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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
135/346

海との思い出話




「ラスト一枚洗い終えたぞおおおおっ!!」


 すっかり夜が更けて灯りを灯した台所で、(ゆかり)が勝利の雄叫びをあげた。


「お疲れ様でした。紫様」


 紅玉は惜しみなく労いの言葉をかける。

 一方の紫は世の中の女性を虜にする容姿を持っているというのに、紫水晶のような煌めく瞳から大量の涙(と鼻汁)を零していた。

 紅玉は思わず苦笑いをしてしまう。


 そんな紫をはじめとする十の御社職員総出の働きの甲斐もあり、園遊会は無事大好評のまま終わった。

 神子も神も招待客も皆、各々楽しみ、歌ったり踊ったり食べたり飲んだりして――一部、神子の暴走や神の暴走もあり、その度に紅玉が鉄槌を下したが、それ以外は大きな問題も無く――とても楽しい時間を過ごせたという感想が多く聞かれ、紅玉も達成感に満ち溢れ嬉しく思った。

 大量に残った後片付けも十の御社職員だけでなく、一部の神々も手伝ってくれたおかげで片付けに時間はそうかからずに済んだ。


 残りの片付けは自分一人でできそうだと、紅玉は思った。


「皆様、夜遅くまでお手伝いどうもありがとうございました! どうぞ後はわたくしに任せてゆっくり休んでくださいまし!」

「はーい!」

「お疲れ様~」

「お先です~」

「おやすみなさ~い」


 片付けを手伝ってくれていた神々から声が上がり、台所から一人、二人と去っていった。


「紫様もお早めにお休みくださいまし。明日もお早いですから」

「ありがとう。じゃ、お言葉に甘えて先に休ませてもらうね」


 紅玉の厚意に礼を言いながら、紫もまた台所から去っていく。


「空さん、もうお疲れでしょう? もう休んでくださいな」

「う~~ん……俺、まだがんばれるっすよ……」


 少しぼんやりとした顔で空が言う。とても眠そうである。


「空さんは夜更かしがあまり得意ではないのですから、無理しちゃダメですよ?」

「う~~~~……」


 空が少し愚図っていると、鞠がやってきて言った。


「ソーラ。ソーセキさん、シンパイしマース。Good nightするデース」

「うぅ……ごめんなさい、せんぱい……さいごまでおてつだいできなくて……」

「いえいえ。明日もお仕事なのですから、しっかり休んでくださいな。鞠ちゃん、よろしくお願いしますね」


 紅玉は空と鞠、それぞれの頭を優しく撫でた。


「おマカせヨー! Good night、ベニちゃん」

「おやすみなさい、せんぱい」

「はい、おやすみなさい」


 眠そうでふらついている空の手を鞠が引きながら、二人もまた台所から去っていった。


「さてと、後は――」

「俺はまだ休まないからな」


 その低い声に紅玉は思わず驚いて振り返る。


 そこには蘇芳色の短め髪と勇ましい金色の瞳を持つ筋骨隆々の体格を持つ神域最強の戦士がいた。太めの眉はつり上がり、威嚇するように紅玉を睨んでいる。その姿はまさしく、仁王か軍神か――。


「あら、蘇芳(すおう)様。まだいらっしゃいましたの?」

「当然だ! 貴女の事だ。一人で片付けられると判断すれば、先に紫殿達をあがらせてしまい、全部一人で仕事を請け負うつもりでいると睨んでいたからな」

「ふふふっ、流石蘇芳様ですわ。ご明察です」


 しかし、紅玉は知っていた。この蘇芳、確かに一見すると非常に恐ろしい容姿をしているが、その実態は――。


「後は一人で片付けられますので、蘇芳様もどうぞお先にお休みください」

「貴女という人は! またもや無茶をして! 振れる仕事はこちらにも振れと何度説明すれば分かる!?」


 後輩の紅玉の心配をするあまり過保護気味の優しい先輩なのである(と紅玉は思っている)。

 そして、今日も今日とて過保護な先輩の蘇芳は無茶の権化の紅玉を鋭い瞳で睨みつける。


「俺は貴女が何と言おうと手伝うか――」

「じゃあ、一緒にお片付けをお願いしますわね、蘇芳様」


 己の言葉を遮りそう言った紅玉の言葉に、蘇芳は思わずポカンとしてしまう。

 まさか紅玉が素直に蘇芳の言う事に応じるとは思ってもみなかったのだ。いつもは大概言い争いの押し問答に発展してしまうので。


 ちなみに紅玉と蘇芳の言い争いと書いて、「痴話喧嘩」と十の御社の住人達は読んでいる。


 それはさておき――素直に手伝いを強請ってくる紅玉のその微笑みに、蘇芳はじわじわと顔が熱くなっていた。嬉しさと可愛さで。


「も、勿論だ!」


 少し慌てた返事になってしまったのは仕方ないだろう。

 蘇芳は好きなのだ。紅玉の柔らかいその微笑みが。そして、紅玉という人が。

 恋する女性に素直に頼られて、嬉しくないはずがないのだ。


 蘇芳はすぐさま紅玉と共に片付けをてきぱきとこなしていく。


 その蘇芳の表情がとても嬉しそうで――ああ、可愛いな。やっぱり好きだなぁ――と紅玉は見つめながら思ってしまう。

 胸に一抹の罪悪感を覚えながら、蘇芳に惹かれ続ける。


 そんな矛盾を孕んだ想いを必死に隠しながら、紅玉もまた片付けを行なう為、洗い終えた大きな鍋に手をかけた。


「――これは俺が運ぼう」

「あっ」


 反論も言う間もなく、大きく重たい寸胴鍋を蘇芳が運んでいってしまった。他にも紅玉の手の届かない場所に仕舞う食器や大きな調理器具を率先して片付けてくれる蘇芳の姿を見て――。


(ああもう、本当……狡い人……)


 膨らんでいく想いに、紅玉は赤くなる頬を隠すのに必死になってしまった。




 やがて全ての食器や調理器具の後片付けを終え、ようやっと一息吐けることになった。


 紅玉は用意していた茶を蘇芳に差し出す。


「お疲れ様でございました、蘇芳様」

「ああ、ありがとう」


 受け取ったそれはほかほかと温かく、疲れた身体に沁み渡った。

 そうして隣り合って座ると、どちらかが言い出したわけでもなく、ちょっとした談笑が始まる。


「皆様、とても喜んでくれてよかったですわ」

「ああ、本当に。紫殿の料理も美味かったが、紅殿の唐揚げも相変わらず美味かった」

「ありがとうございます。頑張って作った甲斐がありましたわ。蘇芳様、ちゃんと食べられましたか? 金剛様のお世話係で大変だったのでは?」

「問題ない。きちんと食べられた。兄貴は……まあ、大変だったが、あれを他に任せるわけにはいかないからな」

「ふふふっ、頼もしい事ですこと。それに比べて……わたくしったら不覚でしたわ……晶ちゃんから目を離すべきではありませんでした。雛ちゃんに申し訳なかったです……」

「ああ……うん。まあ、いつまでも気にするな。今後気を付ければいいだろう」

「……はい」


 他愛の無い会話だったけれど、紅玉も蘇芳も、この時間を尊く感じていた。


 すると、紅玉は蘇芳に報告しなければと思い、その話を始める。


「そうです。実は、空さんと鞠ちゃんの研修先が決まったのです」

「もうそんな時期だったか……早いな」

「幽吾さんが事前に手を回してくれたようで、鞠ちゃんの研修担当が轟さんになったのですよ」

「轟殿か。あの班なら天海殿もいるし、安心だな」

「ちなみに雛ちゃんは美月ちゃんの部署ですわ。担当は美月ちゃんの先輩らしいですが、信頼のおける方だそうです」

「根回しが良過ぎるな、幽吾殿」


 蘇芳の脳裏に「あはは~」とへらへら笑う怪しい男の姿が思い浮かぶ。


(一体どんな手を使ったんだか……)


 しかし、紅玉が浮かない顔をしていたので、考える事をすぐに放棄する。


「紅殿? 何か心配な事が?」


 蘇芳の問いかけに紅玉は少し悩みながらも話し出す。


「空さんの研修先が……少し気になってしまって……」

「空殿の研修先はどこだ?」

「……神子管理部参道町配属部署……研修の担当は巽区副主任の那由多です」

「……確かその人物は……」


 その人物の名前は蘇芳も知る人物であった。何故なら――。


「はい。前十の神子の神子補佐役だった職員です」

「前十の神子……(うみ)殿か……」

「…………はい」


 紅玉の亡くなった幼馴染の補佐役を務めていた職員だったからだ。




 尻尾のように長い三つ編みを編んだ紺碧の髪と透き通るような青い瞳を持つ豪快な笑顔の女性が紅玉の脳裏に蘇る――。




*****




 紅玉こと――本名、千石紅子(せんごくこうこ)は、非常に良い子だった。よく出来過ぎる子であった。


 物心ついてから紅子は敬語で話す事が癖で、幼児でありながら、一人称は「わたくし」、お辞儀も正座も上手で、「ありがとうございます」と「申し訳ございません」をきちんと言葉に出来きてしまっていた。


 故に良い子過ぎると同時に、非常に変わった子として幼稚園の同級生達からは思われていた。


 特に紅子をからかったのは男児達である。

 事あるごとに紅子の口調を揶揄し、嗤い、変な女と罵った。


 紅子は耐えた。理不尽な男児達の揶揄に。

 しかし、今は強き紅子とはいえ、当時はまだ幼い子ども。


 何故揶揄されているのか、何故嗤われているのか、何故変だと罵られるのか、訳も分からず泣いてしまった。

 すると、男児達の揶揄はさらに拍車がかかる。


「やーーい! ないてやんの! ないてやんのー!」

「なっきむしけむしっ!」


 やがて男児達が「なきむし! なきむし!」と歌い出す。


 紅子は限界だった。恥ずかしさにその場に蹲ってしまう。




 その時だった――。




「いいかげんにしなさいよっ!!」


 そう叫ぶ女児の声が聞こえたと思ったら、「ばっちーん!」という頬を張る音と共に男児が倒れていくのが見えた。

 倒れた男児は瞬間「うわああん!!」と大声をあげて泣き出してしまう。


「なによ! あんたのほうがなきむしじゃない!」


 男児の頬を張った女児はくるりと向きを変えると、紅子の元に駆け寄り、手を差し出した。


「もうだいじょうぶよ。わたしがまもってあげるわ!」


 その女児こそ、甲斐(かい)ありさ――後の十の神子である海であった。




 これが、紅玉と海の出会いである。




******




 紅玉と海との出会いを聞いていた蘇芳は素直に思う。


「海殿は……昔から海殿だったのだな」


 前十の神子の海と言えば、勇ましき女性といった印象が強かった。そして、それが幼稚園の頃から変わらないのであれば、蘇芳が納得してしまうのも無理はないだろう。


「ええ。小さな頃から本当にかっこ良かったですわ」


 紅玉は何年経って初めての出会いをうっとりとした気持ちで思い出してしまう。


「思えば、あの時の海ちゃんに一目惚れをして、わたくしも強い女性になりたいと思って、海ちゃんの道場に通わせてもらったのですわ」

「ひ、一目惚れ……?」

「ええ。わたくしの初恋は海ちゃんですから」


 その一言に蘇芳の心に何かがぐさりと突き刺さった気がした。


「まあ憧憬から来る初恋でしたから、恋愛とは程遠いですけど」


 ころころ笑いながらそう言う紅玉の言葉は蘇芳に届いていないようである。心に突き刺さった痛みとモヤモヤを払うのに必死だ。


「ちなみに海ちゃんは同級生を殴ってしまった事を先生からこっぴどく叱られてしまいましたけど、わたくしも海ちゃんの名誉の為に、いじめられた旨をきちんと先生に報告し、男子達も先生からお叱りを受けることになりましたの」

「そうか。なら良かった」


 でなければ、今すぐ現世に行って、紅玉を虐めていたという男子達を捕まえて、紅玉の目の前で土下座させて謝罪させるところであった――と蘇芳はちょっとだけ思う。


 先生の説教だけで済んで良かったな。紅玉の同級生達よ。


「海ちゃんは……本当にかっこ良くて、頭で考えるより先に身体が動いてしまう子で……だから、あの時も……」




〈おまけ:喧嘩のその後〉


 その後も虐めてきた男児の約一名は何かと紅子にちょっかいを出してきた。

 やれ言葉遣いが変だの、動作がおかしいのだの――悪口の代わり映えはしなかったが。

 その度に海が紅子を庇っていたが、紅子一人でも対応できる程になっていた。


「や~~い! でちゅわのコトバはおかしいデチュワ~~!」

「わたくしはじぶんのことばづかいがおかしいだなんておもっておりませんわ」

「なんだよ! でちゅわのくせにナマイキゆーな!」

「わたくしはけいごをおしえてくださったおおおばさまをそんけいしておりますの! おおおばさまをぶじょくしないでくさだいまし!」

「お、おお、おおば? ソンケー? ブジョク?」

「いじわるするあなたなんてだいっきらいですわっ!」


 ピシャリと言い放った紅玉に男児は衝撃が隠せない。やがて涙目になると怒ったように叫んだ。


「なんだよ! でちゅわなんてもうしらねーっ!」


 「うわーん!」と泣き叫びながら、男児は去っていってしまった。


 一人で男児を撃退できたことに紅子は嬉しくなり、ありさと灯の元に駆け寄った。


「ありさちゃん! ともるちゃん! わたくしもちゃんといいかえせましたわ!」

「やったね! べに!」

「はいっ!」


 一方、灯はじっと男児が走り去った方向を見つめていた。


「どしたの? ともる」

「……だんしってすなおじゃないな~って」

「うん? スナオ?」


 灯の言葉の意味が分からず、ありさも紅子もキョトンとした。しかし、灯は二人がその意味に気付かないでも構わなかった。


「つまりバカだなってこと」

「なるほどな!」

「なるほど、です?」


 馬鹿正直なありさは灯の言葉を素直に聞き入れたが、紅子は灯の言葉に含まれた意図をまだ模索しているようだった。

 灯は誤魔化すように紅子の頭を撫でた。


「いいんだよ。バカで」


 もう一度言い聞かせるように言った灯に、今度こそ紅子は素直に頷いた。


「よっし! きょうはなにしてあそぶ!?」

「『みこさんのおにたいじ』やりたいです!」

「いいね! じゃ、ほかのだれかもさそおう!」


 先に駆け出したありさを灯と紅子が追い掛ける。

 灯はしっかりと紅子と手を繋いだ。紅子がはぐれてしまわないように。


 悪い虫に捕まってしまわないように。


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