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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
154/346

空の秘密




 水無月の一日に「謎の女」に関する報告会と情報共有の為に、ツイタチの会は開催された。本日の開催場所は遊戯街にある世流の店――「夢幻ノ夜」だ。世流の店は夜間の営業なので、日中は他に客がいない。


 しかし、その日は朔月隊とは無関係以外の人間がいた。

 否、明確に言えば、人間ではない――。




「皆様、サービスでお飲み物をご用意させて頂きます」

「どうぞお好きなものを。アルコール以外でお願い致します」


 右京と左京がそれぞれ言うと、朔月隊は次から次へと手を挙げて注文をしていく。


「わ~い、ありがと~。じゃあ、僕、アイスコーヒー」

「ウチ、リンゴジュース!」

「俺もリンゴ」

「私はアイスティーで」

「俺はアイスコーヒー」

「俺様はオレンジジュース!」


 最後に叫んだ轟の言葉に世流が「ぶふっ!」と吹き出していた。


「オレンジジュースっ……轟君がオレンジジュースっ……かわいっ」

「うっせぇっ!!」


 まあまあと双子が轟を宥めた。


「わたくしはアイスティーで。空さんと鞠ちゃんは何にします?」

「そうっすね……じゃあ、俺もオレンジジュース!」

「マリはApple juice!」


 空が轟と同じものを注文したので、轟は得意げに「大人だってオレンジジュース飲むよな!」と言っているが――気付け、轟。空は未成年である。


 すると、空は品書きを見せながら、上を向いた。


「お父さんは何を飲むっすか?」

「ふむ、そうだな……」


 空を背から抱えるようにして座るその者が、空の肩口から品書きを覗き込んだ。

 その者とは、海のような鮮やかな青い髪と青と蒼が混じる瞳を持つ竜神の蒼石である。


「…………おい、何で竜神がいるんだよ?」


 轟はようやっとその疑問を口にした。


 本日はツイタチの会。すなわちここにいるべき人間は朔月隊の隊員のみであって、無関係の人間おろか神もいてはならないはずだ。


 しかし――。


「あらいやですわ、轟さん。今回のツイタチの会には蒼石様が同席すると事前に連絡したではありませんか」

「……あ? そうだっけか……?」


 紅玉がそう言えば、轟は首を捻った。


「や~い、轟君のバ~カ」

「アーホ」

「【馬鹿阿保間抜け】」

「おめぇらぁっ! 表に出やがれぇっ!」

「うっさい! だまらっしゃい!」


 美月の拳骨が轟の脳天に落ち、轟は「あでっ!」と声をあげていた。

 そして、美月は紅玉に両手を合わせて言った。


「ごめんなぁ、紅ちゃん。轟、まだいまいち記憶能力のところが阿呆でなぁ。まだ思い出せていない部分もあるんや」

「まあ……そうでしたの……」


 轟はつい先日まで記憶喪失だったのだ。心神喪失となり、自ら記憶を封じてしまっていた。


「いえ、こちらの方が配慮不足でした。轟さんの頭の容量をしっかり考えるべきでしたのに……申し訳ありません」

「……なんか俺様、馬鹿にされてねえ?」


 そして、記憶喪失云々関係なしに、頭の容量は残念なものである。


 右京と左京が全員分の飲み物(蒼石は空と同じもの)を用意したところで、空が口を開く。


「話を戻すっすけど、俺と鞠ちゃんに関する事で皆さんにお伝えしなければならない事があって、お父さんに同席してもらっているっす」

「あ? 伝えたい事?」


 轟だけでなく、朔月隊のほとんどが首を傾げる。


「うむ……」


 蒼石は目を閉じ集中すると、朔月隊の周りに強固な結界が展開され、朔月隊は目を見開いてしまう。

 やがて開かれた青と蒼が混じる瞳が朔月隊を鋭く射抜いた。


「これより話す事は他言無用……貴殿らを信用して話す故、外部に漏らせばその命無いものと思ってもらおう」


 海の如く青く深い神力の圧が蒼石から放たれ、全員思わず息を呑む。

 竜神の神力の圧に押し潰され、息が苦しくなったその時――。


「お父さんっ!」

「っ!」

「皆さん、俺の友達で仲間っす! 脅しちゃダメっす!」

「う、うむ……」


 むっとなって叱りつける空に、蒼石の神力が一気に凋んでいった。

 全員やっと息が吐けるようになり、ほっとしている。


「う、噂にはかねがね聞いているが……本当に蒼石様は空君を溺愛なされているのだな」


 その噂は焔が神子だった頃から聞いていた話だが、実際に間近に目にしてしまうと、驚きが隠せない。

 空のたった一言が蒼石の威嚇を鎮めてしまうのだから。


 すると、蒼石は驚くほど柔らかく微笑むと、目の前にある空の頭を撫で始めた。


「ああ。我にとって空は愛しき息子であり……眷属だからな」


 眷属――その言葉に驚きの反応を示したのは、幽吾と焔だけだった。

 他の者達はキョトンとし、紅玉と鞠だけは事情を知っているせいか黙ったままだ。


「眷属? ……眷属って、神の眷属ってこと?」


 幽吾の言葉に、戸惑いを隠せない者、理解ができない者、黙っている者――その全員が空を見る。


 そして、空は真剣な表情でゆっくりと口を開いた。


「俺、三歳の頃に死にかけたっす」


 その一言に誰もが息を呑んでしまった。


「俺は、小さすぎて全然覚えていないから、全部お母さんから聞いた話っすけど……俺は生まれつき呼吸器の病気を持っていて、発作とかしょっちゅう起こして、正直長くは生きられないってそう言われたっす。それでもお母さんは諦めずに俺を治す為に必死になってくれて……でも、治らなくて……悪化して……」


 空は無意識に拳を握っていた。


「ついには高熱を出して、発作を起こして呼吸困難に陥って……もう手の施しようが無くなってしまって、それで――」

「――我が、空の母……前の主であり前二十二の神子の晴殿に提案したのだ……空を我の眷属にし、その命も魂も我の物にすれば、空の命は救えるだろうと……そして、晴殿は我の提案を受け入れてくれた」


 蒼石はそう話しながら、空を抱き締める腕に力を込めていた。空は背後の蒼石を心配そうに見上げ、手の甲を撫でる。


「迷いなどなかった。晴殿は空が生きてさえいてくれればそれで良いと。我も、神子とともに空を生まれた時から育てていて、最早息子同然の愛情を抱いていたからな……空を失いたくない……その一心であった」

「……蒼石様……つまり空君は……」


 焔の言葉に蒼石は頷いて断言した。


「空は人間にあらず。水の竜神たる我が眷属。端くれではあるが、神同等の存在だ」


 驚きの連続で、みな戸惑いを隠せない。


 空が死にかけた事も、空が蒼石の眷属であり神同等の存在という事も……空がもう人間ではないという事も。


「……そういうことか」


 一人納得したように呟いた幽吾を除いて。


「三年前に起きた誘拐事件……空君はその被害者で、矢吹の禁術の生け贄にされそうになっていた……」


 幽吾のその言葉に勘の良い者達は気付き始めていた。


「矢吹は空君が竜神の眷属ということを知っていて、空君を誘拐したんだね」

「はい、その通りです」


 幽吾に答えたのは空ではなく、紅玉であった。


「矢吹の狙いは空さんのその身に宿る神に匹敵する程の神力でしたから」

「紅ちゃん……アナタは知っていたのね」


 世流の言葉に紅玉は申し訳なさそうに頷く。


「わたくしは、晴さんから空さんの教育係を仰せつかった時に全て」

「晴殿は紅玉殿に絶大な信頼を寄せていたからな」


 当時、入職したばかりの一年目で〈能無し〉であるにも関わらず、空の教育係という大事な役目を晴から直々に賜った紅玉。

 結局その理由については聞けずじまいだが、晴は最初から紅玉に好意的に接してくれた。まるで姉のように。


 だが、矢吹の一件に関して、紅玉は空達に負い目があった。


「晴さんにそんな信頼を寄せて頂いたのに……結局わたくしは矢吹から空さんを守り切れませんでした……」


 空の教育係をして、矢吹が空に対して過剰な興味を持っている事に気付いており、教育係としての権限や神子管理部の担当に直談判して協力までしてもらったというのに、矢吹に空を攫われてしまったのだ。


 しかし、そんな紅玉に空は首を振った。


「先輩。先輩は悪くないっす。あの時、矢吹は先輩を殺そうとしたっすよ。異能を使って先輩の身体を串刺しにしようとしたっすよ。蘇芳さんが庇って大怪我して……俺の方がなにも出来なくて悔しかったっす」


 空の言葉に、当時を知らない誰もが息を呑んでいた。


 空は未だに覚えている。矢吹が異能で紅玉を串刺しにしようとして、それを庇った蘇芳が代わりに串刺しになり、血塗れになった蘇芳と紅玉が倒れていく姿を。


 自分のせいで二人が死んでしまったと思ったあの時の恐怖を。


「それに先輩の教育のおかげで、俺は自分自身の事を守る事ができたっす! こうして生きているのも、先輩のおかげっすよ」


 空の言葉に蒼石も頷き微笑んでいる。


 紅玉は――恐らく一生己の失態を赦す事は出来ない。一歩間違えば、空は生け贄にされ、この世にいなかったかもしれないのだから。


 二人の心の広さに紅玉は感謝するしかなかった。


「さて、話を戻そうか」


 そう言った幽吾の声に全員そちらを向いた。


「つまり空君は、僕ら朔月隊に空君の身の上を知ってもらった上で、空君の身の安全と秘密を守って欲しい……そういうことかい?」

「……ちょっと違うっす。確かに朔月隊の皆さんに秘密を知ってもらったら、先輩の負担がちょっと減るかなぁとは思ったっすよ」


 空の言葉に紅玉は驚いてしまう。空がまさか自分の事を考えているとは思ってもみなかったからだ。


「でも、俺、今まではお母さんやお父さん、先輩や蘇芳さんに守られるだけだったっす。でも、俺は守られるだけはもう嫌っす。俺も戦って、大切な人達を守りたいっす! だから、俺は朔月隊に入るって決めたっすよ。憧れの先輩と同じ仕事がしたかったっす!」


 空の告白に幽吾は感心したように頷く。紅玉は少し恥ずかしくて、顔が熱い。


「だから、朔月隊の皆さんには俺の事きちんと話しておきたかったっす。仲間に秘密を隠しておくのは嫌だったっすから」

「ああんもうっ! なんて良い子に育ったのかしらんっ!」


 世流が感激で叫ぶ横で、右京と左京が激しく頷いている。


「……空君の気持ちは分かったよ」


 幽吾はニヤリと笑って言った。


「我ら朔月隊は君の秘密を守り、改めて君を仲間として迎え入れよう」

「ありがとうございますっす!」


 幽吾の言葉に空は頭を下げた。蒼石もまた目礼をして感謝の意を示している。


「安心してな、空きゅん」


 すると、美月が空の手をギュッと握った。


「ウチが空きゅんの事、守ったるさかい。もう心配せんでええよ!」

「ありがとっす、美月ちゃん。俺も美月ちゃんの事守るっすよ」


 空のその言葉に嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしながら空の手に頬擦りする美月を、蒼石が睨みつける。


「……美月殿、いつまで手を握っているつもりか?」

「いややわ~~蒼石は~~ん。ちょっとは息子離れできひんとアカンと思うでぇ~~。ウチと空きゅんはお友達やもんなぁ~~!」

「うんっ」


 ギロッと睨みつける蒼石に対しても、美月は全く動じない。むしろ隣で見ている天海がハラハラ、オロオロしているというおかしな状況だ。


「空は我が眷属……ゆめゆめ忘れぬように」

「そんなん何度言われなくても分かってます~~。轟やあるまいし」

「何で俺様っ!?」


 とんでもない方向から矢が飛んできて轟は叫ぶしかない。

 そんな様子を見て笑う空を見て、紅玉はほっと息を吐くのだった。





<おまけ:空の母の願い>


 どうしよう――どうしようどうしようどうしようどうしよう、どうしようっ!?

 このままじゃ空が……っ!


 私は絶望に打ちひしがれていた。


 季節の変わり目にはあれほど気を付けていたのに。

 朝はあんなに元気だったのに。

 こんな深夜に今から使いを出しても医務部が到着するまでに一体どれくらいの時間がかかるか。

 薬を吸引してくれない。いや、最早吸引できないのだ。何度やっても余計に噎せてしまう。

 空が苦しそう。顔が蒼い。息が浅い。空が死んでしまう。このままじゃ。空が。空が死んでしまう。空が空が空が――っ!!


 私の息子がっ!!!!


「――神子」

「っ!」

「気をしっかり持て。今、我ら竜神の中でも最も速い翡翠に使いを出している」

「そ、うせき、く……っ」


 身体が震える。怖くて堪らない。あの子を失ってしまったら、私は生きていけない。


 元不良で、学校にも碌に行かず、悪い仲間達とつるんで喧嘩に明け暮れる日々。両親にはとっくに見捨てられ、帰る場所などなかった私に手を差し伸べてくれた優しい人。

 だけど、その人はあまりにも自分には不釣り合いな良い過ぎる人で……彼に迷惑をかけたくなくて、行方をくらませた。

 そして、空を身籠っていると分かった時に、神子に選ばれ生活が変わった。


 竜神という仲間に出会い、空が生まれ、全てが充実していた……はずだった。


 空の病気を知るまでは――。


 これは私への罰だと思った。両親に反発して、喧嘩で人を傷つけてきた愚かな私への罰だと。


 その矛先がよりにもよって息子の空に向かうだなんて――……!


「ゲホッ! ゴホッゴホッゴホッ!!」

「空っ!!」


 空が激しく噎せ込み、ヒューヒューと苦しげな呼吸をする。


 本当に間に合うのだろうか、医務部は。

 そもそも次発作を起こせば、覚悟をした方がいいと言われていた。

 覚悟? 覚悟って何だ?

 覚悟なんて出来るはずがない。

 私は空に生きて欲しい……!


「…………神子」


 竜神の中でも空が最も懐いていた蒼石君の低い声に私は顔を上げた。

 その顔はとても真剣で、目が逸らせなかった。


「神子…………空に、我を呉れまいか?」


 そうして語り出した蒼石の言葉に私は目を見開いた。


 空を神の眷属にし、命も魂も蒼石のものにする。そうすれば空は確実に助かるが――空は人でなくなってしまう。


 しかし、それでも、空が生きてくれるのなら――!


 私は蒼石君に泣いて縋った。


「お願い! 蒼石君! 空を! 空を救って!! お願い! 私! 私ぃっ……! あの子を失ったら生きてゆけないっ!!」




 眷属の契約の時は二人きりにさせて欲しいと、蒼石に部屋から出るよう言われてしまい、私は祈る事しかできなかった。


(これでいい……これでいいのよ……)


 次会う時は、空はもう人ではない。自分の息子でもない。竜神蒼石の眷属だ。


(それでも……あの子が生きてくれるのなら……)


 空を見上げた。深夜の空は真っ暗だが、月と星明かりで輝いている。


 空はきっともう大丈夫だ。それに――……。


(蒼石君が空の傍にずっといてくれるから……私がいなくなってももう大丈夫……)


 頬に涙が伝った。


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