表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
155/346

鞠の正体




「それじゃあ次は鞠ちゃんの番っすよ」

「Oh……キンチョーしマース」


 すると、鞠は目を閉じ、深呼吸をする……そして、ゆっくりと目を開け、微笑んだ。


「皆さん、私の言葉が分かる?」

「「「「「っ!?」」」」」


 鞠のその口調に誰もが驚いてしまう。


「鞠ちゃん……っ、あなた……! その喋り方……っ!」

「今まで黙っていてごめんなさい。でも、どうしても鞠の正体を隠すために必要なことだったの」

「鞠ちゃんの正体……?」


 世流の疑問に語り始めたのは、鞠ではなく幽吾だった。


「それを答える前に、矢吹が起こした『三十五の神子、二十二の神子の子息誘拐事件』について説明をしないといけないね」


 すると、幽吾はある資料を全員の前で開いて見せる。それは禁書室にあった矢吹の手記だった。

 それを見た世流がギョッとする。


「ちょっと幽吾君! これ持ち出し禁止じゃ……!」

「大丈夫大丈夫。これはコピーだし、後で燃やすから。焔が」

「人をゴミ処理扱いしないでもらおうか、幽吾」


 焔が思いっきり睨んでくるのも気にせず、幽吾は話を続ける。


「それよりここを見て欲しいんだけど」


 幽吾が指差した先を全員が覗き込んだ。


 そこには走り書いた字でこう書かれていた。




『女神誕生の術

 神力が強い人間……神子にさらに神力を与えれば神同等の存在になり得る

 人間に与える神力は人間の神力が一番良いだろう、害も無く、吸収も良い

 しかし、神に匹敵するほどの神力を集めるには人間百人程は必要

 神力のある人間を問題なく集める……過去の時代の神力のある人間』


『時間転移の術

 時間と空間を操作する術の為、神力を膨大に使用する

 風の紋章を改造し、強化する

 それでも生贄は必要となる』




「…………」

「…………」

「これは……?」

「矢吹があの日やろうとしていた禁術。当初矢吹は、空君を生贄にこの時間転移の禁術を使って、過去から人を多く召喚し、空君と一緒に拉致した三十五の神子様に女神誕生の禁術を使うつもりだったのさ」

「空君を生贄に過去から多くの人って……」


 矢吹の手記を見る限り、女神誕生の術に使用する生贄だろう。過去の人間であれば問題ないと書いてある矢吹の残忍さに世流は背筋が凍った。

 一方の焔は腸が煮え繰り返りそうになっていた。


「人の命をなんだと思っているんだ……っ!?」

「落ち着きなよ、焔。空も言っていたでしょ。矢吹は『人の命はなんとも思わないヤツ』だったって」


 冷静に文はそう言うものの、その眉間は深く皺が寄り、怒っている事が一目瞭然である。


「まあ空君が矢吹の魔の手から抵抗してくれたおかげで、空君は生け贄にならずに済んだ。そのおかげで一度は矢吹を捕らえる事に成功したんだけど……矢吹が自棄になって暴走してね……とんでもない御方が禁術の生け贄にされてしまったんだ」

「とんでもない、御方……?」

「三十五の神子に仕えていた神様さ」

「「「「「神様っ!?」」」」」


 真相を知らない者達が全員揃えて声を上げてしまう程驚きの事実であった。


「矢吹の暴走を押さえ切れなかった僕らの失態だよ……その後もいろいろ大変で――」

「幽吾さん、話の論点が逸れています」

「あ~、ごめんごめん。そうだね。今は矢吹の禁術の話だね」


 紅玉に指摘され、幽吾は話を戻す。


「結局、時間転移の禁術は発動されてしまって、過去から人が召喚されてしまった」


 そして、ここでやっと幽吾は鞠を見た。

 幽吾の視線の先に鞠がいる事で誰もが気付く。


「……まさか……」


 美月の呟きに鞠は笑って言った。


「その時の禁術で召喚されたのが、私よ」

「鞠ちゃんが、過去の時代の人間……! 矢吹の禁術で召喚された……!?」


 その言葉に美月だけでなく、誰もが驚いてしまう。


「つまり、鞠ちゃんが隠したかった事とは、過去から来た人間だという事でしょうか?」

「それとも禁術によって召喚された人間だという事でしょうか?」


 右京と左京の言葉に鞠は困ったように微笑んだ。


「ええそうね。でも、私が一番隠したかった事はそれじゃないの」

「……えっ?」


 鞠のその一言に疑問の声を発したのは今まで説明をしてきたはずの幽吾だった。幽吾が戸惑いの表情を見せているので、周りの人間も戸惑ってしまう――紅玉と空と蒼石を除いて。


 すると、鞠は徐に立ち上がり、精神を集中させる。

 鞠の花緑青の神力が淡く光り出した――否、これは神力とは違う力の波動であった。

 そして、鞠が大きく息を吸い込むと、鞠の背中に虹色に光る薄い四枚の羽根が現れたのだ。


 その美しさ、その幻想さに誰もが声を失った。


「これが……私が隠したかった秘密……これからも永遠に隠していかなければならない私の秘密……私は、古の時代に滅びた種族……大和皇国の言葉では『妖精族』って呼ぶのが正しいかしら」

「妖精……っ!?」


 キラキラと淡い光を纏いながら微笑む鞠に誰もが見惚れ、そして驚いていた。

 幽吾は一人納得したような顔で溜め息を吐くと、紅玉を見て困ったように笑った。


「紅ちゃん、ひど~い。僕も今まで騙していたってこと?」

「申し訳ありません。幽吾さんの事は信用していたのですが、あの時、他にも中央本部の職員がご一緒でしたので。その後も話す機会に恵まれず、つい今まで真実を隠してしまいました」

「いや……流石、紅ちゃん。懸命な判断だよ」


 幽吾は参ったというように肩を竦めると、改めて鞠を見た。


「禁じられた術で過去の時代から召喚された絶滅したはずの種族……挙げ句、壮大な力とこれだけ美しい見た目じゃ……間違いなく中央本部の餌食だったに決まっている」


 幽吾の言葉に誰もがゾッとした。今まで中央本部が行なってきた悍しい行為を鑑みても、最悪の未来しか想像できなかったからだ。


 紅玉は当時を思い返していた――。

 あの当時、幽吾の機転で禁術によって召喚された事実は捩じ伏せることはできたものの、神域に突然現れた謎の少女の正体を隠し通し、保護する権利を得るのはなかなか骨が折れたと、紅玉もよく覚えている。

 本来の姿を隠し、当時十二歳という幼さにもかかわらず、鞠は妖精の如き美しさの持ち主だったのだから。


 鞠がふぅと大きく息を吐くと、虹色の羽根はやがて消えていった。


 夢でも見ているような気分になりながら、天海は呟く。


「……よく、無事だったな」

「空さんのお母様……晴さんがご尽力されてくれましたから」


 そう言いながら、紅玉は思い出す――あの時の晴の勇ましい姿を。


「あの時の晴さん……本当に勇ましく御立派でしたわ。愛用の鉄の棒を地面に突き立てて、中央本部のお偉い方に向かって叫んだお言葉……未だに忘れられません」

「えっと確か――」


『うちの娘に手ぇ出すヤツらは全員ナニちぎって叩ッき潰すぞごるぁっ!!』


「――だったよね? かっこ良かったよね~」

「はいっ、本当に惚れ惚れしましたわ」


 紅玉と幽吾が楽しそうに思い出に浸る中、誰もが思ってしまう。


(((((それって脅し、てかヤンキー)))))


 しかし、口が裂けても言えない。晴は空の母。そして、その空の傍には空を溺愛する竜神の蒼石がいるのだから……。


 その一方で空と蒼石は「ナニ」って何だろうとずっと思っていたのだが。


「晴さんのおかげで鞠ちゃんは二十二の神子の保護下に入り秘密が守られる事になり、晴さん亡き後も晴さんがしっかり遺言を残してくれたおかげで、わたくしが空さんと鞠ちゃんを引き取り二人の秘密を今まで守る事ができたのです」

「そんなことが……」


 天海はあの当時まだ入職して間もなかったが、まだ二十代前半という若い紅玉がまだ十二歳の空と鞠を引き取ると聞いた時は非常に驚いたものだ。

 しかし、その裏にはそんな事情が隠されていたと知り、更に驚いてしまう。


(紅玉先輩は、やっぱりすごいな……空や鞠だけでなく、轟や美月の事だって――)


 そう思いながら紅玉を見た瞬間、天海は「それ」に気付き、息を呑んでしまった。顔が真っ青になり、心臓がドクドクと鳴る――。


「……天海、どうした?」

「あっ、いやっ……なんでも、ない……」

「?」


 天海の様子に少し気になる轟だったが、話題は先へと進んでいく。


「空きゅんもやけど、鞠ちゃんも無事でホンマに良かったわ~!」

「晴ママと、紅ちゃんのおかげ。故郷と仲間を失った私がこうして安全に生きていられるのも二人のおかげなの」


 じっと見つめてくる鞠の頭を紅玉は優しく撫でてやる。


「……でも、私も空と同じなの。今までは晴ママや紅ちゃんに守られてばかりだったわ。空や晶ちゃんや美月ちゃんやうっちゃんやさっちゃん、他にもたくさん素敵なお友達と巡り会う事ができた。妖精族のままだったら叶わない事だわ。だから、私もその大切な人達を守りたい。一緒に戦って、私を大切にしてくれる人たちに報いたいの」

「鞠ちゃんもいい子に育ったね~~」

「オネエチャン……感動して涙が出てきちゃうわ」


 幽吾と世流が口々に褒めてくれるので、紅玉は思わず誇らしくなった。


「おっし! 鞠の言いてぇことはわかった! 俺様に任せておけ! 仲間として俺様も鞠の事も、勿論空の事を守ってやんよ!」

「俺も轟さんの事、守るっすよ」

「デスデース」


 空と鞠の言葉に轟は思わず眉を顰める。


「はあ? いいって、そういうのガラじゃねぇ」

「ダメっす! 轟さんが俺の事守ってくれるなら、俺も轟さんの事を守るっす! もう轟さんが落ち込んでいる姿を見たくないっすよ」

「っ……!」


 空の言葉に轟は耳を赤く染め、誤魔化すように頭をガシガシと掻いた。


「アッ! トドロキさーん、テれてマース!」

「うるせぇっ! 第一に普通に喋られるなら普通に話せ!」

「マリはコッチがイイの!」

「確かに鞠ちゃんといったらそのお可愛らしいお話の仕方もチャームポイントの一つですからね」

「左に同じくです」


 双子はそう言うものの、「それ演技だろ」と轟は思ってしまった。


 すると、紅玉が立ち上がったので全員そちらを向いた。


「皆さん……今まで黙っていてごめんなさい。でもどうかこれからも、わたくしの弟と妹をよろしくお願いします」

「「よろしくお願いします!」」


 紅玉が深々と頭を下げたと同時に、空と鞠も立ち上がり頭を下げた。

 その姿が三人きっちり揃っているので、朔月隊は微笑ましく思ってしまう。


 そして全員同時にそれを言う。


「「「「「仰せのままに」」」」」


 朔月隊の了承の言葉を――。




 そんな朔月隊を蒼石は優しい面持ちで見守り、そして思う。


(晴殿……空も鞠殿も、良き仲間に恵まれたぞ)





<おまけ:晴と紅玉>



 後々の調査で分かった事だが――矢吹は美しいものに目が無く、禁術に生贄にする素材も美しいものを、と考えていたと思われた。その証拠に彼の部屋からは、西の地の伝承に登場する妖精や精霊といった類いの書物が多く見つかったらしい。


 そんな報告を聞きながら、晴は目の前をヒラヒラと楽しそうに舞う妖精のような少女――いや、妖精の少女を見つめた。


「まさかの妖精ちゃんか~~……」

「はい……まさか本物の妖精さんだったなんて驚きです……」


 紅玉はそう呟きながら、溜め息を吐く。


 紅玉の憂いは尤もである。過去の時代から禁術で召喚された訳ありの少女。しかも妖精で、不思議な力を持っていて、挙句の果てに涎が出る程の美しさと愛らしさ。


 間違いなく中央本部に永久幽閉になってしまう。


 一方、その妖精はお構いなしに無邪気に空と遊んでいる。まあ飛んでどっかに行ってしまう事はないとは思うが、あの腕白坊主の空がヒラヒラと舞う妖精をハラハラと見守っており、少し笑ってしまう。

 そのどちらも愛おしくて、どちらも守ってやりたくなった。


「よっし、紅ちゃん。ここはおばさんと一つ取引をしよう」

「取引……ですか?」

「あの妖精ちゃんの面倒は私が見る。というか、私があの子のお母さんになる」

「ええええっ!? 晴さん、本気ですか!?」

「本気も本気さ。空一人を守るのも、妖精ちゃんが一人増えようが、問題ないね。全員ボッコボコのフルボッコにしてやんよ」

「……手加減はしてくださいまし」

「まあ冗談はさておいて、とりあえず言い訳を一緒に考えてくれよ。私は考えるのは苦手なんだよ」

「そこは喜んで協力させて頂きます。あの中央本部を納得させる事が出きれば良いのですが……」

「そン時は……まあ、何とかなるさ」


 深く考えるのは苦手な晴だ。なるようにしかならない。なんとかするというのが信条である。いざとなれば全力で脅してやろうと目論む。


「晴さん、それで取引とは一体どういうもので?」

「ん? まあ要は私のお願いを聞いてくれるだけでいいんだ」

「お願い? それは何ですか?」

「今じゃないよ。近い将来の話さ」

「近い将来ですか?」

「そ」


 晴はニッと笑って見せる。


「紅ちゃんに近い将来お願いを託すから、紅ちゃんは私の願いを叶えてくれよ」

「晴さんのお願いならば全力を尽くしますわ」

「頼もしいね~。じゃあ、頼んだよ、紅ちゃん」


 晴はそう言って、ニカッと笑った。






 晴が亡くなったのは、それからほんの数ヵ月後の事だった――。


 悲しみに打ちひしがれる空と鞠を十の御社へ連れて帰り、中央本部に奪われないよう必死に匿った。

 しかし、それも時間の問題だ。

 晴という保護者を失った空と鞠の引き取り手になろうと、中央本部の重鎮達が次々と名乗りを上げた。


 このままでは――空と鞠が――……。


 そう思った矢先、紅玉が思い出したのは――晴が亡くなる少し前に託された手紙だった。神子の紋章の封印の神力が消えたら、この手紙を読んでくれと言われ渡された。


 紅玉は手紙を保管していた箱から取り出した。手紙の神子の紋章の封印は晴の神力が消えてなくなっていた……。


 紅玉は封を切る。そして、中に入っている手紙を読んだ。


『紅ちゃんへ

 面倒なこと全部押し付けて先に逝く私をどうか許してくれ

 私の息子と娘の事をどうか頼んだ

 晴』


 ポロポロと紅玉の目から涙が溢れて止まらない。


 もう一枚書類が入っていた。そちらはなんと晴の遺言状だった。


『二十二の神子の晴の長男、空と長女、鞠に関する全ての権利を十の御社神子補佐役の紅玉に託す。尚、この遺言状は蒼石、火蓮、琥珀、翡翠の竜神四名の赦しの下、書いたものである。この遺言状の内容が通らなければ、竜神の怒りと天罰が下る事を覚悟するように』


 その文章と晴と竜神四人衆の署名と血判が捺されていた。


 涙としゃっくりが止まらない。


(晴さんっ……晴さんっ……晴さん……っ!)


 晴のからっとした笑顔が蘇る――。


(貴女はいつから自分の死を分かっていたのですか……っ!?)


 しかし、答えてくれる晴はもうこの世にいない。


 紅玉の涙が晴の手紙に染みを作っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ