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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
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調査と任務~その弐~




 茶屋よもぎを後にした紅玉が次に向かったのは、艮区の参道町だった。


 大和皇国伝統の建物と異国情緒あふれる煉瓦造りの建物が織り成す文化が融合調和している洒落た町は今日も賑やかである。

 煉瓦造りの道を職員だけでなく、見目麗しき神々や華やかな装いの神子も歩き、乗合馬車も走っていく。


 そんな町並みを目で追いながら、紅玉が目指すのは乾区だ。乗合馬車に乗った方が楽は出来るが、その道の途中で昨晩連絡をした一人と落ち合う予定であるので、紅玉は乾区へ続く道をひたすら歩き続けた。


 日が高くなるごとに暑さが増していくなぁと思い始めたその時だった。


「紅!」


 己を呼ぶ声と共に目の前に降り立ったのは、頭に三本角を持つ轟であった。そして、その肩には――。


「トドロキさーん! オロしてくだサーイ!」

「へいへい」


 妖精のような容姿の鞠が轟の肩から降ろされた。


「ベニちゃーんっ!」

「あらあら」


 仕事中にもかかわらず抱きついてくる鞠を本当は叱らなければならないのだろうが、鞠のあまりの可愛さに紅玉は思わず赦してしまう。


「鞠ちゃん、お疲れ様です」

「ベニちゃん、Very very beautifulデース!」

「ありがとうございます」


 鞠の頭を撫でてやると、鞠は嬉しそうに笑った。


 鞠に褒められて素直に嬉しい紅玉だが、一つ気になる事があった。


「それにしても、轟さん。よくわたくしだって気付きましたね。いつもと服装も髪型も違うのに」


 轟は以前特別任務に当たるために派手に粧し込んだ紅玉を紅玉だと見抜けなかった事があるのだ。てっきり鞠が教えたものかとも思ったが、先程轟は間違いなく紅玉の名を呼んでいた。

 どういうことかと紅玉が首を捻っていると、轟は得意そうに笑って言った。


「おめぇの髪は真っ黒だからな! それでわかった!」

「まあまあ!」


 紅玉は「ふふふっ」と笑っているが、鞠は思わずギョッとした。


「トドロキさんのアンポンターン!!」

「んだとぉっ!?」

「ベニちゃんにドゲザしやがれデース!!」


 この神域において、髪の毛が何にも染まらず漆黒――ということは神力を持たない〈能無し〉の証。同時に〈神に捨てられた子〉とも呼ばれ、忌み嫌われている。


 紅玉はまさに現在神域にたった一人しかいない、その〈能無し〉である。

 そして、紅玉のその漆黒の髪は忌むべき象徴だ。


 身内や友人達だってあまり紅玉の髪の色について言及しないというのに、この男……轟はそれを目印に紅玉を見つけたというのだから、まさにアンポンタンの極みである。鞠が怒鳴るのも無理はない。


 しかし、一方の当事者である紅玉は全く気にする様子がなかった。


「まあまあ、鞠ちゃん。わたくしは気にしておりませんから」

「デモ! ベニちゃん!」

「第一にわたくし驚きましたのよ」


 昨夜、轟に直接話したい事があると連絡をした際、待ち合わせ場所と時間を指定されたのだが、それがあまりに大雑把で紅玉は一抹の不安を覚えた。結構な人数が行き交う参道町の中から一体どうやって自分を見つけるのだろうかと。

 まあいざとなれば神獣連絡網で直接呼び出しをすればいいかと思って、轟の要求を呑んだ訳なのだが。


 しかし、轟の先程の発言で紅玉は一気に賛美を送りたくなった。


「あの考え無しの猪突猛進の轟さんがきちんと考えて行動してくださった事にわたくしもう感動で感動で……! 轟さんの頭を撫でてたくさん褒めて差し上げたいです!」

「馬鹿にしてんのかああああっ!?」


 今度は轟が怒鳴る番となった。


「まあ馬鹿になんてしていませんわ。わたくしは轟さんの成長に感動しているのですわ」

「それが馬鹿にしてるって言ってんだよっ!!」

「トドロキさん、ドードーよー」


 いつの間にか先程怒鳴っていた鞠が諌めに回るというおかしな事態となっている。


 しばらく轟はギャンギャンと何か吠えていたが、紅玉がころころと笑って全て受け流してしまうので、怒るのが無駄だと分かったらしい。


 ようやっと大人しくなった轟は話を切り出した。


「……で、なんだよ。話って」

「はい。実は――……」


 紅玉は周囲に悟られないようにそっと話す。先程幽吾と文に説明した事を。

 二十の御社の神子補佐役と自由奔放な神子について――何か情報を知らないか――と。


 すると、轟は少し考えて言った。


「二十の御社なぁ……情報になるかどうかわかんねぇけど……確か、あそこの御社は男神達のガードが厳しい事で有名だな。巡回中の俺様が神子を見ようとしただけで、すげぇ目で睨んで警戒してくるぜ。俺様にはそんな気はねぇっての。仕事だっつーの」

「あらまあ」

「神子の印象は……敢えて言うなら、溺愛されているお姫様って感じか」

「なるほど」

「ちなみに二十の御社から警備部の方には特に報告きてねぇぞ」

「……そうなのですか?」


 神子補佐役同様に神子護衛役にも定期報告の義務があるのだ。もしも神子の行動に何かしらの問題があれば、轟達のような神域全体を見回る特別班や各区の神域警備部が動く手筈になっている。

 しかし、神子補佐役からの報告はあるにもかかわらず、神子護衛役からは報告がない。同じ御社内で意見の相違はあるにしても、多少何か書かれてもいいはずだ。


 この点には紅玉だけでなく、轟も疑問に思ったようだった。


「……いくらなんでも報告書になにもあがらねぇってのはおかしいな……ちょっと調べておくぜ」

「はい、よろしくお願いします」


 紅玉は「あ」と呟き、鞄からそれを取り出し、そっと轟に渡す


「二十の御社の神子護衛役の情報です。よろしければどうぞ。わたくしは覚えてしまいましたので」


 轟は書類を受け取ると、周りに気付かれないようにさっと書類を確認し、眉を顰めた。


「……俺様達より一年遅い入職か……」

「はい……悲劇を知らない世代です」

「…………そうか」


 轟は書類をぐしゃりと握りつぶすと、あっという間に燃やしてしまった。そして、書類の塵が風に乗って消えていく様を、轟は少し物憂げな表情で見つめていた。


 そんな轟の表情を見つめながら、紅玉は思い出す。つい先日まで轟の周りに漂っていた鬼火達の存在を――あの悲劇によって奪われた轟の大切な友人達三人の事を。


「……そういや、こないだの礼をしていなかったな」


 轟のその台詞に、紅玉は先日の園遊会での出来事を思い出す。


「申し訳ありませんが、本日は先を急ぎます故、手合わせはまた後日に――っ!?」


 紅玉は思わず目を瞠った。突然目の前に何かを突き出されたからだ。


「…………やる」

「はい?」

「だから、やる! 礼だ! 礼!」

「あらまあ……」


 今日は随分と轟に驚かされてばかりである。あのがさつな轟が本当に礼の為の贈り物をしてくれるとは全く想像していなかったのだ。

 すると、鞠が耳打ちする。


「マリ、Adviseシマシター」

「あらあら」


 きっと轟が鞠に頼んで紅玉に贈る物を一緒に選んでもらったのだろう。不器用ながらも優しい同期であり友人の轟のそういうところが紅玉は大好きだった。


 渡されたものを紅玉は見る。それは真っ白な日傘であった。鞠が助言をしただけあって、それは随分と洒落ていて、透かし模様がとても美しい。

 そして、今日は丁度日差しの強い日である。紅玉は早速傘を開いた。白い日傘ではあるものの遮光性はしっかりとしていて、尚且つ透かし模様が映えている。

 紅玉はすぐにこの傘が気に入った。


「轟さん、ありがとうございます」


 紅玉は微笑んで心からのお礼を言うが、轟は紅玉の方を見る事無く、照れ臭そうに手をひらひらと振るだけだった。そして――。


「行くぞ、鞠」

「See you! ベニちゃん!」


 轟は再び鞠を肩に担ぐと、一気に跳躍して去っていってしまった。

 紅玉は小さく手を振って見送っていたが、すぐに次の目的地を目指す。


 もう日差しは暑くなかった。




**********




(イイ運動になったっす!)


 腕をぐるぐると回したり、伸ばしたりしながら、空が次にやって来たのは台所だった。中を覗いたが、誰もいない。


「お邪魔しますっす」


 堂々と声をかけて足を踏み入れるが、返事もないし、気配もしない。

 しかし、ふわりと味噌の香りが漂っている事には気付く。


(あ、お味噌汁作ってあるっす)


 恐らく昼食用の味噌汁なのだろうと空は思う。火は止めてあるのでこのまま置いておいても問題はないだろう。


(朝に一気に作っているっすかね?)


 ふと、流し台を見ると、そこには山積みになった汚れた皿や杯や箸が置きっぱなしであった。


(洗い物…………)


 ここまで来ると、空の違和感は確信に変わりつつあった。


 そして、空は術式の紋章を書いていく――確信を確実なものとする為に。


 空が書くのは父と慕う蒼石から教わった神術だ。

 蒼石は水を司る竜神である。すなわち水を操る事に長けている神だ。水を通して遠くの場所を見たり聞いたりする事も出来れば、水の記憶を辿ることだってできる。


 そして、空が書いた術式は、水の記憶を辿る神術の術式だ。


 空はそっと書き終えた紋章に手を添える。


「【水の追憶】」


 静かに唱えると、ふわりと紋章が浮かび上がり、台所中の水が淡く光り出す――そして――。




 ぶくぶくと水に沈んでいく――ゆらゆらと水の中を漂う――。


 その水の中で見えた光景は――朝も早くから朝食と昼食の準備にひた走る冬麻の姿――夜も更けているというのに、一心不乱に洗い物をしている冬麻の姿――。


(もっと……もっと……過去へ……)


 しかし、息が苦しくなり、水の中で止めていた息を吐いてしまう――ぶくぶくと泡に呑まれていき――。




 空はハッと我に返る。

 紋章が弾けて消えると、水は光を失い消えて、やがてただの水へと戻ってしまった。


「…………」


 本音を言えば、もっと過去を遡りたかったが、空の力ではここまでが限界だったようだ。


(でも…………)


 違和感は確信に変わった。今はそれだけで十分だろう。

 これ以上無理をすれば、紅玉にも蒼石に心配をかけてしまうから……。




 そして、空は立ち上がると、流し台に放置してあった皿と箸と向かい合った。





<おまけ>


「うりゃああああっ!! お皿洗いっすぅーーーーっ!!」


 食器は見事ツルツルピカピカになりましたとさ。


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