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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
123/346

生き残りへの尋問~後編~




「じゃ、早速……君は生活管理部所属の萌っていう女性職員はご存知?」

「せ、生活管理部……? いや、知らない……」

「……本当に?」

「ほ、本当だ」

「本当の本当に?」

「本当だ……!」

「……その女性職員が、先日邪神に殺された職員だって言ったら?」


 辰登は目を見開いた。


「も、申し送りで職員が邪神に殺され殉職した話は聞いていたが……名前までは聞いていないから……会った事も無い……はずだ」


 辰登の言う通り、神域管理庁全職員に萌の殉職の件は通達されている。その際、萌の名前は伏せられて報告されているので、辰登の言い分は間違っていない。


 辰登の表情をじっと観察していた世流は人差し指を頬に当てながら首を傾げる。


「ふぅん……嘘をついているようには見えないわね……どういうこと?」


 世流の意見に幽吾は溜め息を吐く。


「……どうもアテが外れたかな?」


 世流と幽吾の言葉に辰登は頭の中が疑問符だらけだ。

 そんな辰登に幽吾は告げる。


「その萌が術式研究所で作られた禁術を使用していたんだ」

「はっ!?」


 幽吾の言葉に辰登はあからさまに驚いた顔をした。


「てっきり萌に禁術を教えたのは君かと思ったんだけど……」

「ち、違う、俺じゃない。禁術の事を誰かにバレないように隠す方に必死だった……! 誰かに教えるなんて自殺行為できるか……!」

「ま、結果、君は復讐の為に禁術に手を出して、自らの首を絞めてしまったわけだけど」


 幽吾の言葉に辰登はぐうの音も出なかった。


 しかし、今はそれどころではない。


「ねえちょっと、こいつが萌に禁術を教えていないって事になると……つまり……」

「……うん、そうだね。そうなるよね……」


 紅玉もまた世流と幽吾と同じ意見だった――そして、それを口にする。


「……術式研究所の関係者は、まだ他にも存在する……」


 新たな問題の出現に、幽吾は眉間を押さえた。


「……三年前のあの日に戻りたい。矢吹をきちんと聴取して、拷問して脅してでも関係者を洗い浚い吐かせるんだった」

「諦めるのはまだ早いわよ、幽吾君。ここにいるじゃない。研究所の立派な関係者」


 世流は親指で辰登を示しながら、「拷問して脅すくらい喜んでやるわよ」とさらりと言う。


「う~ん……なんか嫌な予感はするけどね……」


 そう言いつつ、幽吾は辰登に尋ねた。


「どうやら、君以外にまだ術式研究所の関係者さんがまだ神域に生き残っているらしい。心当たりはあるかな?」

「お、俺は……研究という研究にはほとんど参加していなくて……金だけ渡して成果だけを貰っていただけだから、あまり研究所の奴ら知らなくて……」


 予想していた答えに幽吾は溜め息を吐く。


「役立たず」


 幽吾の言葉に怒り叫びそうになった辰登だが、幽吾の後ろに立つ鬼神が鬼包丁片手に睨みつけたので、口を噤んだ。


「でも、彼以外に研究所関係者は今のところいないから、絞れるだけ絞りましょ」


 世流はそう言いつつ、懐から写真を取り出した。それはかつてツイタチの会でも見せた術式研究所の関係者の写真だ。


「これは研究所関係者の写真よ。この人達以外で心当たりある存在を思い出せない? むしろ思い出せ。脳味噌ふり絞って。さあ!」


 徐々に低くなっていく世流の脅し声に辰登は怯える。


「そ、そんなこと、急に言われても……」


 辰登は涙目になりながら、写真を見ていく――。


「――あ」


 辰登のその一言に、全員反応した。


「何か思い出したの?」

「……つ、捕まったのって、全員男か?」

「うん、術式研究所の関係者は皆揃って彼女なし歴猛者の男性だよ」


 説明が雑な上に酷いと蘇芳は思った。


「……お、んな、はいなかったか?」

「女? ……いや、いなかったはずだよ」


 幽吾のその答えに辰登は「あれ……勘違いか……?」とボソボソと呟く。


「何か心当たりでもあるの?」

「いや……あくまでてっきりそう思っていたっていうだけで……いや、でも――」

「いいから心当たりがあるならはっきり証言しろっ!!」

「はいぃっ!!」


 世流の低い怒鳴り声に辰登は身体を震わせて返事をし、話し出す。


「『術式研究所』っていうのは矢吹が作ったんだが……矢吹は自分のためにっていうか……誰かの為に研究していたっぽくて……」

「誰かの為?」

「詳しくは聞いたことはねぇけど……あれは絶対女の為だと思っていた」

「……その根拠は?」


 世流の問いに辰登は一瞬答えるのを躊躇うが、世流に睨まれ、言葉を続けた。


「……そ……ソッチの知識覚えたての、中学生男子みてぇなことしていたから」


 瞬間、辺り一帯に沈黙が流れる――。


「……あらぁ……」

「……彼の名誉のためにも詳しい話は聞かないことにするよ」

「彼女いない歴猛者じゃねぇ」


 やれやれ仕方ないといった感じで紅玉、幽吾、世流が受け流す中、蘇芳と天海は顔を真っ赤にさせて俯いてしまっていた。


「……ただ、あいつ、その後心変わりしたけどな」

「心変わり?」

「……矢吹が捕まるきっかけになった事件の被害者……前三十五の神子に矢吹は骨抜きになっちまった」


 「前三十五の神子」と聞いて、紅玉が息を呑んだ。


「矢吹のヤツ、研究の全てを、その神子を手に入れる為のモノに変わっていって、研究所内でもたびたび対立を起こすようになって…………それで俺は研究所を見限った。研究所から自分の痕跡を消して、矢吹と研究所と縁を切った。尤も矢吹は神子に夢中で俺の動向なんて興味なかったから抜けるのは簡単だったがな」


 辰登の説明に幽吾は頷く。


「なるほどね……そして、矢吹は暴走の果にあの誘拐事件を起こし、研究所と関係を絶っていた君は難を逃れることができたわけだ……ホント、運が良かったよねぇ」


 ニタリと不気味に笑う幽吾の顔を見て、辰登は恐怖を感じビクリと身体を震わせ、小さくなる事しかできない。


「それで……矢吹が前三十五の神子様の前に好きだった『女性』には心当たりはあるの?」

「い、いや……今聞かれて、そう言えば……って思い出したくらいだから……そ、それにてっきりそう思っていただけだし、検討もつかねぇ」


 辰登の曖昧に答えに世流は思いっきりに睨みつけ低い声で「役立たずの愚図」と罵ったので、辰登はますます小さくなっていくばかりだ。




 その時、紅玉は思い出した――かつて神域図書館の禁書室で見た事件の資料の事を――。




「……貴方、術式研究所から己の痕跡を消す際に、矢吹が作っていた資料から自分に関する書類を抜きましたよね?」

「あ、ああ……抜いた……アイツ、すげぇ細かくて……研究所に関わった人間のいろいろデータ取って保管しているのは知っていたから……あと、会計の関係の書類とか……」

「ではその時に『術式研究所関係者名簿』を見ましたよね? その書類の中に女性がいたかどうかは覚えていませんか?」

「そ、そんなの、わからねぇよ……自分の探すのに必死だったし……全部見た訳じゃねぇし……」


 そう返ってきた答えに紅玉は少し考え、無くなっていた頁番号を思い出す――。


「……貴方の名簿……最初のページかその次にあったのでは?」

「え、あ……ああ、言われてみれば……開いてすぐ見つかった気が……」

「では、ご自身のページの前後に女性が載ったページはございませんでしたか?」

「……多分、なかったと思う。誰だか覚えていないけど、俺の次に載っていたのは男だったのは確かだ」


 辰登の言葉に紅玉は思わず眉を顰めた。


「……貴方が抜き取ったページは一枚だけですか?」

「あ、ああ……自分のだけだ。表裏にびっしりと書かれてあった」

「……ちなみに貴方のページ番号は?」

「あ、え……確か、『二』だったような……」

「……そうですか……」


 辰登の答えに紅玉は考え込む――。


(――だとすれば……それはおかしいですね)


 思考の海に潜っていた紅玉の肩を世流が叩く。


「紅ちゃん、何か気づいたの?」

「…………後程お話ししますわ」


 そんな紅玉の様子に首を傾げつつ、幽吾は言う。


「この話は終わりにして大丈夫かな?」

「はい」

「……じゃ、次の質問ね」


 そう言って幽吾が取り出したのは神術の紋章が書かれた紙だ――そして、それを見た瞬間、誰もが不快感と不気味さを覚えた。


「いやあ……なにそれ、気持ち悪い」

「天海さん、顔色が悪いです。大丈夫ですか?」

「す、すみません……」

(あれは……!)


 蘇芳はその紋章に見覚えがあった――何故なら、それは自分自身が書き写したものだったからだ。


「幽吾さん、それは一体……?」

「……これは、聖女にかけられている呪いの紋章の写し」


 幽吾がそう説明した瞬間――蘇芳を除く――全員が目を剥いた。


「これが……あの神域史上最悪の呪いの紋章……!」


 顔色を悪くしながらも、天海はその紋章をまじまじと見た――しかし、口元を覆うと蹲ってしまう。そんな天海の背中を紅玉が擦ってやる。

 世流も眉を顰めながら紋章を見て言った。


「そう言えば、あの聖女サマには呪いの紋章がかけられているって話だったわね……でも、何で急にその呪いの紋章の話?」

「まあ、話は最後まで聞いて」


 そうして幽吾は言葉を続ける。


「この呪いの紋章は術式研究所が作ったものか、君は分かる?」

「い、いや、研究所ではそんな紋章を作っていないはずだ……一応俺がメインで出資していたから、作り出された禁術やら紋章は全部教えてもらっていたから」

「……そう」


 もしこの呪いの紋章の謎が解ければ、犯人の手掛かりがつかめると思ったのだが――当てが外れてしまい、幽吾は悔しげに眉を顰めた。


「……だが」


 辰登のその声に幽吾は顔を上げた。


「……その紋章に……見覚えがある」


 辰登のその言葉に誰もが驚いてしまう。

 幽吾は努めて落ち着いた声で――だがいつもより早口で――言う。


「この紋章を知っているのは神域の中でも極一部の人間だ。君みたいな下っ端職員が見た事あるはずないんだけど」


 幽吾の言う通りだと紅玉は思った。

 聖女に呪いがかけられている話は有名ではあったが、その紋章を目にした事があるのは神域の中でも極一部の人間――それこそ皇族神子や四大華族や中央本部の重鎮くらいだと記憶している。

 幽吾の言う通り辰登が知り得るはずがないのだ。


「……君は一体いつ、どこで、この呪いの紋章を見たんだい?」


 幽吾の問いかけに、辰登はその時の状況を思い出しながら、顔を青くした。そして、ゆっくりと口を開く。


「……矢吹だよ」

「矢吹っ、ですか!?」

「……矢吹が例の事件で捕まった後、身柄を勾留していたのがうちの――第三部隊の地下牢だったんだよ」

「そう言えば、矢吹は坤区の神子管理部だったね。誘拐された前三十五の神子も坤区の御社の神子だし、坤区の神域警備部で勾留するのが通例だよね」


 幽吾も当時の事を思い出し、頷く。


「……それで、取り調べとかいろいろ終わって、中央本部に引き渡す前に身体検査とか着替えとかするわけなんだけどよ……他にも捕まった研究員が多くいる中で……たまたま俺が矢吹の担当が俺になって」

「まあ……すごい偶然」


 思わずそう呟いた紅玉に弁明するように辰登は慌てて言った。


「たっ、たまたまだからな! 俺自身もビックリして……なるべく矢吹と目を合わせないようにするのに必死だったくらいだ」

「……まあ矢吹にとって君は研究所を見捨てた裏切り者だからね……一人無事生き残っているだなんて知られたら、どんな目に遭わされるか……」


 幽吾の言葉に辰登はますます顔を青くしていた。


「そ、それで、なるべく矢吹に顔を見られないように着替えを手伝っていた時、気付いた……矢吹の身体に、それと同じ不気味な紋章が刻まれていた事に」

「何だって?」

「お、俺はてっきり矢吹が悪あがきで何か自分に禁術をかけていると思ったんだが……」


 話を聞く限り――辰登はつまり矢吹の身体の異変を報告しなかったのだ――職務怠慢である。

 幽吾は溜め息を吐いた。


「……どうしてその時点で報告しなかったの?」

「こ、怖かったんだよ! 矢吹が! なんか頭狂っちまったかのように薄ら笑いを浮かべているし、目も血走っていてギラギラしていて、なんか殺されるんじゃないかって程に! お、俺は矢吹に正体明かされるのが怖くて、さっさと終わらせたかったし! で、でも、今にして思えば、あの時の矢吹はすげぇおかしかった……頭が狂っちまったのかと思ったけど、あれは呪いのせいなのか?」

「………………」


 辰登のその疑問に幽吾は答える事ができない――だが、辰登の意見はあながち間違いではないだろうと思っていた。


「はい、ご苦労様。おかげで貴重な話を聞けたよ」


 幽吾はそう言って世流を見た。


「……世流君、お願い」

「……もういいの?」

「うん、十分。予想以上の収穫は得られたからね」


 にっこり笑う幽吾を見て、世流は辰登の前に立った。

 その美しい妖艶な微笑みも、辰登にとっては恐怖でしかない。身体がガタガタと震え出す。


「お、おい! 何するつもりだ!? ま、まさか俺を殺す気か!? 俺はちゃんと質問に答えたぞ!」

「ああもううるさいわねぇ。大丈夫よ、殺しまではしないわ。殺人は立派な犯罪よ。アナタ如きに自分の人生を棒に振って堪るもんですか!」


 瞬間――甘ったるい香りが漂い出す――辰登はあの甘い香りに意識を奪われていくのを感じる。


「ああ……うあああ……!」

「でもま、アナタは死ぬまで一生ここで暮らすことになるから、二度と現世にも帰れないでしょうけど」

「や、やめろぉっ……! た、たすけてくれぇ……!」

「だ~めっ」


 甘い濃厚な香りが辰登を包み込む。


「アナタは大事な証言者……逃さないわよ、永遠に」


 世流の言葉を聞く前に、辰登はガクリと意識を失い、夢の世界へと旅立ってしまっていた。




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