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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
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二十の御社事件




 研修四日目――空と鞠は研修先に向かう為、玄関で靴を履く。そして、見送りに来ている紅玉達の方をくるりと振り返った。


「それじゃあ、いってくるっす」

「イッテキマス」

「いってらっしゃい、空さん、鞠ちゃん――また後程」


 紅玉が小さな声で最後の言葉を呟くと、空は静かに頷いた。


「空」

「!」


 それを聞いて察した蒼石が空の前に立つ。そして、徐に空の頭に手を伸ばすと晴天のような空色の髪を優しく撫でる。


「何かあれば我の名を必ず呼べ」

「うんっ」


 空はニコッと笑ってそう答えると、鞠と共に研修先へと向かっていったのだった。




「さて、わたくし達もお仕事頑張りますわよ」


 パンパンと手を叩けば、神々が各々行動を始める。


 紅玉も今日の仕事を始めようとするが――本日はやるべき事が先にあった。


「蘇芳様、わたくし――」


 その説明を蘇芳にしようとしたその時だった。


 ヒュンッと一陣の風が巻き起こり、現れた存在に紅玉は目を剥いた――。




**********




 空は今日も那由多とともに二十の御社に視察に訪れていた。この研修の間ずっと一番に二十の御社を訪れていたので、御社の門も見慣れてしまった。

 慣れた手付きで那由多が門を叩く。


 しかし、応答がなく、門が開くこともない。


「……おかしいですね」


 違和感に首を傾げる那由多同様、空も違和感と嫌な予感を覚える。




 すると、突然門が開かれ、中から人が飛び出してきた。


「ひぃっ! ひぃああああっ! 殺されるっ!!」

「化け物ぉっ!! いやああああああっ!!」


 絶叫に近い悲鳴を上げながら逃げ去っていったのは、護衛役と生活管理部の二人であった。


 しかし、そんな二人の事よりも、御社の中から発せられるとんでもない邪悪な気配に気づいてしまい、空は弾かれたように御社の中に飛び込んでいく。

 那由多も戸惑いながら御社へ駆け込んだ。


 駆け足の二人が向かった先にいたのは、薙刀を手に怖い顔をして立っている冬麻――。


 その冬麻の後ろで真っ青な顔をしてしゃがみこんでいる寝間着姿の神子の百合――。



 そして、邪力を纏った恐ろしい姿の邪神達だった。




 邪神の一人が冬麻に飛び込む。


「冬麻さんっ!!」


 透かさず空は手裏剣を投げて、邪神を退け、冬麻を援護する。

 そして、その間に冬麻へ近づいた。


「何が起きたっすか!?」

「……二十の御社の神々が全員、邪神になってしまいました」


 冬麻の説明に空は目を剥く。




 かつて、その欲深い身勝手さにより、自らの御社の神々を邪神に変え、その邪神に喰い殺されてしまった色欲の神子が頭に過った。




 那由多はしゃがみこんでいる百合の肩を掴み、揺さぶる。


「二十の神子! 何をしているのですか!?」

「あっ……ぃっ……ゃっ……!」

「今、邪神を祓えるのは神子であるあなただけなのです! せめて最後に苦しみを祓って、救って差し上げるのですっ!」


 那由多の言う通りである。邪神を祓えるのは神子と神だけ。その神は邪神となってしまい、空達職員は邪神から神子を守ることしかできない。一刻も早く百合に邪神を祓ってもらわねばこちらの身が危ないのだ。


 しかし――。


「いっ、いやっ! やだあっ!」


 百合の口から出たのは拒否の言葉だった。


「やだっ! 怖い! なんでそんなことしなくちゃいけないの!? 神子だからってなんであんな危険なものと戦わないといけないの!? 私を守ってよ! 怖い! やだ! 戦いたくない! 怖い怖い怖い! やだあっ!! 死にたくない!!」

「あなた……っ!」


 神子にあるまじき発言に那由多は目を見開いてしまう。


「……那由多さん、空君……神子を連れて逃げて……応援を呼んでください」


 冬麻はゆらりと前へ出た。


「冬麻さん! 何を!?」

「これは神子補佐役たる私の責任ですから――」


冬麻は邪神に立ち向かっていく――!


「はあっ!」


 大きな薙刀を巧みに操り、邪心を翻弄する。邪神達も冬麻に狙いを定め、冬麻の周囲に集まっていく。


「逃げてぇっ!!」


 冬麻の声に那由多はすぐに動く。


「立ちなさい、神子! 研修生、来なさい!」

「冬麻さんを置いて逃げるっすか!?」

「何においても優先すべきは神子の命ですっ!」

「っ!!」


 那由多の言うことは正論である。


 例えどんなに親しき仲の者が目の前で死にかけていても、神子の命が脅かされることがあってはならない。


 神域管理庁全職員が入職時に教わる一文である。

 例えどんなに最強の戦士であろうとも邪神を滅ぼすことはできない。邪神を祓えるのは神子と神のみ。


 故に神子の命を優先的に守ることが義務付けられているのだ。

 頭ではわかっている。優先すべきなのは百合であり、冬麻は切り捨てるべきだと。




 だが、邪神に囲まれる冬麻を見た瞬間、空は己を止めることなどできなかった――。




「那由多さん行ってください!!」


 飛び出してしまった空に那由多は驚くことしかできなかった。


 空は駆けながら手裏剣を邪神へ投げつける!

 手裏剣のほとんどが邪神に命中し、冬麻に狙いを定めていた邪神を数名引き付けることができた。


「俺もここで食い止めます! 那由多さんは応援をっ!!」


 那由多に考えている暇などなかった。未だ恐怖で蹲っている百合を乱暴に引き摺る。


 邪神の何名かが那由多の存在に気付き、飛び込んでいく――しかし、それを空の手裏剣が全て食い止めた。


「急いでっ!!」


 焦る空の声に、那由多は百合を乱暴に担ぎ上げる。


「いやああああああっ!!」

「うっさい! 黙んなさい! この馬鹿っ!!」


 泣き喚く百合に那由多が怒声をあげながら、走り去っていく。


 それを邪神が追い掛ける――が、冬麻が薙刀を振り回し、邪神の前に立ちはだかる。


「はああああっ!!」


 しかし、邪神は振り下ろされた薙刀を片腕で掴んでしまった。


「――あっ!?」


 冬麻は薙刀ごと振り回され、遠くへ投げ飛ばされてしまう。


「冬麻さんっ!!」


 冬麻という壁がなくなり、邪神は再び逃げ去る那由多の背に向けて腕を伸ばす――空は手裏剣を投げる――だが。




(間に合わないっ!!)




 ドゴォッ!!


 激しい衝撃音と共に――邪神が地に沈められている。

 その邪神を地に沈めているのは、恐ろしい形相の巨体の鬼神だ。


 目を白黒させている那由多の目の前に降り立ったのは――。


「いやぁ、ギリギリセーフ……だけど、事態は最悪だね」


 真っ黒な地獄の番犬に跨った幽吾だった。




 投げ飛ばされた冬麻に襲いかかろうとしていた邪神も打撃音と共にふっ飛ばされていく。


「てめぇらまとめてぶっとばしてやんよ!」


 金棒を振り回しながら轟が叫ぶ。




 すると、空の周囲にいた邪神も次々と吹き飛ばされていく。


「空きゅんに手ぇ出そうだなんて、ウチが絶対赦さへんでっ!」

「滅します」

「排除します」


 いつの間にか空の後ろにいたのは美月と右京と左京だった。


 次々と現れる仲間の援護に空は思わず顔を輝かせた。

 そして、冬麻は驚きを隠せないでいる。


 そんな冬麻に駆け寄ったのは――。


「お怪我はありませんか? 冬麻様」

「あなたは……っ!」


 漆黒の髪と漆黒の瞳を持つ〈能無し〉の紅玉だった。




*****




 紅玉の前に現れたのは伝令役の小鳥だった。勿論、ひよりではない。

 紅玉は驚きつつも、その小鳥を左の掌の上へと導いた。

 そして、小鳥は自ら語り出す。


『初めまして。ワタクシは二十の御社神子補佐役の冬麻専用伝令役の優希(ゆき)と申します。ワタクシはワタクシの意思でこちらへ馳せ参じました。身勝手ながらアナタにお願い申し上げます。どうか冬麻を助けてやってはくれませんか?』


 小鳥の優希の言葉に紅玉は目を見開く。


『彼女は助けを求めたくても御社では孤立状態です。神子は冬麻を煩わしく思っており、神子を愛する神々は冬麻を嫌っております。このままでは冬麻が倒れるのが先か、神が暴走するのが先か……一刻の猶予もありません。どうか助けてください』


 優希の言葉に、紅玉はにっこりと微笑み、迷いなく頷く。


「はい。元よりそのつもりでしたから」


 その言葉に今度は優希が目を見開く番だった。


 すると、ヒュンと一陣の風を巻き起こし、ひよりが現れる。紅玉は迷うことなくひよりを右指先へ導く。


『ユウゴよりキンキュウデンレイです』


 そして、紅玉は後ろを振り返る。


「……蘇芳様」

「……絶対無茶だけはするな」


 厳しい口調でも紅玉の身を案じてくれる優しい蘇芳の言葉に紅玉は頬を綻ばせる。


「いってまいります」


 そう告げて、紅玉は優希とひよりを連れて御社を出た。そして、ひよりを通して告げられる言葉に真剣な表情になる。


『朔月隊隊長幽吾より――総司令の許可が下りた。この伝令を聞いた隊員は二十の御社へ急行せよ――これより二十の御社制圧の任に当たる』

「仰せのままに」


 紅玉はそう応えると、一気に駆け出した。





<おまけ:急行中の文>


(二十の御社って言ったら、巽区の艮区寄りだから、紅さんより先に到着できるかな)


 そんな事を考えながら二十の御社を目指し、巽区の参道町の中を走っていた文の視界の端に気になるものが映った。


 それは真っ青な顔で二十の御社とは逆方向に走っていく男女の姿だ。

 そして、その顔に見覚えがあった――茶屋よもぎで幽吾が提供した経歴書で見たから。


(確か、二十の御社の職員…………)


 それだけで文は全てを察した。

 そして、行き先を変更し、走っていく男女二名の職員の後を追う。


 追いかけながら、文は伝令役の小鳥を呼び出した。


「もしもし、幽吾……鬼神を一人貸してくれない?」


 そう言った文の声は美しくも刃のような鋭さが孕んでいた。


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