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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第三章
132/346

神子管理部事務所にて

あけましておめでとうございます!

今年もどうぞよろしくお願いします!


三章開始です。

毎週日曜日19時更新で予約投稿していきます。


※この回だけ18時投稿で、19時に三章二話目を投稿予定です。


よろしくお願いします!




 神域の東側――(うしとら)区と(たつみ)区の狭間――にある卯の門(うのもん)広場。夏に宴が開かれる場所である。

 そして、その広場の端にある煉瓦造りの大きな建物は神子管理部の事務所だ。宮区を除く艮区、巽区、(ひつじさる)区、(いぬい)区の御社の神子を参道町から見守り支える参道町配属の職員達の職場である。


 今日も今日とて事務所内は神子の為、神の為、神域の為に引っ切り無しに稼働しており、職員達が休み無くあちこち動き回っていたり、ひたすら座ったまま大量の書類作業をしていたり、伝令役の小鳥もあちこちへ飛び交っていたり、実に忙しそうである。


 各々忙しく動き回っている職員達の間をくぐり抜け、巽区の札が下げられた事務所の区画へやってきた一人の男性職員が、その区画の奥の方で作業をしている女性職員に声をかけた。


那由多(なゆた)副主任、各御社の神子補佐役からの報告書をまとめておきました」

「ご苦労様」


 一房だけ漆黒に染まった淡い茶色の髪と枯れ草と同じ色の瞳を持つ那由多と呼ばれた女性職員は渡された書類を受け取ると、すぐさまそれに目を通す。


 それは、月に一度、御社配属の神子補佐役の職員が提出する神子と神々の日々の様子や素行などを書き記した報告書である。そして、その報告書は各区の参道町配属の職員に届けられ、各区の主任もしくは副主任が確認をし、御社の中側からと外側からで神子を管理するのだ。

 神子の健やかな生活を見守るという意味だけでなく、神子の素行の確認の意味もある大事な報告書だ。

 厳しいようだが、三年前には神子が首謀となった大きな事件やその前には私欲溺れた神子が引き起こした事件などもあったので、その管理は徹底している。

 また、こうした徹底した管理にはもう一つの意味合いもあった。


 那由多はその報告書の文章を見つけると、眉を顰めた。そして、顔を上げ書類を提出した男性職員に尋ねる。


「二十の神子に恋仲の神様がいるのですか?」

「まだその可能性の段階らしいです。なりつつ、と言いましょうか……ただ、先日自分も二十の御社を訪れて視察をした際、二十の神子と神との距離が非常に近いと思いましたので」

「……神隠しの恐れは?」

「今のところは、大丈夫かと」


 神隠し――神が気に入った人間を神界へ連れ去ってしまう事だ。

 神は人間以上に執着心の強く、気に入って連れ去った人間を決して手放そうとしない。すなわち神界へ連れていかれた人間は永遠に現世へ帰る事が出来ないのだ。


 そして、最も神隠しにあいやすい人間は神子である。


 ただでさえ昨今、神子になれる逸材が見つかりにくいというのに、神隠しによる突如の神子の喪失は神域管理庁にとって痛手なのだ。


 それを未然に防ぎ対策をとるのも神子管理部の仕事なのである。


 那由多は再度書類を確認し、顔を上げると言った。


「わかりました。しばらく二十の神子の視察は私が引き受けます」

「承知しました。よろしくお願いします」

「他に報告事項は?」

「今度実施される新人研修についての書類が届いていました」

「ご苦労様」

「では、失礼します」


 那由多に数枚の書類を渡すと、男性職員は離れていった。

 那由多は渡された書類ではなく、先程の二十の神子補佐役からの報告書を読み、睨みつけた。


「……まったく……」


 そう一言忌々しげにそう呟くと、やや乱暴に書類を机の上に叩き付けた。


「……相変わらず身の程を弁えない馬鹿な女が多いこと」


 暴言に近い呟きは事務所内に響き渡る喧騒に掻き消され、誰にも聞こえなかった。


 苛々とした気持ちを溜め息で誤魔化しながら、那由多が再び作業に戻ろうとしたところ、こちらに向かってくるやや大きめな足音が聞こえてきたので顔を上げた。


「よう! 那由多! お疲れさん!」

「お疲れ様です、大瑠璃(おおるり)主任」


 大瑠璃と呼ばれた男性は、前髪の一部が瑠璃色で、瞳の色も爽やかな青。そして、それに似合うさっぱりとした笑顔で、那由多に手を上げて挨拶をする。

 一方の那由多は苛々しているところに無神経に明るい男が現われたせいで不機嫌さが増していた。

 溜め息を吐きたい気持ちを堪えながら、那由多は尋ねる。


「何かご用ですか?」

「ああ、二十五の御社にちょっと用事があってな。訪問の許可を貰いに来た」

「またですか? 大瑠璃主任は艮区の配属でしょう? あまり他の区の御社との関わりを避けてくださいって何度も――」

「まあまあ固いこと言うなって」


 神子管理部の参道町配属と言っても、配属されている区は決められているのだ。担当する区以外の神子や御社訪問の際には、担当区の主任もしくは副主任、あるいは各御社担当の職員に許可を貰う決まりとなっている。

 ちなみに許可や報告が必要なだけであって、別に極力避けるべき案件ではない。許可なく積極的な関わりを持つ事が問題なのだ。


「わかりました。二十五の御社担当職員にはこちらから伝えておきます」

「ありがとさん」


 ふと、ひらひらと手を振る大瑠璃の反対側の手をチラリと見ると、そこには大量の書類が抱えられていた。その書類の束の一番上――十の御社の報告書を読んでいくと――。


「……はあ~……二十の神子が神隠しの恐れね……」


 書類を覗き見するという行為をしていたせいで意識が完全に書類に向いてしまっていた為、那由多は必要以上に肩を揺らす事になってしまった。

 気付けば大瑠璃が那由多の机の上を覗き込んで、先程提出された書類を読んでいた。


「う~~ん……これを読むだけじゃいまいちわからないな」

「……余所の区の書類を勝手に読まないでください」

「んな固い事言うなって。担当区だろうが、担当じゃない区だろうが、協力し合って神子を守るべきだろ。まあ、とりあえずは要観察ってとこだな。俺に手伝えることがあるなら言ってくれ」


 さっぱりとした笑顔で正しい事を言う大瑠璃だが、那由多にはそれが正しいとは思えなかった。


「結構です。大瑠璃主任の方こそ大変でしょう? 何せ艮区はあの十の御社があるのですから」


 〈能無し〉がいる――という言葉は寸でのところで飲み込んだ。


「いやいや、あそこはまったくもって問題ないぞ。何せ優秀な俺の部下がいるからな」


 「俺の部下」という言葉を聞き、〈能無し〉の言葉を呑みこんで正解だと那由多は思った。確か大瑠璃はあの〈能無し〉の女性職員を入職時から気にかけていたと那由多の記憶に残っていたのだ。那由多は自身の記憶の良さに自画自賛した。


「今度、何か催しもするらしいぜ。俺も誘われた!」

「……それはそれは」


 ニカッと楽しそうに話す大瑠璃に、笑いもせず、嗤いもせず、ただ興味が無いというように素っ気なく答えた――出そうになった言葉を再び飲み込んで。


「大瑠璃しゅにーん! ちょっとー!」


 艮区の札がかかった区画から男性職員の呼ぶ声が聞こえ、大瑠璃が振り返る。


「おー! 今行くー! じゃ、二十五の御社の件、よろしくな」


 大瑠璃の背中を見送りながら、那由多は先程見ていた十の御社の報告書の文章を思い出していた。




『御社で親しい友人を招き園遊会を実施する予定。神子と神々の仲は非常に良好』




 十の御社配属の神子補佐役の〈能無し〉が書いた報告書の内容は嘲り笑いしか出てこないものだった。


「……相変わらず平和ボケした御社だこと」


今度こそ我慢せず吐き出したその言葉も誰にも聞かれる事無く、事務所内の喧騒に消えていった。




大瑠璃の口調を修正しました。

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