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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
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調査へ出掛ける者、見送る者




 空から相談を受けた翌日、紅玉は有り余っている有給休暇を使って休みを取った。今日中に調べておきたい事があったからだ。

 勤務の合間にやってもよかったのだが、調査の為にほぼ一日外出しなくてはならない。それでは流石に御社の職務を蔑ろにしてしまうので、思い切ってそうさせてもらうことにした。


 ちなみに急な休みを取る紅玉に対して反対する人間も神もいなかった。むしろ全員で「休め!」と叫んだくらいである。


 そんなわけで急な休みとなった紅玉の本日の装いは洋装である。

 爽やかな淡い水色の生地が美しい大人の女性らしい装いだ。上衣と下位が一体型になっている服だが、胸辺りは柔らかくふんわりと、腰辺りはきゅっと引き締められ、乙張がしっかり利いているものであり、紅玉の身体の輪郭線が美しく強調されていた。

 髪型は暑さが際立ち始めている今日この頃に相応しく、後ろできっちりと、しかしふんわりと纏め上げられているものだ。透明度のある青や無色の天然石の髪飾りが紅玉の漆黒の髪に良く映えていた。

 ちなみに紅玉の着付け髪結い化粧を施したのは、十の御社の着付け狂いとして有名な女神仙花(せんか)である。今日も今日とて紅玉を美しく着飾る事ができた事に喜び、その仕上がりに満足し涙を零していた。


「紅ねえ……っ! 美しいわ……! まるで女神よ……!」

「ありがとうございます、仙花様。女神は少々褒めすぎかと思いますが、いつも綺麗にして頂き、嬉しゅうございます」


 そうして紅玉は外出する為に玄関に向かい、靴を履く。花柄の透かし模様が入った踵が少し高めの可愛らしい靴である。


「それではいってまいります」

「いってらっしゃ~い」


 手を振って見送ってくれる水晶や神々に手を振り返しながら、紅玉は御社を出た。


 そうして門へ続く道を進んだところで気付く。門の前に人がいる事に――筋骨隆々の巨大で強靭な身体を持つ鮮やかな蘇芳色の髪を持つその人物が立っている事に。


「紅殿」


 名を呼ばれ、金色の瞳に鋭く睨まれてしまい、紅玉は思わず苦笑してしまった。この見た目が仁王の如く恐ろしいのに物凄い心配症の己の先輩には、今日の休暇が休暇ではないという事に気付かれてしまっているのだと――。


「紅殿――」

「お赦しください、蘇芳様。わたくしは行かねばならないのです」

「だが――」

「空さんの――可愛い弟のお願いなのです」

「……っ……」


 可愛い弟のお願い――そう言われてしまっては、蘇芳は何も言い返せない。


(――だが)


 蘇芳は紅玉の頭を優しく撫でる。ハッとして顔を上げると、真剣な顔をした蘇芳が真っ直ぐ紅玉を見つめていた。


「俺にとっても空殿は可愛い弟だ。どんな事でも協力する。どんな事でもだ。だから、絶対一人で抱え込んで無茶をするな。いいな?」


 鋭く睨んでいるはずの金色の瞳があまりに優しさに満ち溢れていて、紅玉は思わず視線を逸らし、慌てて頷く。


「は、いっ、わかっておりますっ」

「なら、いい」


 蘇芳の手がゆっくりと離れていく。掌の温もりが消えた事に紅玉は一抹の寂しさを覚えてしまう。


(わっ、わたくしったら何をっ!?)

「ああ、あの……紅殿、その……」


 蘇芳が突然言い淀み出したので、紅玉は再び顔を上げて蘇芳を見た。

 今度はその蘇芳が紅玉から視線を逸らしていた。正確に言えば、時折チラチラと紅玉に視線を向けてはいる。そして、頬と耳が少し赤い。


「よ、く……に、あって、いる」

「へ?」


 紅玉の口から出たのは少し抜けた声だった。


「以前一緒に出かけた時に着ていた服も良く似合っていたが、今日の服装も良く似合っていて、とても綺麗だ」


 紅玉は思わず目を瞠り、見つめてしまう。頬と耳を赤く染めて、少し困ったように微笑み、賛辞の言葉をくれた蘇芳の顔を。


「ありがとうございますっ」


 紅玉もまた微笑んで、蘇芳に応じた。


「それでは、いってまいりますね」

「ああ」

「何かあったら連絡をくださいね」

「ああ。いってらっしゃい」


 そうして紅玉は門の外へ出る。振り返ると、蘇芳が微笑んで手を振っていたので、紅玉も微笑みながら手を振り返す。そして、門を閉めた。




 瞬間、カチリと音がして、門の結界がしっかり張られた事を確認すると――紅玉はその場で蹲った。


(ああああああああっっっ!!!!)


 叫びたい一心を心の内に止めた事を自画自賛した。


(聞き間違いではありませんでした! 聞き間違いなどではありませんでした! 似合っているって、綺麗って褒めてくれました!!)


 堪えていた嬉しい思いが一気に噴き出し、顔が熱くなってしまう。実際、水色の装いが霞んでしまう程、顔が真っ赤である。


(困りますっ! 本当に困りますっ! あんなお顔立ちの整った方に、あんな褒め方をされては勘違いをしてしまいますっ! 蘇芳様のお顔が憎いっ!)


 責任転嫁も甚だしい。挙句紅玉の思考はとんでもない方向へ。


(紫様の悪影響を受けているに違いありませんわ! まったく! あの女誑しは碌でもない事をしてくださりますわっ!)


 紫は間違いなく帰ったら折檻をしようと心に決める。憐れ、紫……とばっちりもいいところだ。


(いい加減静まりなさい! わたくしの心臓! 変な期待をするのではありませんっ!)


 息を吸って、吐いて……また吸って、吐いて……をたっぷり繰り返したところで、紅玉はようやっと立ち上がる。


「…………よし」


 そうして、紅玉はようやっと足を進めるのであった。




 門が閉まり切るまで紅玉を見送った蘇芳は、カチリと音を立てて門がしっかり結界が張られた事を確認すると――その場に頽れた。


(紅殿が!! 可愛すぎるっ!!)


 頽れた――というよりは五体投地である。


(前々から思っていたんだが、着飾れば間違いなく美しいし、姿勢は言わずもがなだし、何より笑顔が可愛いっ! 思わず抱き締めてしまうところだったっ!)


 「くっ!」と何かを堪えるように地面を叩き出す――地響きが鳴る。


(今日は髪を纏め上げていたな……項が艶めかし、いやいやそうじゃなくて! 淡い水色のワンピースも良く似合っていたな……やたらと胸が誇張されているのは一体誰が、いやいや何を考えているんだ!?)


 額を地面に打ちつけ始める――いっそ滑稽な姿である。


(……本当に紅殿は異性と縁がなかったのだろうか)


 ふと思うのはそれだ。

 紅玉だって、来月頭には二十六になる大人の女性である。浮いた話の一つや二つとも思った事はあるが、かつて紅玉はこう言っていた。


「生まれてこの方二十五年、お慕いした方もいなければ付き合った方もいません」


 ――と。


(いやいやそうは言っても、紅殿のような絵に描いたような大和撫子を放っておく男がいないわけが――)


 そこまで思ってから、蘇芳ははたと思い出す――紅玉にはかつて大変仲が良かった幼馴染が五人いた事を。先日、話題にも挙がった海をはじめとする有能な幼馴染達が紅玉の傍にずっと一緒にいたという事を。

 その中でも蘇芳の中で色濃く印象に残っているのは、一見すると儚げな印象を持つ美しい人物。藤紫色の長い髪を二つに結い、猫のように大きな青紫色の瞳で、蘇芳に悪戯っぽく微笑んで――。


「何してんの? すーさん」


 頭上から声をかけられ、蘇芳はハッと振り仰いだ。そこには呆れた目をして己を見つめていた水晶が立っていた。


「オシャレしたお姉ちゃんの可愛さのあまり五体投地とはチョロいの~」

「えっ、いやっ、その!」


 図星をつかれしどろもどろである。


「ところですーさん、お姉ちゃんに告白はしたの?」

「ま…………まだ、で――」

「五体投地してないでさっさと言わんか」


 ぐうの音も出なかった。


 十五以上も年下で美少女の水晶に言い負かされる神域最強の屈強戦士の蘇芳――最早滑稽通り越して憐れである。


「ほら、すーさん。お姉ちゃんがいないんだからキリキリ働く」

「はい……」


 蘇芳はようやっと立ち上がると、水晶の後を追いかけて御社の中へと入っていった。





<どうでもいい補足>

今回の紅玉の私服はレトロワンピースっぽいのを想像して頂けると。

紅玉の世界ではレトロワンピは「懐古調」でも「復古調」でもなくて「流行」なのです。




<おまけ:本日のお仕事>


 神子の執務室にて、水晶、蘇芳、そして日番の樹木組の神々(槐、栗丸、柳ノ介、柊四郎の四名)が集まり、それは始まる。


「うみゅ、緊急会議を始めるよ~。議題は、すーさんの告白について」

「「「「おお~」」」」

「いや待たれよ」


 蘇芳は即刻ツッコミを入れる。


「そんな会議をする暇はありません。神子にはやらねばならない業務が――」

「まあまあ蘇芳。固い事言わずにちょっと儂らに付き合ってもらうぞい。お前さんかて紅ねえに告白する為に事前準備はしといた方がええぞ」


 槐の言葉に他の三名の神が頷く。


「んじゃ、何か良い意見ある神~?」

「ほーい」


 水晶の言葉に真っ先に手を上げたのは十の御社一の食いしん坊の栗丸だ。


「ウマい団子屋で団子食いながら『一緒に団子を食べてくれ』って言う!」

「それ栗さんが団子食べたいだけだよね? ていうかそれじゃあ、ただ普通に団子一緒に食べに行くだけじゃん」


 バッサリ切り捨てられる。


「他にある神~?」

「はい」


 次に手を上げたのは十の御社一の大らかな心を持つ柳ノ介だ。


「庭園で日向ぼっこをしながら求婚するのはいかがかな?」

「うみゅ、良い案のように聞こえて、それただのピクニックだから。この二人の場合ほのぼので終了するパターンだから」


 何も起きる事がなく終了するのが見え見えである。


「他にある神~?」

「……はい」


 次に手を上げたのは十の御社一の毒舌の柊四郎だ。


「もう二人を閉じ込めて、蘇芳さんが姉君に告白するまで部屋から絶対出さなければいいんですよ」

「どっかのうっすい本か」

「止めてくだされっ!!」


 危険な意見に蘇芳が声を上げた。


「はあ? どっかの誰かさんがどっかの超鈍感の性質の悪い姉君にきちんと想いを告げないから、僕は親切心で言ってあげているんですよ。もういい加減にしてください。迷惑被っているのはこちらなんですよ」

「うっ……うぅ……」


 ザクザク、グサグサと柊の如く突き刺さる言葉の棘に、蘇芳は自己嫌悪に陥りそうになる。


「まあまあ、柊四郎。あまり蘇芳を責めるんじゃないぞい」

「……ふん」

「しかし、蘇芳もはよう覚悟を決めて、きちんと紅ねえに自分の想いを伝えにゃならんぞい」

「……はい」


 槐の言葉が一番沁みた。

 結局自分は覚悟がないから想いを告げられずにいるのでは? 紅玉を困らせたくないからという正当な理由を掲げて、想いを告げる事に怯えているのでは? ――そう思ってしまう。


「さもないと、女神達がお前さんを嗾ける為に、紅ねえに惚れ薬飲ませてお前さんの部屋に放り込もうと考えておったからな~。気を付けるんじゃぞ~」

「だからそれ、どこのうっすい本……」

(女神殿おおおおおおおおっっっ!!!!)


 槐は「あっはっはっは」と笑っているが、蘇芳はちっとも笑えなかった。




 女神が危ない手段に出る前に、早く、早く想いを告げねば――蘇芳はそう思うのであった。


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