丑三つ時の書類仕事
気持ち短めなので、この後20時に二回目の投稿をします。
閲覧時ご注意ください。
時刻は丑三つ時を過ぎた頃――、もうすでに眠りにつく時間帯だというのに、紅玉の部屋には洋灯の灯りがついていた。灯りに照らされた机の上の写真立てには、紅玉の家族の写真や学生時代の写真が飾られている。そして、紅玉は机の上に積み上げられた大量の書類と資料と向かい合っていた。
神子管理部補佐役としての報告書や、十の神子の職務に関する報告書など、日頃の仕事に加え、雛菊の個人情報をはじめとする大量の個人情報が書かれた書類が積み上がっている。といってもこの個人情報は、所謂神域管理庁公式の書類ではない。それらは明らかに手書きの物で、付箋のようなものが大量に貼られ、付け加えが何度もされている。
紅玉はその中の一枚を手に取りながら、昼間起きた事を思い出していた。
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それはちょっとした用事の為に紅玉が外出していた時の話である。
十の御社へ続く道を歩きながら、紅玉は道端の桜を見上げながら歩いていた。満開の桜も良いが、桜吹雪もなかなか風流である。
(今年の桜もそろそろ終わりですかね……今年は少し早かったですわ)
一抹の寂しさを感じながらも、来年も綺麗に桜が見られる事に期待する。
瞬間、強め風が吹き、更に桜吹雪が美しく舞い散る。
その光景を目に焼きつけながら、紅玉は過去の思い出に思いを馳せていた。
桜吹雪が舞い散る中、新しい同じ制服に身を包み、胸に花を添え、新しい生活へ期待に胸膨らませ、仲良く並んで、笑顔で写真を撮る自分と五人の――。
そこまで思い出した所で、紅玉はハッとする。そして、表情を無にし、視線を左の方に向けると、素早く脚に力を込めて跳んだ――。
「――っ!?」
「……動かないでくださいませ?」
紅玉のその声に一切の温情などない。ただひたすらに冷酷なものだ。そして、その手に握られているのは、神域管理庁から支給されている脇差――それを白い布の覆面をした男の背後から首筋に当てていた。
男は首に刃を向けられ、焦ったように声を上げる。
「こっ、殺す気か――!?」
「あらあら可笑しなお話ですわね。先に身の危険を感じたのはこちらですのに」
紅玉はそう言って、男の腰に提げられていた銃を奪い取って見せつける。
「――っ! チッ!」
武器を奪われ為す術を失くした男は咄嗟に逃げようとする。
「あらあら、どちらへ行かれるのですか? 神域管理庁中央本部事務課の久春様」
「っ!!??」
男は紅玉の言葉に驚き、思わず振り返ってしまう。
そんな男の様子を見ながら、紅玉はにっこりと笑って言った。
「あら、そんなに驚かれなくても……身長百七十三センチで、漆黒混じりの小麦色の短い髪をお持ちで、過去に負った怪我のせいで重心がやや右寄りで、走り方にも少々特徴があり、事務課でありながらやや筋肉質な体格をお持ちの男性といったら、貴方様しかおりませんわ、久春様」
然も当たり前のように言う紅玉を、覆面の男――久春は見ながら思う。
(この女、何者だ……!?)
すると、紅玉はキョトンとする。
「あら、わたくしを十の神子の補佐役の紅玉だと知っていたのではないのですか? そして、わたくしに怪我を負わせて、新人研修の担当ができなくなるように仕向けて、十の御社に研修にいらしている雛菊様の研修先を変更しようとでも目論んでいたのではないのですか?」
紅玉は片手を頬に添え、首を傾げて更に言葉を続ける。
「それとも単純にわたくしへの嫌がらせか脅しのつもりでしょうか? ですが、それだけでわたくしが屈すると思ったら大間違いなのですが……流石に命を取るなどという恐ろしい事はできないでしょうから、最初申し上げた事が正解だと思うのですが、いかがでしょうか?」
久春は答えない。答えられない――まさにその通りであったからだ。
「良かったです。合っていたようで。安心しました」
紅玉は嬉しそうにころころと笑う。最早その微笑みですら、久春には恐ろしいものにしか見えなくなっていた。
久春は慌てて逃げ出す――しかし。
「あ、お待ちください! 久春様! 久春様! 久春様!! お待ちになって!」
紅玉が大きめの声で何度も名前を呼ぶものだから、久春は振り返って紅玉を睨む。もし誰かにこの場面を見られでもしたら――と思うと恐ろしくて仕方ない。不本意ではあるが、久春は紅玉の呼び掛けに応じた。
「お手数ですが、ご伝言お願い致します」
桜吹雪舞う中で、紅玉は表情を無にしながら、冷酷な声で言い放つ。
「部下に下らない仕事を押し付ける前に、ご自身のお仕事をきちんとなさいませ。貴方の職務怠慢はもうすでに周知されております。後日、処罰があると思いますのでお覚悟を。あと妻子持ちでありながら、遊戯街で人倫に外れた行為をする方は最下の人間です。ちなみに貴方の職務怠慢が判明した時点で奥様には伝達済みでございます。そちらも追って沙汰がありますので覚悟してくださいませ……と、貴方の上司に――神域管理庁中央本部事務課主任、群広様によろしくお伝えください」
紅玉の言葉を聞いた久春は、まるで凍りついたかのように動かない。あまりの恐ろしさに身体が震えてしまい、声を発する事も出来ないでいる。
「……貴方も帰り道にはお気を付けくださいまし、久春様」
強い風が吹き、桜吹雪が乱れ舞う。
呆然と立ち尽くす久春に、紅玉は礼もせず去っていく。
桜の吹雪が舞い散る道を、しゃなりしゃなりと――。
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そんな事を思い返しながら、紅玉は「群広」という人物の書類に万年筆で書き足す。
「処断済」と――真っ赤な文字で。
そして、その書類を床の上にある箱に入れると、今度はまた別の書類と向かい合いながら、いろんな情報を書き足していく――。
――そうして書類と向き合う内に、夜が明けていた。




