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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
122/346

生き残りへの尋問~前編~




 その後、食事を終えた蘇芳と紅玉が庭園までやってくると、そこにはすでに幽吾と世流、それに天海が待っていた。


「やあ、蘇芳さんに、紅ちゃん」

「待たせてすまない」

「お待たせしました」

「それじゃあ行こうか――地獄にある尋問部屋に」


 幽吾がそう言った瞬間、目の前に地獄の門が現われる。重厚な扉を開け、幽吾を先頭にして、紅玉達は地獄の入口に足を踏み入れていく。

 暗くひやりと冷たい空間を進んでいくと、赤黒い扉が現われる。幽吾がそこを開けると――そこには椅子に座ったまま鎖で身体を拘束されている辰登の姿があった。傍らには巨大な鬼包丁を持った鬼神が佇んでいる。

 幽吾達が部屋の中にぞろぞろと入って来た事に気付き、辰登はハッとして顔を上げた。昨日、韋佐己に殴られ、酷く腫れあがっていたはずの顔は赤みが残る程度に治っている。

 そんな辰登の顔を見て、幽吾はにっこりと笑う。


「やあ、気分はどう? 顔の晴れ、大分良くなっているみたいでよかったね~。焔の薬が効いたみたいだね~」


 「薬」と聞いて、辰登は怯えたようにビクリと身体を震わせる。


「んじゃ、はい。もう一本飲んでおこうか」

「いっ、いらないっ!!」


 叫ぶ辰登に対して、幽吾は首を傾げる。


「え~? でも、今の内にちゃんと治しておかないと、顔に痕が残っちゃうよ~?」

「いいっ! いらないっ! そんな不味いものもう飲みたくない! 勘弁してくれ!」


 「薬が不味くて飲みたくない」など、まるで子どものようである。幽吾は呆れたように溜め息を吐く。


「もう~わがままだな~。せっかくの焔の薬だけど、喋られるくらいに回復はしているし、まあいいか」


 「焔の薬」と聞いても、いまいち理解できていない蘇芳に紅玉がこっそり耳打ちをする。


「……実は焔ちゃん、先日の件で治癒系の神術の使用を一切禁止されてしまったので、神域に生える薬草の研究を始めたのです」


 先日の件――と言えば蘇芳もその場にいたので知っている。「損傷した細胞を超活性化させて再生をさせる」という神をも凌駕してしまいそうな神術を開発し使用した焔が反動で意識を失い、それこそ焔自身が生命の危機をさまよったあの事だ。

 もちろん件の神術は今後使用が一切禁止されたとともに、焔が治癒系の神術を使用する事を禁止されたのだが――。


「……まさか、今度は薬草の研究を始めるとはな」

「ええ。焔ちゃんは全く以って、根性のあるお嬢さんですわ」


 そう言いながら、紅玉は小さくころころと笑う。


「……ですが、まだ薬草の研究を始めたばかりなので、出来上がったお薬がどうにもとんでもなく不味いらしいのです」

「…………」


 辰登の反応を見る以上、恐らくそうなのだろうが――逆にどんな酷い味の薬なのか気になってしまった。


「――さてと、始めようか」


 幽吾がそう切り出したので、全員一気に気を引き締める。


「――本格的な取り調べを」


 ニタリと笑う幽吾の顔を見て、辰登はビクリと身体を震わせ、全身が凍りつく程恐怖した。


 やがて辰登の真向かいに鬼神が椅子を置き、幽吾がそれに座る。そして、目の前の辰登を見ながら尋ねた。


「じゃ、まず君が使用した禁術について。詰所で使った攻撃系の爆発の術と紅ちゃんに使おうとした魂掌握の術の他にも使用した禁術、全部洗い浚い吐いてもらおうか。禁術の使用回数、使用日、使用理由。間違える事無く、報告忘れの無いように、きちんと全部――だよ?」


 その色を知る者がいない瞳を更に細くさせて、幽吾は怪しく笑う。その隣で恐ろしい姿の鬼神が巨大な鬼包丁を持って控えている――それを見ているだけで、辰登の身体の血が冷えていく思いだった。

 すっかり畏縮してしまった辰登は声を震わせながら言う。


「……ばっ、ばけものが……」


 瞬間、ヒュッと風を切って、辰登の首元に脇差が突き付けられていた。そして、いつの間にか脇差を片手に目の前に立つ紅玉の氷のような恐ろしい形相に「ひっ!」と悲鳴を上げる。


「化け物ではありません。蘇芳様です」

「紅殿……!」


 蘇芳はそう言って、優しく紅玉の身体を引く。そんな蘇芳の優しさに、紅玉は少し不満げではありながらも脇差を下げた。

 目の前から刃物が無くなっても青褪めた顔のまま辰登は話し出す。


「……す、おうが……さいじょうさんに、からまれたあの日……に、気づいて……」

「何を?」

「……蘇芳がその〈能無し〉に弱いって」


 その一言に蘇芳は息を呑む。


「それで、〈能無し〉をダシに蘇芳に復讐してやろうと思って……〈能無し〉の周辺を探るために『姿消しの禁術』使った」

「『姿消しの禁術』ね……どうりで人の気配に敏感なはずの紅ちゃんでも気づかなかったわけだ。多分『透視』とかの異能でも持っていない限り、もしかすると神子や神でも気づけないかもね」


 神子や神でも気付く事ができない――幽吾のその言葉に紅玉は一瞬身体を震わせた。


「それで、使用した日は? 回数は? ちゃんと正確に報告してよね」

「さ、最初使ったのは砕条さんと蘇芳がトラブルを起こした次の休みだったから……卯月の二十五日だ。その日は〈能無し〉は御社に籠ったまま出て来なくて……その次は『春の宴』の日に使ったけど、人が多過ぎて逆に失敗して、写真撮る事しかできなくて……それで祝祭日の二日目に〈能無し〉も休むっていう情報を手に入れて、その日に〈能無し〉の後を付けて現世まで行った。祝祭日明けの皐月の八日にも禁術使った……計四回、のはずだ」


 辰登の報告を受けて、朔月隊は七曜表と神域警備部坤区第三部隊の勤務表を広げる。


「一回目使用時……ああ、この日は確かに、わたくしはずっと御社にいましたわね。ほら空さんと鞠ちゃんの……」

「ああ、あの日か」

「『春の宴』に使用したという話も矛盾はないと思う。俺が発見した禁術の痕跡は『春の宴』当日に見つけたものだったから」

「勤務表の休みとも矛盾はないわね」

「この隠し撮りの写真を見る限りですと、証言している日にちと相違ございませんわ。わたくし、皐月の八日にも外出しております」


 朔月隊の裏取り調査があまりにも早い――まさか勤務表まで入手しているとは思わず、蘇芳は感心し、一方の辰登は恐怖した。


 無事裏取りが終わったところで、幽吾がにっこりと笑って告げる。


「良かったね。これで嘘吐いていたら、鬼神君に舌引っこ抜いてもらうつもりだったから。命拾いしたね」


 さらりとそう告げられ、辰登は震え上がるしかできない。


「一つ確認したいんだが」


 そう言って天海が手を挙げる。


「何故、皐月の十一日だけは『禁術』ではなく『隠密の神術』を使ったんだ?」


 天海はそう言いつつ、紅玉から連絡を受けて、茶屋よもぎで探知した時の事を思い出す。


 この時、辰登が隠密の神術を使用したという行動が辰登自身に疑念の目が向けられたきっかけの一つになった。

 それすなわち朔月隊にとっては解決の糸口になったと言っても過言ではない――もしあの時使用されていたのが禁術であれば、紅玉に見抜かれる事はなく、辰登の存在に気付けなかったであろう――そう考えると、天海はゾッとする。


 そして、何故禁術ではなく、神術を使用したのか――その理由がずっと気になっていた。


 天海の問いに辰登は未だ震える声で答える。


「『姿消しの禁術』は少しリスクが高いんだよ……四回目使用した時は丸一日姿消えたまま元に戻らなかったから焦った……それで五回目は『禁術』をやめて普通に『神術』を使った」

「……なるほど」


 確かにそんな理由があるのなら、辰登の行動も納得できた。


「『禁術』は紋章を書き換えている時点で非常に危険きわまりない代物だからね。きっとそれ以上『姿消しの禁術』を使用していたら、本当に身体が一生消えたままの可能性もあっただろうね」


 さらっと笑顔で解説する幽吾の言葉に、辰登はますます震え上がった。


「ま、リスクを冒そうが冒さなかろうが、禁術は使用すること自体が罪だよ。君はこれから断罪されゆく運命さ」


 幽吾はそう言って、不敵に微笑む。背後に立つ恐ろしい鬼神も相まって、その恐ろしさが更に強調され、辰登はただただ恐怖した。


「……幽吾殿、少し時間を貰ってもいいだろうか」


 そう言った蘇芳の声に幽吾は振り返る。


「ああ、そうだね。蘇芳さんも聞きたい事あるよね。はい、どうぞ」


 幽吾が道を開けてくれたので、蘇芳は辰登の目の前まで進み、辰登を真っ直ぐ見据えた。

 一方の辰登は顔を青くしながらも、蘇芳を睨みつけている――その瞳から感じるのは憎悪だ。


「……俺が憎くて復讐する為だけに、紅殿を巻き込んだのか?」

「ああそうだよ! だったらなんだよ!?」

「お前が持っているという『紅殿の秘密』とは『紅殿の真名』だったわけだな」

「そうさ! 『魂掌握の禁術』は『真名』を媒介にして魂を縛りその人間を操るという尊厳も何もない恐ろしい術だからな! 真名で〈能無し〉の魂を縛って、俺の言いなりになっているお前の大事な〈能無し〉ちゃんをお前の目の前で犯してやろうと思ってなぁ!」

「お前――っ!」

「蘇芳様!」


 辰登の下劣な物言いに蘇芳の殺気が増したのを見て、紅玉が咄嗟に袖を引き、首を横に振っていた。

 そんな紅玉の姿に蘇芳はきつく握りしめていた拳を解き、溜め息を吐く――殺気は瞬時にして霧散した。


 蘇芳の殺気に中てられ、全身を真っ青に染めていた辰登は、そんな二人のやり取りを見て思わず笑い出す。


「は、ははっ……お笑い草だな……! 天下の初代盾再来が〈能無し〉の言いなりとはなぁ!」


 辰登の言葉に蘇芳は何も言わない。

 そんな蘇芳に辰登は苛々しながら叫ぶ。


「神力を持たない呪われた災いの女なんか、本来であれば神域に入れる事なんて許されない! 何せ〈神に捨てられし子〉だからなっ! 本来であればそんな女、『皇族の盾』であるお前ら本家の人間なら真っ先に処分するのが当たり前なのによぉっ!」


 限界だった――蘇芳は拳を握り締め、踵を返す――!


 バキッ!! ――と鈍い音が響き渡る。


 驚いて目を見開いた蘇芳の視線の先にいたのは、辰登の顔面を拳で殴りつけていた世流だった。

 辰登の鼻からは血が溢れ、世流の拳も赤くなっており、相当強い力で殴り付けた事が一目瞭然だった。

 しかし、拳の痛みを気にする事無く、世流は美しくも恐ろしい形相で辰登を睨みつけ見下ろしていた。それはまるで闇夜の王を思わせるような、寒気のする恐ろしさだ。

 「ひぃっ」と息を呑む辰登に世流は言う。


「何度紅ちゃんを愚弄すれば気が済むんだ、この屑が……遊戯管理部主任の権限使ってアンタの服も髪も皮もひんむいて縛って吊し上げて、いっそ死んだ方がマシって思うくらいに犯し尽くしてやる」


 世流が低い声でそう言いながら辰登の髪を乱暴に掴み上げると、辰登は恐ろしさのあまり泣き出してしまう。


「世流君、世流君」


 世流の腕を掴んで、幽吾がやんわりと止めに入った。


「はい、落ち着こう。こいつは重要な参考人」

「…………」


 世流は納得がいかない表情を浮かべていたが、渋々幽吾の指示に従った。

 幽吾は涙でぐしゃぐしゃになった辰登を見て言う。


「君も、今後は不用意な発言は控えるように。もう助けてあげないよ」

「あ、は……はい……」

「あとね、君の為に補足しておくと、遊戯管理部関係者に紅ちゃんの悪口を言うと、本当に遊戯街の職員総出レベルで君の事を襲いかねないよ。そこに人間の尊厳などない程にね」

「な、なんでそんな」


 「〈能無し〉の味方をするのか?」と辰登は言いかけて、ハッと口を噤んだ――賢明な判断であると幽吾は思った。

 そんな辰登の疑問の声に世流は言う。


「遊戯街の人間は紅ちゃんに恩義があるんだ。その紅ちゃんを愚弄るのは誰であろうと絶対に許さない。命は残しておいてやっても、心は全力で殺してやる。尤もアンタは二度と日の目なんて見れないだろうがな」


 最早辰登は恐怖のあまり言葉も出ないようだった。

 そんな辰登を一瞥すると、世流は辰登から離れ、紅玉の隣に立つ。


 隣に立った世流がまだ強張った表情をしていたのを見て、紅玉は困ったように微笑み、手を伸ばしてその頬を優しく撫でる。

 その瞬間、世流の瞳から涙が一つ零れ落ちていた。


「……さてと」


 そう言って、幽吾が再び辰登の前に立つ。


「君への処分は追々検討していくとして、その前に君に聞かなければならないことがたくさんある。答えてもらおうか」


 幽吾はにっこりと笑う。


「そうそう――嘘吐いたり、誤魔化したり、だんまり決め込んだりすれば――どうなるかわかっているよね? 僕は素直な子がだ~い好きだよ」


 微笑む幽吾の後ろに立つ鬼神が巨大な鬼包丁をちらつかせているのが見えて、辰登は無言のまま何度も頷く事しかできなかった。




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