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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
157/346

二十の御社の言い訳

あまり楽しくない言い訳回を敢えて分けず一つにしましたので、本文長めです。




 空と鞠と美月は蒼石と天海に連れられ十の御社へ、重症の冬麻は焔と轟に連れられ神域医務部総合病院へ運ばれた。


 二十の御社に残ったのは幽吾、紅玉、蘇芳、右京、左京、文、水晶、そして契約組の神四名だ。


 そして、彼らの前にいるのは、二十の神子の百合、二十の神子護衛役の岩源、二十の御社生活管理部の兎乃原、そして二十の御社の神々十五名――その全員が地の上に正座をさせられていた。


 二十の御社関係者をその色を知らない開かない瞳で見下ろしながら幽吾が言った。


「さてと……とんでもない事を仕出かしてくれたねぇ、君達」


 彼らが正座をさせられている二十の御社は邪神や猫又が暴れた結果、屋敷は破壊され、瓦礫が乱雑し、庭園の美しい緑は抉られ、木々は折れ、池は破壊されるなど、見るも無残な姿に成り果てていた。


 それもこれも全て二十の御社の関係者が招いた事態だ。


「まずは二十の神子護衛役の岩源、そして生活管理部の兎乃原。御社配属職員であろう者が、神子の危機にもかかわらず真っ先に逃げ出すという職務放棄。これがどういう意味がわかっているのかい?」


 幽吾も恐ろしいが、幽吾の背後に控える鬼神が更に恐ろしく、岩源も兎乃原も顔を上げる事ができない。


「でも全ての元凶は君だよ……二十の神子、百合。神を邪神に変貌させてしまった挙句、神子の最大の役目である邪神の浄化を拒否するだなんて言語道断。最早言い訳の余地なんてないからね」


 百合も恐怖のあまり、涙を湛えて震えている。


 黙ったままの二十の御社の面々に幽吾は少し苛立ちを覚える。


「君達はただのお説教で済む話とでも思っているのかい? 馬鹿言わないでね? ここで会った話、一から十まで詳しく丁寧に説明しない限り、絶対、絶対、ぜぇったい解放しない。言わなければ拷問でも何でも、僕はするよ。喜んで」

「――そっ、そもそもっ!」


 幽吾の脅しに思わず声を上げたのは、岩源だった。


「そもそも悪いのは……神を怒らせた神子補佐役の冬麻だって。朝からいきなり神子を説教してきてよ……」

「そもそもあの補佐役に最初に説教されていたのは、貴様らの方だぞ! 護衛役と生活部! その声で神子が起きてしまったんだ!」


 生真面目そうな男神の言葉に岩源がギョッとする。

 その変化を見逃す朔月隊ではない。幽吾は透かさず岩源に聞く。


「それで、岩源と兎乃原は何で説教されていたのさ?」

「そ、それは…………」


 言い淀む二人だったが、そこへ現れたのは――。


「失礼しま~す! 遅くなっちゃってごめんなさいね~!」

「世流さん、おっそい」


 世流が来る事と知っていたらしく、文は少し怒ったように言った。そんな文に世流は困ったような笑みを浮かべ、両手を合わせた。


「ごめんね~! 轟君が用意していたものを代わりに取りに行っていたら遅くなっちゃった」


 世流はそう言いながら、持っていた書類やら資料やらを見せる。

 そして、真剣な表情になるとハッキリと言った。


「報告するわ。そこの護衛役と生活管理部の二人が昨晩『赤薔薇ノ華』の『姫の間』で一晩過ごしたと証言を得られたわ」


 世流の言葉に岩源と兎乃原はビクリと肩を揺らし、息を呑んでしまう。


 紅玉は驚きもしなかった。

 この情報の出所は元郵便課の美月の先輩こと真鶴の証言だ。


「二十の御社の護衛役と生活管理部は男女の関係で、よく遊戯街に出掛けているらしい」


 その得た情報を世流に流したのは紅玉なのだから。


 世流の話を聞いた幽吾が言う。


「『姫の間』ってあれ? 異性交遊の為の?」

「そっ!」

「わあ~~~~」

「お、おいっ! 人の個人情報を勝手に流すなよ!」


 岩源が噛みつくように言うが、世流は怯む様子もなく妖艶に微笑む。


 世流がチラリとこちらに視線を向けたので、紅玉はその意図を察し、先程御社内を捜索して見つけたそれを手に前へ進み出る。


「あら、ごめんなさい。そうねよ。確かにオフの日や仕事終わりとかでどこで遊ぼうが、とやかく言う資格はないわよね。『姫の間』でイチャイチャするのも大いに結構…………でもね」


 そう言いながら世流は持参した書類を、紅玉も冬麻の部屋に置いてあった書類を見せ付ける。


「きちんと自分の仕事をした上でその台詞を言って欲しいものね!」


 世流が持ってきたのは轟が用意しておいた神域警備部の書類だった。二十の御社の護衛役の業務報告書だ。

 一方の紅玉が持っているものは神子管理部の書類だ。冬麻の部屋にあったものなので、冬麻の書きかけであることは明白である。


 驚くべきはこの護衛役の書類と神子補佐役の書類の筆跡が全く同じものであることだろう。


「ふぅん……つまり神域警備部の書類を作成したのは、神域警備部の岩源じゃなくて神子管理部の冬麻ってことだよね」


 文の言葉に岩源は何も言い返せない。それが真実なのだから。萎む風船のように小さくなっていく。

 そして更に世流は言う。


「あとね、お店を利用するのは大いに結構だけれど、流石に毎晩はないでしょ」

「……毎晩?」

「そっ、毎晩。なんなら証拠も提出できるわよ。はい」


 思わず聞き返してしまった文だが、世流が見せてきたそれは「姫の間」を何時、どの部屋を、誰が利用したかを記載した帳簿であり、間違いはないようだ。

 そして、毎晩「姫の間」を利用していたという事実に、文は二人を軽蔑したように見下す。


「人に仕事押し付けて夜な夜なお盛んとは、ただのケモノだよね?」


 一度、文の言霊に縛られて、その恐ろしさを見以って体験しているせいか、文のその声を聞くだけでさらに青くなっていく岩源と兎乃原。


 そんな二人を見ながら紅玉は思い出す。真鶴から聞いた話を――。




「二十の御社の護衛役と生活管理部は男女の関係で、よく遊戯街に出掛けているようで……多分、毎晩」

「毎晩ですか? 流石にそれは……」


 言い過ぎでは?――という言葉は真鶴によって遮られる。


「朝の配達時に、毎回会うんですよ……明らかに朝帰りの二人に」


 完璧とも言える目撃証言に紅玉は何も言えなくなってしまった。




 そして、真鶴の証言の裏付けの為に直接遊戯街の赤薔薇ノ華まで出向き調査したが……あまりにもあっさりと二人は現れてくれた。

 また野薔薇からも同様の証言を得る事ができ、岩源と兎乃原の職務怠慢は明らかなものとなった。


 そして、極めつけは空の内部調査報告だ。




「洗濯も掃除も後片付けも冬麻さんが一人でやっていたっす。生活管理部の兎乃原さんは部屋でずっとお喋りしていたっす。仕事もやらないで」




 勿論この件も幽吾に報告済みである。


「さっきから何も言わない兎乃原……君の職務怠慢も報告に聞いているから」


 最早、この二人に言い逃れの余地などない。


「相応の罰を覚悟するように……僕直々から処罰下すよう許可貰っておいたから。思う存分、反省させてあげるね~」


 その色を知る者がいない閉じたままの瞳をさらに細くしてにっこりと笑う幽吾の顔は、あまりにも恐ろしい。

 岩源と兎乃原は最早声すら出せない。


 すると、右京が百合に向かって言った。


「御社のそんな状況に気づいていながら、黙っていた神子も同罪ですよ。これでは虐めと何ら変わりありません」

「そもそも二十の神子であるあなたも神子が書くべき書類を補佐役の冬麻様に書かせていたようですし、言い逃れはできませんよ」


 左京はそう言いながら紅玉と一緒に捜索した際に見つけた書きかけの神子の書類を見せつける。

 こちらも先程の護衛役の書類同様、冬麻の筆跡だった。


 それを見て百合は目を見開いて戸惑う。


「そ、それは……!」

「神子は悪くない……!」


 そう言って割って入ったのは眼鏡をかけた聡明そうな男神だ。


「それは僕達が補佐役に渡したものだ。神子の負担を減らす為に、補佐役に代わりに書くように命じたんだ……!」

「すなわち、神自らが冬麻様の虐めを実行していたということになりますね」

「愛する神子の為に、虐めを。神手ずから」


 右京と左京の冷たさを隠さない鋭い言葉に神々は言葉を詰まらせる。


「ぼ、僕達は忙しい神子がかわいそうで――」

「黙りなさい」


 その声とともに発せられる神力の圧に神々は圧し潰されたような感覚に陥り、声を出す事もできなくなる。

 見れば水晶がその美しい顔に氷のような怒りを浮かべて神々を睨み付けていた。

 更に背後にいる彼女に仕える神々も凄まじい圧を放っており、神々しくもなんと恐ろしいことか――。


「邪に身を許すという大罪を犯したあなた達に言い訳なんて最早許されない! 大人しく黙って沙汰を待ちなさい」


 たった十四歳の神子からの威圧に、神であるはずの者達は畏縮してしまい、頭を垂れることしかできなかった。


 沈黙した神々を見て幽吾が話を戻す。


「さて、いつも通り朝帰りをした岩源と兎乃原は冬麻さんに叱られて、それでどうしたの?」

「そ、そしたら…………」


 岩源はチラチラ百合を見ながら言い淀んでいたが、言い逃れはできないとわかったのか白状した。


「神子が複数の神と一緒に寝ていた」

「酷いわ、岩源! そんな誤解されるような言い方しないで! 確かに一緒に寝ていたけど、同じ部屋に横に並んで寝ていただけだわ!」


 百合の言葉に文は呆れたように言う。


「そりゃ怒られるでしょ」

「護衛役の言い分もあながち間違いではありませんね」


 右京の言葉に同意しながら幽吾が続ける。


「それで冬麻さんが君を叱ったわけだ」

「だって、私達はみんな仲良しなのよ! 一人で寝るよりみんなと一緒に寝た方が絶対楽しいに決まっているわ!」


 呆れる発言の数々に幽吾が眉を顰める。

 神子管理部として、流石にただ黙って見ている事ができず、紅玉がようやっと口を開く。


「神子様、畏れながら申し上げます。貴女は神子である以前にご自身が女性ということを自覚なさいませ。何か間違いでも起きたらどうするのです?」

「……な、なんで?」

「はい?」

「なんで、そんな酷いことを言うの……? みんなが私の嫌がることをするはずがないわ。だってみんなは私の事が好きなんだもの」


 然も当たり前の事、説教されている理由が理解できない、とでも言うように百合は涙ながらに答える。

 そんな百合の言葉を飲み込めず、紅玉は思わず聞き返してしまう。


「あの、おっしゃっている意味がわからないのですが……?」

「だから、みんな私の事が好きで愛しているの……! そんなみんなが私の嫌がる事をするはずがないわ……っ!」


 百合に話が全く通じていない事に紅玉は開いた口が塞がらず何も言えなくなってしまう。

 そんな紅玉の代わりに双子が答える。


「それはあまりにも過信です。神は誰よりも愛情深い反面、誰よりも嫉妬深い」

「神子への想いが強すぎるあまり、神子の意思など一切無視して一方的に想いの丈をぶつけたり、神隠ししたりだってします」

「過去にそのような目に遭った神子のお話をしましょうか?」

「甘くて幸福な話とは程遠い、破滅の話になりますが」


 双子の話に百合は青ざめた。


「……え……な、なにそれ……そんな恐ろしい事があったの……?」


 百合のその一言に目を剥いたのは、紅玉だけだった――。


 少し苛々しながら幽吾が尋ねる。


「話を戻すよ――それで、冬麻さんに叱られた後、何が起きたの?」




*****




 朝食の準備を終えたばかりの冬麻は、神子を起こしに神子の私室へ足を運んでいる最中だった。今朝うっかり寝坊をしてしまい、いつもより準備が遅くなってしまった。

 その為少し駆け足で移動していたのだが、その途中でバッタリと会ってしまったのだ。忍び足で御社に入り込もうとしている朝帰りした岩源と兎乃原に。


 そして、会って早々三人は言い争いとなった。


「あなた達は! 御社配属という自覚は無いんですか!?」

「うるせぇなっ!」

「朝帰りしたくらいでなによっ!」

「問題大有りです! 私達御社配属職員はいざという時に神子を守らなくてはいけないのです! それなのに夜に二人で遊び呆けて! いい加減にしてください!」

「そんないざなんていつ来るんだよ!? ねえだろうがっ! 一生!」

「彼氏いないからって僻みぃ? これだからオバサンは~」


 場所を考えず、朝から大声で言い争いをしていたからだろう。少し先にある神子の私室の襖が勢い良く開いた。


「朝っぱらからうるせぇぞっ! ガキどもっ! 神子が起きちまっただろうがっ!」


 一際身体の大きな男神が出てきて大声で怒鳴ったので、岩源と兎乃原はビクリと身体を揺らしてしまう。

 しかし一方で冬麻は驚き固まってしまった。神子の私室から男神が出てきたのだ。しかも寝巻きで。


 冬麻は顔を青くして神子の私室を急ぎ覗いた。するとそこには二十の御社に住まう十五人の男神全員と、真ん中ではまだ眠たそうに目を擦っている神子がいたのだ。


 冬麻は寝不足に加え、岩源と兎乃原の朝帰りの件があった上に、神子の私室の状況に頭痛がしてきてしまう。そして気付けば苛々した感情のままに叫んでいた。


「神子っ! あなたという人はっ! 嫁入り前の女性が男神と一緒の部屋で寝るなんてっ! 神子という地位関係なしに大問題ですよっ!? 常日頃そのような軽率な行動は止めてくださいと注意していますよねっ!? 神子の品位に欠けるあまり、神子を辞めさせられても文句言えませんよっ!?」


 流石の岩源と兎乃原も驚いてしまう。それ程にまで冬麻の剣幕は凄まじかったのだ。

 しかし、そんな冬麻に怒りを露わにしたのは、神子を溺愛する男神達である。


「貴様っ! 誰に向かってそんな口をっ!?」


 十五人の男神全員が冬麻に殺気を向けていると感じ――このままでは目の前で惨劇が起きる。面倒くさい――と思った兎乃原が慌てて間に入っていた。


「ああもうごめんなさい! うちの堅物がほんっとうに失礼しました! 冬麻も冬麻よっ! 神子様だってもう立派な女なんだから、神様と寝たくらいで怒らないのっ!」

「兎乃原! 私は――」


 未だ感情の高ぶっている冬麻の言葉を遮ったのは――。


「もうやめて~、兎乃ちゃん。その言い方は誤解を生むわ」


 むっと頬を膨らませた百合だった。

 頬を膨らませても可愛らしい百合に向かって兎乃原はへらへらと笑いながら言う。


「またまたぁ。そんな恥ずかしがらなくてもいいですよ。逆ハーレムって個人的にありだと思いますし」

「え~~、そう? 私は面倒くさいと思うわ」


 ヒュッと息を呑んだのは兎乃原だったのか、男神達だったのか――。

 兎乃原は話題を変えようと必死に考えて――ついうっかり口に出してしまう。


「ああえっと……も、もしかして神子様、心に決めた人とかいる、とか?」

「ううん。いないわよ~」


 確実に男神達から張り詰めた空気が流れ始めていた。しかし、百合はそんな不穏な空気に気付かない。


 すると、百合と距離感が一際近かった男神が尋ねた。


「……神子……神子にとって、我らは一体何だ?」

「え?」

「神子にとって、我らは一体どういう存在だ?」


 百合はキョトンとした顔で然も当然のように答える。


「み~んな仲良しのお友達よ」

「……それだけか?」

「え?」

「それだけ……なのか?」


 縋るような、寂しげな男神達の目に――百合は気付かなかった。


「ええ、そうよ」


 可愛らしい微笑みを湛えて、それは当たり前の事だと、無邪気に放ったその言葉は、あまりにも神々にとって残酷だった。


 バキンッ――。


 神々の中で何かが崩壊する音が響いた。

 それはきっと心が壊れた音だったのだろう。


 神々の中で黒く醜い感情が渦巻き始める。


「…………神子…………」

「え?」

「我らにはお前しかいないんだ」

「は?」

「我らはこんなにお前を愛しているのに……それなのに、何故……っ!?」


 神々の身体から黒い力が溢れ出す。その力の名は、邪力――。


 冬麻はハッとする。


「皆様! 待ってっ!!」


 冬麻の叫びなど、邪神の耳に届くはずもなかった。


「あアいッソ、お前ヲ食い殺セバ、我ラのモノとなっテクレるダロウカッ!?」


 神々が完全に邪力に飲み込まれた瞬間、目の前に現れたのは異形な姿の神――邪神であった。


「ひぃっ!」

「ばっ、ばけものっ!!」

「きゃああああああああああああっ!!!!」




*****




 事の顛末を聞き、誰もが黙ってしまう――百合のあまりにも無邪気で、無慈悲な発言に。




「貴女は馬鹿なのですか!?」


 紅玉が怒りを露わにした強い口調でそう言っていた。


「神様達に向かってよくもまあそんな発言ができたものですねっ!?」

「え? えっ? だって、みんなは私の事を愛してくれているんだから、仲良くするのは当然の事で……」

「神様は神子である貴女に誠心誠意、心から仕えているのです! ですから、神子であり〈神の愛し子〉である貴女も神様達に心から仕えなくてはならないのに、そんなあっさりとよく言えたものですねっ!?」

「え……だって、私はみんなから愛されているから……」


 またもや話が全く通じていない事に、紅玉は苛立ちを隠せない。


「貴女は――」

「――お姉ちゃん、いいよ」


 凛と張り詰めたその声に紅玉は思わず黙ってしまった。


 振り返ればそこには、白縹の神力を纏い、人形のような無表情でしかし美しい顔にこれ以上ない程怒りを湛えた水晶がいた。


「神子への説教は神子でしか務まらない」


 ゆらりと前へ進み出た水晶の神力の圧に、姉である紅玉ですら声が出せなくなっていた。


「悪いけど……私、心底不機嫌だから容赦なんてしないから」


 一段と増した神力の圧力に百合は、声はおろか息もできなくなっていた。

 そんな百合を水色の瞳で冷たく鋭く射抜く。


「あなた、神子の役目をわかっているの? 私達はただの愛されお姫様じゃないのよ。まずそれをわかっている? 仲良く過ごせればいい? 馬鹿言わないで。愛情を貰ってばかりで自分は何もしないだなんてそれは怠惰よ。思いやりの。神はこの国を守り支える大切な存在で、尊き存在で、崇めなければならない存在。国を守り繁栄に導いてくれる神と国を結ぶのが私達神子の役目なのよ。勘違いしないで。偉いのは神子じゃない、あなたじゃない!」


 水晶の氷のような言葉に数々に、百合はビクリと身体を震わせ涙を流す。


「だ、だって、私……みんなは、私が大切だって……愛されるべき存在だって」


 未だそんな事を言う百合に水晶は眉を顰めて不機嫌を露わにする。


「あなたは随分と幸運に恵まれて育ったのね。誰からも愛されて、不自由なことなんて一切なくて、障害もなく生きてきたのね。だから、あなたは愛されることが当たり前だとでも思ったのでしょ? でも、それは大きな間違いだわ。あなたが恵まれていたのはあなたが幸運だったからじゃないの。あなたの周りの人間が素晴らしい人ばかりだったの。親、兄弟、友人、知り合い、神様――あなたはそれに感謝しなければならなかったのに、それに気づけなかった。日々の感謝を怠れば、いずれあなたから幸運は離れていくわ。いつか孤独になったときに気づいてももう遅いのよ。あなたにはそれを指摘してくれる人が傍にいたのに、聞く耳を持たなかった。せっかくのやり直しの機会を自ら棒に振ってしまったのよ。あまりにも残念でならないわ、二十の神子」


 水晶が怒涛のように言い放った言葉は、ようやっと百合の心に突き刺さったのだろう。百合は顔を青くし、そして両手で顔面を覆った。


「わっ、わたしぃっ、だってわたしぃっ――うわああああああああああああああああっ!!!!」


 周りの目も気にせず、大声を上げて泣き出す。未だ現実を受け止められない子どものように。

 神々が悲しげな表情で百合を見つめるが、百合に駆け寄り抱き寄せる事など十の御社の神々が決して許すはずがなく、ただ黙っているしかできなかった。


 すると、岩源と兎乃原が突如喚き出す。


「そうだよ! そもそも補佐役の冬麻がきちんと神子を躾けられなかったからこんなことになったんだ! 俺らは悪くねぇっ!」

「そうよ! 責任は冬麻にあるわ! それに神が邪神になるなんて知らないわよ! こんな危ない仕事だったなんて聞いてない!」

「黙りなさい!!」


 最早我慢の限界だった。

 紅玉は眦を吊り上げて岩源と兎乃原を睨みつける。それはいつもの氷のよう――ではなく、業火のような怒りだった。


「責任は冬麻さんにある? 職務放棄をしていた貴方がたにそのようなことを言う権利などこれっぽっちもございません! 第一に邪神の危険性や恐ろしさについてきちんと習っているはず。それを把握していなかった貴方がた大いに非がございます! まともに仕事もできない人間が責任転嫁など甚だしい! 恥を知りなさいっ!!」

「んだと〈能無し〉のくせに!」


 その瞬間、岩源は強い殺気を浴び、声を失った。

 ふと見上げれば、憤怒の形相の蘇芳が岩源を見下ろしていた。


「責任転嫁だけでなく愚弄までするか!?」


 蘇芳は悲鳴もあげられなくなっている岩源の胸座を乱暴に掴み上げた。


「その根性、その身をもって叩き直してやろうかっ!?」

「ごめんなさいごめんなさいっ! 殺さないで殺さないで! 俺が! 俺が悪かったからぁっ! 死にたくねぇよぉぉおおおおっ!!」


 涙と鼻汁でぐちゃぐちゃになりながらに命乞いをする岩源だが、蘇芳は容赦なく岩源を恐怖に陥れる為に殺気を強めていく。


「蘇芳様……っ」

「あ~、紅ちゃん、今日は放っておきな。丁度いいお灸だよ」

「……確かに」


 幽吾にそう言われ、紅玉も今日は黙っている事にした。

 蘇芳は左手に兎乃原も持ち上げており、兎乃原も涙と鼻汁でぐちゃぐちゃになった顔で泣き叫んでいた。


 そんな二人を満足そうに見たところで幽吾が朔月隊を振り返った。


「さてと僕らもいろいろ動かなきゃね」

「具体的に何するの?」

「まずそこのバカでポンコツの職員二名に地獄のような苦しみを味合わせて、あとそのアホで無能の職員二名の入職を許した人事課のマヌケ職員を見つけ出して、そいつに地獄の苦しみを味合わせる」


 物凄く良い笑顔で言った幽吾に、文も不敵な笑みを浮かべて言う。


「いいねぇ。俺も手伝うよ。言霊で身体縛ったり自白させたりするのは得意だよ」

「えっ? いいの? 助かる~」


 非常に楽しそうに会話しているものの、内容がかなり不穏である。

 傍で聞いていた世流が思わず「こっわ」と零していた。


 その件は幽吾達に任せるとして、紅玉は今の聴取で気になる点がいくつかあった。


「……わたくしも調べたい事が少々」

「紅様、何か気になる事でもおありで?」

「我々に出来る事がありましたらお手伝い致しますよ」


 右京と左京が胸に手を当ててそう進言してくれるのでありがたかった。


「はい。あまりにも杜撰なところが多すぎて――」


 紅玉が話し始めたその時だった。





<おまけ:神域医務部総合病院にて>



 地獄の番犬に跨って、焔と轟がやってきたのは、卯の門広場にある神域医務部総合病院だ。

 地上に降り立った瞬間、焔が叫ぶ。


「先生方! 急患です!」


 焔の声を聞き付けた医務部の医師達がバタバタと駆け付ける。


「二十の御社神子補佐役の冬麻さん。女性、二十七歳。落ちてきた瓦礫の下敷きになって重傷。意識はありません」

「容態は?」

「背部裂傷、出血多量、恐らく肋骨骨折、内臓の方の出血はわかりません。とりあえず外傷が酷かったので私が調合した治療薬を二本ほど使用しました」

「よしよし、焔、よくやったぞ。あとはこっちに任せておけ」

「内臓透視室運ぶよー。術式準備しておいてー」

「はーい」

「手術室の準備もしておいてー」

「はーい」

「焔、これらの薬と、あと念のため造血の薬の調合を頼む」

「わかりました」


 一瞬の内に医師達は冬麻を運んでいき、焔も渡された書付を手にバタバタと駆けていってしまった。


 轟は一人ポツンと取り残されてしまう。


「あれ? 俺様、役立たずじゃね?」


 そんな轟を地獄の番犬が憐れそうに見ながら「クゥン……」と鳴いていた。


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