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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
15/346

朝食準備中

本日二回目の投稿です。

閲覧時ご注意ください。




 あの宴会の夜、女神達に質問攻めにされた雛菊はすっかりくたくたになってしまった。その翌朝も疲れが抜けきっておらず、まるで泥のように溶けていた事もあり、その日の研修は休養日となった。雛菊は申し訳ないとは思いつつも、頂いた休みをありがたく思い、結局その日は昼近くまで眠りこけていた。


 そして、研修三日目にしてようやっと研修らしい研修が始まった。雛菊は朝早くから起きて、紫と紅玉と共に朝食の準備の手伝いをしていた。


「雛菊様、御御御付(おみおつけ)が出来上がりましたのでお椀に装ってもらってもいいですか?」

「はーい!」


 大きな鍋にたっぷりと入った味噌汁を雛菊は手早く装っていく。その手際の良さに紫が感心する。


「へえ、結構手馴れているね」

「うち、六人家族であたしが長女なんで、こういうのは慣れているんです」

「なるほど。家庭的な子って素敵だなぁ。雛菊ちゃん、よかったら今度一緒に……」

「紫様?」


 いつの間にか紫の背後に紅玉が立っていた――手に包丁を持って――。


「すみませんっ! 働きますっ! 喜んでっ!」

(紫さんの女性を口説く癖って、最早病気なんじゃ……)


 しかし、そんな紫の手際の良さは雛菊の比ではなかった。次から次へと出来上がる料理の品々に雛菊は感嘆の声を上げる。流石は十の御社専属の生活管理部だ。


「紫さんってただの女誑(おんなたら)しじゃないんですね」

「雛菊ちゃん! 朝から辛辣! ……まあ、それはさておいて、この十の御社には神子様に加えて、三十六名ものの神様もお住まいだからね。料理の準備や洗濯は大変だし、御社自体も広いから掃除も大変さ。神様達も一部は手伝ってくれるけど、そういう仕事の主軸は僕ら生活管理部だからね。日々手際よくやらないと、仕事が終わらない。要は慣れってとこだね」

「え、生活管理部っていうより家政婦の間違いなんじゃ……」

「おっと雛菊ちゃん。生活管理部ほど重要な仕事はないよ。もちろん紅ちゃん所属の神子管理部も蘇芳くん所属の神域警備部も重要な役割を持っているけれど、神子様の生活を守る生活管理部は言わば縁の下の力持ちさ。生活管理部がいなかったら、今頃全ての御社は食べる物はないわ、料理が出てこないわ、あちこち埃だらけで、ガビガビに汚れまくったお皿と汗染みだらけの洗濯物とわけわからないゴミが山積みにされて、生活腐敗が進みまくっているよ」

(ひえええっ!? ごめんなさい家政婦、じゃなかった生活管理部! 生活管理部非常に大事です! ありがとう生活管理部! あなた方がいなければ、怠惰の権化美少女の宿る十の御社なんて今頃どんな腐敗御社になっていたことでしょう!?)


 雛菊は思わず紫を拝んでいた。


「まあ御社配属になったらそんな感じだけど、参道町(さんどうまち)配属になったらまた違う仕事内容だけどね」


 紫の言う「御社配属」とは四十七ある御社に配属される職員の事だ。紅玉や蘇芳や紫の事を指す。

 一方の「参道町配属」とは御社の外にある神域内の町で働く職員の事をそう呼ぶ。

 雛菊ももちろん就職説明会で聞いており、知ってはいるが――。


「御社配属か参道町配属を決める時は、何か基準とかあるんですか?」


 雛菊がそう質問すると、白米を茶碗に装っていた紅玉が答えた。


「御社配属は神子様のお傍にお仕えするも同然ですからね。御社配属者には多少の武芸の心得が必須となりますね」

(あ、じゃあ、あたしは確実に参道町配属だわ。逃げる事しかできないただの足手まといだわー、あはははは……)


 雛菊は戦闘とかになった時に逃げる事しかできない自分が容易に想像できてしまい、何か情けなくなった。


(つまり紅玉さんも紫さんも多少は武道とかできるってことだから御社配属ってことなのよね……)


 二人を見ても武芸の心得があるようには見えず、雛菊は内心驚いてしまう――が、しかし、雛菊はその事よりもさらに驚いた事があり、思わずぎょっとしてしまった。


「こ、紅玉さん、その丼なんですか?」

「え?」


 雛菊がそう言って指差した先にあったのは、大きな丼に山のように装われた白飯であった。ほかほかと湯気を立てていて、米粒が艶々としており、実においしそうである。

 しかし、山である。見事な山のような丼飯である。

 軽く二人前を越えているその量に雛菊は目を剥いている。


「ふふふ、驚きましたか? 我が十の御社では最早名物なのですのよ」

「え……ま、毎日こんなに食べる人がいるんですか?」

「あら? お察しの良い雛菊様なら気づいているかと思いましたけど……」

(え? このどんぶりご飯を食べるような大食らいの神様なんていたっけ……?)


 雛菊は一昨日の宴会を思い出す。酒を多く飲む神はいても、こんなに良く食べる神なんていただろうか、と心当たりが一切なかった。


 すると、勝手口から大きな身体を滑り込ませて入ってくる人物がいた。


「紅殿、水を一杯くれないだろうか?」

「あら、蘇芳様。朝の鍛錬お疲れ様でございます。今、水をお持ちしますね」


 朝の鍛錬という事は身体を動かしていたのであろう。蘇芳は流れ落ちる汗を拭っていた。

 そんな蘇芳に雛菊は話しかける。


「おはようございます、蘇芳さん」

「おはようございます、雛菊殿。昨日はゆっくり休めましたか?」

「あははぁ……おかげ様で」

「それはよかった」

「蘇芳さん、朝から鍛練なんてしているんですね。大変ですね」

「自分は神域警備部の職員。時には先陣を切って邪神に立ち向かう事もあります。非常時に備え、常に己を鍛えておかねばならないのです」

「そ、そうなんですね……大変ですね……」


 平和そのもので生きてきた雛菊にとって、無縁の考えであった。


 すると、紅玉が水を持ってやってきた。


「はい、蘇芳様。どうぞ」

「ありがとう」


 蘇芳は紅玉から水を受け取ると、豪快にゴクゴクと飲み干していく。その蘇芳の首筋に汗がまだ流れている事に気付いた紅玉は手拭いを取り出し、そっとその汗を拭った。


「っ!? 紅殿!」

「はい?」

「自分でできる!」

「ああ、すみません。でも、まだ四月の朝ですもの。まだ肌寒いですから汗を拭いておかねば、お風邪を召してしまうと思いまして」

「自分は風邪を引いた事がないからいらん!」

「まあ油断は禁物ですわ、蘇芳様。ほら、また汗が流れてきていますわ」

「だから、自分でできると言っているだろう!?」


 手拭いを片手に汗を拭おうとする紅玉と顔を赤く染めますます汗をかいてしまう蘇芳のやり取りを、雛菊は目の前で見つめながらポカンとしていた。


(えーっと……あたしはどうしたら……)

「雛菊ちゃん、リア充爆発しろって言っておけばいいと思うよー」


 雛菊の後ろで紫がおかずの盛りつけをしながら、今までで聞いた事ない酷く冷たい声でそう呟いていた。


「ちなみにそのどんぶりご飯は蘇芳くんのだよ」

「えっ!? あっ! ハッ! なるほど……!」


 雛菊は驚きつつも実にその答えに納得した。神で考えたら、心当たりはなかったものの、確かに人離れした身体の大きさを持つ蘇芳なら丼飯も余裕で平らげる事ができるだろうと思った。


「蘇芳くんの好物はご飯だからね。紅ちゃんそれを知っているから、蘇芳くんにはわざわざ丼でご飯を用意してあげているんだ……」

「な、なるほど……」


 語れば語る程、紫の口調は冷めていく。雛菊は紫の様子に疑問に思う。


(単純に紅玉さんと蘇芳さんが羨ましいからって意味じゃなさそうだけど……)

「……なんで……なんでさ……」


 紫はカッと目を見開いて雛菊を見た。


「何で紅ちゃんは蘇芳くんにはめちゃくちゃ優しいのに僕にはめちゃくちゃ厳しいのかな!? 差別!? イジメ!? ねえ何でだと思う!?」

「それは日頃の紫さんの行ないが悪いせいだと思います」


 実に下らないその内容に雛菊も思わず冷たい口調になってしまっていた。


「くっ……! 後輩ちゃんが辛辣……!」

「口を動かすより手を動かしてくださいまし、紫様。もうすぐ朝食の時間ですわよ」


 いつの間にか紅玉が紫の背後に立ち、睨みを利かせたため、紫はすぐさま朝食の準備に手を動かした。




 朝食を終えると神々も混じって後片付けをし、洗濯と掃除をしている内に、あっという間に昼になっていた。

 そうすると次は昼食の準備が始まり――と、なかなか忙しい時間を雛菊は過ごした。


 そして、昼食の片付けが終わると、雛菊は紫と共に食材の確認を行なっていた。


「うーーーん……やっぱり食材が大分少ないや。神域参道町で調達しないと間に合わないね」

「これだけ人数の多い御社なら毎日買い物してても足りなさそうですね」

「いやいや、毎日買い物はしていないよ。流石に大変だからね。定期的に生活管理部の参道町所属の職員から配達はしてもらっているんだけど……」

(なるほど。生活管理部の参道町所属の人達は御社へ食材とか必要品とかの配達をしているわけね)

「……ほら、一昨日の宴会で大分食材使っちゃったから、足りないんだよねぇ」

「なんか、すみません……っ!」

「いやいや、雛菊ちゃんのせいじゃないからね。基本的にどこの御社も突然の宴会なんてよくある話で、そのせいで一気に食材も減るのも日常茶飯事だし」

(突然の宴会って、サラリーマンかっ!?)

「とりあえず、次の配達までに食材が明らかに足りないから買い物はしておかないとね」


 紫はそう言いながら、他に必要な物資を書き留めていく。


「あ、そうだ、雛菊ちゃん、丁度いいから神域参道町(しんいきさんどうまち)にも行っておこう。参道町の地理もなるべく早く覚えておいた方がいいだろうし」

「あ、はい!」


 雛菊はこの十の御社へ来る際、神域参道町は通ったには通っていたが、きちんと町並みまで確認していたわけではなかった。


(馬車で通った時、チラッと見たけど……普通の町っぽい感じだったよね。まだ朝だったから、お店は閉まっていたっぽいけど。どんな町なんだろう……)


 現世の町と何か違いがあるのだろうか、と雛菊はワクワクしてくる。

 すると、紫が紫水晶の瞳を煌めかせ、雛菊の手を恭しく取る。


「ふふっ、嬉しいな。こんな可愛い後輩ちゃんと早くもデートできるなんて」

「えっ!?」

「よかったら帰りにお茶をしながらお話でも……」

「――――貴方様は」


 その声に紫は一気に青ざめ、ギギギとまるで機械仕掛けの人形のように背後を振り返った。


「貴方様は馬鹿でいらっしゃいますか?」


 そこには予想通りというか何というか、紅玉が黒い微笑みを湛えながら立っていた。

 ガタガタと震える紫を見ながら雛菊は溜め息を吐く。


(だめだこりゃ)


 見た目は非常にカッコいいはずなのに、最早呆れしか湧いてこなかった。




紫みたいな残念なイケメン結構好きです

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