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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
124/346

謎の女




 辰登への尋問が終わった後、十の御社の客間にて緊急の「ツイタチの会」が開催される運びとなった。

 床の上に円を描くように座りながら――その中心には茶と茶菓子――先程の辰登への尋問で明らかになった事を報告していく。


 そして、幽吾が報告を終えると、真っ先に焔が言った。


「つまり、萌に禁術を教えたのは辰登ではなかったという事か?」

「そう」

「そして、術式研究所の関係者にもう一人女の存在があり、その女が萌に禁術を教えた可能性があるということか?」

「流石、焔。理解が早くて助かる~。ちなみに辰登はその女に心当たりはないってさ。更に言うと、明確に姿も見た事も無いからあくまで推測の話」


 幽吾はそう言いながら、煎餅をバリッと齧った。


「チッ! 振出しな上に手掛かりなしかよ!」

「ええ、なかなか相手は手強いかと……」


 思わず悪態を吐く轟に同意しながら紅玉は思う。


 かつて術式研究所に関係性を持っていたとおぼしき、辰登と同様に難を逃れ密かに神域で過ごし、萌に禁術を教えながら、その萌を口封じの為殺害した――狡猾且つ残忍な姿無き「謎の女」――。


(一体誰なのでしょうか……)


 すると、世流が「あ」と思い出す。


「そう言えば、紅ちゃん、さっき何か気づいたことがあったみたいだけど?」

「あ、はい。以前お話ししましたよね? 矢吹の資料からいくつか書類が抜き取られていたと」

「……確か『術式研究所関係者名簿』の一ページ目と二ページ目と『術式研究所会計』……ですよね?」


 詳しく代弁してくれた天海に頷きつつ、紅玉は言葉を続ける。


「『術式研究所会計』の方は辰登が自身に関係していたページを持ち去ったようなので、こちらは問題ないのですが……問題は『術式研究所関係者名簿』の方です」


 辰登の証言を思い出しながら、紅玉は言う。


「『術式研究所関係者名簿』で無くなっていたページは一ページ目と二ページ目。しかし、辰登が『二ページ目』の自分のページを抜き取った時点で、すでに『一ページ目』はなかったそうなのです」

「……えっ? ねえ、ちょっと、それおかしくない?」


 世流の声に紅玉は頷く。


「はい、おかしいです。仮に術式研究所の関係者として、謎の女がいたと仮定しましょう。あの矢吹の事です。その女のデータも残しておいて然るべきです。ですが、『術式研究所関係者名簿』にはその女のデータは残っていない。例えそんな女がいなかったと仮定しても、『消えた一ページ目』の謎が残ってしまいます」


 紅玉の説明を聞いていた朔月隊は各々驚いた表情をした。


「そう……やはりいるのです。もう一人の術式研究所の関係者――『一ページ目』の『謎の女』が」


 紅玉の推理を聞いた幽吾は腕組みをして、顎に指を当てた。


「その『一ページ目』の『謎の女』はきっと恐らく辰登同様、矢吹を見限って、自分の痕跡を消したんだろうね。しかも、矢吹にも辰登にも気付かれる事無く、ひっそりと」

「うーん……敵ながら鮮やかねぇ」

「世流様、褒めている場合ではありません」


 左京は思わず溜め息を吐いてしまう。

 その溜め息につられるように、紅玉も溜め息を吐き、困ったように語る。


「……ですが、わたくしのこの推理は、あくまで術式研究所の関係者にもう一人いると証明しただけで、その人が誰なのかの手掛かりまでは……」


 紅玉のその言葉に全員天を仰いだ。


「あ、あかん、手詰まりやなぁ……他になんか手がかりないん?」


 美月のそんな言葉に、幽吾がゆるゆると発言をする。


「……今ある手掛かりはこれだけかな」


 そう言って、幽吾は紙きれを開いて見せる。そこに書かれたのは、あの呪いの紋章だ。


 それを見た瞬間、全員仰け反るように嫌な顔をした。


「ベニちゃん! アレ、What’s!?」

「あれは聖女の身に刻まれているという呪いの紋章です……神域史上最悪の」

「う、恨みとか憎しみとか、そういう嫌なものしか感じないっす……気持ち悪いっす」


 空と鞠があまりにも顔色を悪くするので、紅玉は思わず二人を呪いの紋章から隠すように袖で覆った。


「嫌なものを見せちゃってごめんね……でも、これは大事な話だから聞いて欲しい」


 幽吾はそう言いながら、呪いの紋章を見た。


「この神域史上最悪の呪いの紋章を身体に宿していたのは聖女だけじゃないと判明した。辰登の証言では、かつての術式研究所の所長の矢吹にもこの呪いの紋章が刻まれていたらしい」

「っ!? それは本当なのか!?」


 思わず声を上げる焔に、幽吾は頷く。


「あくまで辰登の証言のみで、証拠はない……だけど、彼の証言を裏付ける出来事なら起こったよ」


 幽吾の言葉に全員首を傾げる。その中で真っ先に文が尋ねた。


「裏付ける出来事って、何が起きたの?」

「前に話したでしょ? 術式研究所の関係者全員はもうこの世にはいないって」


 幽吾の言葉に美月が「ああ」と思い出したように答える。


「確か、一人が他の研究員達を殺害し、そいつも自害したっていうあれやな?」


 美月のその言葉を聞いて、誰もが「ん?」と思った。

 そして、轟が思わず叫ぶ。


「おい待てまさかっ!?」

「……そう、研究員達を殺害し、自害したそいつは――矢吹だよ」


 その名を聞いた瞬間、全員息を呑む。

 紅玉も驚き戸惑うばかりだ。


「や、ぶきが……っ!?」

「……驚いた?」

「驚いたもなにもありませんわ……! 彼がそんなことをするなんて……!」


 紅玉の脳裏に曇天のような暗い髪と瞳を持つ眼鏡をかけた男性の不敵な笑みが過ぎる――。


 混乱する紅玉を余所に文が口を開く。


「自棄になったとかの可能性は?」

「――いえ」


 文のその疑問に真っ先に答えたのは幽吾――ではない。


「――矢吹は冷酷非道な男でしたっすけど、自分から命を断てるほどの勇気はないと思うっす。人の命はなんとも思わないヤツでしたっすけど、自分の身を守ることに関しては上手な人でしたっすから」


 はっきりとそう言ったのは空であった。

 まるで矢吹を知っているような口振りに、文だけでなく、美月や天海、右京も左京も焔も驚いてしまう。


「空君……矢吹という人物をご存じなのですか?」


 思わずそう尋ねていた右京の問いかけに、空はしばらく黙っていたが――紅玉を見て頷いた。紅玉もまた頷き返す。


 そして、空は深呼吸をすると言った。


「矢吹が起こした誘拐事件……俺はその事件の被害者となった『神子の子息』っす」


 その言葉に驚きの声が上がる。


「なんやてっ!?」

「空……そうだったのか……!」

「なるほど……ここで空君と矢吹が繋がってくるのですね」


 以前、紅玉が濁していた空と矢吹の関係……まさか誘拐犯とその被害者の関係とは思わず驚くばかりだが、謎が一つ解けて、皆すっきりしたような表情をしていた。


 しかし、その中で文だけ首を傾げており、質問をする。


「何で空が狙われたの?」

「矢吹は新しく作った禁術を完成させるために生贄を欲していたっす。俺はその生贄に選ばれたっす」

「生贄を必要とする禁術って、何するつもりだったの?」


 そんな文の疑問に答えたのは――。


「ソレ、マリ、カンケーしてきマース」


 鞠だった――控えめに手を挙げている。

 空ではなく、今度は鞠が関係すると聞き、美月や右京や左京は再び驚いた顔をしていた。


「え? なんで鞠ちゃんが……?」


 美月の呟きに鞠は「ウーン」と言い淀む。


「……ソレのハナシlongデース」

「うん、そうだね。その話は長くなりそうだから、また今度の機会にね」


 鞠の代わりに幽吾がそう締めてしまったので、美月達は渋々納得する他なかった。

 そして、話題は再び矢吹の話へと戻る。


「とにかく、矢吹は自棄になったからといって自ら命を断てる程の覚悟はない男だ」

「つまり、幽吾君は矢吹の自殺自体がおかしいと思っているの?」

「うん、最初からね」

「そして、それは矢吹にかけられていた呪いの紋章が関係していると?」

「流石、世流君、ご明察。ただ証拠はないし、あくまで僕の推理だけどね~。何せ矢吹による研究員の殺害と矢吹の自殺を隠す方に必死で、捜査はてきとーに終わっちゃったしね」


 幽吾の言葉に轟が舌打ちをした。


「くそっ、中央本部が三年前きちんと捜査していれば……!」

「ホントだよ~」

「……非常に理不尽ですが、嘆いても仕方ありませんわ。切り替えていきましょう」


 そして、紅玉はまとめ出す。


「辰登の証言によって、あくまで推理だとしても――矢吹の自殺が仕組まれたもので、それが呪いの紋章によるものである可能性――そして術式研究所関係者には『謎の女』の存在があるかもしれないという可能性が見つかりました――これが重要ですわ」


 紅玉の言葉に全員が頷き、幽吾が続けて言う。


「辰登が萌に禁術を教えていないとなると、その『謎の女』が萌に禁術を教えた可能性が高いね……あくまで推理だけど」

「推理ばっかで確証がねぇな……」

「仕方ないやろ、そもそもその女の存在自体判明したの初めてやもん……」


 ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱す轟に、美月も溜め息を吐いてしまう。


「But! アクマでスイリでも!」

「その推理を信じて突き進むっす!」


 鞠と空の前向きな声に、紅玉は柔らかく微笑み「そうですね」と言った。


 最年少二人のおかげで場の空気が和んできたところで、幽吾が口を開く。


「和気藹々としたところ悪いけど……みんなに大事な報告があるんだ」

「なあに? 幽吾君」

「……実は萌にこの呪いの紋章が刻まれていた形跡があった」


 幽吾の言葉に全員息を呑む。


「つ、つまり、萌を刺したあの黒いヤツは呪いで、萌も仕組まれた呪いによって殺されたってこと!?」

「流石、世流君、鋭いね……恐らくその可能性が高い」


 幽吾の言葉に文が眉を顰めつつ言う。


「矢吹に呪いをかけ、萌に禁術を教え、呪いをかけたヤツが、その『謎の女』なの?」

「現段階でその全てをイコールに考えるのは、あまりにも証拠も情報も無いから難しいけれど……全く関係がないとは言い切れないね。術式研究所は呪いの類いも研究していたみたいだから」


 そう言ったところで、幽吾が今後の方針について話していく。


「『謎の女』に関する調査はもう一度矢吹の周辺を洗うところから始めよう。何せ矢吹はその『謎の女』の為に禁術を研究していたみたいだからね」

「「「「「仰せのままに」」」」」

「……おい、幽吾。呪いの方も調査するのか?」

「呪いに関しては僕の方で調べておくよ」

「あ? なんでだよ? みんなで調べれば早いだろうが」

「……轟君……呪い関係の話は、神域では口にすることもタブーだってことお忘れ?」

「お、覚えているに決まっているだろ!?」


 轟は非常に嘘や誤魔化しが下手な男である。


「あはは、いいよいいよ、無理しないで。君はまだ記憶が混乱ぎみだからね……まだいろいろ思い出せないんでしょ」


 心的外傷を克服した轟ではあったが、失っている記憶を未だ取り戻せないでいるのだ。


 小さく「わりぃ」と言う轟の肩をポンと叩きつつ、幽吾は言う。


「じゃ、そんな轟君の為にお兄さんが詳しく説明をしてあげよう。何故神域で呪いの話がタブーとされているのか――それは神域の『聖女』に関係してきます」

「……神域の――セイジョ?」

「七の神子の補佐役である『真珠さん』のことさ」


 紅玉の脳裏に――艶めく真っ直ぐな長い乳白色の神と撫子色の瞳を持つ――少々苦手な――美女の姿が思い浮かんだ。


「この聖女ですが、『三年前の事件』において、自らの神力を使い、大量の邪神を祓うという功績を残し、故に『聖女』と呼ばれる――この話は覚えている?」

「……お、おぼえているとも!」


 そう言う轟の目は泳ぎまくっている。


「そして、聖女は『三年前の事件』の最中、その身に強力な呪いをかけられた。聖女にかけられた呪いは非道極まりないもので、神力を邪悪な力で侵食し、聖女の命をじわじわ削るものだった。そんな恐ろしい呪いを身に宿しながらも神域を守った聖女――故に呪いの話をするという事は聖女を冒涜するのと同等として、タブーとされているんだ――思い出した?」

「お、おうおう! そうだそうだ! そうだったな! もちろん覚えているに決まっているだろ!」


 胸を張って言う轟の目は相変わらず泳ぎまくっていた。


「……ん? ってことは、聖女に呪いをかけたのも『謎の女』ってことか?」


 轟のその一言に幽吾が息を呑む。幽吾だけではない――世流も、空も、鞠も、右京も、左京も、美月も、天海も、文も――戸惑いを隠せない。


 しかし、轟は止まらない。


「なあおい、聖女に呪いをかけたヤツは誰だか分かっているのか? それがわかれば『謎の女』の正体も分かるだ――」

「バッカ! 轟君!」

「んだよ、世流!」

「空気読みなさいよ! この馬鹿鬼!」

「ンだとぉっ!?」

「……世流ちゃん」


 己を呼ぶ凛とした声が響いた瞬間、世流はハッと振り返った。

 そこには困ったように微笑んだ紅玉がいた。


「世流ちゃん、いいのですよ……轟さんは、あの事件の事を覚えていないですから、仕方ないです。轟さんを責めないでください」

「……っ……!」


 ふわりと微笑む紅玉と思わず涙ぐむ世流のやり取りを見ても、轟は状況が理解できないでいた。

 そんな轟に紅玉が言う。


「轟さん……貴方は和一さん達の事があったから……きちんと全てを覚えていないでしょうけど、『三年前の事件』で聖女様に呪いをかけた人物は明らかになっております」

「……そいつは誰なんだ?」


 轟の質問に紅玉はゆっくりと答える。


「……『三年前の事件』……当時の三十二の神子を殺害し、神域に大量の邪神を呼び寄せ、神域を混乱と絶望の渦に突き落とした――『藤の神子乱心事件』の首謀者……聖女に呪いをかけたのはまさにその人物」


 紅玉のその言葉を聞いて、轟は目を見開いて後悔した。何故、世流が自分を怒鳴ったのかをようやっと理解し、そして記憶がまばらな己自身を呪った。


 「藤の神子乱心事件」の首謀者は、轟も知る人物だったからだ。


 紅玉の脳裏に、藤紫色の長い髪と青紫の瞳を持つ、線の細い儚げな印象の人物の姿が蘇る。


「聖女に呪いをかけたのは……事件後その行方が分からなくなっている元二十七の神子の――」


 「紅ちゃん」――楽しそうに己の名を呼ぶ、少ししゃがれた――でも魅力的な――可愛らしい声が蘇る。


「――藤紫ちゃん……わたくしの幼馴染です」




 はっきりとそう告げながら、紅玉は幼馴染の可愛らしい笑顔を思い出す――そして、その笑顔に問う。




 ――どこにいるの? 灯ちゃん




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