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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
156/346

弟妹達の本気




 竜神の化身のような空の姿と妖精族の鞠の本来の姿に、右京も左京も天海も聞いてはいたものの驚いてしまう。


「これが二人の……!」

「真の姿……!」

「綺麗だ……」


 やがて空は翼を、鞠は羽根を広げると天高く飛び上がる。


「鞠ちゃんは美月ちゃんをお願いっす!」

「わかったわ!」


 そして、空は超高速で紅玉の元へと飛んでいき、邪神の一人を凄まじい力で弾き飛ばした。

 その凄まじさに紅玉は目を剥いてしまう。

 しかし、空の攻撃の手は止まない。また一人、また一人と邪神を遠くへ弾き飛ばし、紅玉と冬麻を邪神から守る。


 一方、鞠は未だ尻尾を暴れさせている猫又に向かって手を翳す。


「【MARIEL LFSYDE PHIALA】!!」


 その詠唱は聞いた事のない不思議な言語だった。しかし、鞠がその言葉を紡ぎ出すと、庭園から次々と蔦が伸び、あっという間に猫又の尻尾を捕らえた。

 自由を完全に奪われた猫又がもがき暴れようとするが、鞠は猫又の眼前まで飛ぶと、ふぅっとキラキラと光る花緑青の粉を吹きかける。

 すると、今まで暴れていたはずの猫又は急に大人しくなり、その瞳を閉じると――ズシンと地を揺らして、地面に倒れ伏してしまった。


「美月ちゃん、もう大丈夫だよ……苦しかったね……」


 大人しくなった猫又の頬を鞠は優しく撫でる。猫又はすぅすぅと寝息を立てており、起きる気配はなかった。


 猫又が大人しくなる一方で、邪神は一向に暴走が止まらない。

 轟に襲いかかっていた邪神も空が次から次へと屠っていくが、邪神は何度でも再生して空に襲いかかってきた。


「まだまだぁっ!!」


 一気に襲いかかってきた邪神三人を空は難なく弾き飛ばす。

 しかしその瞬間、視界がグラリと揺れ、限界が近い事も悟る。


 すると、邪神の一匹が空へと飛び掛かった。


「空さんっ!!」

「っ!?」


 紅玉の叫ぶ声と鈍い音が響いたのはほぼ同時だった。


 ハッとして見上げれば、そこにいたのは、海のような鮮やかな青い髪と青と蒼が混じる瞳を持つ竜神――。


「お父さん……っ!」

「まったくっ――我の名を呼べと言ったであろうっ!」


 蒼石は空に襲いかかってきた邪神を腕一本で庭園の端まで投げ飛ばしてしまった。


 蒼石の攻撃の威力に唖然とする紅玉の元にその声は届く――。


「全員、下がりなさい――ここからは、私の仕事――」


 凛としたその声に全員が振り返ると、そこにいたのは白縹の清廉な神力を纏った十の神子――水晶だった。


 邪神達が一斉に水晶に襲いかかる――が――。


「消え去りなさい――邪悪なる気よ――」


 そう呟けば一気に膨大な神力が辺りを包み込み、邪神達は次々と飲み込まれていく。


 パンッと両手を合わせ、水晶は術式を解き放つ。


「【邪力浄化】!!」


 白縹の神力が一気に駆け抜け、二十の御社全てを包み込み、邪力が一気に浄化されていく。

 消えた邪力は昇華され、キラキラとした光を放ち天へと昇る。とても幻想的な光景である。


 庭園の真ん中で凛とした表情で佇む水晶を見て、そのあまりもの美しさに右京と左京はほぅと溜め息を吐く。


「これが、神子の力……」

「なんと美しいのでしょうか……」


 そう呟いた二人の目からは自然と涙が零れていた。


 鞠もまた思わず見惚れていた、猫又の姿がキラキラと輝きながらどんどん小さくなっていき、いつもの美月の姿に戻ったのを見てハッとなる。


「美月ちゃん!」

「美月ぃっ!」

「美月っ!!」


 それを見た轟と天海もすぐさま駆け寄り、轟が美月を抱き起こす。

 美月は未だすぅすぅと穏やかな眠りについているようだった。鞠はほっと息を吐く。


「よかっ――……」

「鞠っ!?」


 倒れゆく鞠を天海が慌てて受け止める。すると、鞠の姿もいつもの姿へと変化していく。

 オロオロとしている天海に近づいてきたのは蒼石だった。


「本来の力を使って疲労したのだろう」


 そう言っている蒼石の右腕にはぐったりとしている空の姿があった。


「空……っ!」

「案ずるな。空もまた力を使い果たし疲労しているだけだ」


 天海を安心させるようにそう言うと、蒼石は左腕を差し出した。蒼石の言わんとしたい事を理解した天海は、気を失っている鞠を蒼石に託す。


 気を失っている空と鞠を抱え直すと、蒼石は困ったように笑う。


「まったく……二人とも、余計な所は母に似てしまったようだのぅ……いや、姉か?」


 そう言って蒼石は後ろを振り返った。

 そこには己が血で汚れる事も顧みず、冬麻の応急処置を必死にしている紅玉がいた。その顔はかなり真っ青である。


 少し心配になった蒼石だが、紅玉に近づくその姿を見て、すぐに問題ないと思った。




「紅殿っ!!」


 そう叫んで駆け寄ってきた蘇芳の姿を見た瞬間、紅玉の目から涙が溢れた。


「蘇芳様ぁっ! どうしましょう! どうしましょうっ!? 血がっ!」

「紅殿、落ち着け! 大丈夫だ、息はある。まずは止血を――」


 しかし、冬麻の状態は思ったよりも深刻のようだった。出血に加え、恐らく骨も折れているだろう。一刻も早い治療が必要ではあるが、蘇芳に出来る事は止血だけである。

 その時だった。


「紅玉先輩! 蘇芳さん!」


 突如地獄の番犬に跨って現れたのは焔だった。焔はすぐさま冬麻に近寄ると、鞄から薬瓶を取り出した。


「治療は私がします! 蘇芳さんは止血の術式を!」

「助かる!」


 焔は冬麻の傷の状態をしっかり確認してから、薬瓶を選んでいき、薬液を冬麻の傷口にかけていく。その間、蘇芳は止血の術式を施していく。


 しかし、一向に意識の戻らない冬麻の姿に紅玉は身体の震えが止まらない――。


「紅殿――」


 ふわりと撫でられる優しい手の感触に紅玉はハッとする。


「大丈夫。大丈夫だ」


 優しく微笑みながらそう言う蘇芳に、紅玉は余計に涙が止まらなくなってしまう。


 目の前で人の命が失われるかもしれない恐怖に、何もできない己の無力さに、それでも己に寄り添ってくれる蘇芳の優しさに――涙が止まらない。


 蘇芳はただただ何も言わず、優しく紅玉の頭を撫でて、ひたすら宥めた。




 そんな姉が心配な水晶だったが――まだやるべき事が残されていた。


 そんな水晶を契約組の神四人が振り返った。四人は邪神の身柄を拘束し、一か所に集めていた。

 邪神は浄化の力で邪力を失い、消滅寸前であった。


 そんな痛ましい邪神――元神々の姿を見て、紅葉のような色鮮やかな髪と瞳を持ついろはが悲しげに言う。


「最早救う手立てなどありません。神子様、どうかせめて楽にさせてあげてください」

「…………ううん。まだ方法はある」

「えっ! 神子さん!?」


 赤味がかった茶色の髪と瞳を持つ眼鏡をかけた少年神の(かたる)が驚いたように声をあげるが、水晶は気にせず邪神へ足を進める。


「神子」


 煌めきのある黄金の髪と金と黒の二色が入り混じる不思議な瞳を持つ男神の(かなめ)が水晶の前に立ちはだかる。


「これ以上近づくのは危険だ。あなたの身を危険に晒すわけにはいかない」

「……どきなさい、要」

「一度、邪へ落ちた神は元には戻れねぇ。たとえ神子の力を以ってしてでもな」


 そう言ったのは(はがね)だ。まるで知っているかのように辛そうにそう言い切った。しかし――。


「やってみなきゃわからないでしょ」


 水晶は要と鋼を押し退けて、邪神の前へと歩み出た。そして、邪神達に向けて両手を向ける。


「【力は 回顧 想起 記憶を呼び戻せ 願うは 蘇生 救済 魂の復活を】」


 白縹の神力が消滅しかけた邪神達を包み込んでいく。


「【舞い戻りなさい 憐れな神々よ】」


 黒く濁った邪力が完全に祓われ、邪神は元の姿へと戻っていく。

 その奇跡的な光景に契約組の神々は誰もが目を剥いてしまった。


 そして、邪力から解放された神々は地面へと崩れ落ち、全員声を上げて泣き出した。わんわん大声を上げて泣き出す神々に邪力も神の威厳などもない。そこにいるのは恐怖と悲しみに泣き咽ぶ子どもだった。


 水晶は四人を振り返ると、腰に両手を当てて胸を張った。


「どやぁっ」

「……まっ……たく……我が神子は……」


 要は驚き呆れたように溜め息を吐く。


「畏れ入った。君はとんでもない神子様だよ」


 要のその言葉に、水晶は得意げにふふんと笑った。




「みんな~~~~っ!」


 その声とともに降り立ったのは地獄の番犬に跨った幽吾と二十の神子である。


「みんな無事~!?」

「幽吾先輩、美月が猫又に……!」

「うん、わかっている。天海君は美月ちゃんをとりあえず安全な場所まで。外じゃちょっと騒ぎになっているからね……ちょっとどこかに匿って――」


 すると、透かさず蒼石が天海に声をかける。


「天海殿、美月殿と共に十の御社へ参られるがよい。御社で紫殿がすでに準備をしてくれているし、御社内であれば早々に見つかる事も無い」

「助かります……っ!」


 蒼石の申し出に幽吾も頷く。


「そうさせてもらおう……あと蒼石さん、空君と鞠ちゃんも厄介な事に巻き込まれる前に連れて逃げて。後は僕が全力で誤魔化しておくからさ~」

「感謝する」


 幽吾の申し出に今度は蒼石が頭を下げた。


「幽吾! 番犬君を貸してくれ!」


 声のした方を振り返ると、冬麻の治療をある程度終えた焔が手を挙げていた。どうやら冬麻を搬送できるほど応急処置が済んだようだ。

 幽吾は轟を振り返った。


「轟君、焔と一緒に補佐役さんの搬送を手伝ってあげて」

「おう!」


 轟はすぐさま焔の方へ駆け寄り、冬麻を番犬に乗せたりなどして搬送の手伝いをする。


「幽吾」


 しゃなりしゃなりと近付いてきたのは水晶だ。

 そして、水晶は幽吾の後ろにいる番犬に跨ったままの百合を睨んで言った。


「……それが件の神子?」

「そう」


 幽吾はニヤリと笑って百合を見た。

 百合は顔面蒼白で身体もガタガタ震えている。


「君にはいろいろ聞かせてもらわないとね。御社で一体何があったのか……そして話し合わなければならない。今後のこととか……」


 百合は真っ青な顔で俯いたまま何も喋らない。


「おーーーーい」


 そんな声とともに降り立ったのは番犬――ではなく鬼神だった。そして、文がその鬼神に肩車された状態で登場する。


「逃げ出した職員二名確保したよ」

「ご苦労様、文」


 幽吾はそう言いながら、鬼神の両腕に抱えられている職員二名を見た。

 一人は神子護衛役の男性職員の岩源。もう一人は生活管理部の女性職員の兎乃原である。

 文の言霊に縛られ身動きが取れないようだが、鬼神の恐ろしさに身体はガタガタと震えている。


「まったく御社配属職員とあろうものが……神子を置いて真っ先に逃げ出すだなんてねぇ……覚悟はできているよね?」


 幽吾の姿を見ていないはずなのに、幽吾の声を聞いただけで岩源も兎乃原も震え上がってしまっていた。


「さて、これで役者が揃ったかな――」


 次々と仕切っていく幽吾の声を紅玉はぼんやりと聞く。未だ取り乱す心は落ち着かない。傍にいてくれる蘇芳のおかげで大分冷静さを取り戻したつもりだが、気を抜くと嫌な思い出が蘇ってきてしまいそうだった。


 それでも――。


(しっかりなさいっ! わたくしも動かねばっ!)


 まだやるべき事が山積みなのである。まだ動揺は隠せないものの、紅玉は崩壊寸前の御社内へ捜索の為に足を向けた。そんな紅玉の後を蘇芳も追った。


 ふと冷静になって周囲を見回して――紅玉はある事に気付く。


(…………那由多はどちらへ?)




**********




 神子管理部に報告しなければならないからと、幽吾と別れ、那由多は一人別行動をしていた。

 しかし、那由多は神子管理部事務所には戻らず、物陰に隠れ祈りを捧げる――。


 するとドロリと那由多を包み込むように黒い何かが纏わりつき、異形のその姿が露わとなる。そして、背筋が凍るほど美しい白い顔が浮かび上がり、切れ長の銀色の瞳で那由多を見つめてニヤリと笑った。


【時は満ちた。愛しき子よ】

「ああっ……私の愛する御主人様っ……! どれほどこの日を待ち望んだか……!」

【愛しき子に予言を進呈しよう――あの後、お前の命運を変える者が現われる。大人しくその者にあった事を全て話すのだ。そして、全てがお前の望み通りに……】

「はいっ!」

【もう少しだぞ、愛しき子よ……】


 そして、黒い何かはまるで溶けるかのようにドロリと消えると、那由多の前から姿を消した。


「御主人様……もうすぐあなたのものに……」


 そうして那由多は物陰から出てきてそこに立つ――二十の御社の門の前へ。

 そして、近付いてくる気配に振り返った。


 那由多の前に現れたのは――……。





<おまけ:鬼神君の行方>


「ところでうちの鬼神君はどこ?」

「「え?」」

「え」

「「あっ!」」


 幽吾に言われ、双子は思い出す。

 猫又の攻撃に直撃していた鬼神の事を――。


 そして、慌てて現場に駆け付けると、地面にめり込んだ鬼神がそこにいた。


「鬼神くぅううううううううんっっ!!!!」

「幽吾様! 落ち着いてくださいませ!」

「引き抜きましょう! ともに引き抜きましょう!」


 鬼神は地面にめり込んではいたものの……流石は地獄の鬼神、全くの無傷であった。


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