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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
153/346

二十の御社事件~空と鞠の決意~

※流血表現があります

※苦手な方はご注意ください




 邪力に支配された巨大な猫又がもがき苦しみ暴れ回る。その鋭い爪で二十の御社はあちこち破壊され、襲いかかる邪神達すらも潰していく。


 その光景を呆然とした表情で轟が見つめていた。


「み、つき……おい、やめろ、美月! 美月ぃっ!!」

「轟さんっ!!」


 暴れ回る猫又へ近付こうとする轟を紅玉が慌てて止める。


「無謀に突っ込んでは危険なだけですっ!!」

「で、でも、美月がっ、美月がっ……!」

「しっかりなさいっ!! 轟っ!! 美月ちゃんを助ける為にも冷静におなりなさいっ!!」


 紅玉の喝に轟はハッとする。


 もう自分は、目の前で仲間を失くし心神を喪失し泣く事しかできなかった時とは違う。まだやれる事があるのだ。


 轟は思い切り己の頬を叩き、真剣な表情になる。


「わりぃ……さんきゅ」


 冷静になった轟に紅玉はほっと息を吐くが、事態は一刻を争う。

 邪神を足止めする事は勿論、美月を乗っ取る邪力も祓わねば、美月の命が危ういのだ。


 空は紅玉を見て尋ねる。


「先輩、どうするっすか!?」

「とにかくまずは美月ちゃんの動きを封じましょう。あの巨体で襲われたら、ぺしゃんこ間違いなしですわ」


 そう言いながら紅玉は猫又に踏み潰されている邪神達を見た。再生はしているものの、先程より再生に時間を要しているようだ。今は邪神を少々無視して美月に集中しても良いと判断した。


「右京君、左京君、神術の準備を」

「「かしこまりました」」

「轟さん、わたくしたちは美月ちゃんの気を引き付けますよ。鬼神さんもお願いします」

「おう!」


 紅玉の指示に鬼神も頷く。


「空さんと冬麻さんは右京君と左京君の援護を。邪神にお気を付けください」

「了解っす!」

「わかりました」


 紅玉は脇差を、轟と鬼神は金棒を手に構えた。


「参りますっ!」

「いっくぜっ!」


 紅玉と轟と鬼神は一気に駆け出した。襲いくる邪神を切り捨てながら、暴れ回る猫又の足元へ忍び込み、注意を引き付ける。

 足元を動き回る紅玉と轟と鬼神に気付いた猫又が咆哮をあげながら地団太を踏む。

 地面が抉れ、邪神は潰されるが、紅玉と轟と鬼神は猫又の攻撃を全て避け切っていく。


 右京と左京は二人同じ術式を書いていき、神力を放出し集中を始めた。


「【力は 捕縛 鎮静 彼女を捕らえよ】――」

「【願うは 平穏 安寧 彼女に安らぎを】――」


 祝詞を呟く右京と左京に襲いかかってくる邪神を、空と冬麻がそれぞれ退ける。


 やがて神力が満ち、術式が完成し、右京と左京は顔を上げた。それを見た空が叫んだ。


「今っす!!」


 空の声に、紅玉と轟と鬼神は猫又から急いで離れる。


「【封じ込めろ 氷の鎖】!!」

「【閉じ込めろ 闇の檻】!!」


 瑠璃紺の神力と江戸紫の神力が渦を巻きながら猫又に襲いかかる。やがて瑠璃紺の神力は氷の鎖となり猫又の四肢を縛り上げ凍り付き、江戸紫の神力は闇の檻となり猫又の身体を地へと押さえ込んだ。

 猫又はそれきり動けなくなってしまう。


「よっしゃっ!!」


 猫又の動きが止まった事に拳を握る轟。


 しかし――。


 二股に割れた尻尾は氷の鎖からも闇の檻からも逃れており、突如暴れ出した。


「うおっ!?」

「きゃっ!?」


 縦横無尽に暴れ回る尻尾は強力で地面を抉り、再生した邪神達をも潰し、御社の建物も簡単に破壊してしまう。


「紅っ!!」


 轟が叫ぶ声を聞いた時にはすでに遅く、紅玉は自分に降ってくる大きな瓦礫を見ていた。両腕で己を庇うのが精一杯だった。




 ドゴオオオオンッ!!!!




「せんぱああああああいっ!!」

「「紅様っ!!」」




 やがて視界が晴れ、紅玉は自分の状況を確認した。

 痛みはない。怪我もない。どうやら無事のようだ――何故?


「だ、いじょ……ぶ?」


 答えは簡単だった――。


 紅玉は恐る恐る声のした方を振り返った。


「よかった……」


 そこにいたのは瓦礫に身体を潰されている冬麻だった。

 「ごふっ!」――と嫌な息と血を吐き出すと、冬麻はそのまま目を閉じてしまう。


「あ……ああ……っ」


 冬麻から瓦礫をどかさなくては――血が、血が、血が止まらない――このままでは、このままでは、このままではこのままではこのままでは――。


 紅玉の脳裏のあの時の光景が蘇る。




 首から赤い鮮血を撒き散らし、倒れていく女性。

 優しくて泣き虫で可愛らしい笑顔が素敵だった己の大切な幼馴染。

 どさりと畳の上に崩れるように倒れたその人の首からは血が噴き出し止まらない。

 あっという間に畳の上に血溜りを作っていく。

 見開いたままの蜜柑色の瞳と柔らかな茶色の髪が漆黒に染まっていき――……。




「先輩っ!! 後ろっ!!」


 空の叫び声に紅玉はハッとする。

 振り返れば再生し立ち上がった邪神達に周りを囲まれていた。数はざっと六――冬麻を守りながら戦うのはあまりにも不利な状況である。


「紅ぃっ!! クソッ! どけぇっ!!」


 轟が紅玉の援護に向かおうとするが、轟も轟で邪神に囲まれている上に猫又の尻尾が暴れ回っており、紅玉に近づけないようだった。




 空は決意した。




「うっちゃん、さっちゃん……ここにいてくださいっす」

「空君……?」

「何を……?」


 空は拳を握る。


「俺は……もう……何もできないまま大切な人を失うのは嫌っすよ」


 思い出すのは、己の母のからっとした笑顔。誰よりも強いと思っていた母の冷たく動かなくなった最期の姿。


「……だから、俺は……力を使うっす……」


 この力が公になれば、空は間違いなく今まで通りの平穏な生活を送れなくなる。それすなわち、紅玉達との別れの可能性だってある。

 大好きな蒼石とだって無理矢理引き離されてしまうかもしれない。


 だがそれでも――。


「ごめんなさい、お父さん……」


 空の決意に変わりはなかった。

 今朝方見送ってくれた蒼石の姿に謝る。


 前に出ようとした空の腕を誰かが掴んだ。驚いた空が振り返ればそこにいたのは――。


「鞠ちゃんっ!?」

「ソラ……」


 そこにはいつの間にか鞠と、天海もいた。猫又の出現に駆けつけてくれたらしい。

 そして、鞠は真剣な表情で空に告げる。


「ソラ……マリも……私も一緒に行くわ」

「鞠ちゃんっ! 鞠ちゃんはダメっすよ!!」


 鞠の声とその真剣な言葉に空は驚いたように叫ぶ。

 鞠がしようとしている事は空と同じ事だ。鞠もまたこの力が公になれば平穏とはかけ離れた生活を送る事になってしまう。


 しかし、鞠の決意もまた固かった。


「私だって、空と同じよ! もう誰も失いたくない! だから、空を一人では絶対に行かせない! だって私と空は兄妹でしょ?」

「鞠ちゃん……」


 鞠の真剣な眼差しに空は思い出す。母が亡くなった直後、二人で交わした約束を。誓いを――。


「そうっすね……楽しい事も嬉しい事も……」

「悲しい事も苦しい事……」

「「二人ではんぶんこ」」


 二人は手を握り合い、そして力を解き放つ。


 強い力の圧に右京も左京も天海も驚いてしまう。


「いくっすよ!」


 空は天に手を掲げた。


「【我が父 蒼石の名において解放す 我 竜神の眷属なり】!!」


 空色の神力が空を包み込み、空の姿を変えていく。

 鋭い牙に鋭い爪、身体の一部は鱗で覆われ、青と蒼が混じる瞳の瞳孔が縦に走り、そして背中には大きな竜の翼。


 そして、鞠も花緑青に淡く光る不思議な力を纏いながら、大きく息を吸い込んだ。

 すると、耳の先は尖り、花緑青の瞳の中に花の結晶がキラキラと輝き、背中にふわりと現れたのは虹色の輝く薄い四枚の羽根。


 空の勇ましい姿に、鞠の美しい姿に、誰もが息を呑み、そして思い出していた。


 つい数日前の――水無月の一日に行なわれたツイタチの会で告白された空と鞠の秘密を――。





<おまけ:兄妹の約束>

※本編より約三年前の話。空と鞠、十三歳。


 二十二の神子であり、母の晴が亡くなり、身寄りが無くなった空と鞠を引き取ったのは、紅玉だった。

 紅玉が言うには、晴と竜神達が生前に手を打っていてくれたから空と鞠を守る事ができたらしい。


 だけど、紅玉がいなくては、空も鞠も腹の底が見えない中央本部の男共に連れていかれるところだった。

 怯え、泣いて、震える事しかできなかった自分達の前に守るように立ち、中央本部に向かって堂々と立ち向かっていった紅玉の背中と言葉が蘇る。


「この子達には指一本触れさせません! わたくしはこの子達の姉です! 触れれば容赦しませんっ!!」


 ぼんやりと紅玉の言葉を思い出しながら、空は呟く。


「……先輩、かっこよかったっすね」


 その言葉に鞠は小さく頷いた。

 鞠の小さく白い手を空はぎゅっと握った。


「俺達……何もできなかったっすね」


 その言葉に鞠はまた小さく頷く。


「……ま、た……っ、守ってもらってばっかでっ……!」


 それ以上言葉を紡げなかった。

 溢れてくるのは涙ばかり。思い出すのは血塗れで冷たく動かなくなった己の母の姿。


(悔しい……っ! 悔しい悔しい悔しい……っ!)


 守ってもらってばかりの自分が。母を守れなかった自分が。まだ子どもの自分が。


「く、くやしっ……悔しいっす……っ!」


 涙が溢れて止まらない――。


「……空……っ」

「っ!」


 正しい発音で名を呼ばれ、ハッとして顔を上げれば、鞠も泣いていた。空と同じくらい大粒の涙をたくさん零していた。


「わっ、私っ……早くっ、おっきく、なりったいっ……っ!」

「う、うんっ……!」

「空と二人で大きくなってっ、今度はっ、守れるようになりたいっ!」

「うんっ、うんっ……!」


 空は鞠を抱き締めた。鞠もまた抱き締める腕に力を込める。


「強くなろうっ、鞠ちゃん……っ! 兄妹二人で……っ! 今度は絶対後悔しないようにっ!」

「うんっ、うんっ……!」

「だからっ、だからっ……! いっ、今は一緒に泣こうっ……! 悲しいのも苦しいのも、二人ではんぶんこすればっ、きっとだいじょうぶっすから……っ!」

「うっ……うぅっ……!」


 二人で抱き締め合いながら、大声を上げて泣いた。泣いた。泣いた。




 そして、誓い合う。




「約束よ、空。二人で一緒に強くなって、今度こそ大切な人達を守るの」

「約束っす、鞠ちゃん。俺と鞠ちゃんはたった二人の兄妹……だから」

「「嬉しい事も楽しい事も、悲しい事も苦しい事も二人ではんぶんこ」」


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