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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
163/346

ツイタチの会~報告と告白~

区切りの良いところが見つからず、少々長めです。

よろしくお願いします。




 再捜査の翌日、「夢幻ノ夜」にてツイタチの会が開催されることになった。再捜査の結果を報告し合うためだ。


 邪力に取り憑かれ巨大な猫又に変化して大暴れした美月と美月の看病に当たっている焔が不在だったが、ツイタチの会は進められていく。




 轟と世流の自密な捜査により、岩源と卯之原の職務怠慢やほぼ毎夜遊興三昧していたことは明確となり、その上神子を守らず真っ先に逃げた事も加わり、二人は本日を以って正式に懲戒免職となった。

 二人の身柄は幽吾の預かりとなり、恐らく地獄の入口でまさに地獄のような日々を送っているだろう。


 しかし、そもそもの原因である百合や岩源や卯之原の教育担当者は結局判らずじまいだった。

 何せ二十の御社の過去記録を全て真珠達――宮区の職員に持ち去られてしまったのだから……。


 紅玉から詳しい経緯を聞いた轟は紅玉を鋭く睨み付けた。


「……それで、ノコノコ引き下がったってことか?」

「…………はい」

「ハイじゃねえだろ!?」


 轟は激しく卓を叩いた。


「そこに重要な容疑者の名前が書いてあるなら記録ぶんどってでも見やがれこのバカッ!」

「……申し訳ありません」

「謝って済む問題じゃねぇぞ!?」

「ちょっと! 紅ちゃんをそんなに責めないでよ、轟君!」


 世流が諌めるも轟の怒りは収まらない。


「っざけんな! コイツが逃げたせいで、俺様達はもしかしたらとんでもないゲスを見逃しちまった可能性があるんだ! 俺様達はそれを調べ突き止めなきゃならないはずだ! だが、それがもう叶わない! これがどういう事かわかってんのか!?」


 轟の言うことは正論だ。世流は言い返せず言葉に詰まってしまう。


「……轟君の言う事は正しいよ。二十の御社の過去記録を宮区に持ち去られてしまった今、ポンコツ三人を教育した職員が誰だかわからなくなってしまったからね」

「……申し訳ありません」


 立て続けに幽吾にまで言われてしまっては、紅玉は平謝りするしかなかった。

 あの時一人捜査から抜ける事になってしまった天海も責任を感じ、ションボリとしてしまう。


 幽吾は少し息を吐くと話し始めた。


「ちなみにポンコツ職員二名からも事情聴取して、最初の補佐役について聞いたけど……あいつらホントに就任当初から仕事していなかったみたいだね。何もわかりませんの一点張りっていうか、本当に何もわかりませんって感じ。仮に何か覚えていたとしてもおつむがポンコツだから証言は信用なりやしない。あまりにもポンコツ過ぎてムカついたから、今日は地獄カフェでタダ働きさせてる。休憩時間なしの労働時間二十四時間」

「鬼だな」

「安心して。少しでもサボったら鬼神君によるケツバットつき」

「鬼だな」


 しかし文はそう言いつつも、ポンコツ職員二名に同情する心なんて欠片もなかった。


「……警備部の記録には何か手掛かりはないのか?」

「全然! なんも!」


天海は期待を込めて言ったが、轟に一刀両断され、再びションボリとしてしまう。


「岩源のヤツ、神子護衛役就任時からすげぇテキトーなことしか書いてなくて、記録としてありゃやべぇぞ。自分の仕事じゃねぇのに代わりに書いていた冬麻の記録の方がずっとマシだ」


 追い討ちをかけるような轟の言葉に天海は最早沈んでいくばかりだ。


「じゃあ、神子は? 流石に神子なら覚えているでしょ? 自分の教育係」


 文の言葉に右京と左京が首を横に振った。


「実は彼女……神子に選ばれた当初、ご両親と別れて暮らす事が嫌で、神域に来る事自体ごねたらしく……神子就任当初はホームシックが酷く、教育係よりも、自分に甘くて優しい降臨した神々とほとんど一緒に過ごしていたそうです」

「つまりは、残念ながら覚えていません、だそうです」

「どいつもこいつもポンコツだなぁっ!」


 思わず怒鳴った轟を文が睨む。


「じゃあ、轟に聞くけど、自分の婚約者は思い出せたの?」

「うっ……そ、それは……」

「……ポンコツ」

「んだと文ぁっ!?」


 轟が文の胸倉を掴んだので、世流は慌てて止めに入る。


「轟君、落ち着きなさい!」

「……チッ!」


 轟は文から手を離すと乱暴に座る。


「文、君は言い過ぎだ。止めなさい」

「…………ふん」


 無表情の幽吾に窘められ、文は罰が悪そうに外方を向いてしまった。


 朔月隊の間に少しギスギスした空気が漂い、紅玉はますます申し訳なさが増してきてしまう。


「申し訳ありませんっ」


 頭を深々と下げる紅玉の背中を鞠と空が優しく撫でる。


「ベニちゃん、ゲンキだしてくださーい」

「でも、先輩、どうして大人しく引き下がったっすか?」

「…………ごめんなさい……わたくしにもわからないの…………ただ………」


 真珠の目を思い出すと、何故か底知れぬ恐怖が呼び起こされる。

 その不気味な感覚に、紅玉は身体を震わせ、思わず腕を擦った。


「……逃げなきゃって……思って……?」


 紅玉自身、その回答であっているか分からず、思わず疑問系で話してしまう。

 そのせいで空や鞠も首を傾げてしまうが、紅玉の顔色があまりにも悪かったせいだろう――二人は追及を止めた。


「先輩、怖かったっすね。もう大丈夫っすよ」

「ベニちゃん、tea timeデース。ハイ、ノんでノんでー」


 そうしてニコニコと微笑みながら紅玉の世話を焼きだした空と鞠を轟は睨んだ。


「おい! 紅を甘やかすんじゃねぇ! 最年少コンビ!」

「Non nonでーす! マリとソラはNotコンビ! キョーダイデース!」

「血ぃ繋がってねぇだろ!」

「ソレデモー、マリのママはハルママで、ソラはマリのキョーダイデース!」

「そうっすよ。血は繋がっていなくても、俺と鞠ちゃんは兄妹っす! お母さんがそう言ってくれたっす!」

「今はそんな話どうでもいいだろうがっ!!」


 その時だった。


「こんのあほんだらぁ!!」

「あでっ!?」


 その怒鳴り声とともに轟の頭から「ゴンッ!」という衝撃音が鳴り響き、轟の目から星が飛んだ。


「ええ話やないの! 真面目に聞きぃっ!」


 その声に轟はハッとして振り返れば、そこには怒った表情をして立っている美月がいた。美月の看病をしていた焔も一緒だった。


「美月……!」

「美月ちゃん!」

「ミツキちゃん!」


 天海と空と鞠が真っ先に立ち上がり、美月に駆け寄る。


「だ、大丈夫か? 具合は?」

「もう元気になったっすか?」

「Are you all right?」


 質問責めにする三人に答えたのは焔だ。


「ドクターと八の神子の金剛様から許可を頂いた。十分に回復したし、邪力も完璧に浄化されているので問題ないそうだ。本日を以って無事退院だ」

「よかったっす!」

「ヨカッタデース!」

「よ、よかった……っ」


 焔の説明を聞き、誰もが安心した表情を浮かべる。天海にいたっては涙目だ。

 そして、美月は改めて全員を見ると、頭を深々と下げた。


「ホンマすんませんでした! 心配かけてホンマにごめんな……心配してくれてありがとうな」


 涙を堪えて美月は微笑んでみせる。


 しかし、轟だけ納得できていない表情をしていた。


「美月、おめぇ――!」

「ストップ!」


 立ち上がった轟を美月が制止させた。


「アンタに言われずとも、ちゃんと話す。自分の正直な気持ち……全部話すわ」


 右京と左京が美月と焔の分の茶を用意し、全員が席についたところで、美月は語り始めた。




*****




「ウチらの地元は山深いところにあってな、遥か昔の時代から妖怪の一族がたくさん住んでいた土地やったらしいんや。んで人との争いもかなりあったらしいんや」


 現代の大和皇国では、妖怪一族はどこかの山奥や森の奥地に住まうな神秘的なものとして語り継がれることがほとんどだが、かつては互いの住み処を侵し、激しく争ったと歴史で語り継がれる程だ。

 本物の妖怪を見た人間は現代の世にはいないが、かつて妖怪がこの国に存在したと大和皇国に住む誰もが知っている。

 そして、長く続いた争いに終止符を打つために、決して互いの住み処を侵してはならないという契約を交わした事も……。


「やけど、中には変わりモンの妖怪もおってな。人間と暮らすことを望むヤツもおったんよ。んで、人間と妖怪が共存しあう小さい村ができたらしいんや。ほんで人間と妖怪が結ばれるという事もあった。そして長い年月をかけて妖怪の血は徐々に薄まっていき……やがて先祖返りという妖怪の力に目覚める子孫が生まれるようになった。それがウチらや」

「妖怪と人間が結ばれた話は、噂には聞いた事はあるけど……こうして美月ちゃんや轟君や天海君を見ていると、本当の話なのねって感じ」


 世流の言葉にみな頷く。


「まあ、今では妖怪の先祖返り自体貴重やからな」

「同じ時代に三人も生まれる事自体が珍しいくらいだ」


 美月と天海の言葉に同意するように轟も頷いていた。


「でな、実は……妖怪の先祖返りは昔々に皇族神子と交わした約束で、十八歳になる年に神域管理庁でお勤めせなあかんっていうのがあってな」

「え、そうなの?」


 真っ先に驚きの声を上げたのは文だった。

 他の者も驚きの表情を見せている中――幽吾と紅玉だけがあまり驚きの表情を見せていない。


 美月の話は続く。


「轟と天海はもうちっちゃい頃に先祖返りの血に目覚めとったから、もうちっさい頃から神域管理庁の就職が決まっとった」

「……美月ちゃんは違うんですか?」


 左京の何気ない質問に美月は苦笑いをした。


「……ウチはな、最初こんな耳も尻尾もあらへんかったんよ。確かに人より運動神経ええなぁとか歯が人より尖っとるなぁとかはあったんやけど……見た目はただの人間だったんや。やからウチは夢を追うことができた。夢に向かってまっしぐらやった」

「夢……ですか?」


 右京の問いかけに美月は瞳を閉じ、懐かしげに語り出す。


「小さい頃からの夢、やりたかった事、好きな事……あの時はそれができるだけで幸せやった。全力でその夢を突き進んで楽しかった……」


 過去を語る美月の切なげな声に、何故かみんな胸を締め付けられていく。


「……俺も轟も美月の夢を応援していた美月は俺達と違って、やりたいことがあったから……俺達と違って、夢を追うことを許されていたから……」


 小さい頃から未来が決められていた天海達にとって、美月は羨ましくも応援したい存在だったのだろう。天海の声も切なげでどんどん苦しくなっていく。


 そして、嫌な予感に胸がざわめきだす。


 美月はゆっくり瞳を開けると再び語り出した。


「あともうちょいで夢が叶うところやったのに……なのに……運命は残酷やわ……異変が起きたんや」


 その嫌な予感は最初からわかっていたはずだった。

 そうでなければ、美月は妖怪の先祖返りとしてここに存在していないのだから――。


「ある日突然、ウチは猫又の先祖返りとしての血に目覚めたんや。頭から耳が生えて、二股の尻尾も生えて。過去を見ない程の遅咲きだったらしくて、あの当時はいろいろバタついたなぁ~」


 「あはは」と笑っておどけて誤魔化しながら美月が語った内容は、あまりにも「残酷な事実」であった。


「ウチが先祖返りってことが明らかになって、たった一週間で人生が変わってしもた……通っていた高校は中退。夢の為にいろいろ決まっていた話もおじゃんになって……で、ウチは神域管理庁送りや」


 わかっていたはずの結末に誰もが胸を締め付けられた。

 特に焔は美月の気持ちが痛い程分かってしまう。焔もかつて、神子に選ばれてしまった為に夢を諦めるしかない身だったから……。


「突然妖怪の先祖返りとして目覚めてしまった上にその当時すでに誕生日迎えて十八歳やったからな。就職が早うなってしもて、もうホンマ嫌で嫌で仕方なくてな。不貞腐れて、荒んで、神域管理庁からの脱走も考えた程や……もうたくさんの人に迷惑かけたわぁ~」


 そう言って美月はまた笑って誤魔化した。


「……なんとかな、現実を受け入れて……真面目に働いてきたつもりやけど…………やっぱりウチ、吹っ切れておらんかったんやね……」


 今度は自嘲するように語り始めた。


「情けないなぁ……もう諦めたつもりやったんやけど、やっぱ心の奥底では現実を拒絶しとったんやろな……ウチ……こんなところ来たくなかった。夢を追いかけていたかった。叶えたかった……っていう諦めの悪い我儘な思いに邪神につけこまれてしもて……」


 思い出すのは真っ黒な感情の中、ひたすら暴れまくった朧気な記憶――一歩間違えば、誰かに大怪我を負わせ、最悪死に至らしめたかもしれない。


そんな危険な力を所持しているからこそ、皇族神子と契約を交わしているというのに――。


「ごめんなさいっ! みんなを危険な目に遭わせてしもてごめんなっ……ごめんなさい……っ!」


 そう叫びながら美月は頭を下げるしかなかった。


 邪力に取り憑かれ巨大な猫又に変化して大暴れした事実は幽吾によって揉み消された。

だがしかし、美月がここにいる誰かを危ない目に遭わせてしまったという事実は変わらない。

事実、一人重傷者を出しているのだ。


赦せるはずがない。


「ごめんなさい……っ……ごめんなさいっ!」


 泣きながら謝り続ける美月を隣に座っていた天海が背中を撫でながら宥める。

 そして、空と鞠も言う。


「美月ちゃんは何も悪くないっす!」

「そーデース! ジャシン、Dangerousデース! ミツキちゃんがブジでマリウレしいデース!」


 天海も思わず涙目になりながら頷く。


「一度邪力に取り憑かれたら、誰もが我を失う……酷い時は自我を取り戻せず、そのまま消滅してしまうこともあるんだ……無事に戻ってきてくれて、本当に良かった……」


 優しい言葉の数々に美月はますます涙が止まらなくなってしまう。


「……ごめんっ、ごめんな……ウチのせいで……っ」


 その時だった。


「ちげぇ……」


 向かい側から聞こえた低い声に美月は顔を上げた。


「おめぇのせいじゃねぇ……っ」


 そして、轟は立ち上がると、美月を見てはっきりと言った。


「おめぇがここに来ざるおえなくなった原因は俺にあるんだろ!?」


 その言葉に美月は目を剥いてしまう。

 轟は真剣な表情で美月に語り続ける。


「俺が……っ、和一達の件で心を壊しちまって、挙げ句記憶まで失くしたから……だから、おめぇは夢を捨ててまで、俺の為に、ここに――」

「このど阿呆っ!!」


 轟の言葉を遮ったのは、他でもない美月だった。

 立ち上がり怒鳴り声を上げた美月に轟は驚いてしまうが、美月は怒りの感情そのままにはっきりと告げる。


「確かに、天海から連絡もろた時はめちゃくちゃ心配やったわ! 幼馴染が精神壊した挙げ句に記憶喪失って聞いて、心配しないアホはおらんわ! やけどな、ウチが先祖返りになった理由とアンタは全く関係あらへん! たまたまや! 偶然や! うんぼれんといて!」

「んだとぉっ!? 俺だってそれなりに責任を感じて!」

「責任感じとるんやったらさっさと婚約者の顔くらい思い出せぇっ! こんのあほんだらぁっ!!」

「うっ、うるせぇ!!」


 いつもの調子が戻ってきて、全員クスクスと笑い出してしまう。

 ずっと泣きそうな顔をしていた天海もようやっとほっとした表情を浮かべていた。


 すると、幽吾がニコニコ笑いながら轟と美月を制止した。


「はいはい、喧嘩はそこまで。轟君は早くおつむが元に戻るといいねぇ~。あと美月ちゃん、あんまり轟君の事を貶さないでやって。これでも君の事をめちゃくちゃ心配していたから~」

「てめっ! 幽吾!」


 幽吾からの不意討ちに轟はたじろいでしまう。


 美月は言われずとも分かっていた。この轟という男は素直になれないだけであって、人一倍思いやりの深い男である事を。それが故に心を病んでしまったくらいなのだから。


「……ごめんな、轟」

「っ……もう、あんな思いはごめんだからな……悩みあるなら話せ。幼馴染だろ」


 不器用な轟の優しさがくすぐったくて美月は苦笑する。

 そして、椅子に座ると言った。


「やめとくわ。あんた、デリカシーないし」

「んだとぉっ!? 俺様は誰よりもデリカシーがあるぞ!」

「どこがやねん」

「てめぇは本当に失礼だなっ!!」


 感傷的なやり取りなど、この男には向かない。どうでもいい冗談にも怒って返すくらいが丁度いい。


 轟のいつも通りの調子を見て、今度こそ美月は嬉しそうに笑ったのだった。


「ほらほら、そんなことより会議の途中やろ? ウチもほむちゃんも途中参戦やから、手短に大筋教えてぇな」

「そうだね。ほらほら轟君、シットダウンだよ~」


 幽吾がそう言えば、轟は「うるせぇっ!」と怒鳴りつつも、素直に座った。しかし顔は未だにぶすっとしており、誰からともなくクスクスと笑い声が聞こえ始め――。


「うるせぇっ!笑うなっ!」


 結局轟は怒鳴り散らしてしまうのだった。

 そんな轟を世流や右京や左京がまあまあと宥める。


 すると、その隙に美月はこっそりと紅玉に耳打ちをする。


「ごめんな、紅ちゃん……ウチ弱虫で」

「っ!」


 美月が言わんとしたい事を紅玉はすぐに察する。

 何故なら紅玉は神域にやって来た頃の荒んだ美月をよく知っていたから。そして、そんな彼女に根気よく付き合ったのは他でもない紅玉だったから。


 ふと美月を見れば、美月は悔しげに微笑んでいた。


「また、相談のってくれる? ウチ、まだまだやっぱり未熟やから」

「はい、勿論です」


 紅玉は微笑んでみせる。少しでも美月を安心させてあげたくて。力になってあげたくて――。




「それで、二十の神子や御社職員達から聴取した結果、どうなったんだ?」


 焔のその質問からツイタチの会は再開する。

 紅玉と美月も視線をそちらに戻した。


 そうして幽吾が簡単に説明を始める。


「どうにもポンコツ職員二名はきちんとした教育を受けさせられないまま、御社配属にされたっぽいんだよね~」

「は? よくそんな人員配置を許したな……!」


 焔の発言は尤もで幽吾も頷きながら続きを話す。


「そう、今じゃとても考えられない程問題だ。だけど、当時の巽区は事件続きで超多忙の上に超人手不足だったみたい。だけど、それ抜きに考えても二十の神子への教育もあまりに杜撰過ぎる。それを神子補佐役の冬麻に追及したところ、二十の神子の教育をしたのは冬麻の前任の神子補佐役らしい。ついでにポンコツ職員の教育をしたのも神子管理部……つまり同一人物の可能性が高い」

「それで、それは一体誰なんだ?」

「わからない」

「は?」

「正確に言えばそれ以上の調査は不可能になってしまったんだ。二十の御社の過去記録を全て宮区職員に回収されてしまったんだ」


 幽吾の説明に焔は驚くしかなかった。


「宮区が何故?」

「さあね……姫神子様の命令って言われてしまえば、僕らはお手上げだよ」

「…………なんか後味が悪いな」


 どんよりと悪い空気が立ち込め始めてしまったので、美月は空気を切り替えようと意見を述べる。


「なあ、誰か何か知らんの? その前任者に関する情報」


 すっと手を挙げたのは紅玉だった。


「冬麻さんの情報ですと、夏希さんという名前でもうすでに退職されているとしか……」

「……退職しているのか……チッ! 現職だったら個人情報全部曝してやれるのに」


 神域管理庁を退職すれば現世に帰り一般市民へ戻る。一切の個人情報は神域管理庁から削除されてしまう。

 つまり人事課の幽吾でも前任者の個人情報を調べるのが不可能という事だ。


 幽吾の様子を見て、世流が納得したような顔をする。


「そっか、だから紅ちゃんは夏希って人の情報を少しでも得る為に二十の御社の過去記録を確認しようとしたのね」

「はい……」

「だけど、まんまと宮区に持っていかれたけどな!」

「ちょっと! 轟君、言い方!」

「申し訳ありません」

「紅ちゃん……! お願いだから謝らないで……!」

「おい、世流! 甘やかすな!」

「うるさいっ! 黙りなさいよ!」

「おめぇの方がうるせぇっ!」


 ぎゃあぎゃあと怒鳴り合う轟と世流。再びオロオロとしだす周囲。


 その中で一人だけ異質な存在がいた。


「…………美月ちゃん?」


 美月が怒鳴り合う声も耳に入らない程、腕を組んで一人深い思考の海に潜っていることに紅玉は気づく。


「美月、どうした?」


 天海もまた黙ったままの美月を心配そうに覗き込んだ。


 その時だった。


「ああああああっ!!」


 耳と尻尾をピンとさせてハッと顔を上げると、美月は勢いよく紅玉を見た。


「紅ちゃんっ!!」

「は、はい」

「これっ!」


 美月は慌てた様子で紅玉にあるものを見せる。

 それは紅玉が美月にあげたあの紫色の御守だった。





<おまけ:御守>


 美月の研修は通常の倍以上時間を要する事になった。

 まずは美月本人の心の整理ができるように配慮したからだ。


 その間、様々ないざこざはあった。


 始めに食事を拒否された。水分まで摂取拒否をした時は流石に焦ったが、妖怪の先祖返りという強靭な身体は多少の食事や水分を摂らなくても生きてゆけるようだった。

 その事実に美月自身が愕然としていた程だ。


 次に腕を引っ掻かれた。ただの猫ではない。猫又という妖怪の先祖返りに引っかかれたのだ。傷は大分深いものであった。

 しかし、かなり抉れた傷になってしまったのにも関わらず、被害者である紅玉本人は「あらあら」とだけ。むしろ周りの者達が真っ青になった程だ。蘇芳に至っては紅玉を抱えて神域医務部総合病院まで走っていこうとしたのだから。

 ちなみに傷は、いつも世話になっている医務部の医師である詩に丁寧な治療を施してもらったので、傷跡は残らなさそうである。


 それから神域から脱走を考えた美月がまずは御社からの脱走を試みようとした事があった。

 しかし、その都度御社の神々に見つかり、取り押さえられていた。みんな美月を気にかけていたからこそ、脱走を未然に防ぐ事ができたのだ。そして事情を知っているせいか、脱走が五回続いた事もあっても、誰も美月を責めようとしなかった。

 一方の美月は何度も捕まり憮然としていたが。


 しかし、実際に困った事と言えばそれくらいで、暴れるとか物を壊すとか暴力をふるうなどという事はしなかった。

 ひたすら憮然とした表情で部屋に篭ったり、庭園で日向ぼっこをしていたり、屋根の上に寝っ転がっていたり……。


 そんな美月と紅玉は一定の距離を保ち続けた。


 部屋に篭れば部屋の前で待機して仕事をしたり、庭園で日向ぼっこをしていれば少し離れた位置で仕事をしたり、屋根の上に寝っ転がっていれば同じく屋根の上で仕事をしたり――仕事を放棄しない辺りは流石である。


 そうして紅玉は待ち続けた。美月が自ら話してくれる日を。


 待ち続けた甲斐あって、美月は少しずつ紅玉に心を開いていった。語るようになってくれた。


 自分の事、幼馴染の二人の事、故郷の事、妖怪の先祖返りの事、夢の事――。


 叶うはずだった夢を強引に壊され、自分の膝に縋りついて号泣する美月を宥める時、紅玉は泣き続けるしかない美月の頭を撫でる事しかできない己の無力さに憤りを覚えた。


 なんとか美月の夢を叶えてあげたい。叶う日がまたやってくる事を願わずにはいられない――そんな思いで作ったのが、小さな御守だった。

 美月の瞳の色に似た紫色の布地に願いを込めた。




 そして、巣立ちの日に美月に紅玉はそれを差し出した。


「これは?」

「わたくしの手作りですみませんが……御守です」


 チリンと小さな鈴が揺れて鳴る。


「美月ちゃんが平穏無事に仕事に励めますように。美月ちゃんの憂いが少しでも晴れますように。美月ちゃんが十の御社での思い出を思い出してくれますように――あと、美月ちゃんの夢が再び叶う日が来ますように」

「!」

「ちょっと願いを欲張りすぎたかもしれませんが……美月ちゃんに幸福が訪れる事を祈って作りました。受け取ってくれますか?」


 差し出した紅玉の着物の袖から包帯が少し見えた。その包帯の下は己がつけた深い傷である事を美月は知っている。

 それにも関わらず紅玉は自分を思ってこれを作ってくれたのだと思うと、涙が込み上げてきてしまう。涙を必死に堪えて美月はそれを受け取った。


「おおきに。大事にする。一生」


 瞳を潤ませて笑顔で答える美月に紅玉は言う。


「またいつでも遊びに来てください。辛くなったらいくらでも話を聞きますわ。だからまた、素敵な歌を聞かせてくださいね」


 紅玉の言葉に美月は目を見開き、そしてはにかんだ。その頬に涙が一つ零れ落ちた。


「うんっ!」


 そうして美月は一ヶ月暮らした十の御社を巣立っていった。


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