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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
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夜の訪問者




「みゅ~~~晶ちゃんまだ寝たくない~~~雛っちとまだ遊びたい~~~」

「いけません。貴女は少しでも夜更かしをすると、すぐ体調を崩してしまうのですから。明日に備えてさっさと寝なさい。はい、ゲームも今日はおしまいです」

「ぶぅ、お姉ちゃんのケチ~~~」

「ケチで結構ですわ」


 「雛菊歓迎会」という名目の宴会が大広間で賑やかに行なわれている中、紅玉は水晶を連れて宴会を一時退席し、水晶の就寝準備をしていた。

 水晶は未成年の十三であり、人一倍身体が弱い。夜更かしなど以ての外なのだ。

 水晶の寝かしつけは、昔から姉である紅玉の役目だ。入浴を済ませた水晶の髪の毛を乾かし、ふわふわになった白縹の髪の毛を丁寧に梳き、その髪の毛が寝ている間に絡まらないように緩くみつあみを編む。水晶が幼い頃から行なっている最早習慣の様なものだ。

 いつになったら姉離れができるのだろうか、と思いつつ、妹を存分に甘やかすことができる唯一の時間を、紅玉も実は楽しんでいたりする。

 水晶を寝台へ押し込むと、紅玉はその額にそっと触れた。


「ほら、少し熱っぽいですわ。宴会の熱気に当てられて興奮しているのでしょう。今日はもうお休みなさい。しっかり寝るのですよ」

「ぶぅ……はーい」


 不満げながらも水晶は言われる通り、瞳を閉じた。紅玉は最後に水晶の頭を一撫でする。


「おやすみなさい」

「……おやすみ……」


 呟くようにそう言うと、水晶はあっという間に夢の世界へと旅立ってしまった。

 何だかんだ言いつつ、疲れが溜まっていたのであろう。

 そんな水晶を見届けて、紅玉は音を立てないように移動し、水晶の寝室から退室した。


 水晶の寝室を出ると、大広間から賑やかな声がまだ聞こえてくる。

 きっと雛菊は神々から質問攻めに遭っているのだろう――女神はその手の話は大好物であるから。そして、紫は馬車馬のように働かされているのだろう。神々は本当に飲み食いするのが大好きであるし、一部の悪乗りをする神達から今日もまたとんでもない目に遭わされているに違いないと、そう思うだけで紅玉は少し気分が清々した。

 しかし、そろそろ戻らないと、紫だけでは給仕が回らず、蘇芳に迷惑をかけてしまう。そう思い、急いで戻ろうとした紅玉の前に現れたのは――。


「紅殿」

「あらまあ」


 たった今、思っていた人物――仁王か軍神かの大きな身体のその人、蘇芳である。


「蘇芳様、宴会を楽しまれていたのでは?」

「本日の夜番担当の一人であるまだら殿がまだ飲んでいたいと言うのでな。まだら殿が満足されるまで、自分が代わりに神子の警護をすると申し出たのだ」

「まあっ!」


 まだらと呼ばれる神に限らず、神のほとんどは酒飲みであるが、このまだらは十の御社の神の中でもかなりの酒豪であった。

 予想は付いていたとはいえ、紅玉は呆れ顔である。

 夜番――神子の眠りを守る重要な役目は、神域管理庁の職員ではなく、神が担っているのだ。十の御社では四人一組で、日替わり交代で行なう事になっている。

 しかし、そんな重要な役目を放り出してまで宴会を楽しんでいるとは――紅玉は溜め息を吐く。


「まったく、まだら様には呆れて物も言えませんわ。蘇芳様もわざわざ警護の代理を申し出なくてもよろしいのに」

「まだら殿が満足されるまでだ。夜番の仕事まで奪うつもりはない。まだら殿も必ず来ると約束してくれた。それでよいであろう」

「もう……蘇芳様はお優し過ぎますわ……」


 厳しくきっちりと、まだ幼い神子に代わり、十の御社の指揮を執るのが紅玉ならば、臨機応変に対応し、十の御社の業務が円滑に行なわれるよう配慮してくれるのが、蘇芳だ。

 紅玉はいつだって蘇芳のさり気無くも大きな優しさに助けられてきた。


「ありがとうございます、蘇芳様」

「礼を言われる程の事はしていない。ここは俺に任せて紅殿は大広間に戻ってやってくれ。雛菊殿が女神に囲まれて可哀相な事になっていたぞ」


 美し過ぎる女神に囲まれて、赤くなったり青くなったりしている雛菊の様子が容易に想像できた。


「ではお言葉に甘えて。晶ちゃんをお願いします」

「ああ。そちらは任せた」


 紅玉は蘇芳に頭を下げると、廊下を進み、賑やかな大広間へと向かった。




 誰も通らない夜の廊下を進む。大広間からは賑やかな笑い声が聞こえ、玄関前広間は天窓から月光が降り注ぎ、酷く幻想的だ。

 そんな月光に照らされた玄関前広間に一羽の烏がいる事に紅玉は気がつく。そう、こんな夜更けに烏だ。だがしかし、紅玉は怪しむ様子もなく、その烏に声をかけた。


「あらまあ、こんな夜遅くにどうしたのですか? 幽吾(ゆうご)さん」


 紅玉がそう呼べば、烏は黒い羽根を散らし、人の形へと変わっていく。

 やがて鉛色の髪を持ったその男性が姿を現した。その男はにっこりと微笑み、紅玉を見つめた。しかし、その瞳は微笑みを湛えたまま開眼されることはなく、その中の色を知ることができない。何を考えているのか分からないこの男こそ、紅玉が「幽吾」と呼んだ人物だ。


「こんばんは、紅ちゃん。夜分遅くにごめんね」

「わたくしは構いませんが、ご連絡くだされば、こちらから参りましたのに」

「気付いた時にはもうすでにこんな時間だったからね。手紙出すより直接来た方が断然に早かったからね」

「ああ、なるほど。そうですわね」


 この神域においての連絡手段は「手紙」だ。現世では通信機器が発達しており、専らそちらを使う者が多いが、神々がややこしい機械類を嫌っているため、この神域では通信機器は一切使用されないのだ。

 それで迷惑を被っているのは、神域管理庁の職員だ。何せ緊急を要する情報共有や連絡も、手紙を出すより自らが相手に直接伝えに言った方が早いという事が多い。


「やはり、神域用の通信機器はいずれ必要になるでしょうね」

「僕もそれに賛成。携帯電話って便利な機械だって、この数年で思い知ったよ」

「本当に……ああ、話の腰を折ってしまい、申し訳ありません。ご用件は?」

「ああ、そうそう、それ。まずはこれ」


 幽吾はそう言って一枚の書類を差し出す。


「遅くなっちゃってごめんね。雛菊ちゃんの個人情報丸ごと」

「まさか丸ごと持って来られるとは思わず驚きです。いくら人事課とはいえ、あっさり持ち出せる事に最早不安しかございません、セキュリティ面に」


 昨今は個人情報の保護に煩い時代なのだ。


「ま、僕が今年の新入職の就職試験の試験官の一人だしね」

「やっぱり貴方が実技試験の監督でしたか。地獄の番犬を召喚して襲わせるなど、なんて鬼畜な試験を……おかげ様で雛菊様のトラウマになっているようですわよ」

「……あれあれ? 僕、紅ちゃんに試験内容話した事あったっけ?」

「いえ、幽吾さんからは聞いておりませんわ。わたくしは雛菊様の異能のおかげで試験内容を知る事ができたのです」

「ああ、彼女の異能、厄介だよね。本人の様子はどう? 戸惑っているでしょ?」

「いえ、彼女はまだご自身の異能には気づいていない様子です。いずれは話すべきでしょうけれど、その前に異能を調節できるようになることが優先だと思いまして、蘇芳様に指導をお願いした次第でございます」

「なるほどねぇ……でも、なるべく早く彼女には自分の異能について教えてあげるべきだと思うよ。一番傷つくのは彼女なんだし」

「……はい、わかっております」


 雛菊が自分自身の異能を知ってしまったら、間違いなく戸惑う事は容易に想像できる。故に紅玉は話す頃合いを見計らっているのだ。

 少しでも雛菊は傷つかないように、と。


「久しぶりに一悶着起きそうだね」

「…………そうですわね」


 できれば不穏な事など起きては欲しくはないが、紅玉も幽吾も〈神力持ち〉が現われた瞬間から予感はしているのだ――何かが起きるのだと――。


「……紅ちゃん、平和的解決は望めないと考えた方がいいよ。敵は私利私欲しか考えていない強欲なヤツらばかりなんだから。気にしたら負けだよ」

「ええ、重々に承知しておりますわ。ご安心ください」


 ここしばらくは平和だった。何かあっても話し合いで解決できていた。実に平和で、平穏で――忘れてしまいたい程の辛い過去も、忘れられるかもしれないと思った程だ。しかし、紅玉は忘れられなかった――忘れることなど許さないと、自らに言い聞かせ、己を縛り付けた。


「わたくしは覚悟を鈍らせてなどおりませんわ。心善き人が嘆き苦しみ、欲深き者が嗤うことなどあってはなりません。情けなど一切無用。勿論、手段も選びませんわ。そして、いつか闇に葬られた真実も必ず明らかにしてみせますわ」


 紅玉はその為に神域で働いているのだから――。

 月明かりに照らされた漆黒の髪と瞳が艶を放つ。


「それがわたくしの使命(お仕事)です」


 紅玉はそう言って幽吾に一礼をすると、大広間を目指し、去っていった。

 その背を見送りながら、幽吾はニヤリと微笑む。


「さすが紅ちゃん。相変わらずかっこいいね」


 その呟きは誰にも聞かれる事なく、闇夜に消えた。そして幽吾の姿もまた一瞬にして闇夜へ吸い込まれていったのだった。




雰囲気やイメージは大正浪漫。文化や技術は現代をイメージしているので、現世には携帯電話が当たり前にある設定です。

神域には携帯電話ないけど……。

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