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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
137/346

後輩達の研修




 園遊会から一週間後――新入職員の部署研修が始まった。


 空と鞠は朝早くから各々研修先へと元気良く出かけた。その背中が見えなくなるまで、紅玉は見送る事しかできなかった。


 晴れ渡った青空を見つめ、紅玉は溜め息を吐く。


(何事もないと良いのですが……)


 紅玉に出来る事はただ二人の無事を祈るだけだ。


 紅玉はそっと両手を合わせ祈る。


(晴さん……どうか、どうか空さんを守って……)




*****




 鞠がやって来たのは、神域の西側にある酉の門(とりのもん)広場の端にある「神域警備部総合詰所」である。

 鞠はこの事務所を拠点としている特別班で研修を受ける事になっていた。


 そして、研修の担当者は轟だ。

 しかし、いくら仲間であり友人でも、これは研修だ。鞠は気を引き締めてまずは挨拶からする。


「マリデース! ヨロシクオネガイシマース!」

「よろしく」


 しかし、挨拶を返してくれたのは研修副担当の天海だけだった。担当者である轟は少し苦い顔をして鞠を見るだけである。


「Oh……? トドロキさーん? どーしたのー?」

「いや……なんか……改めて聞くと、白々しいなぁって……()()()()()

「Oh……ヒドイデース、トドロキさーん……」

「轟、失礼だぞ。謝れ」

「なんでだよ!?」




 その頃、雛菊も研修先の乗合馬車課で自己紹介をしていた。


「神獣連絡部の雛菊です。よろしくお願いします」

「初めまして。この度、君の研修担当をします、生活管理部乗合馬車課の真鶴(まづる)です。よろしくお願いします」


 先だけが黄銅色に染まった黒髪を持つ真鶴と名乗った男性職員は爽やかな笑顔が印象的なとても優しそうな人物であった。

 雛菊はその事にほっと一安心である。


「乗合馬車課は神子と職員の足となり働きます。きっちり時間を守りつつ、安全運転第一が鉄則です」

「はい」


 馬舎を進みながら、簡単に乗合馬車課の仕事内容について説明をしていく真鶴の説明を雛菊は一生懸命聞き取り、頷いていく。


「というわけで、乗合馬車課に来たからには、まずは馬に慣れ親しんでもらいましょうか」


 そうして真鶴が足を止めたところには馬車用の馬が一頭いた。

 再度説明をするが、馬車用の馬である。


「でっかっ!!」

「まあそりゃ馬車用の馬ですからね」


 さらっと真鶴はそう言うものの、雛菊はすでに巨大な馬車馬に腰が引き気味である。


 ほっと一安心した自分を殴りたくなった雛菊であった




 一方その頃、空は、卯の門広場にある神子管理部事務所にいた――。


「神子管理部十の御社配属の空です! よろしくお願いします!」


 巽区の札が掛けられたその一画で、空は紅玉直伝の美しい礼を披露する。


「神子管理部参道町配属巽区担当副主任の那由多です。よろしく」


 淡々とした口調でそう返したのは空の研修担当を務める女性職員だ。


 一房だけ漆黒に染まった淡い茶色の髪と枯れ草と同じ色の瞳を持っており、終始真面目な顔で空を見つめ、にこりともしないが、知的な印象を見受けられた。


「研修に当たってあなたにいくつか質問をさせてもらいます。この神域はそれぞれ区分けされているけれど……各区が担当している神子の数字、正しく答えられますか?」


 唐突な質問に空は怯む事無くハッキリと答える。


「艮区は八の神子様から十七の神子様。巽区は十八の神子様から二十七の神子様。坤区は二十八の神子様から三十七の神子様。乾区は三十八の神子様から四十七の神子様。そして、宮区は一の神子様から七の神子様までの皇族神子様達を担当しています」

「そうですね。答えられて当然です」


 かつて紅玉から教わった神域の常識だ。答えられないようであれば神子管理部として失格である。

 そうは分かっていつつも、那由多の声が少々冷たく感じ、空は内心緊張してしまう。


「では、次の質問です。神子管理部の使命は何だとあなたは思う?」


 那由多の質問に空はビシッと姿勢を正し、迷いなく答える。


「神子様が神子様としてのお役目をきちんと果たす事ができるように、守り支えるのが神子管理部の使命だと思っています」

「そうですね。それも意見の一つだと思います。でも、それはどちらかと言えば、少々誤った考えを持つ神子管理部職員の意見……」


 那由多は冷たさの孕んだ視線で空を見て言った。


「神子管理部の役割は第三者の目からの監視役です。最も近しい監視役として適任なのは神子補佐役だけれど、中には御社配属の職員を一切自分に近寄らせない神子も存在した事が過去にあります」

「……はい」

「そんな時に出番が回ってくるのが我々参道町配属の職員です。私達は定期的に神子を見回る役目があり、面会の義務があります。神子もまたそれを拒否できない。仮に拒否すれば強制的に内部調査が入りますからね。参道町配属の神子管理部の使命は神子が権力をふるって身勝手な行動を起こさないように見張ることです」

「……はい」


 那由多の意見も一理あると空は思いつつも、思いつつも――。


「神子を守り支えるだけなど甘い考えですよ」

「…………はい」


 空は那由多の言葉にモヤモヤした何かが拭いきれなかった。


 しかし、研修は始まったばかりである。那由多は間を開けずに言う。


「早速ですが、神様と恋仲になった恐れのある神子の元へ面会に行きます。あなたも一緒に来て、神子を見張る役目を存分に学びなさい」

「はい」


 そうして、那由多は大量の書類を鞄に詰め込むと、武器珠を装備した。

 空も那由多に倣い、貰った巽区の神子の資料と武器珠を持つ。


 空はチラリと資料を見て、神子の名前を確認する。

 どうやらこれから目指す場所は巽区にある二十の御社らしい。


(二十の神子様って確か……)


 空は神子名鑑に載っている二十の神子の顔を思い出しながら、那由多を追いかけた。




**********




 そして、やってきた二十の御社。

 門だけ見れば、至って普通の御社の門である。強固な結界が張られており、巨大な木製の門だ。十の御社と何ら変わりなかった。

 那由多が数度叩くと結界が解かれ、門が開き、迎え入れられる。

 そうして空が二十の御社に足を踏み入れると、出迎えたのは着物と袴を着用した女性だった。

 女性は那由多と空に丁寧にお辞儀をし、言う。


「お疲れ様です」


 服装から察すると、恐らく神子管理部だろうと空は思う。

 袖は襷で邪魔にならないように結ばれていて、前掛けをしていた。恐らく作業をしていた最中なのだと察した。そこから覗く腕は女性にしてはかなり逞しく、全体的な体格も紅玉よりもふくよかだと空は思った。しかし、顔立ちはやはり大人の女性らしく綺麗な人だとも思う。前髪と後ろ髪の一部が鶯色に染まっていて、目の色も淡い黄緑色だった。


「お疲れ様です。先日の報告書の件を受けて参りました。巽区副主任の那由多です。今回は新人職員の研修も兼ねて同行させております」

「神子管理部の空です! よろしくお願いします!」


 那由多の淡々とした説明の後に、空はお辞儀をしてハキハキと名乗った。


「二十の御社神子補佐役を務めております冬麻(とうま)と申します。よろしくお願いします」


 冬麻と名乗った女性も空に挨拶をしてくれたが、空は一瞬引っかかりを覚える。


(なんか……元気無いっすか?)


 声は至って普通に聞こえる――だが、その表情がどことなく硬いのだ。


 空は気になってしまうが、那由多はそうでないらしい。


「では早速、神子への面会をお願いします」


 淡々とそう告げるだけであった。


「はい。どうぞこちらに」


 そうして、冬麻の先導で、那由多と空は御社の中へと入っていく。




 二十の御社は十の御社とは違い、大和皇国の建築様式の建物であった。庭園も大和皇国独自の文化が取り入れられたもので、手入れの行き届いた植木に、鯉の泳ぐ池、鹿威しもあり風流である。

 そんな庭園が見渡せる縁側を進んでいき、やがて辿り着いたのは立派な襖が入口にある広間だった。


 冬麻が襖を開けるとそこには神子と大勢の神がいた。


「お待ちしてました」


 広間の上座の椅子に座る神子がにっこりと笑った。


 そこにいたのは空が記憶する神子名鑑に載る二十の神子と印象が変わらない可愛らしい神子であった。

 歳は轟や天海くらいだったはずと空は記憶している。だがしかし、二十の神子は成人しているとは思えない程、瑞々しい。それこそ己と年齢が同じくらいなのではと錯覚してしまう程だ。

 大和皇国様式建築の御社の神子であるが、その服装は着物や振り袖ではなく、現世の女性の間で流行っていそうな洋服であった。淡い色合いの花柄がより一層神子を可愛らしく見せている。しかし、さらりとした触り心地の良さそうな布は明らかに高価なものであり、流石は神子といったところだろうか。

 薄桃に彩られた目元はぱっちりと、頬も唇も淡く色付き、甘い香りがほんのりと漂っている。身体つきも女性らしくそして細く、守ってあげたくなるような庇護欲を掻きたてられた。

 そして、強い神力を有する髪の色はほんのり薄い胡桃色。長さは肩より少し長めでふわりとゆるやかな髪質だ。瞳の色は柔らかな森の色だった。


「どうぞお座りになって」


 二十の神子がそう声をかけると、那由多は神子より少し離れた位置で正座をして座る。空もまた那由多に倣い、那由多より少し下がった位置で正座をした。


「いつも担当をしている神子管理部職員の代理で参りました那由多と申します」

「ええ、話は伺っています。二十の神子の百合(ゆり)です」


 那由多と二十の神子――百合がそう挨拶を交わしている間に、冬麻が客用の茶を用意してくれていたらしく、那由多と空の前に茶が置かれていく。

 空は用意してくれた冬麻に目礼だけする。


「本日は新人研修も兼ねておりますので、新人職員も同席させてもらいます」


 那由多にそう説明をされ、空はピシッと背筋を伸ばし、そして頭を下げた。


「神子管理部の空です。よろしくお願いします」

「二十の神子の百合です。よろしくね」


 空の挨拶に百合は「うふふ」と笑った。


 その隙に空は周囲にいる神々を観察する。

 人数は十五。大体の御社に降臨する神は十から二十と言われているので、まあ平均的といったところだろう。


 十の御社は神の数が多い方だ。それでも全御社一、神が多い御社ではないらしいが。


 神は全員男神であった。これは決して珍しくはない。女性神子の元には男神が降臨しやすく、男性神子の元には女神が降臨しやすいと言われている。


 十の御社だって男神と女神の数が同じくらいかと思いきや、三十六名いる神の内、女神は十名。半分以上は男神である。


 空が気になったのは、神子と神のその距離感だ。


 近い。とにかく近いのだ。神子と神の距離が。

 百合が座っている上座には神子の百合以外に四人の男神が傍にいた。


 二人の男神は百合の両脇でしゃがんで待機しており、内一人は菓子を、もう一方は茶を持っている。

 残りの二人は百合の後ろに立ち、一人は椅子の背もたれに寄りかかりながら那由多と空を観察し、もう一人は百合の髪を弄るのに忙しい。


 その構図は宛ら水晶が好きだと公言する現世のカラクリ遊戯の包装に描かれていた一枚絵に似ていた。


(えっと、オトメなんちゃら……)


 その遊戯の表題を思い出そうとしたが、やたらめったら長い表題だった為、どうしても思い出す事は出来なかった。


 水晶の遊戯の事はさておき、これは少々問題なのでは……と思いながら、空はチラリと那由多を窺う。

 斜め後ろにいるので、横顔しか見えず、その表情の全貌は見えなかったが、明らかに呆れた表情をしていた。


「……担当職員からの指摘がございましたので、単刀直入に伺います。現在、恋仲になっている神様はいらっしゃいますか?」

「ええっ!?」


 那由多の言葉に百合はとんでもないといったように首を振る。


「わたしとみんなは確かに仲良しですけど、恋人とかそういう関係じゃないです~」


 そうはっきり告げて「うふふ」とまた笑う。


 笑う百合に那由多は眉を顰めた。


「……これは神子になった際に説明をされた事かと思いますが、再度、説明をしておきます。神域管理庁は神子と神様の恋愛を禁じているわけではありません。ですが、困るのは神様と親しい仲になり、そのまま神様に神界へ連れ去られる『神隠し』にあう事です。神域管理庁としても、突然の神子の消失は困ります。ですから、恋仲になった神様がいらっしゃるのでしたら、隠さずにきちんと報告する事良いですね?」

「はい、わかってます~」


 本当に分かっているのだろうかといいたくなる程、その返事は非常に軽いものであり、那由多の眉間の皺が深くなるだけであった。




 その後、冬麻の案内で那由多と空は二十の御社を回って現状を確認しながら、神子護衛役や生活管理部の職員からも神子と神についての印象など詳しく話を聞き、神からも神子について話を聞いていく。


 庭園で寛いでいた神子護衛役の岩源(がんげん)という男性職員は――。


「神子は二十の御社の花です。まさに神様に愛される存在の代表格。護衛役としても鼻が高いですよ」


 と回答。


 自室にいた生活管理部の兎乃原(うのはら)という女性職員からは――。


「可愛い神子様でしょう? 女子力高くって憧れちゃいます。だから、神様達にも物凄く可愛がられているんでしょうね」


 という回答を貰う。


 そして、神々からは神子への称賛の嵐のような言葉を聞かされた。


「うちの神子が可愛い」

「うちの神子が可愛くて仕方がない」

「うちの神子は可愛らしく可憐でいじらしい」

「うちの神子が可愛くて可愛くて可愛くて」


 崩壊気味の同じ言葉を聞き続けたせいだろうか――那由多の顔から表情が消えている事に空は気付いてしまった。

 ちょっと怖いと思ったのはここだけの話……。




〈おまけ:その頃、十の御社では〉


 十の御社でも神子管理部参道町配属職員による訪問面会があり、十の御社へと招き入れていた。

 そして、今日はいつもの担当職員だけではなく新入職職員も一緒であった。初々しさ残る女性職員であった。

 その新入職員を見ながら水晶がゆったりと言う。


「そう。研修なのね。先輩職員からしっかり学んで業務に励んでくださいね」

「はっ、はい! ありがとうございます!」


 一生懸命に返事をする新人女性職員に、水晶は花が綻ぶように美しく微笑んでみせた。

 瞬間、新人女性職員の頬が赤く染まったのを、紅玉達は見逃さなかった。


(((((ああ……こうして今年もまた犠牲者が増えていく……)))))


 水晶の神子の顔に騙される新人職員達に十の御社の住人達は両手を合わせる他なかった。


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