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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
158/346

二十の神子への裁き

※残酷表現があります

※苦手な方はご注意ください




 水晶と蘇芳と契約組の神々が何かを察知する。


「……神子」


 鋼の低い声に水晶は頷く。

 蘇芳は持ち上げていた岩源と兎乃原を乱暴に地面に落とすと、紅玉に駆け寄り何かから庇うように前に立った。


 何事かと蘇芳の名を呼ぼうとした紅玉だったが――。


「皆の者、控えなさい」


 聞き覚えのある声に身体を震わせてしまった。

 声のした方を見れば、そこにいたのは、真珠の如く艶めく美しい乳白色の長く真っ直ぐな髪と撫子色の涼しげな瞳を持つ美女。艶めく唇を弓なりにし、肌も白く美しく、纏う衣服も神官のような白。神域でその名を知らぬ者はいない聖女と崇められており――紅玉が少し苦手意識を抱いている――七の神子補佐役の真珠だった。


 そして――。


「七の神子様――桜姫様のおなりです」


 真珠が恭しくそう告げれば、この世の美しさと愛らしさを詰め込んだような可憐な少女が前へ進み出た。

 桜色の柔らかそうな長い髪を風に靡かせ、水色と桜色が美しく合わさった見事な振袖の袖も風に揺れる。桜色に色づく頬も唇も瑞々しく透き通るようで、本日も溜め息が出るような美しさである。

 ただ一つ、いつもと雰囲気が違うのは、桜色のまつ毛で縁取られた愛らしく大きな苺色の瞳に怒りを湛え、その柳眉を吊り上げているからであろう。


 そう、桜姫は大変怒っているのだ。


 桜姫の登場に朔月隊と蘇芳は(あとポンコツ職員二名も)跪いた。水晶と契約組の神々は立って頭を下げる。


 すると、桜姫は右手をすっと挙げて言う。


「二十の御社の関係者以外は気を楽にして頂いて構いませんわ。詳細は那由多から伺っております。大変ご苦労様でした」


 桜姫のその言葉にチラリとその真珠の傍を見れば、いつの間にか那由多がそこに立っていた。

 些か堂々として見えるのは気のせいだろうか――と、紅玉は思う。


 すると、桜姫は真珠を見て頷き、真珠もその合図を理解し、朔月隊の前へと進み出て、そして、告げた。


「二十の御社の御社配属職員――神子護衛役の岩源及び生活管理部の兎乃原への処罰は、中央本部人事課の幽吾、あなたに一任します。人事課として適正な処罰をするように」

「……御意」


 真珠が伝えているものの、要は桜姫の命令の代弁である。つまりはこの命令は皇族神子たる桜姫の命令だ。逆らう事など赦されるはずがない。

 尤も幽吾は命令などなくても二人の処罰を担当したいと思っていたので問題はないのだが――自ら自主的にやるのと、命令されてやるのとでは大きく異なるのだ。精神的に。

 思わず返事に不機嫌さが混じってしまっていた。


 次に真珠は百合の方を向く。


「そして、二十の神子、百合――あなたは只今を以って神子を解任となります」


 その言葉に目を剥いたのは百合だけではない。その場でその話を初めて聞いた者達全員が目を見開いていた。


「待って」


 透かさず声を上げたのは水晶だった。


「神子の唐突な解任は神域にも現世にも悪影響を及ぼすわ。確かにこの神子は神子として不適格だわ。でも、後任の神子が選ばれるまで待ってあげても――」

「――私、皇族神子である七の神子、桜姫の名において、こちらの那由多を次の二十の神子として推薦しますわ」


 桜姫の言葉に水晶は驚いてしまう。

 桜姫は愛らしくにっこりと微笑みながら言葉を続ける。


「〈神力持ち〉や〈異能持ち〉ではありませんけれど、神子管理部巽区の副主任としての働きも申し分ないですし、何より神に対する信仰心は誰よりも強く、彼女以上に神子に相応しい人はいないと判断します。責任はこの桜姫が持ちますし、勿論支援も惜しみませんわ」

「……っ……」


 皇族神子の後ろ盾付きとなれば、誰も文句が言えなくなる。

 水晶は口を噤むしかなかった。


「ま、待ってください……! わ、私、ちゃんと反省します……! もっとちゃんとみんなのことを大切にします……! ちゃんと神子として働きますから! だからどうかお願いです……! 私にチャンスを……!」


 百合は両手を組んで祈るように桜姫に懇願した。

 しかし、桜姫は冷たい視線で百合を一瞥する。


「あなたは、神子でありながらその愚かな心で尊き神を邪神に変え、挙句神子としての最も大事な職務を拒否した。邪神を祓うというその役目を。邪に負ける神子など、この神域にも国にも必要ありませんわ」


 そうして桜姫が手を挙げると、七の神子に仕える四名の男神が前へ出た。全員、凄まじい神力の覇気を纏っている。


 そして、桜姫が言い放つ。


「また一度邪力に犯された神もこの国に災いを齎す存在となり得ます。七の神子の名において――全員、滅します」


 瞬間、七の御社の見目麗しい細身の男神が一陣の風を巻き起こし、二十の御社の中で一際身体の大きかった男神の目の前に移動していた――その時にはすでに刀を振り下ろして。


「ぐああぁぁああああぁぁぁぁああ――……!!!!」


 男神の大きな身体が真っ二つに切り裂かれ、断末魔を上げて、塵のように霧散し消滅した。

 その衝撃的な光景に二十の御社の男神達から悲鳴が上がる。


「うわああああああっ!!!!」

「やめろぉぉおおおおおおっ!!!!」


 他の七の御社の男神達も次々と二十の御社の男神達を切り捨てていく。

 そこからはもう一方的な結末だった――。


「助けてくれええええええええっ!!!!」

「いやだああああああああっ!!!!」

「神子ぉぉおおおおおおおっ!!!!」


 次々と上がる断末魔。

 次々と塵となって消滅していく二十の御社の神々。


 百合はただ真っ青になって見る事しかできなかった。


「い、い、い――いやああああああああああああっ!!!!」


 目の前で神々が次から次へと消されていく地獄のような光景を水晶は目を逸らす事ができなかった。


「あ、あっ……ああっ……」


 恐怖で全身から血の気が引く。足が震えて、立つ事ができない――。


「神子っ!!」

「晶ちゃんっ!!」


 要が倒れゆく水晶を咄嗟に支え、すぐさま紅玉も駆け寄る。

 顔を真っ青に染めてがたがたと震える水晶は今にも失神しそうであった。


「おやおや。幼き神子には少々刺激が強かったかな?」


 そうにっこりと微笑みながら目の前に立ったのは、最初に男神を切り捨てた見目麗しい細身の男神だ。淡い緋色の真っ直ぐな髪を揺らし、深い緑の瞳で紅玉達を見ていた。

 そんな男神を要が睨みつけて叫ぶ。


「貴様らに心はないのかっ!?」

「おやおや。同じ神であるあなたならご理解されていると思ったんだがな。心に邪を宿した神の末路なんて結局は邪。ならばいっそ僕ら神の手で葬り去られた方が彼らの為であり、この国の為でもある」

「……っ……」


 要は言い返せない。彼の言う通りだと思っていたから。

 邪に堕ちた神の末路を、三年前に嫌という程目の当たりにしてしまったのだから。


「それでも! やり方というものがあるだろう!?」

「慈悲を与えてやれと? 邪に堕ちたモノに? 何故僕が?」


 邪は滅するモノ。排除するモノ。神が忌み嫌うモノ。


 慈悲など必要ない。


 あまりにもその通りで――またもや要は否定できなかった。


「それにしても、一度邪神に堕ちた神を完璧に浄化できるとは、なかなか見所のある神子だな」


 男神はそう言いながら水晶に手を伸ばす――しかし。


「お止めくださいませ」

「っ!」


 紅玉が男神と水晶の間に立ちはだかり、男神は思わず目を瞠った。


 その澄んだ漆黒の瞳に、さらりと揺れる漆黒の真っ直ぐな長い髪に、男神は目が釘付けになる。


「なるほど。あなたが噂の」


 ニヤッと笑って、男神は無遠慮に紅玉の髪に触れる。


「ふむ……確かにものの見事に神力が全く感じられない。通常の人間であれば極僅かでも神力は持っているはずなんだがな。まるで……抜け殻のような……」


 己の髪に触れながらぶつぶつと何か言っている男神を、紅玉は目を逸らさず真っ直ぐ見つめる。


「さて何が原因でこうなったのか……あなたは邪の関係か何かか、確かめてみようか……」


 紅玉の髪に触れる手に神力が宿っていく。

 何をされるかわからないが、紅玉はこの場を動くわけにはいかず、黙ったまま男神を見つめ続ける。


 そんな紅玉の度胸が気に入ったのか、男神は更に笑みを深めた。そして、込める神力で術式を組もうとした。


 その時だった――男神の腕を握り潰す勢いで掴んできた人物が現われたのは。


 男神は涼しい顔をして、己の腕を掴むその人物を見る。

 そこにいたのは蘇芳色の神力を纏わせ憤怒の形相をした仁王か軍神かの相貌の男――蘇芳だった。


「戯れはお止めくだされ」


 言葉は丁寧なものなのに、声に一切の敬意はない。そこにあるのは怒り。


 男神はふっと笑いながら、紅玉の神から手を離す。そして蘇芳を見てにっこりと笑って言った。


「気を付けたまえ。僕は神だ。神罰を与えられたいのか?」


 その言葉にすぐさま反応したのは紅玉だった。今度は蘇芳と男神の間に割って入り、男神に深々と頭を下げる。


「申し訳ございません! この方に罪はございません! 罰を与えるのならわたくしに!」

「紅殿ッ!!」


 己を庇おうとする紅玉に蘇芳は思わず大声を上げてしまう。


 なんとまあ美しい関係性だろうか――男神は笑みを更に深める。


「ははっ、冗談だ…………だが次はないと思え」


 そうして男神は右手を掲げ、術式を組む。

 その瞬間、大地より木々の太い枝がまるで蔦のようにぐんぐん伸び、逃げ惑っていた二十の御社の男神の最後の一人を捕らえた。


「ああっ――ぐああっ!! やめっ!! ぐ、るじっ!!」


 「バキッ! ボキッ!!」――と最後は何かが砕ける音が響き渡り、男神は塵となって消滅した。


「邪に与する者はなんぴとたりとも滅する」


 その容赦ない姿に、流石の紅玉も恐怖を感じ青褪めてしまった。


 すると、男神はにっこりと微笑みと高らかに言う。


「さあ、その目でよく見ておくといい。我が神子が裁きを与える気高き姿を」


 男神が指し示す場所を見れば、七の神子の桜姫が二十の神子の百合にゆっくりと近づいていくところだった。

 百合は目の前で起きた惨劇に腰が抜けてしまい、それでも桜姫から逃れようと必死に後退りをしていた。


「ごめんなさい! ごめんなさい! お願い! 赦してぇっ!」

「赦されるはずがありませんわ。あなたは三年前の悲劇を繰り返そうとした」


 桜姫の言う三年前の悲劇を、紅玉も忘れる事はない。


「己の欲望のまま我が道を生き、神を邪神に変えて悲劇の始まりを作った色欲の神子のように。藤の神子乱心事件の時、我が身大事さに御社に籠城した愚かな神子達のように」


 紅玉もまた、その悲劇を繰り返させない為に戦い続けている。


「そのせいで多くの人々が犠牲になった! この神域で尊い命が儚く散ってしまった! 私はあの災厄を決して繰り返させない!」


 そして、桜姫もまた戦い続けているのだろう。悲劇を繰り返させない為に――。




 だからこそ、言えない。同じ気持ちを持つが故に、言う事ができない。

 その為の手段があまりにも無慈悲すぎる、だなんて――。




「あなたの神子としての力を取り上げさせてもらいます」


 桜姫は術式を組んだ。すると、大地から蔓が伸びて百合の手足を縛りあげてしまう。


「いっ、いやあっ! いやああっ! 離してぇっ! 死にたくない! 死にたくない! 殺さないでぇっ!!」


 蔓に手足を縛られ吊るされながら百合は泣いて叫んで命乞いをする。

 そんな百合の姿に桜姫は呆れてしまう。


「ご心配なく、命までは取り上げませんわ。あなたにはこれからその罪を贖う為に地を這って生きていただかなければなりませんもの」

「……え?」


 ようやっと大人しくなった百合に桜姫は告げる。


「己の考え無しの言動で神を邪神に堕とし、さらには神子の職務を放棄して、危うく国の破滅へ導こうとした神子など、国の民達はどう思うでしょう? そんなあなたが現世へ戻った時、あなたはどうなるのでしょう?」


 その言葉を百合は理解し絶望した。百合を待っているのは苦しい蔑まれる日々に違いないのだから。


「やっ、やだあっ!!」

「自業自得、因果応報ですわ」


 蔓に縛られながらも百合は必死にもがくも、蔦はきつく百合を縛り上げるだけだ。

 そして、桜姫は更に紋章を書き重ねていく。桜姫が祝詞を書き上げ、術式を組み上げると、百合を縛っている蔦から美しい緑色の「人の形を成した何か」が現われた。その手には緑色に光り輝く美しい剣が握られている。


「やめて……」


 震える声で水晶が呟く。

 百合は泣き叫ぶ。


「ごめんなさい! 許してぇっ!」

「さようなら、愚かな神子」

「やめてぇっ!!」


 水晶が叫んだのと、「人の形を成した何か」が百合の身体に剣を突き刺したのは同時だった。


 その光景に水晶は目を見開いて息を呑む事しかできない。


 剣は百合の身体を貫いてはおらず、紋章越しに心臓辺り突き刺した形だった。やがて、剣が百合から引き抜かれ、その切っ先には胡桃色の美しい宝石が刺さっていた。


 その瞬間、百合の髪が前髪のたった一房だけを残して、あっという間に全て漆黒に染まってしまった。森のような色を宿した瞳も今や漆黒だ。

 蔓から解放され地の上へ落とされた百合は、己の色の変化と今まで全身で感じていた神力が失われている事に気付き愕然とする。


「う、そ……わ、私の、私の神力が……っ!」


 「人の形を成した何か」は桜姫に胡桃色の宝石を渡すと、跡形も無く消え去ってしまった。

 そして、桜姫はその宝石を真珠に渡すと、最後にもう一度百合を見て言い放つ。


「あなたがこの神聖なる神域に足を踏み入れることなどもう許されません。早々に立ち去りなさい」


 ありとあらゆる絶望が百合を襲った。


「うそ……! うそよ……! わっ、わたしぃ……これからどうすればいいのよぉっ……!」


 地に倒れながら泣きじゃくる百合に駆け寄り慰める存在はもういない。百合は一人で泣くしかなかった。


 そんな百合を見ながら、水晶はあまりの衝撃に言葉を失っていた。身体が震え、全身から血の気が引いていく。


 先程のあの光景が頭から離れない。


「神子! 気を確かに!」

「晶ちゃん!? どうしたのです!?」

「水晶殿!」


 要の声も、紅玉の声も、蘇芳の声も水晶には届かない。




 脳裏にあの恐ろしい記憶が蘇る――。




 頭から血を流して倒れた誰かの姿。

 黒くドロドロとした醜い何かの腕。

 口を塞がれ何処かへ連れていかれ――。


 そして、黒い醜い何かの鋭い腕に身体を貫かれる水晶の大切な、大切な――……。




 水晶はガクリと意識を失った。


「神子っ!!」

「晶ちゃんっ!!」


 慌てて水晶の様子を確認するが、精神的な衝撃で意識を失っているだけで息はちゃんとあり、ほっと息を吐いた。


 すると――。


「あらあら、大丈夫ですか? 十の神子様。そんなにひ弱で神子が務まるのでしょうか?」

「真珠様……っ」


 そう言って微笑みながら現れたのは真珠だった。

 苦手意識のある真珠が現われた事で紅玉は一瞬怯んでしまう。


 それを見た蘇芳は咄嗟に前へ出た。そして、真珠を睨みつける。


「十の神子は二十の御社の邪力を一人で全て祓った。華奢な見た目ではあるが、貴殿の言うような柔な神子ではない」

「ええわかっています。十の神子は立派な神子だと……〈能無し〉の妹なのに」

「貴様っ――!」

「蘇芳様!」


 怒気を膨らませた蘇芳の腕を紅玉は軽く引いていた。

 ハッとして紅玉を振り返るが、その顔にもう先程の弱さは見られず、凛とした強さを持つしっかりとした姉の顔だった。


 紅玉は真珠の前へ進み出ると言い放つ。


「わたくしのことを〈能無し〉と罵るのは結構です。ですが、覚えておいてくださいまし。妹を謗るようであれば相手がどんな方でも〈能無し〉のわたくしは容赦致しません。全力で立ち向かいます」

「っ!」


 その言葉に真珠は目を見開き、咄嗟に右腕を掴んでいた。その右の拳は強く握りしめられ、震えている程だ。

 それでも紅玉は真珠から目を逸らさない。妹を守る為、立ち向かう。


 やがて折れたのは真珠だった。

 美しい微笑みを湛えて言う。


「せいぜい足掻きなさい……〈能無し〉さん」


 その言葉に真珠を睨みつける蘇芳だったが、真珠は全く動じない。


「紅玉さん、あなたに命じます。愚かな元神子の女を姫神子様の眼前から今すぐ消し去りなさい」

「……かしこまりました」


 真珠の命令に紅玉は頭を下げる。


「幽吾様達もその愚かな職員二名を連れて、ここから立ち去るように。あとは姫神子様と新たな神子様にお任せを」

「……はい」


 幽吾もまた真珠の命令に素直に従う他なかった。


 紅玉は未だ打ち拉がれている百合に駆け寄る。地面に涙がまだ零れ落ち、立ち上がる力もまだないようだ。


「紅様」

「ここは僕らが」

「では、お願いします」


 右京と左京がそう申し出てくれたので、紅玉は百合を双子にお願いする事にした。


 すると、双子は未だ泣きじゃくる百合を両脇から抱えて持ち上げてしまった。身長の高い右京と左京だから出来る芸当であろう。


 気を失ったままの水晶は要が抱えており、岩源と兎乃原は幽吾の手により地獄の門へと押しやられる。


「さあ、みんな、行こう」


 幽吾がそう声をかけるも、文は未だに納得していない表情で桜姫達を見ていた。


「……文、行くよ」

「……」

「文」


 幽吾に呼ばれ、渋々、文はようやっと幽吾の後をついてくる。




 そうして二十の御社を後にしながら、朔月隊は視線を合わせないまま密かに会話を続ける。


「納得いかない……」


 と言い出した文を皮切りに、幽吾が言う。


「君の気持ちもわかるけど……今は分が悪い」

「ええ……あのお姫サマがいる時点で、ワタシ達に断然不利よ」


 世流も状況を納得しつつも悔しげだ。


「まるで踊らされていたようで」

「大変悔しいです」


 右京も左京も眉を顰めながらそう言い切った。


「……どうやらもう一度、調査のし直しが必要ですわね」


 気になる点も含め、まだまだ調査すべき箇所があるようだと紅玉は思う。


「とりあえず一旦退いて作戦の練り直しだよ。各自一旦持ち場に戻って、それから調査と――ツイタチの会を開こう」

「「「「「仰せのままに」」」」」




 朔月隊の会話を聞いていた蘇芳は紅玉に向かって言う。


「紅殿、無茶は駄目だからな」

「はい。分かっております」




 そうして朔月隊は一旦解散となった。





<おまけ:十の御社の台所にて>


 紫は台所で作り置きしている檸檬の蜂蜜漬けの瓶を取り出した。


 先程、蒼石が連れて帰ってきた空と鞠、加えて天海が抱えてきた美月が、揃いも揃って神力不足でぶっ倒れたらしいのだ。


「神力不足にはやっぱり甘いものだよね~!」


 残念ながら、三人揃って意識を失っているので、菓子類を食べさせる事は出来ないが、神力不足で倒れた時に備え、用意してあるのがこの檸檬の蜂蜜漬けだ。

 これを水で薄めて少量でも口に含ませれば、回復も早いからである。


「今日は少し多めに入れて水で割ろうっと~」


 杯に氷を入れて、蜂蜜を多めに入れて水で割る。しっかりかき混ぜてから、蜂蜜に漬けた檸檬も入れればあっという間に完成だ。


「できた! 紫特製蜂蜜檸檬水! 蜂蜜漬けの檸檬も疲労回復に最適なのでどうぞ合わせてお召し上がれ~!」


 パチパチと拍手をしながら十の御社の通称年少組の真昼と雲母とれなが紫の口上を聞く。

 そして、三人は紫特製の蜂蜜檸檬水を一つずつ持って運んでいった。届け先は神力不足で倒れた三人の元だろう。


「ふぅ……ひと休みひと休み」


 紫はそう言いながら瓶の蓋を開け、己の分の蜂蜜檸檬水を作る。

 そうこうしている内に、儂も、僕も、俺も、私も、と神々が集まって、ちょっとした茶会になった。


 そして、しばらく経った後、パタパタと紫専用の伝令役の蒲公英が飛んできたのだ。


『コウギョクよりデンレイです』

「あ、はいはい。ありがとうね、蒲公英ちゃん――もしもし、紅ちゃん、どうしたの?」

『今からそちらに帰るのですが、晶ちゃんが倒れましたので神子の寝室を整えておいてください』

「わかったよ」


 由々しき事態だと紫は察しすぐさま立ち上がる。

 槐に合図を送れば、すぐに動いてくれた。

 蜂蜜檸檬水ももう一つ作っておこうと思い、瓶の蓋を開ける。


『あと二十の神子の百合様も訳あって連れて帰りますので、客間を整えておいてください』

「んっ? 二十の神子様?」


 紫は耳を疑った。


 二十の神子と言えば、薄桃に彩られたぱっちりとした目元と、淡く色づけされた可愛らしい頬と魅力的な唇、そして甘い香りがほんのり漂う大変可愛らしい神子だと専らの噂だ。その上、身体つきも女性らしくも細く、守ってあげたくなるような庇護欲を掻きたてられる女性でもあった。


 そんな彼女が十の御社へ来訪してくる――。


 紫の中の座右の銘が彼を突き動かした。

 紫は目を輝かせ胸に手を当てて丁寧に答える。


「わかったよ。神子様のお世話は僕が誠心誠意、全力でさせてもらうよ」

『貴方は客間を整えた後、客間へ近付く事を禁止しますっ!!』

「ええ~~っ! 紅ちゃん、そりゃないよぉ~~っ!」


 紫と紅玉の会話を聞いていた十の御社の神々は密かに動く。


「お~い、誰か~、紐用意しとけ~、紫縛っておくやつ」

「今日の夜番誰だっけ?」

「時組ね」

「夜中も紫が逃げ出さないようにしっかり見張っておけよ~」

「任せたまえ」


 時組を代表して日暮はにっこりと微笑みながら答えると、紐をビンッと引っ張った。




 その夜、紫は日暮に紐でぐるぐる巻きにされ、寝かしつけられたらしい――。


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