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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
129/346

親戚二人の訪問




 それは韋佐己訪問の翌日の事、その二人は突然訪問してきた。


 韋佐己の訪問も大分驚かされたが、この二人の訪問も驚く事になってしまった。

 まさか直接会いに来るとは思っていなかったから――憎しみに近い敵対心を蘇芳に抱いていた相手だったから。


 それだけでも驚いたのに、一番驚いてしまったのはまさかその訪問を許可するとは思わなかったのだ。憎まれているはずの蘇芳本人が――。




 紅玉はそんな事を思い返しつつ、応接室の長椅子に座ったまま、隣にいる蘇芳と向かい側に座る砕条と星矢を交互に見た。


 砕条は漆黒混じりの灰色の目を鋭くさせ蘇芳を睨みつけており、一方の蘇芳は困ったように眉を下げている。


 蘇芳の心情を察すれば、自分を嫌う者との対立だ。そもそも招き入れる時点でおかしいのだが、蘇芳が決めた事なので何も言えない。

 何があっても蘇芳の味方であり続けると誓っている紅玉は、砕条からの攻撃に備え、気を引き締める。そして、冷たさを孕んだ強めの口調で言った。


「御社への突然の訪問は非常に困ります。できましたら予めのご連絡を頂戴したいと存じます」

「申し訳ありません、紅玉さん。砕条の気持ちが変わらない内にと思ったら、突然の形になってしまって……」


 紅玉の注意に答えたのは砕条ではなく、星矢だった。


「失礼だと分かった上での訪問にもかかわらず、招き入れてくださり感謝しております」

「感謝でしたら蘇芳様に。わたくしが反対するにもかかわらず、心の広い蘇芳様はお二人の訪問を許可してくださったのです」

「ありがとうございます、蘇芳さん」

「いや、俺は……俺も、二人とちゃんと向きあうべきだと思ったからだ。同じ盾の一族の血を引く者として」

「…………」


 紅玉は「お二人の訪問」というところを少し強調して言ったつもりだったが、どうやら砕条にその意図は伝わらなかったようだ。謝罪も感謝も何も無く、ただひたすら蘇芳を睨むだけである。

 紅玉は苛立つ気持ちを抑えるのに必死になってしまった。


 やがてしばらくの沈黙が流れた後、蘇芳が口を開く。


「俺は――」

「――待て、蘇芳」


 蘇芳が何か言おうとして無理矢理遮ったのは、砕条だった。


「発言は俺からにさせて欲しい」

「……わかった」


 素直に応じる蘇芳を余所に、紅玉は微笑みを取り繕うのに必死だ。内心、砕条の頬を引っ叩いてやりたいと思っている。


 そして、砕条は口を開く。


「お前の事は……どうしても気に食わない……気に食わないし、はっきり言って憎んでいる……お前はいつも越えられない壁だったから。いつも比較され続けられ、うんざりだった……」


 引っ叩くだけじゃ物足りない。回し蹴りもしなければ気が済まないと紅玉が思った時だった――砕条が頭を下げたのは。


「すまなかった!!」


 息を呑んだのは紅玉だったのか、蘇芳だったのか――それほどにまで砕条の行動はあまりに突然で予想外だった。

 頭を下げたまま、砕条は言葉を続ける。


「俺の……隊長である俺の監督不行き届きで、お前に激しい苦痛を与えてしまった。大変申し訳なかった」

「あれは、砕条のせいでは……」

「俺に直接の原因が無かったとしても……気付いてはいたんだ……辰登が貴様に向ける憎しみの感情に……」


 砕条の脳裏に過ぎるのは、自分以上に蘇芳に激しい憎悪を燃やす辰登の姿と、血塗れになってぐったりとなっている蘇芳の姿――。


「それを見て見ぬふりした……気付いた時点で指摘していれば、何か変わったのかもしれないのに……」

「砕条……」

「すまなかった……」


 絞り出すような砕条の懺悔の言葉に、蘇芳は素直に思った事を口にする。


「気にしないでくれ。俺はもう大丈夫だから」


 きっかけはどうあれ、あの事件がきっかけで術式研究所の生き残りを確保できた。傷もすっかり癒えているので、もう何も問題ないと蘇芳はそう思っていた。

 だが――。


「貴様の! そういうところが! 俺は嫌いだ!!」


 砕条の怒鳴り声に蘇芳は目を見開くしかなかった。


「……いっそ俺の事を嫌ってくれたら良かったのに……っ!」


 昔から砕条とは歩み寄る事が出来なかったと蘇芳は思う。

 歩み寄ろうと思った事は何度もある。だがその度に砕条から憎しみの言葉を吐き捨てられ、距離を取られ、自分も歩み寄る事を諦めてしまい――今に至るのだ。

 今度こそ歩み寄れると思ったのに、結局砕条を怒らせてしまった。


 だが、それでも――。


「俺は……真面目でいつも一生懸命な砕条の事が嫌いになれない」

「――っ!」


 蘇芳の言葉に砕条は悔しげに顔を逸らすだけだった。


 きっと今後も歩み寄る事は出来ないのだろうと、蘇芳は思う。

 そして、きっとそれは己にも原因はあるのだと、蘇芳は分かっていた。


 蘇芳はチラリと隣を見る。


 紅玉が漆黒の瞳をパチクリとさせて、驚いたような顔をして砕条を見ていた。

 その表情すらも可愛いと思ってしまう辺り、自分は末期なのだろうなと蘇芳は思う。


(貴女さえいてくれればそれでいいと思ってしまう俺は冷酷なんだろうな)


 そう自嘲してしまう程、蘇芳は砕条との歩み寄りをあっさり諦めていた。


 砕条との話が終わったところで、今度は星矢が口を開いた。


「蘇芳さん、僕からは報告させて頂きたいことがありまして。この度、僕は山の一族から岩の一族への養子縁組となりまして、砕条の弟となりました」

「そうか……! よかったな」

「はい!」


 晴れ晴れとしたその笑顔に蘇芳はホッとする。

 星矢は愛人との間に生まれたという事で、山の一族の兄弟から随分と虐げられた生活を送ってきた事を知っていたから。

 そして、その事を砕条も気にかけていたから――正直、丸く収まって良かったのではないかと思う。


 しかし、砕条の口からとんでもない事実が語られた。


「そして、山の一族は現代で終了。実質の断絶となった」


 蘇芳は僅かに目を見開き、小さく呟くように言う。


「……流石は盾の一族……厳しい罰だな……」

「それほどまでの事をしたのです……辰登は……」

「むしろ断絶くらいで済んで感謝すべきだと俺は思う。時代が違えば一族諸共切腹させられている」


 砕条の言葉に息を呑んだのは紅玉だけだった。少し顔色も悪い。

 蘇芳は紅玉を宥めるように背中を優しく叩いた。

 一方で星矢は砕条の言葉に同意するかのように頷く。


「全く以ってその通りです。結局山の一族の身柄は全員盾の一族で請け負ってもらう事になりましたので」

「中央本部勤務だった山の一族当主も神域警備部所属だった辰登の兄二人も実質の懲戒処分だからな。恵まれていると言っていいだろう」


 突然、職や家の地位を失い、路頭に迷うところだが、盾の一族が面倒を見てくれるだけ砕条の言う通り運が良いのだろう。


 しかし――。


「……問題は山の一族がいつまで耐えられるか、だが」

「変なプライドは捨てて身を粉にして働いてくれたらいいんですけど……」

「盾の一族は……知っての通り使用人達にも非常に厳しいからな……当主がそう簡単に手を緩めるとは思えない。だが、同時に逃がしもしないだろう……一生」


 三人の言葉を聞いて紅玉は思う。いっそ切腹させられた方がマシだったと思う程、非常に険しく厳しい道のりが山の一族には待ち受けているのだと。

 だが、紅玉は同情も憐れみも抱く事はない。

 辰登が凶行に及んだ一因がその山の一族にもあったのだ。存分に盾の一族に扱かれ、猛省して欲しいとは思う。


 さらに砕条は報告を続ける。


「そして、今回の件で俺は責任を取り、隊長から降格だ。この程度で済んで良かったと驚いているくらいだ。そして、後任の隊長なんだが……」


 砕条は隣に座る星矢を見た。


「畏れながら、僕に隊長の任命されました」

「まあ!」

「それは……!」


 少し迷いながらも、はにかむ星矢を見て、蘇芳は素直に言う。


「隊長就任おめでとう」

「ありがとうございます。少々複雑ではありますが……砕条、いえ、兄と共に神域を守護する良き隊にしていく為に努力していきたいと思います」


 愛人の子だと詰られ、虐げられながらも、認められようと必死に努力してきた星矢の姿を蘇芳は知っていた。

 だからこそ、確信が持てた。


「星矢ならできる。必ず」

「ありがとうございますっ! 蘇芳お兄ちゃ――あ、いえっ、蘇芳さん……!」


 ついうっかり星矢の口から飛び出した懐かしい呼び名に蘇芳だけでなく、紅玉も驚いてしまう。


「別に昔のままの呼び方で構わないぞ?」

「いっ、いえっ、畏れ多くて……!」


 まるで絵本に出てくる王子様のような綺麗な顔を赤く染めて、照れたように言い繕うその姿は、庇護欲を掻きたてられるもので――紅玉は改めて納得する。

 何故この星矢が女性からの人気が絶大だったのかを。

 そして、愛人の子という理由以上に山の一族の兄弟達から虐げられてきたその理由を。


(美しいって罪ですわね……)


 そんな事を思っていると――。


「蘇芳……」


 砕条から今までで一番低い声が発せられた。

 首を傾げる蘇芳を砕条は憎しみのこもった目で睨みつけると言った。


「星矢は我が岩の一族の末息子ということを忘れるなよっ……!」

「あ、ああ……」


 蘇芳は特に気に留めていないようだが、紅玉はその言葉の意図に気付いてしまう。


(確か、この方一人っ子でしたわね。どうやら昔から星矢さんを可愛がっていたようですし……もしや可愛がっている弟分が蘇芳様に懐いている事も憎しみの一つ……いえ、これは憎しみなどではなく……)


 いや流石にそれは考え過ぎかと、考えを改めようとしたが――。


「貴様の! そういう余裕のある態度がっ! 昔から気に食わないっ!」

「は、はあ……」

「俺と同い年のくせに! 年上ぶるなっ!」

「す、すまん?」


 紅玉は考えを改める事を改めた。


(これは憎しみではありませんわ。嫉妬ですわ、嫉妬!)


 しかも程度は子どものそれだ。


 すると砕条は立ち上がって叫んだ。


「言いたい事は伝えた! 気分が悪い! 失礼する!!」

「あっ、砕――兄さん!」

「見送りを……」

「いらんっ!!」

「蘇芳さん、紅玉さん、大変申し訳ありませんでした! 失礼します!」


 バタバタと嵐のように去っていく二人の背中を見送った後、蘇芳は長椅子の背もたれに寄りかかりながら、溜め息を吐いた。


「……結局、嫌われたままだな」

「そうでしょうか? わたくしは、ちょっと歩み寄れたと思いますわ」

「そう、か?」

「ええ、わたくしにはただの男の子同士の微笑ましい喧嘩にしか見えませんでしたわ」


 「ふふふ」と微笑む紅玉を見ていると、蘇芳は心が和らいでいくのを感じた。


「……貴女がそう言うのなら、そうかもな」

「ええ」


 紅玉は大きく頷いた。


「……それにしても」

「ん?」


 ふと先程の会話で思い出した事があり、紅玉はまじまじと蘇芳を見つめる。

 じっと紅玉に見つめられ、思わず蘇芳は首を傾げた。


「『蘇芳お兄ちゃん』ですか」

「っ!?」

「何やら微笑ましい思い出を垣間見てしまいました」


 「ふふふ」と楽しそうにころころと笑う紅玉を見ている内に、蘇芳の心臓は激しく乱れ打ってしまっていた。


(破壊力が……っ! 凄まじい……っ!)


 紅玉からの「蘇芳お兄ちゃん」の呼び名の不意討ちが――。


(いやっ! 俺にっ! そんな趣味は無いっ! 断じてっ!!)


 蘇芳は必死に自身に言い訳する。自分に言い訳したところでまるで意味が無いのだが。


「……蘇芳様? いかがされました?」

「いっ、いやっ、なんでもないっ!」


 蘇芳の異変に敏感に感じ取った紅玉は、断りも無く蘇芳の額に手を伸ばす。


「あらまあ、少し熱いですわ……具合はいかがです?」

「なんでもない! 本当に何でもないんだ……!」

「いけません!」


 慌てる蘇芳を余所に、紅玉は蘇芳の身体をぐいぐい押して長椅子に横たわらせる。


「きっと緊張から解き放たれた反動かもしれませんわ。どうかお休みになって」

「い、いや、そういうわけには――」

「――梅五郎様」


 突然、真名を呼ばれ、蘇芳は驚いて抵抗を止めた。

 蘇芳が静かになったところで、紅玉は言葉を続ける。


「昨日はお父様、今日はご親類のお二人ときちんと向かい合うお姿、大変御立派でした。ですからどうかお休みになって。きっと気付かない内に疲弊しているに違いありませんから」

「…………」


 紅玉は蘇芳の手を己の両手で包み込み、優しく握った。


「お傍に居りますから」

「……っ……」


 可愛い仕草で心臓を撃ち抜いたと思えば、優しい包容力で包み込んで癒してくれる――いろんな魅力を持つ紅玉に、蘇芳はまた一段と強く惹かれてしまう。


「紅殿……」

「はい」


 蘇芳は紅玉の手を握り返す。すると、紅玉もまた蘇芳の手を握り返してくれた。


(あたたかい……)


 その小さな手のぬくもりに、優しい微笑みに――蘇芳は満たされていくのを感じる。視界がぼんやりとしてきて、ふわふわと揺れ出す。


「べに、どの……」

「はい」

「この手を……離さないでくれるか?」

「はい。わたくしはここに居りますわ」


 その声に言葉に、蘇芳がどれほど救われたか――無意識に握る手に力を込め、ゆっくりと目を閉じる。


(例え生家を捨てても、親の愛情を拒否しても……俺はこの手を決して離さない、離したくない……失いたくない)


 まどろみの中、蘇芳は声を聞く。


「おやすみなさい、蘇芳様」


 そして、同時に感じる頭を撫でられる心地良さに蘇芳は夢の世界へ誘われていった――。




三章予約投稿始めました。

来年1月3日からの投稿予定です。

明日、二章のキャラクターまとめ投稿して、二章は終わりとなります。


来週、番外編を投稿予定です。

メインが紅玉ではないお話です。よろしくお願いします!

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