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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
161/346

愚かな神子に愚かな神子のお話を




 十の御社の客の間の一つ、夏の間の前に空と右京と左京は立っていた。

 これから行なうのは、元二十の神子の百合への聴取である。


 その前に絶望に打ち拉がれる彼女から証言を聞き出せるかが問題だが――。


 しかし、事前に紅玉が手を打ってくれていた。

 空は紅玉から託された百合の今後に関する詳細の書き付けと一つの封筒を右京と左京にも見せる。


 すると、双子は大きく溜め息を吐きながら言った。


「まったく、紅様は甘すぎます」

「まったくです。いっそ世間の冷たい目に晒されるくらいが良い仕置きになります」

「……でも、そんな先輩が大好きっすよね。俺も、二人も」


 空の言葉に反論できずに、双子は思わず苦笑いをした。

 しかし、双子の神子に対する冷酷さは変わりないようで――。


「空くん、まずは僕らに任せてもらえませんか?」

「あの女に現実を教えてやらないと、僕らの気が済みませんので」


 右京と左京の事情を知っている空は大人しく頷く。


「……じゃ、行くっすよ」


 空は夏の間の扉を叩く――。返事が無いので、ゆっくりと扉を開けた。


 中は窓掛も閉め切っていて暗かった。

 その部屋の真ん中で、まるで処刑を待つ囚人の如く呆然としたまま椅子に座っている百合がいた。


 右京と左京は百合に一歩近づき、胸に手を当てて一礼をした。


「御機嫌よう。二十の神子、百合様」

「ああ、今は元神子様ですか」


 包み隠さない双子の嫌味に、百合とゆっくりと顔を上げて、双子を見て、自嘲するように笑う。


「……ふふふ、なあに? 私を詰りにきたの? 詰りたければ詰ればいいじゃない。再起不能になるくらいに……」


 涙も枯れ果て、虚ろな目をしている彼女を見ていると――双子達は非常に腹が立った。


「自分の不幸を呪うのならば、もっと己の行動を省みてほしいのですが」

「あなたは悲劇のヒロインではないのですよ」

「うるさいわ……もうほっていてよ……私なんて、もうどうなったっていいのよ……」


 未だ優しい誰かが手を差し伸べてくれるのを待っている乙女のように、百合は悲しげに俯く。

 しかし、そんな表情に心動かされる双子ではない。


「では勝手にこちらからお話をさせて頂きましょう」

「先程お話損ねた愚かな神子様のお話です」

「……私のことでしょう?」

「いえ、僕らが出会った神子の中で、最低最悪の神子のお話です」

「勿論、藤の神子でもありませんよ」


 そこまで言うと、ようやっと百合は顔を上げて双子を見た。

 どうやら藤の神子以上に最悪だった神子について気になったようだ。




 そうして双子は語り出す――最低最悪の神子の話を――。




*****




 昔々、ある御社に若くて美しい神子がおりました。

 たくさんの見目麗しい神々と優雅な暮らしを送っていた神子は、とある一人の神と恋に落ちます。

 激しい愛の末に、二人は身も心も結ばれ、神子は神が唯一愛する存在――「神の花嫁」となりました。

 「神の花嫁」となった神子は夫となった神に愛し尽くされ、御社の神々からも祝福され、毎日幸せの日々でした。




 そんなある日、神子に変化が訪れます。




 神子は神との間に子を授かったのです。

 そうして生まれてきた赤ん坊は夫の神によく似て大変麗しい子でした。やがて子どもは夫を初めとする、御社の神々から大変愛される存在となっていきました。


 それを快く思わなかったのは、母親であるはずの神子でした。


 神子は非常に嫉妬深い女だったのです。

 常に中心に自分がいなければ満足できない傲慢な人間に神子はなっていました。

 故に神子は愛する神との間に出来た実の子にも関わらず、激しく嫉妬をし、子どもを決して誰の目にも触れさせないように部屋に閉じ込めるようになったのです。

 子どもの父親であるはず神も、子どもよりも妻である神子を大切にしていたので、何も言いません。


 そんな子どもを心配したのは、隣の御社に住まう神子でした。

 神子はよく子どもの御社に遊びに行き、子どもを外の世界へ連れ出しました。

 この時すでに子どもへの興味を失くしていた母親の神子は何も言いませんでした。父親の神は、子どもを連れ出してくれる神子に感謝をしました。




 しかし、この些細な事がきっかけで事態は急変します。




 母親である神子は、隣の神子が己の子どもを使って夫である神を誘惑していると思い込んでしまったのです。

 嫉妬に狂った神子の行動はあまりに悍しいものでした。


 なんと神子は自らの手で実の子どもを殺めようとしたのです。

 愛する夫を子どもなんかに、他の女なんかに奪われたくないという激しい嫉妬からでした。

 母親の神子から神力を奪い尽くされ、子どもは何もできずにただ震えていました。


 ですが、その時――隣に住まう神子が子どもを救いにやって来たのです。


 神子と神子の、激しい、激しい戦い末――自分の子どもを殺めようとした愚かな神子は全ての神力を使い果たし、息絶えてしまいました。

 嫉妬の末に子どもすら殺めようとし、自らの手で自らの命を使い果たしてしまった愚かな神子……しかし、愛する妻を失った夫である神は隣に住まう神子を決して赦さなかったのです。

 激しい怒りの末、神は禁忌を犯してしまいます。




 愛する我が妻の命の贄となれ――。




 神は優しき神子の心臓を奪ってしまったのでした。

 そうして神は愛する妻の亡骸と奪った心臓を手に神界へと旅立って行きます。


 しかし、身勝手な理由で禁忌に手を染めてしまった神に天罰が下され、夫婦揃って神界から地獄へ真っ逆様に堕ちていったのでした。




*****




 双子から語られた話はあまりに恐ろしい話だった。百合は声も出せず、ただ真っ青になるだけだ。

 そんな百合を見ながら双子はハッキリと言う。


「あなたも下手をすれば、神にあっさりと命を奪われてしまうところだったのですよ」

「神子ほど神に影響を与えられる存在はいません。そして、神の執着は強く恐ろしいもの」


 実際、身を以って体験をしたばかりだ。


「有名なお話ですが、もう一つ神に滅ぼされた神子の話がありますが、聞きますか?」


 右京がそう言えば、百合は激しく首を振った。


「そうですか。こちらの話の方があなたによく似ているので是非と思ったのですが」


 左京の言葉に百合はついに確信する。


「あなた達、神子のことが嫌いなの……?」


 右京と左京は酷く冷たい表情で百合を見下ろした。


「ええ、嫌いです。あなたのような身勝手で自己中心的な愚かな神子は」

「恵まれながら感謝の心を忘れ、決して己の非を認めようとしない愚かな神子は、大嫌いです」

「うるさいわっ! もうほっといてっ!」


 心が無遠慮に突き刺されていく痛みに百合は泣き叫ぶ。


 すると、百合と双子の間に割って入る人物がいた。


「うっちゃん、さっちゃん、虐めちゃダメっす」


 二人を真っ直ぐ射抜く空の瞳に、双子はたじろいでしまう。


「「……すみません」」


 素直に謝った二人に空はニコッと笑い、そして百合を見た。


「百合さんもあんまりいじけちゃダメっす。こうなったのは身から出た錆が原因っすよ。ちゃんと反省しているっすか?」

「わっ、私は……ちゃんと反省しているわっ!」


 右京と左京が疑わしい目で百合を見る。

 百合は思わず縋るような目で空を見るが、空もまた首を振って言った。


「ちゃんと反省してもそれじゃ終わりじゃないっすよ。あなたにはこれから今までよりずっとずっと辛い日々が待っているっす。その辛い日々の中でも今日の事を忘れちゃダメっす。それをちゃんと分かっていないと反省と言えないっすよ」


 己より年下の少年に諭され、百合は何も言い返せなくなってしまう。


「……でも、今回の件、あなたが全て悪い訳じゃないっす。あなたを甘やかしてきた神様達にも原因があり、あなたの傍にいた職員が何もしなかったのも悪い……冬麻さんももっと早く助けの声をあげていてくれたらとも思うし……俺も新人だからとかそういうの気にせずに、もっと行動すべきだったと思うっす」

「……っ……」

「でも、今更後悔しても遅いっす。なら俺のすべきことは何が悪かったのか反省し、今後に活かしていくことっす。未来は待っていてくれないっすから」

「……しっかりしているのね……それに比べて、私は……」


 百合にとって空の姿はあまりに眩しすぎた。

 自分より年下の少年がしっかり前を見据えるのに対し、自分はまだ誰かが手を差し伸べてくれるのを待って蹲っている――この上なく情けなく恥ずかしい。


 だけど、百合にはもう自ら立ち上がる力など残されていなかった。このまま目を閉じ、耳を塞ぎ、何もしたくない――甘い考えばかりが浮かんでしまう。

 今までなら手を差し伸べて引っ張ってくれて、自分の代わりにどんな問題も解決してしまう存在がたくさんいたのに――。


 今更になって自分がいかに恵まれていたのか、痛い程思い知る。


(ああほんと、私はダメな子ね……)


 そんな百合に双子が追い討ちをかけるように言う。


「あなたは非常に幸運のもとで生まれ甘やかされてお育ちになったようですが、どうやら本当にそのようですね」

「それが今回の元凶の一端だったとしても、あなたは大変恵まれております。本当にそう思います。良かったですね。甘やかされて育って」


 双子の遠回しな嫌みに百合は自嘲的に笑う。


「ふふふ、本当に意地悪ね……今のこの状況が幸運だと言える?」

「ええ」

「少なくとも、僕らよりは」

「……え?」


 百合が双子の言葉を理解するより先に、空から手紙を差し出される。


 百合はそれを受け取り、封筒を見る。宛名には何も書かれていないが、差出人の名前を見て息を呑む。


 そこには「両親より」と書かれている見覚えのある字があった。


「あなたのお父さんとお母さんからっす。先輩が早く動いてくれて、あなたのお父さんとお母さんと連絡を取ってくれたっす」


 空の説明に百合は動揺を隠せない。


「すでに紅様はあなたのご両親と面会し、今後のことについてお話もされてきたそうです」

「そこにご両親からあなたへの伝言が書かれてあるそうです」


 百合は手紙を握りしめ、震えてしまった。


「……っ……こわい……! パパとママに、もう帰ってくるなとか言われたら……こわい……っ!」


 今や孤立してしまった百合にとって、両親だけが最後に残された拠り所だ。


 しかし、今や自分が悪名高い落魄れた神子。

 誰がそんな腫れモノのような存在を受け入れるだろうか――そう考えたら、身体の震えが止まらなくなる。


 すると――。


「現実から目を逸らしちゃダメっすよ」


 優しくも厳しい声が聞こえる。

 百合はゆっくりと顔を上げ、空を見た。

 空は真っ直ぐ百合を見ていた。青と蒼の美しい色合いの瞳が真っ直ぐ百合を射貫く。


「勇気を出してちゃんとお父さんとお母さんの気持ち、読んであげてくださいっす」

「…………」


 百合は震える手で思い切って封筒を開けた。

 そして、中の便箋を取り出し、手紙を読んで、息を呑んだ。




『帰っておいで。一緒に反省しよう』




「ああっ……あぅ……うああぁぁっ……っ!」


 安堵に嬉しさに情けなさに――様々な感情が入り雑じり、百合は泣き崩れた。可愛いと褒め称えられる顔をぐちゃぐちゃにして。


 右京と左京は淡々とした声で百合に伝える。


「あなたの両親はあなたの行いを全て受け入れてくれたのです」

「そして、あなたの罪をともに背負ってくれると言ってくれたのです」

「「ご両親の思いに応え、今後を生きなさい」」

「ごめんっ……なさい……!」


 ようやっと絞り出せた言葉は、心から出せた言葉だった。勿論、今までもずっと反省し、謝罪していた。

 でも、それでも、心のどこかで、自分は悪くないと思っていたのだ。こうなってしまった原因を誰かのせいにしたかった。


 だけど、ようやっと――。


「ごめんなさいっ……! パパ、ママ……! ごめんなさい……っ、みんなぁ……っ! ご、ごめんなさい……っ……とうまぁ……! ごめんなさいっ、ごめんなさい……っ!」


 己の罪と向かい合う事ができたのだった。




 泣きじゃくる百合を置いて、空と右京と左京は一旦退室する。

 扉の前で空はほっと息を吐いた。


「もう大丈夫っすね。泣いて泣いて泣いて……きっとスッキリするっすから」


 次会う百合は、もう甘い考えだけを持つ人ではない。きちんと現実を見据え、自分の足で歩いてゆける人だと――空はそう確信していた。


「「……空君」」

「うん?」


 名を呼ばれ振り返ると、そこには思い詰めた顔をした右京と左京がいて、空は何故二人がそんな顔をしているのか瞬時に悟り、思わず空は困ったように笑ってしまう。


 右京と左京の目にはみるみる涙が溢れ零れ落ちていた。


「僕らの両親がっ……本当に……!」

「空君のお母様を……ごめんなさい……っ!」

「うっちゃんとさっちゃんは何も悪くないし、その話はお母さんの葬儀が終わってもうおしまいって約束っすよ」


 空にとって、今でも忘れられない二年前の弥生の事――。

 空の母――前二十二の神子の晴はこの世を去った。


 妻を失い怒り狂った神に心臓を奪われて――。


 しかし、それでも晴は守りたかったのだ。隣の御社に住んでいた二十一の神子の子どもを――。


「お母さんは絶対後悔なんてしていないっす。お母さんは守ったっす。うっちゃんとさっちゃんを」


 空の目の前に立つ双子を――右京と左京を――母が守り抜いた存在を真っ直ぐ見て微笑んだ。




 そう、先程百合に語った話は双子の母親であった愚かな元二十一の神子と、空の母である前二十二の神子の話であった。




 間近で愚か過ぎる神子を見てきた右京と左京にとって、百合のような神子は目の敵である。故に双子は百合に酷く辛辣であったのだ。


 そして、右京と左京は未だに責め続ける――。

 嫉妬で我が子をも殺めようとした母親だと認めたくない愚かな元神子を。

 そんな愚かな存在を愚かにも愛し、禁忌を犯した父と呼びたくもない愚かな神を。


 恐怖にただ震え泣く事しかできなかった愚かな自分達を。


 例え空が心から赦していたとしても――空がどんなに自分達と仲良くしてくれても――胸を酷く抉られて、全身血に塗れながらも、微笑んでくれたあの尊き神子の命が消えゆく様を、右京と左京は忘れる事ができない――永遠に。


 無言で俯いたまま瞳からほろほろと涙を零し続ける右京と左京を見て、空は再び困ったように笑った。


「もう、しょうがないっすね」


 空は少し背伸びをして、自分より背の高い右京と左京の首を抱き寄せた。


「じゃあ、一緒に泣いてくださいっす。俺もお母さんを思い出したら……っ、切なくなっちゃったっすから……っ!」


 空の震える声を聞いて、右京と左京は更に顔を歪ませ、声を上げて泣き始めた。

 そんな双子を抱き締めながら、空も静かに涙を零す。


 亡き母の事を思い出しながら――。




 そんな三人の様子を影から蒼石が真剣な表情で見守っていた。




※出血及び残酷表現あります。閲覧注意です。




<おまけ:晴の最期>


 雷が落ちたような轟音が響き、天罰が神と二十一の神子を貫いた。


 光溢れる神界への道は閉ざされ、代わりにぽっかりと口を開けたのは悍しい地獄への道。

 禍々しいいくつものの手が、悲鳴が、恐怖が神と二十一の神子をあっという間に捕らえた。

 麗しい顔を痛みと苦しみと絶望に歪ませて、絶望の叫びを上げながら神と二十一の神子が真っ逆さまに堕ちていく。


 そうして神の断末魔が響いた瞬間、地獄への道が消え去った。


 あまりにも恐ろしい光景を目の当たりにしても、晴は驚く事すらできない。何故なら彼女は己の意識を保つ事で精一杯だったから――。


 胸を抉られ、止めどなく血が溢れ全身を濡らす。溢れた血は身体の周りに広がり、あっという間に血溜を作っていく。血を失っていく身体は最早言う事を聞かず、ピクリとも動けない。そして寒い。寒くて堪らない。

 晴は朧になっていく目でそれを見る。神が奪い、落としていった己の心臓が鼓動を打っていた。それももう微弱なものだった――。


(……やっぱり、ここまで、か……)


 晴はそう思いながら自分の異能について思い返す。


 晴は神子で大変強い神力を持っていたが、異能はこれといって役に立つ異能ではなかった。

 晴の異能は「死の予言」という己の死が夢で予言されるというものだ。己の死が予言されるなど正直気味が悪いと初めは思った。


 しかし、逆手にとって考えてみた。

 自分の死はあくまで予言であり、うまく立ち回れば己の死を回避でき、天寿を全うできるのではないか。

 そこで晴が頼ったのは趣味で占いをやっている三十五の神子だ。自分の死を夢で見た時は必ず彼女に占ってもらい、自分の幸運となる選択肢を選び、なんとか死を回避してきた。


 三十五の神子が「神の花嫁」となり、先日神隠しされ、彼女の占いにもう頼る事は出来なくなってしまったが、なんとか「藤の神子乱心事件」も乗り越える事ができた。「死の予言」をされていたにもかかわらず。


 きっと守るべき息子と娘がいた事が大きかったのだろうな、と晴は思う。


 だが、今回は――今回ばかりは「死の予言」を回避する事ができなかった。

 何故なら晴が死を回避する選択肢を選べば、間違いなく母親に愛されずに育った子ども達がその母に殺されてしまっていたのだから――。


(……後悔なんて……ない)


 自分の選択を誇らしく思いつつも、心に占めるのは――。


(空……ごめんね……)


 己の大事な一人息子の事。

 もう竜神の眷属であり空は蒼石のものだから、自分がいなくなっても大丈夫とは思いつつも、それでもやっぱり心配してしまうのが親心というもので――。


(今更になって親の気持ちが痛いほど分かるなんてな……)


 正直若い頃の晴は真っ当な人生を歩んでいない。暴力に明け暮れる不良の道だ。何度親を泣かせてきた事か――。


(……出来る事なら、親にも謝りたかったな……)


 様々な思い出や思いが回り灯篭のように駆け巡る。


 すると、恐る恐るといった様子で自分に近づく二つの小さな影が見えた。

 もう首は動かないので、なんとか視線だけをそちらに向けると、幼いながらも非常に麗しい顔を持った双子の子ども達が涙をたくさん零しながら自分を見つめていた。


(ああもう……折角の可愛い顔が台無しじゃないか……)


 幼少期より母親の手で御社の中に軟禁されていたという双子の子ども達は、空よりも年上だというのに青白くやせ細り身体が非常に小さかった。

 ある日、二十一の神子補佐役を通じて、二十一の神子が子どもを愛さず閉じ籠めているという事を知り、神子に隠れてこっそり遊びに連れ出したり、食事を与えてあげたりと世話を焼いてあげた。

 その甲斐あってか、すくすく成長し、空と鞠の成長とともに双子達の成長を見守る事も楽しみの一つとなっていたのだが――。


 それももうすぐ叶わぬ夢となる。


 双子の子ども達が小さな手で己の手を握り締めてくれるが、その感覚ももう分からなくなっていた。


(ごめんな……親御さんを救ってやれなくて……)


 出来る事なら、二人を母親の元へ帰してあげられたら良かったのだが、母の神子の嫉妬は想像以上に深かった。まさか自分の子どもの命を奪おうとするなんて……そして、父の神までもが子どもより妻を選ぶなんて……。


 だからこそ、晴は願わずにはいられない。


(幸せに……なるんだよ……)


 晴は精一杯微笑んだ。


 視界が霞んでいく。涙に濡れた双子の顔も見えなくなっていく。寒い。寒くて堪らない――。


(……そ、ら…………)


 晴はそのまま目を閉じ、息を引き取った。


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