 百合は慌てて跪いた。


「一の神子様……! 皇太子様……!」


 百合に続き、右京と左京もまた跪く。


 そして、一の神子は百合に向かって言う。


「そなたにもいろいろ思うところはある。だが、そなたの神子の力は本物であり、いばらの道でも歩もうとするそなたの決意しかと見た。此度の件で神域が少し乱れている……今は安定化を図ることを優先したい」


 一の神子が術式を展開する。すると、百合の胸の前に紋章が現れ、そこに一の神子が持っていた胡桃色の宝石が吸い込まれていく。

 そして、胡桃色の宝石が百合と一体となった瞬間、百合の身体から神力か溢れ、ふわりと緩やかな胡桃色の髪と森の色の瞳が戻り、身体から漆黒が消えた。


 身体から満ち溢れる神力に百合は涙を零していた。


 そんな百合に一の神子は告げる。


「神子としての役目を心から果たしなさい。二十の神子、百合」

「はい! ありがとうございます!」


 祈るように深々と頭を下げる百合を見ると、一の神子は踵を返し去っていった。


 一の神子が見えなくなったところで、右京と左京は立ち上がり、百合の傍へ寄る。


「本当に大変な道を選びましたね」

「あなたの味方は今この神域にはいないというのに」


 相変わらず手厳しい双子の言葉に、百合は決意を揺るがすつもりはなかった。


「それでも、私は決めたの。どんなに厳しくて険しい道でも、今度こそ立派な神子になって、パパとママの住むこの国を守るの」


 その強い決意に双子は真剣な眼差しで百合を見つめた。


「「その決意、決して揺るがぬことがないように」」

「ええ、どうか見ていて。必ず汚名挽回してやるんだから!」


 堂々とした百合の宣言に双子はにっこりと笑う。


「汚名は返上ですよ」

「まだまだですね」

「うっ……!」


 道のりは果てしなく厳しいようだ。




*****




 夏希を連れた幽吾が御社の入り口までやってくると、そこには男性が立っていた。


 根元は漆黒、毛先に向かって銀、白銀、白と変わりゆく美しい色合い髪と、紫と青とが混じり合う色合いと銀の光を宿した不思議な瞳を持つ美男だ。


 その美男は幽吾を見つけると、手を上げた。


「幽吾。課長がお呼びだぞ。今すぐ向かえ」

「うわ~……もう早速情報伝わっている~。さっすが神獣連絡網……恐るべき速さ」

「その女性は俺が預かろう」

「結構です~。プレイボーイで有名な鷹臣先輩なんかに預けたら、もれなく身持ちで帰らされちゃう~」


 幽吾の包み隠さない発言に夏希はギョッとし、鷹臣と呼ばれた美男は幽吾を睨み付ける。


「……お前な、仮にも先輩に向かって……」


 その時だった。


「幽吾君!」


 駆け寄ってきたのは世流だった。

 実は事前に夜を二十の御社の待機させておいたのだ。そして事前に打ち合わせていたように幽吾は世流に夏希を引き渡した。


 幽吾はこっそり夏希に耳打ちをする。


「ご協力ありがとう。この世流君なら君を必ず安全に現世まで送り届ける事ができるから、安心してね」

「は、はい」

「さあ、行きましょう」


 世流は夏希を安心させるように微笑むと、夏希を連れてあっという間に立ち去っていった。


 円滑過ぎるやり取りに、鷹臣はただ見ていることしかできず、思わず溜め息を吐いてしまう。


「……あらましは報告を受けた。許可なく現世から人間を連れ込む行為は禁止だ。お前はそれを分かっている上でやったのか?」

「当然。でも、大した罰にはならないと思いますよ。何せ僕のその行動のおかげで未然に大きな過ちをせずに済んだわけですし」


 自信満々な幽吾の真意の読めない笑顔に男性は溜め息をまた吐く。そして去り行く世流の背中を見た。


「それにしても……とんでもない護衛をつけてくれやがったな」

「ああでもしないと彼女の身が危ないでしょ? ただでさえこちらの事情に巻き込んでしまっているというのに」

「ああそうだな。あの女男に逆らえる中央本部の人間はいないからな」


 幽吾はそれを理解している上で世流に夏希の見送りを託したのだ。確実に、安全に、送り届けられるように。


「……それにしても、元気そうでなによりだな」


 含みのある鷹臣の言葉を幽吾は聞き逃さなかった。


「下劣な親父どもの遊び道具にされたくせに」


 その瞬間、鷹臣の元に突風が吹いた。見れば、地獄の鬼神が男性の首に鬼包丁の刃を当てているところだった。

 そして、幽吾が一段と低い声で言い放つ。


「……それ以上、下衆な発言は止してくださいね、先輩……体と首がさよならしますよ」

「やれるものならやってみたらどうだ?」


 しばし沈黙の睨み合いが続く――しかし、鬼神が瞬時に消え去ったことで決着はついた。


「はいはい、大人しく課長のところに行けばいいんでしょ、行けば」


 右手を振りながら幽吾はその場を立ち去っていった。


 一人になった鷹臣はかつての遊戯街――娯楽街と呼ばれていた頃に起きた悍しい事件を思い出していた。

 口にするのも憚られる程、下劣な行為が密かに行われ続けていた娯楽街――そして、その時の被害者の一人こそ――……。




 先程一瞬すれ違った女性と見間違う程の美しい男性の微笑みを思い出す。




「俺だったらあんな風に笑えないな」


 その呟きは誰にも聞かれることはなかった。





<おまけ:演奏者達の舞台裏>


 演奏終了後。祈りの舞台裏側では――……。


なずな「ほら、お前達! 出番は終わったからずらかるよ!」

りん「ほらほら、元郵便課のお兄ちゃん達も一緒に逃げるよ!」

紀康「おい真鶴! メンドクサイ事に巻き込まれる前に逃げるぞ!」

真鶴「う~ん……なんか俺、ここにいて話を聞いた方がいいような気が(冬麻さんに関係ある話の予感がする)」

紀康「愛しの彼女が待ってんだろ!?」

真鶴「うん、帰ろう!」

紀康(イラァッ!)

つる「あら? 伊吹はどちらですの?」

伊吹「ふぅ~~疲れたなぁ~~。久々の演奏は楽しいけど、人前はやっぱり苦手だなぁ……ちょっとひと休みひと休み」

つる「そんな暇などありませんわっ! このお馬鹿さんっ!」

伊吹「紫の菓子食うくらいはいいだろう~?」

なずな「あっ! 伊吹ズルイ! うちにも分けてくれよ!」

りん「あっ! りんも食べたい!」

つる「あなた達だけズルイですわ! あたくしにも寄越しなさいっ!」

紅玉「楽器組の皆様ぁ? とっとと御社にお帰りなさ~い? ふふふっ!」

楽器組「「「「……うっす」」」」

元郵便課((……こっわ))


 逃亡までちょっとバタついていたとかいなかったとか。


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