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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
134/346

園遊会~続々とお客様~

今後投稿する話のあとがきにちょっとしたおまけ話を書いています。

おつまみ程度にどうぞ。




 すると、場の空気を変えるように空が明るく言った。


「他に何か食べたいものとかあるっすか? あとは苦手な食べ物とか……」


 故に空は気付かなかった。己に向かって走ってくるその存在に。


「空きゅーーーんっ!!」

「どわっ!?」


 「ドンッ!」という衝撃音と共に、空の身体が大きく揺れ、雛菊は目を剥いた。

 幸いにして空の身体が倒れたり、吹き飛ばされたりなんてことにはならなかったが、代わりに空の身体に人一人がぶら下がっていた。


 頭に三角の獣の耳と先が二つに割れた細長い尻尾が特徴的な空にぶら下がった少女は猫又の先祖返りである美月(みつき)だった。


「今日もほんっまかわええなあっ!」

「美月ちゃん、ぐるじいっす……!」


 美月が笑顔で頬擦りする度に、空は首が締められ悲鳴を上げた。


 しかし、まるで「べりっ」という音がしたが如く、一瞬で空の身体から美月が引き剥がされる。

 美月は己の首根っこを捕まえて持ち上げる存在を確認した。

 そこには深い蒼い神力を纏った蒼石が眉間に皺を寄せて美月を睨みつけて立っていた。

 しかし、蒼石のそんな覇気に恐れもせず、美月は綺麗な顔に不敵な笑みを湛えて蒼石を見つめる。


「いややわ~蒼石は~ん。ウチは友達の空きゅんに戯れているだけやのにぃ~」

「戯れにも程がある。お主はおなごで空は男。品のある行動を心掛けてもらいたい」

「お父さん、どうどうっす」

「ソーセキさーん、ドードーよー。ドードー」


 一触即発――その雰囲気に空と鞠が間に入って蒼石を止める。


 やっとの事で地へ降ろしてもらえた美月を雛菊は改めて見た。


(ふっわ……すんごい可愛い子……!)


 低い位置で二つ結びにした紫がかった黒い髪と鮮やかな菖蒲色の瞳を持つ美月に雛菊は思わず見惚れた。

 水晶や鞠といった美少女は見慣れていたが、何よりも目を惹いたのは――。


(胸でっか!! でっか胸!!)


 その豊満な胸部であろう。


 紅玉もまた豊満な胸の持ち主ではあるものの、紅玉は普段は晒しで胸を潰している為、あまりその豊満さを拝めないのが事実だ。

 一方の美月はその豊満な胸を隠さない服を着ている為、ついまず胸に目が止まるのは仕方ないだろう。


 特に雛菊や焔といった胸部への憧れが強い女性達にとっては――。


 雛菊は何も言っていないはずなのに、雛菊の視線の先を見て察した焔が激しく頷いているのがその証拠であろう。


 すると、雛菊の視線に気付いたのか、美月が雛菊にニコッと笑いかける。


「直接会うんは初めてやよね? はじめまして! ウチは生活管理部所属の美月いいます! よろしゅうな!」

「よろしくお願いします……!」


 美少女な上に胸の大きい美月に雛菊は思わず見惚れ、頬を染めてしまう。

 一方で焔はキョロキョロと美月の周囲を見回して言った。


「美月ちゃん、(とどろき)天海(あまみ)君は来ていないのか?」

「天海は今日どうしても勤務あるから来られへんで、轟は――」

「おうおう紅!!」


 美月が言いかけたその時、大声が響き渡ったので全員そちらを向いた。


 すると、料理を載せた盆を持って立っている紅玉の前にその男はいた。


 脱色した薄茶の髪の前髪の二房だけがまるで雷が落ちたかのような鮮烈な山吹色。同じ色の瞳はつり上がっており、短い眉に剥き出しの犬歯。そして、頭に生える三本の角。彼こそ鬼の先祖帰りの轟である。


「こないだは世話になったなぁ! 今日はその礼をしに来てやったぜ!」


 指の関節をボキボキと鳴らしながら言うその姿勢は完全に威嚇である。

 紅玉は呆れたように言う。


「……どう見てもお礼をするように見えないのですが?」

「うるせぇっ! 今日という今日はてめぇに一撃入れてやる!」


 礼はどこへ行った? 礼は?


「あの、わたくし、只今給仕中で……」

「問答無用! おらあっ!!」


 飛び掛かって来た轟をあっさりとかわすと、紅玉は盆の上に載っていた料理を轟の口に中に放り投げた。

 瞬間、轟が悶え、膝を着いてしまった。


「あ、あ、あが……も、桃……!」

「これは紫様特製のピーチパイですわ。とっても美味しいですわよ」


 にっこりと微笑みながら紅玉は盆の上に載った洋菓子を轟に見せる。

 瞬間、轟の毛が逆立つ。


「お、俺様は桃が嫌いなんだよっ!!」

「ええ、存じ上げておりますわ。昏倒するほどに桃がお嫌いだってことは」

「て、てんめぇ、ずりぃぞ!」

「あらあら、嫌いな食べ物を一向に克服できない貴方様の鍛練不足ではありませんこと?」

「く、くそぉ……」


 文句は言いつつも、轟は口の中に残る桃の洋菓子を必死に咀嚼していた――涙目ではあるが。

 一方の紅玉はそんな轟をころころと笑いながら見つめていた。


 そんな二人のやり取りを見ていた美月が溜め息を吐く。


「まったく……何やっとんの、轟」

「……あの人、確か……」


 そう呟いた雛菊は轟をまじまじと見る。雛菊は轟を見た事があるのだ。

 そう、確かあれは――。


「はい、あの親睦会の時、お店に突っ込んできた方ですよ」


 後ろから答えを言われ、雛菊はハッと振り返る。

 すると、そこには見知った顔がいた。


 青みがかった黒髪と瑠璃紺(るりこん)の瞳。そして、長身で見目麗しい美青年。この青年もその親睦会の時に出会ったと思い出す。


右京(うきょう)さん! こんにちは! お久しぶりです!」


 雛菊に挨拶された右京はにっこりと微笑み、右手を胸に当てると礼をした。


「お久しぶりでございます、雛菊様。再びお会いできて光栄です」


 そう言った右京の隣を見て、雛菊は思わずギョッとしてしまう。

 何故なら右京と全く同じ顔の同じ色の髪を持つ――しかし、瞳の色だけ江戸紫(えどむらさき)の――見目麗しい美青年が立っていたのだから。


「僕とは初めましてですね。右京の双子の弟で左京(さきょう)と申します。お会いできて光栄です、雛菊様」

「は、初めまして……!」


 左手を胸に当てて礼をする左京を見て、雛菊は驚きを隠せない。右京が双子だった事実とあまりにもそっくりという事と双子揃って非常に見目麗しい事に。


「うっちゃん、さっちゃん、ようこそいらっしゃいっす!」

「Welcomeでーす!」


 空と鞠が右京と左京を歓迎した。


「御機嫌よう。空君に鞠ちゃん。ご招待頂きありがとうございます」

「こちら世流(よる)様からの差し入れでございます」

「Wow! Thank you!」


 左京は細長い包みを鞠に渡した。形からして酒だろうと雛菊は察する。


「世流さんも来られたらよかったっすけどね」

「世流様も非常に悔しがっておられました」


 空と右京の言っている世流の事を雛菊は覚えていた。

 遊戯管理部の職員であり、毛先が黒く染まった一斤染(いっこんぞめ)の緩やかな長い髪と紫がかった妖しく煌めく瞳と花魁のような色香を纏った美人な男性の姿が脳裏に過ぎる。


 すると、左京が言った。


「是非リベンジをさせて欲しいとおっしゃっていましたよ」

「Of courseデース!」

「今度リベンジしようっす!」

「ウチも混ぜてぇなっ!」

「世流様、喜びますね」


 そんな五人の様子を見守っていた雛菊は思わず呟く。


「な、なんか……テンションが若い……」

「あの五人はまだ十代だからな」


 雛菊の呟きにサラッとそう返した焔に雛菊はギョッとした。


「うえっ!? 若っ!!」


 神域管理庁は高校卒業者からも採用するので、十代の職員が決して珍しいわけでもないのだが、こうも目の当たりにすると、新入職員とはいえ、二十代の自分でも随分と歳なのでは、と思ってしまう。

 おろおろとそんな事を考えていたからなのだろう――。


「あらあら、雛ちゃんもまだ十分お若いですわよ」


 そう声をかけたのは紅玉だった。盆の上には大量の飲み物と料理を載せている。


 すると、右京と左京が胸に手を当てて礼をした。


「「紅様、ご機嫌麗しゅう」」


 一糸乱れぬ揃った動作に、雛菊は思わず惚れ惚れしてしまう。


「右京君に左京君、御機嫌よう。世流ちゃんにお土産ありがとうございますと伝えておいてくださいね」


 紅玉もまた重たい盆を持っているにもかかわらず、美しい姿勢はそのままで軽く膝を折って――挙句、盆の上は一切乱すことなく――挨拶をするものだから、またもや雛菊は惚れ惚れである。


「ああ、それと、美月ちゃん、よかったら後で一曲お願いできませんか?」

「ええのっ!?」


 紅玉の言葉に美月の顔が輝いた。


「ええ、むしろ是非。晶ちゃんも神々の皆様も美月ちゃんの歌、大好きですから」

「やったあっ! おおきに! 紅ちゃん!」


 美月の頬が紅潮しているのを見て、よっぽど嬉しいのだろうなぁと雛菊は思った。


(歌うのが好きなのかな?)


 そう思いながら美月を見ていると、空と鞠が美月に話しかけていた。


「じゃあ、先にご飯たべちゃおうっす!」

「マリもミツキちゃんのSingキきたいデース!」

「あ~、楽しみやわ~! 何歌おうかなっ!?」


 雛菊は思わず表情が無になった。


「眩しい……テンションが若い……」


 干乾びたおばさんの発言そのものである。


「安心してくれ、雛菊さん。私はあなたと同意見だ」


 そう言った焔の表情も無であった。


「あらあら、お二人とも、わたくしよりもお若いですのにそのようなことをおっしゃってはいけませんわ」


 確かのこの三人の中では紅玉が一番年上であろう。しかし、それもわずか数年の差である。


「いや、あたしと紅だって大した年齢差じゃないでしょ」

「あら、意外とたった数年の差でも大きいものですわよ。雛ちゃんも焔ちゃんもお肌がこんなに綺麗で羨ましい限りですわ」


 紅玉の褒め言葉に顔を赤くしたのは焔だ。


「い、いや、私なんかより紅玉先輩の方が……!」

「あら、焔ちゃん! いけません!」


 すると、紅玉は焔の前で膝を着くと、盆を脇に置き、代わりに両手で焔の頬を撫でる。


「女の子は世界の宝でございます。『なんか』なんて口にしてはいけませんわ。焔ちゃんはお仕事熱心ですし真面目で性格もよろしいですから、良いお嫁さんになれますわよ」

「こ、紅玉先輩……!」


 ますます真っ赤になる焔の頬を撫でながら、紅玉はころころと笑う。


「ええ~、紅ちゃん、見る目がな~い」


 そう間延びした言葉と共に、目の前の唐揚げが一つ攫われていく様子を雛菊は見つめていた。やがて辿り着いた視線の先にいつの間にか男性が立っていて、雛菊はギョッとする。


(いつの間に!?)


 鉛色の髪とその色を知る者が誰もいない閉じられたままの目を持つその男は、気配も無くそこに立っていた。そして、唐揚げをもぐもぐと食べる。


 雛菊は随分と驚いたようだが、紅玉と焔は驚く事無く、男を認識していた。

 そして、紅玉は立ち上がると、礼をした。


「いらっしゃいまし、幽吾(ゆうご)さん」

「やっほ~、お招きありがとう。うんうん、そして、紅ちゃんの唐揚げは相変わらず美味しいね~」


 唐揚げを飲み込むと、幽吾は脇に抱えていた書類を紅玉に差し出した。


「あ、これ人事課からのお知らせ~。そこの新人ちゃん三人宛ね」

「これって……」


 書類を受け取りながら何か言おうとした紅玉を遮って、幽吾が話し出す。


「それにしても、紅ちゃん。買い被りもいいところだよ。焔みたいな跳ねっ返りなじゃじゃ馬がいいお嫁さん? あっりえな~い、あははははっ!」


 瞬時、焔の身体から熱気が迸った気がする――気がするじゃない。


「幽吾……!」


 低い焔の声と共に、灼熱の炎が焔を包んでいた。


「黙っていれば言いたい放題……良い機会だ。お前のその根から腐った性格を叩き直してやる」


 静かに怒りを燃やす焔を見て、幽吾は不敵に笑う。


「ほら~。そうやってすぐ怒る子はもてないよ」

「余計なお世話だああっ!!」


 焔は武器珠から銃を取り出し、幽吾に向けて発砲していた。


「あっははっ! 焔がこわ~い!」

「待てぇっ! 今日という今日は逃すかっ!」


 焔の銃弾を避けながら、幽吾は地獄の番犬に跨って庭園内を逃げていく。その後を怒りの形相の焔が追って行った。


「ああもう! お二人とも! 戦闘をなさるのでしたら周囲に迷惑をかけないように! あと神々の皆様は二人を煽らない!」


 お祭り好き、喧嘩好きの神々が争う幽吾と焔を煽っている。最早二人止める事は不可能だろう。


「まったくもう……」


 紅玉は溜め息を吐くしかなかった。


 焔と幽吾の事も気になるが、雛菊は紅玉の持つ書類の事も気になっていた。何せ幽吾が言っていたのだ。新人三人宛てだと。


「ねえ、紅。その書類って何?」

「恐らく……部署研修に関するお知らせでしょうか?」


 神域管理庁の新入職員は入職直後の二週間の御社研修以外に、所属部署以外の部署研修も義務付けられているのだ。

 時期は水無月から葉月ごろに実施され、人によって異なると聞いていたが、どうやら雛菊達は早い段階での研修が決まったようだった。


 紅玉は早速その書類を空、鞠、雛菊に渡していく。


「そこに各々の研修期間と場所が明記されているはずです」

「おっす! 早速確認してみるっす!」

「ドレドレ?」

「えっと……」


 封筒を開き、中の書類を見ようとしたその時だった。


 するすると背後から脇腹へ何かが這っていき、やがてそれは両胸を鷲掴みにした。突然の事に雛菊は目を剥くしかない。


「ひゃああっ!?」

「うみゅ~~……やっぱりイイちっぱいだのぅ……」

「あっ! ちょっ! やめっ! ひぃっ!?」

「ふむふむ、感度はなかなか……」


 容赦なく潰される感触に雛菊の口からは悲鳴しか上がらない。


「あっ、ん、やめ、てぇっ……!」

「うみゅうみゅ、よいではないかよいではな――」


 しかし、水晶の言葉はそこで途切れる事になった。


「晶ちゃああああああああんっっっ!!!!」


 紅玉の怒号とともに鉄槌が下ったのだから。




〈おまけ:ぴよぴよ園遊会〉


 庭園の木の上では、みたらしとその分身である伝令役六羽がぴよぴよ園遊会なるものを開催していた。

 伝令役六羽とはすなわち、紅玉の伝令役のひよりと、蘇芳の伝令役の南高と、水晶の伝令役のたまこと、紫の伝令役の蒲公英と、新しく仲間に加わった空の伝令役と鞠の伝令役である。


『ほほう。空専任伝令役は「翔」、鞠専任伝令役は「江麻」と名付けられたのですね。良き名を貰いましたな』

『チチッ』

『ピチチッ』


 名前を覚えたところで、みたらしはぴよぴよ園遊会の主な目的である「あの件」について六匹に尋ねた。


『ところで……十の神子の姉君と護衛役の進展はどうですかな?』


 十の御社伝令役六羽全員、虚しく首を振るだけだった。


『おのれっ! まだなのですかっ!? あなた方もワタクシの分身なら、もっと二人が発展するようにつっつきなさい! もっとっ! もっとですっ!!』


 残念ながら、みたらしのやきもき日々はまだまだ続くようである――。

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